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第四話 一難去って


「はあはあっ……っ、はあっはあっ……」


息を切らしながらも懸命に走る。

既にカナの姿はない。

状況を一度冷静に省みよう。


カナが先に行った今、僕は囮役としてなんとかこいつの裏をかくしかない。


問題はカナに着いて行くためにペースを上げすぎて体力が尽きかけていると言う点だが、生憎カナを必死に追いかけている内に巨人との距離はだいぶある。

数百メーター、時間にして数十秒。


一呼吸おく余裕は充分ある。

それだけあるなら巨人の攻撃を避けつつ一撃を入れられるぐらいの事は出来るだろう。

そしたら上手くいけばそのまま逃げきる事も可能な筈だ。


立ち止まり呼吸を整える。


「ふぅ……」


巨人が木々を倒しながら真っ直ぐに此方に迫り来る。

数十秒にも満たない束の間の休息は終わりだ。ダガーを逆手で構え覚悟を決める。


土の巨人(ゴーレム)は速さを遅める素振りすら見せずに突き進んでくる。


みっともなく胎動しながら駆けるその姿は端から見れば滑稽に見えるかも知れないが、実際にその場の当事者となれば話は別だ。

僕は今から巨人の巨体の隙間を縫って逃げなければならないのであり、万が一あの重量物にかすりでもすれば即座に弾き飛ばされるだろう。

だというのにあれだけ上下に動かれると避けるスペースがほぼ無いと言える。


つまり、普通なら数秒後衝突して僕は死ぬと言うことだ。

それは嫌なので土の巨人(ゴーレム)の移動の乱れを読み、衝突の瞬間のタイミングを見計らう。


(1,2,3…1,2、あぁ!ズレた!)


と言っても山の地形が凹凸なせいで不規則的な挙動で土の巨人(ゴーレム)が動きにタイミングを合わせる余裕すら無く、接敵する羽目になる。


「ぶっつけ!本!番!」


倒れくる木々を足場にまず四つん這いになった巨人の胴体の下に潜り込む。

流動的な木々の足場から地面に着地し、その勢いを利用して駆け抜ける。


胎動した巨人が上から潰しにかかるのを咄嗟に身体を横に翻し、寸前の所で避ける。


その直後、後方が蒼く爆発する。


土の巨人(ゴーレム)の足は瓦解し、巨体がバランスを崩す。



「駄目か」


しかし、失敗した事を悟る。

魔石を複数繋ぎ、暴発させる形で爆発する魔導三式閑型榴弾、略して三榴弾をこっそり置いてきた訳だが、あの威力では土の巨人(ゴーレム)の機動力を奪うに足りなかったようだ。


