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第6話 面倒事から逃れたと思ったのにまた巻き込まれる


事情聴取と言う名の取調べに疲れた僕は宿に帰るなり、自室に入り、ベットに飛び込んだ。


「あぁ~」


誘われるようにベットに吸い込まれた僕は疲れきった身体を弛緩させ眼を閉じる。

そして、事情聴取の事を思い返す。


そもそも僕が森の中で迷わなかったのは、幻覚系・干渉系つまり世間一般で言う状態異常に強い耐性を持っているからだ。


しかし、今回それを言おうモノなら間違いなく森の異変調査に駆り出される事になっていただろう。

今回の強制事情聴取のように。


そんな大した金にもならない面倒事に巻き込まれるのは御免だったので、僕が全く役に立たないのだと誤魔化す必要があった。


そもそもあれは何者かの能力あるいは神遺物から明確な悪意を持って行使されていた者だ。

何故、あの樹海で?とか気になる事はあるけど、あの視線のおぞましさは出来れば相手したくない類いだ。


能力の詳細については流石に僕も把握出来てない。

分かっている事は他人の認識、特に方向感覚を狂わせる力ということだ。けど、あれは絶対的な力を持っている訳ではない。

只、違和感を持たれないように少し方向をずらしているに過ぎない。

だから、明確に可笑しいと気付き、逐一座標と方角を把握していれば森から抜け出すことも可能な筈だ。


とまあ、話の内容としてはこんなもので一分もかからず説明が終わるのだけど、個性豊かな冒険者の面々の横やりによって長々と延びてしまった。

けど、四苦八苦したかいもあって無事解放されたのだから良しとしたい。

後は高ランクの冒険者クランの面々がなんとかしてくれるだろう。

因みに立ち去る時にカナの不満げな視線をずっと感じていたけど、気付かないふりをさせてもらった。


「やっと一日が終わった」


思えばだるい二日間だった。

今週はゆっくり休もう。


あ、そういえば、石竜ちゃんどうし……よ……


僕は深い眠りについたのだった。



――――――――

―――――――

――――――

―――――

――――

―――

――





次の日、僕が眼を覚ました時には既に日は沈み始めていた。


だいぶ長く眠っていた事は明確だ。

けど、その分目覚めは最高だ。


僕は日課の小剣の素振りを行う。

数度振り、自分の感覚とイメージが一致するか確認する。


「よし」


身体の疲労はほぼ残っていない。

昨日あれだけ走り回ったというのに良く疲労が抜けたものだ。

自分の身体ながら関心を覚えずにはいられない。


「今日は何をしようかな」


酒場、賭博、風俗。色んな事が頭の中を巡る。

うん、どれもありだ。

思い浮かぶ内容がどれも酷いと思うかも知れないが夕方からと言うこともあり、やはり候補に上がる多くが夜の遊びになるのは致しかない。



そんな風な事を腕立て伏せをしながら僕は思考する。

そういえばこの話をすると皆意外そうな顔をするのだが、僕は日々の鍛練を仕事の日以外は欠かさず毎日行っている。

冒険者の仕事は身体が資本だ。日々の鍛練をすることは当然であり寧ろ、鍛練しないという方が信じられない。


例えば鍛練を怠るだけで数ミリの動きのズレが生まれ、その結果自分のイメージとは異なる動きになってしまう場合がある。

これは命を担保に働く僕らには致命的な問題だ。



流石の僕も命と面倒さを天秤に比べたら、命の方が大切だ。

だから、面倒だけど僕はこの日課を続けていくだろう。


とまあ話が少し逸れてしまったけど、今日何するかを日課の鍛練をしながら考えていた訳だけど。


その考えに考えた結果、たまには女の子をナンパしにいくのもありだなとふと思い付く。


思い浮かぶのは二週間くらい前にエルフの女の子をナンパしようとしてこっぴどく吹き飛ばされたことだ。

亜人との関係が悪化してからエルフの女の子なんてそう見かけられる者では無かったのでついテンション上げ上げで行ったのがミスだったのかもしれない。

次会ったときは野生の小動物を愛でるように優しくしよう。

それでまずは友達から、そしてあわよくば一発だ。

自分でも良くわからない決心をしつつ、僕は鍛練を終わりにした。


水で汗を流した後、僕は宿を出た。

向かう先は繁華街。


僕が暮らすこの都市は迷宮都市ハースという名前だ。

名前の通り、この都市は迷宮ダンジョンと共に発展してきた都市なので迷宮を中心として都市が形成されている。

今、僕が向かっている繁華街は迷宮ダンジョンと貴族街に挟まれた中央東区画に位置する場所で迷宮帰りの冒険者、貴族、そして、商人、旅行客、多種多様の人間が集まっているこの都市の中心街ともいえる場所だ。


