3-14 囚人のお仕事
【レイちゃんねる】
【第11回 監獄の中からこんにちは】
「という訳でこんにちは。囚人のレイです」
「ぎゃう」
・わこつ
・学校お疲れ様~
・俺も今帰ったわ
学校が終わったと同時にダッシュで帰宅したレイは、手洗いうがいを済ませ部屋着に着替えると、一目散に『ToY』の世界にダイブしていた。
世界と同期した瞬間にすぐさま配信を開始すると、カメラに向かって手を振る。
「いや、本当に疲れたよ……もう早く冬休み来て欲しいね」
・わかる
・その前にシルバーウィークじゃない?
・シルバー……ウィーク……?
・そんなもの知らない……ッ!
まるでその言葉を初めて聞いたかのような反応をする一部視聴者にレイは憐れみの目を向けると、労るように声をかける。
「社会人の人は大変だね。いつもお疲れ様」
・元気出たわ
・本当にそれ!
・ヤバい、泣きそう
「いや、大袈裟でしょ。ま、辛い現実はこれくらいにしてそろそろゲームのお話しようかな」
怒涛の勢いで流れる感激コメントをレイはまぁまぁと嗜めると、前説は程々に本題へと入る。
「前回言ったようにこの『監獄』についてある程度調べたんだけど、正直あんまり情報は集まってないんだよねぇ。掲示板の書き込みと動画がちょっとあったくらいかな」
そこまで説明したレイはとんとんと首にあるチョーカーを指さす。
「んで、前説明してたこれ何だけど、どうやらスキルを封じるだけじゃないっぽい。【剥奪のチョーカー】って言うんだけど、ステータスを10に固定する効果もあるんだって」
・10固定!?
・なにそれヤバい
・でもレイちゃんあんまり関係なくね?
それを聞いた視聴者達から驚きの声がたくさん上がる。ただ中にはその影響の低さから悪くないのではと言う声もあった。それをみたレイは同意するようにゆっくりと頷く。
「そうなんだよ。これ高レベルの人が苦労するみたいなんだけど、私の場合はほとんど変わらないんだよね。だからこの監獄内では逆に強化されてるまである」
・たしかに
・縛られて強くなる女
・なにそれエロい
したり顔でそう言ったレイに対して、視聴者から凄く失礼な称号を送られる。それに少し頬の端をひくつかせながらも言葉を続けた。
「まぁともあれステータス初期化に加えて装備もなし、おまけにスキルも使えないときてるんだからそりゃ脱獄不可なんて言われるよねって話よ」
・聞けば聞くほどヤバい場所じゃん……
・う~ん、行きたくないな
・じゃあどうやって出るの?
レイの説明に多くの視聴者が震え上がる中、それに関連した質問が飛んでくるとレイは困ったように顎に手を添える。
「うーんとそれはねぇ……まぁとりあえず見に行こうか。おーい!」
一度なんて言おうか悩んだレイだったが、実際やりながら説明したほうが早いだろうと考えると、突然鉄格子の隙間から大声で叫ぶ。
・え?
・どうしたの急に?
・大丈夫なやつ?
「大丈夫大丈夫、たしか直ぐ来るはず――ほら」
心配そうなコメントにレイが落ち着いた様子で答えていると、鉄格子の向こう側からキュルキュルとタイヤの音が聞こえてきた。
『ドウシタ囚人番号667番』
やがて顔を出したのは警帽を被ったロボットだった。
ただし上半身はドラム缶のような寸動、下半身は左右の側面に半円が付いたセグウェイのような格好をしており、顔に当たる部分はパソコンのモニターに表情が映し出されている。
明らかに生物ではないそれの名は看守ロボ。監獄内の囚人を管理するNPCであり、同時に彼らに『仕事』をくれる存在でもあった。
「ぎゃう!」
「こら待て。えっと『奉仕活動』をさせて下さい」
『フム、良イ心ガケダ。ツイテ来イ』
興奮した様子で鉄格子に掴みかかるじゃしんを制しつつレイが話しかけると、看守ロボは寸動の体から飛び出したアームを器用に動かして鍵穴に先端を入れて、鉄格子の扉を開ける。
・あれ、意外と簡単に出られるじゃん
・それ思ったわ
・このまま脱獄できるんじゃね?
