3-13 憂鬱な休み明け
9月1日。
全国の学生で、この言葉が好きな人間はどれくらいいるのだろうか。大多数の人が憂鬱になるこの日に、彼女もまた同じように憂鬱な表情をしていた。
「はぁ、学校爆発して休みにならないかな……」
「深見さんおはよ~」
「……あっ、おはよう」
久しぶりの通学路を既に疲れたように歩く玲に、後ろからクラスメイトと思しき女生徒が挨拶をする。
それに対して一拍遅れて挨拶を返すと、その女性は友人と共に玲を抜かして前へと進んでいく。
「えーっと、誰だったっけ……たしか真田さんだった気が……」
声をかけてきた女子生徒の後ろ姿を見つめながら、玲はうんうんと唸る。
残念ながら彼女の頭の中はほとんどゲームによる情報で埋まっており、クラスメイトの名前もかなりうろ覚えであった。
「まぁいいか。どうせそんなに喋んないし」
そう呟いた玲は思い出すことを諦めると、また疲れたように歩き始める。
「はぁ、早く帰ってゲームしたいなぁ」
その独白は誰にも聞かれず、そして叶うこともなく暑さが残る現実世界に消えていった。
◇◆◇◆◇◆
キーンコーンカーンコーン――
「あー疲れた……」
授業の終わりを告げる鐘の音が鳴る中、クラスに活気の声が戻る。
男子達は騒がしく購買へと向かい、女子達は友人と席をくっつけながらランチタイムへと入る。そんな中我らが深見玲はというと、机に突っ伏しながらしばらくの間固まっていた。
「なんで休み明けの初っ端から授業があるんだよぉ。もう帰りたい帰りたい帰りたい」
足を小さくバタバタと振り、誰にとも言わず不満をアピールする。幸いというべきか、彼女の近くに人は居らず、その奇行が誰かに見られることはなかった。
「ご飯食べよ……」
時間がもったいないと思ったのか玲は体を起こすと、鞄の中からお弁当箱を取り出す。
「う~ん、茶色い。ま、いつもか。いただきますっと」
蓋を開けると、昨日の余り物と思われる煮物にから揚げ、白米に梅干しがのったシンプルな日の丸弁当があった。
いつも通りの中身に玲は律儀に手を合わせると、箸を使って口へと運んでいく。
一応、彼女の名誉の為に行っておくが、別に友達がいないわけではない。
確かに彼女の学校生活には友達と呼べる存在は残念ながらごく僅かであり、基本的に一人で行動しているわけだが、それでもクラスメイトと呼べるくらいには周りの子とも絡む上に仲も良好である。
ただ彼女にとってゲームが何よりの優先事項であり、面倒な友達付き合いよりも早く帰りたいと考えているため、あえて自ら一匹狼を演じているだけなのだ。
決して『なんか深見さんって何考えてるか分かんなくて近寄り辛いよね』なんて噂されている、そんな事実は存在しないのだ。
「くしゅん!……なんかむかつくこと言われた気がする」
何かを感じ取ったのかくしゃみした玲は鼻を擦りながら辺りを見渡す。
ただ周りの視線がこちらを見ていないのを確認すると、何か馬鹿らしくなってご飯を食べる作業へと戻った。
「――ふぅ、ごちそうさまでした」
そうして米粒一つ残さずにお弁当を平らげた玲は鞄の中にお弁当箱をしまうと、代わりにスマホを取り出して操作を始める。
「なんか面白い情報ないかな~」
玲が真っ先に開いた画面は今の時代を席巻する超有名SNSの『Tell us』であった。
全世界のユーザー数が億を超えている大規模のSNSには毎日多くの情報が飛び交っており、今や掲示板にさえ勝るとも劣らない、効率的に情報を集めることが出来る場所であると玲は感じていた。
「あ、そうだ。今のうちにアカウント作ろっと」
そうして特に何も発信していない、普段の見る専用アカウントでログインしようとした時、ふと前々から考えていたことを思い出す。
昨日まではほぼ毎時間、毎日のように『ToY』の世界に入り浸って配信を行っていたため配信予定の報告などする必要もないと玲は考えていた。
しかし今後学校が始まるとなると、帰る時間も少し不定期となるうえに出来ない日も当然出てくる。そのためにもゲーム以外で気楽にやり取りができるツールを探していたのだ。
「名前はレイでいっか。あとは配信URLを載せて……よし、完成」
そんな中、レイが目に付けたのがこの『Tell us』であった。もともと使っていたため使用方法が分かるというのと、もう一つ、玲にとって大事な理由があった。
「宣伝は配信でするとして、とりあえずセブンさんのフォローしなきゃ」
最低限の設定だけ済ませた玲はアイコン等の触らなくていい箇所は初期設定のままセブンのページへと向かい、すぐさま『ファンになる』というボタンを押して、セブンの情報をアカウントに登録する。
「あわよくばお互い『ファン』になってもっと仲良くなったり……あれ?なんか呟いてる」
彼女の目的のもう一つがまさにこの事であり、憧れのあの人ともっと仲良くなれるかもという淡い期待があったからだった。
邪な気持ちでふへへと気持ち悪い笑みを浮かべた玲が画面を下にスクロールすると、つい1時間ほど前にセブンが投稿した記事を見つける。
『宣戦布告。近々また遊びに行くよ。準備して待っててね、負け犬君?』
「宣戦布告?遊ぶ?負け犬?」
そこに書いてあった内容に玲は首を傾げる。
あまりにも抽象的で、一体何のことを言っているのか、そもそも誰に言っているのかすら分からない。その意味が気になって仕方がないレイは少しでもヒントを求めるために、その記事のコメントを見に行く。
『待ってました!もう好き勝手やっちゃってください!』
『宣戦布告って『八傑同盟』にですか?負け犬ってのは?』
『ギークだよ。β時代にいろいろあったみたいだし』
『遊びに行くのはどこなんだ?セブンさん教えて~!』
「なるほど……」
コメントを読んだ玲はその内容に納得する。
宣戦布告という言葉の意味もタイミング的には辻褄が合うし、β時代のセブンを知らないが、【キーロ】での様子からギークとは何か因縁がありそうだということも分かるため、概ね間違っていないのだろうと推測する。
「本当にそうなら私はセブンさん側につくことになるのかな。うわっすごい楽しみかも!」
この先に起きるかもしれない未来を妄想して玲は一人でにテンションが上がる。
「そのためには早く『監獄』からでないとなぁ。あ~、余計早く帰りたくなってきた~」
ただ帰宅の時間はまだまだ遠いことを思い出し、そのテンションに反比例するようにレイの体は机に向かって沈み込んでいった。
[TOPIC]
WORD【Tell us】
もっとも有名と言われる無料SMSであり、ユーザー数も世界1を誇る。呼び名は『テラス』。
ユーザーは記事と呼ばれる300字前後の文章を投稿することができ、そのユーザーの『ファン』になれば自身のタイムラインに自動で表示されるようになるという仕組み。
その記事の評価方法にはサムズアップマークで示される『イイネ!』と歯の見せた外人のマークで示される『スンバラシイネッ!』がある。基本、サムズアップしか使われない。