そのある一部のエリアでは奴隷商や風俗、違法すれすれの商品の販売をしている商人がいたりと余り立ち寄るべき場所ではない所も幾つもある。

僕もたまに足を伸ばしてそっちで遊ぶ事もあるが、今回の目的はナンパなのでそっちには行くつもりはない。


僕が向かうのは繁華街の中でも飲食店と商業施設が立ち並ぶ一角セゾン通りだ。

ここは観光スポットとしても有名でハースに訪れた人間なら一度は足を運んでディナーやショッピングを楽しんでいく。

それはつまり、田舎から都会に出てきたまだうぶな女の子とかもいるわけでナンパするにはうってつけの場所なのだ。



宿から歩いて10分ほど、繁華街についた僕は灯りの眩しさに眼を細める。

魔灯一つ動かすのに小指の第一関節くらいの魔石が必要と考えるとこれだけの数を揃えるのにどれ程の金がかかっているのだろうか。

そんな事に頭を使いながら僕は真っ直ぐセゾン通りに向かう。


途中視界に入ったのは幾重にも張り巡らされた魔灯によっていかがわしいイラストがチカチカと照らされている店だ、

金に酔い、酒に酔い、女に酔う。誰もが皆浮き足づいている。

ここは所謂違法がまかり通る場所のすぐ前だ。本来なら繁華街のこのエリアに来るつもりは無かったが、一番の近道がこの通り道なのだから仕方ない。

それにあくまですぐ前を一瞬通るだけ、問題に巻き込まれる事なんてそうあるはずがない。




僕のその考えは数秒後、間違いだった事が分かった。


何かが割れる音が響く。


「ん?」


その音に釣られ空を見上げれば一人の少女の姿が目に入る。

魔灯の光に照らされ透き通る金の長髪を風になびかせながら、空に飛び出た一人の少女。

その姿は妖精が空を舞っているように幻想的で美しく見えた。


まあ、そう見えたのも一瞬だったけど。


当然、少女しかり人間が空を飛べる筈も無く、即座に少女は重力に従い落下し始める。


少女が飛び出したのはこのエリアでも最大の規模を誇るラクシャワルト商会が経営するカジノ、ブルームの3階からだ。


その高さから転落ともなれば足で着地すれば骨折確定。頭を打てば死亡。

カナや荒事に馴れた冒険者なら上手く衝撃を流しつつ着地出来るだろうが、空中で全くバランスを取れていない少女を見るに転落死が妥当だろう。


けどまあ、どうやら少女は悪運が強いらしい。

落ちてきた真下に僕がいるのだから。



突然の事態だが動揺は一切ない。 

いつも通り受け止めるだけだ。


女の子が上から落ちてくる事に対していつも通りと言っている時点でなんか既に可笑しいけど、僕にとってはこの展開は良くある事なので考えても仕方ないのだ。



僕は落ちてきた少女をしっかりと抱えるように受け止める。

三階から程度なら余裕だとたかををくくっていたけど、その予想を超えるほど少女は軽くて少し驚く。0.5カナ位しかないのだ。