「まぁ結局はゲームだからね。全く動けないなんてそれこそクソゲーでしょ。……まぁここからゲームかどうかすら怪しいんだけど」
不穏なことを口にするレイに視聴者は嫌な予感を覚える。
看守ロボが先導する中その後ろを付いていくと、やがて辿り着いたのは、監獄内にある採掘場であった。
『デハコレヲ貸シテヤル。作業終了ノ報告ハアソコデ行エルゾ』
そう言って看守ロボから渡されたのは鉄のつるはし。それをレイが受け取ると看守ロボは役目を終えたと言わんばかりにその場から去っていく。
・え、説明は?
・これまさか……
・肉体労働?
軽くつるはしを振ってその感触を確かめたレイは、戦慄する視聴者の疑問にしっかりと頷いた。
「大正解。まぁ詳しい説明はあっちでされるよ」
先程看守ロボが示していた場所へと進むと、そこには宝くじ売り場のような掘っ立て小屋が3軒ほど並んでいた。
『換金所へようこそ。今回はどういった要件で?』
「とりあえずチュートリアルを」
『承知いたしました』
曇りガラスの向こう側から聞こえてきた声は、看守ロボのようなあからさまな機械音声ではなく、流暢な女性の声。ただ、どこか事務的に聞こえる声は淡々と説明を開始する。
『採掘場では鉱石を入手することが出来ます。そのアイテムを持ち帰ることは出来ませんが、こちらに運んでいただければそのレア度に応じて【カルマポイント】を減少させていただきます』
・【カルマポイント】とは?
・初耳なんだが?
・そんなのあるんだ
聞き覚えのない単語に視聴者から疑問の声があがると、レイは予め調べていた内容を口にする。
「【カルマポイント】はこの監獄内における懲役年数みたいなものかな。やらかし度合いに応じてポイントが付与されて、これが0になると晴れて脱出できるって感じ。間違ってないよね?」
『はい、その通りです』
・じゃあレイちゃんは今いくつなの?
レイの言葉に対して肯定されたのを確認すると、そのまま続く質問にもレイは知っている情報を答えていく。
「私はそんなにだよ。借金は100Gにつき1Ptらしいから、今は1万ptの筈――」
『いいえ、それは違います』
「え?」
ネットの情報にあったポイントの仕様を得意げに話すレイだったが、何故かガラスの奥から否定され、思わず素っ頓狂な声をあげる。
そんな彼女の様子に構うことなく、受付から平坦な声でその理由の説明が行われる。
『借金によるカルマポイントはお金を借りた場所によって設定されます。囚人番号667番の場合、期間を指定しない、最高レートでの負債となりますので、【カルマポイント】は借金の100%――つまり100万ptとなります』
「はぁ!?そんなの聞いてないけど!?」
ネット上のどこにも載っていなかった、初めて聞くとんでもない仕様に思わず身を乗り出してガラスに詰め寄る。
「100万って最高レアリティの【ミスリル】引いても100回いるってこと!?そんなの無理に決まってるじゃん!」
『申し訳ありませんが規則ですので』
その必死の叫びに周りにいた何人かのプレイヤーがレイの方を向くものの、ガラス奥からは取り付く島もない、ただただ機械的な答えが返ってくる。
「終わった……ここから出られないじゃん……なんでこんな目に……」
「ぎゃ、ぎゃう……」
ふらりと体が揺れたレイはカウンターに顔を伏せる。
最初は涙声でぶつぶつと呟いていたが、次第にその声音に怒りが伴っていき、それを聞いたじゃしんは猛烈に冷や汗をかいていた。
「おい、見ない顔だな。新入りか?」
そんなレイの背中にドスの利いた低い声が聞こえてくる。
それに対して億劫そうに後ろを振り向くと、レイの目の前にニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる男達がいた。
「ちょっと顔貸せよ。ここの流儀ってやつを教えてやる」
男達はクイッと親指で人気のなさそうな岩陰を指さすと、逃がさないためかレイを囲うように陣取る。
「……いいよ」
・あーあ、終わったな
・タイミングも悪いよ……
・漫画だったら一話も持たなそう
瞳からハイライトを消したレイは何も言わずにその指示に従う。
その様子を唯一眺めていた視聴者達からは放送主を心配する声は聞こえず、むしろ声をかけた男達を同情する声の方が多いようだった。
[TOPIC]
WORD【フォーゲルケーフィッヒ採掘場】
難攻不落の監獄『フォーゲルケーフィッヒ』に存在する採掘場。ヘルメー山脈に隣接していこの場所では豊富な種類の鉱石が取れ、中にはミスリル等の希少鉱石すらも手に入れることが出来た。
また監獄内の囚人をタダ同然で働かせることによって効率的に資源を確保しており、【賭博街ゴールドラッシュ】の繁栄についても大きな役割を担ったとされている。