一方、少女はというとぎゅっと眼を瞑って地面と衝突する痛みに備えていたのだが、優しく誰かに受け止められた事に驚愕し眼をかっ開く。


少女の蒼く澄んだ瞳が僕の死んだ魚のような瞳と交差する。


この時少女はどんな気持ちになったのだろうか。

因みに僕は、また面倒ごとに巻き込まれたと絶望していた。

嫌なら受け止めるなって話だけど、上から人が落ちてくることに慣れすぎてついキャッチしてしまった。


少女は僕に受け止められたのを理解するや否や、魚のように勢い良く翔び跳ね、地面に着地する。


そして、若干よろけつつも少女はたどたどしい足取りで駆け始める。

僕の手を引きながら。


…………………………。


いや、僕の手を引く必要ないよね。


と内心では思っても弱々しく握られたその手を直ぐに振りほどく事はできなかった。

当然それは筋力的な意味ではなく精神的にだ。

力で言えば0.001カナ位しかないのだから流石の僕も力負けするはずがない。

けど、可愛らしいフリルのついたドレスを身に纏ったいかにも高貴の出ですといった少女が僕の手を握って駆けているのだ。

こんな機会滅多にない。

それに成長すれば別嬪さんになること間違いない愛らしい顔立ちなのでここではいさようならしてしまうのは余りに惜しい。




僕は葛藤せざるを得なかった。

邪な感情を優先し少女を助けるか、面倒ごとを避けろと叫ぶ理性に従うか。


そして、決断する。


今回巻き込まれた面倒ごとは今ならまだ引き返せる範疇だ。

邪な感情を振り払いそして、少女の手を僕は振り払った。

無慈悲な男と呼んでくれて構わない。僕は僕の安寧を守る為に精一杯で、避けられる面倒ごとなら避けたいのだ。



振り払った勢いのせいか少女は後ろを振り返る。その瞳に驚愕を浮かべて。


ああ、罪悪感が沸く。

けどこの感情も所詮一過性のものに過ぎない。

数日たてば直ぐに忘れるさ。



しかし、僕が手を払ったのと同時に後方から男達の怒声が響いた。


「女が逃げたぞ!追え!」

「男が一人協力してやがる!」

「男は殺せ、女は傷付けるなよ」


その声を聞いた僕の判断は最速だった。


「逃げるよっ」


「ひゃっ!」


即座に振り払った少女を抱え、駆け出す。

少女は突然の事で驚きの声を漏らすが抵抗する様子も無く、顔を真っ赤にしながら僕の胸の中で大人しくしている。


さて、僕がどうして急に手のひら返ししたか、答えは簡単だ。

男の言い方からして既にあの時点で僕も巻き込まれていた事が分かったからだ。


僕がこのいたいけな少女を見捨てようとしたのはまだいつもの日常に戻ってこれから繁華街に行けると考えていたからであって、僕を含め追いかけられるというのなら少女をついでに助けてあげて恩を売っておいた方が増しだ。



というか、僕は殺していいって酷くない?




繁華街の裏道を駆けながら追跡者の気配を把握する。

足音や怒声からしてかなり広範囲に追っ手はいるようだが、僕らの事は見失っているようだ。

まあ、それも当然で僕からしたらここは庭で彼らからしたら迷宮のような場所なのだから。

それだけのこのエリアは入り組んでいてだからこそ、違法な物件も数多くあるわけだ。


僕はその違法な物件の一つである建物へと足を踏み入れる。

建物内は廃墟と言っていいほど荒れている。

その建物の地下へと続く階段を降りて行き当たりに位置する扉を開く。


「今日は営業してねえぞ」


カウンターの奥で椅子に腰掛け本を読んでいる男は顔を上げる事すらせずそう告げた。


「知ってるよカイ。けど、ごめん。ちょっと訳ありでね」


「あ? なんだウォルトじゃねえか……久しぶりだな」


男は本を丸机に置き、ちらりと僕の抱えている少女を見て、にひるな笑みを浮かべる。


「で、今回はなんだ?人身売買か?まあ、アレ(・・)がいいから俺としては大歓迎だけど」


この男の名前はカイ・ヒューストン。

年齢は30後半位で短い青髪に無精髭を生やした男で違法な薬物、武器、道具を売買している総合違法品販売者だ。


僕もここで良く禁製品の薬を売ったりして小金を稼いでいてこのエリアでは一番お世話になっている人だ。


因みにカイ・ヒューストンは偽名らしく本当の名前は知らない。


「人身売買にはまだ手をつける気はないさ。国が恐いしね」


「は、確かにバックがいねえとあっさり捕まっちまうもんな」


男は煙草に魔導式着火装置で火をつけ、吸い始める。


「ふう、で、ならそのガキはなんだってんだ、めちゃくちゃ怯えてるじゃねえか?そんな子兎抱えたてめえを見たら拐ってきたようにしか見えねえが」


「うーんまあ、概ね間違いじゃないかも」


「おいおい、マジ言ってんのか?? さっき言ってたろうが、国が恐えって。だって言うのにそのガキどうみたって貴族の娘だろうが?」


カイの言う通りこの少女は貴族の娘なのだろう。

そして、それを拐ってきたと言うことは国に喧嘩を売ったようなもので、カイが驚くのは分かる。


「貴族の娘だろうね。けどまあ今回は相手が違うんだよ」


「あぁん?誰なんだよ?」


「ラクシャワルト商会」


その言葉を聞くなりカイに表情が無くなる。


「……帰ってくれ」


当然、その名前を出せば彼が嫌がるのは想定していた。

けどまあ、折れるつもりはない。


「嫌」


「……帰ってくれ」


同じ問答を繰り返すことになってしまうのは面倒だったので僕は勝手に話を進めようとする。


「でまあ、詳しい事情を話したいのは山々なんだけど」


「聞きたかねえぞ俺は……」



「安心してほしい、僕も詳しい事は一切分からない」


僕のその言葉にカイは何を感じとったのか分からないが、ぽつりと呟く。


「……ラクシャワルト商会はここいらじゃ最大規模の商会だ。それに、このごみ溜めの支配者だぞ……」


ラクシャワルト商会といえばこのエリアの統括をする所謂、大商会だ。

しかし、商会と言っても普通の物だけを売っている訳ではない。

寧ろ、仲介業者に近く傭兵や運び屋と言った労働力を売っている商会なのだ。

実は僕も何度かさくら役として人を何人か借りた事がある。

詳しい事情は割愛するけど、冒険者と違って違法な依頼にも答えてくれるから非常に便利なのだ。

そして、この商会の一番の稼ぎ頭とされるのが先程少女が飛び降りてきた場所、カジノ『ブルーム』だ。


ブルームはこのエリアのカジノ中でもかなり規模を誇っていてかつ、人気のある賭博場なのだが、違法紛いなことも裏で多々やってる危ない場所だ。

だから僕は余り行くことも無いので関わりは他の大商会と比べると希薄だ。

しかし、カイの場合は違う。

カイはラクシャワルト商会が管理しているエリアの住人だ。

裏でこそこそやっていようが関わらない訳にはいかない。

だから、敵対しようものなら真っ先に潰されることになるだろう。


「いや悪いね、迷惑をかける」


「たく、相変わらず強引な奴だ」


カイは煙草の火を消すと、奥の通路を指差す。


「……奥の部屋、206が空いてる。好きに使え」


カイの中でどんな葛藤があったのか想像つかないけど、諦めがついたらしい。


「ありがと」


僕はそれだけ言うと、206部屋に向かおうと足を進める。

がふと思った事を振り返ってカイに問い掛ける。


「もしかして僕の事売ろうとしてる?」


「……馬鹿言え、出来るわけねえだろ」


カイは僕の問いかけに振り返る事すらせず、そう答えた。


「そう、なら安心したよ」





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