現に崩れながらも此方に振り返り、紅く目を光らせていた。


「あれ、高いんだけどな…」


三榴弾が余り効いていない事に僕はショックが隠せない。

しかし、そんな感傷に浸っている余裕も無く、土の巨人(ゴーレム)は咆哮を上げ腕を降り下ろした。


「___アアヴァァ____」


咄嗟に後ろに飛び退く。


大地が揺れ、前髪がたなびく。

着地の勢いで後ずさりながら次の手を考える。


僕が持つ魔具の中でも高威力を誇る三榴弾、手持ちにあるのは後二つだけだ。

三つ使って片足を吹き飛ばすだけに終わるとなると『能力』でも使わない限り僕に倒す術はないだろう。


だけど、考えて見れば倒す必要はないのだ。

僕がするのは時間稼ぎ、どう倒すかは僕を置き去りにしたカナが考えてくれるだろう。

と言うより考えがあって僕を囮にしたのだと思わなければやってられない。


そんなことを考えている今なお、巨人の巨腕が何度も目の前を通り抜けていく。

それに対して身を翻し確実に避けていく。


だいぶこの巨人の速度と巨体に慣れてきた。

これならそう当たる事もない。


お互いに決定打を当てられず、只時間だけが経過していく。







「対人なら得意なんだけどな……」


そんな僕の呟きに反応してか、じり貧だと認識したのか分からないが土の巨人(ゴーレム)は大地に腕を差し込んだ。

そして、大地を抉り土の流弾が弧を描きながら飛来する。


何をしてくるのか一瞬身構えたけど、このぐらいなら余裕だ。


最小限の動きで流弾を避けようとするが、


「いっ!?」


間髪入れずに巨体が迫りくるのを目視し、身が強張る。


この怪物容赦ない。


即座に思考を切り変え、土をダガーで逸らし突撃してくる巨人に意識を集中する。


土の流弾を弾きつつ敵の突進を完璧に避ける。

難易度は最初の激突と比べても段違いに高い。


「けど」


僕はなんなく全てを見切り、完全完璧に土の巨人(ゴーレム)の攻撃を避けた。


「もう慣れた」


まあ、慣れたと言っても土の巨人(ゴーレム)と違い体力には限りがある。

いい加減、カナに何とかしてもらいたい所だけど。



そんな他力本願の僕は空を見上げ笑みを浮かべる。

マジェンダ色の光が空に一つ上がっていたからだ。


あれは魔導式発光弾。冒険者御用達の連絡魔具だ。

そしてマジェンダ色の意味は『集合』


この状況下でこれを使うのは一人しかいない。


「きたっ」


何があるのか分からないがカナが発光弾を打ち上げたということはこの土の巨人(ゴーレム)を倒す算段がついたと言うことだ。


僕はその方向へ駆け出す。

誘導するのは普通の魔物と違って簡単だ。

疑念を持たない猪突猛進の土の巨人(ゴーレム)。只逃げれば良いだけだ。


息を切らしながら、最後の一踏ん張りと全力で駆ける。

木々の合間を抜け、信号弾の真下を目指す。


木々を避けながら走る僕と直線距離で木々を薙ぎ倒してくる土の巨人(ゴーレム)、普通ならそれでも僕の方が速い自信がある。けど、全力で駆けていると言っても既に疲労困憊の僕では土の巨人(ゴーレム)を引き離すだけの体力は無く、互いの距離は徐々に近付いていた。


「はぁはあっ!__っ、はぁっ……はぁ」


轢き殺さんとばかりに背後に迫る足音が恐怖を煽る。


大丈夫だ行ける。


木々の合間を抜けると川の流れる音が聞こえた。


「そういうことね」


カナの狙いが分かった気がした。

安直な発想だけど、土で出来た巨人なら川に落としてしまえば溶けて流される。 

これが実際に通用するか確証は無いが試す価値は充分にある。

問題はどうやってするかだけど、恐らくカナが何かしらの準備をしている筈だ。


森を抜けると予想通りに行きに通った川に出た。

カナの姿は見当たらない。けど、川の反対岸に発光弾の跡が残っていた。


川の幅は6メートル程度、充分飛び越えられる距離だ。

僕は盛大に大地を蹴り跳躍する。


そして、着地と同時に僕は転がりながら、後ろを振り替える。



一方、もう目と鼻の先に僕を捉えていた土の巨人(ゴーレム)は川の存在に気がつくと初めて動きを止めようと減速し始めた。


土の巨人(ゴーレム)程の巨体にもなると慣性が働き、そう簡単には止まれない。大地を削り身を削りながらもゴーレムは勢いを殺していた。


やはり水が苦手なのは違いないみたいだ。

けど、カナはどうする気なんだ?流石に土の巨人(ゴーレム)も自分の苦手な物は判断出来るようにプログラムされている。このまま素直に川に突っ込んでくれれば話が早いけど、あの減速具合からそんな希望的展開にはなりそうもない。


「落ちろぉぉぉ!」


一人の少女が空高くから土の巨人(ゴーレム)を蹴り飛ばした。


轟音。

人が殴った音には到底聞こえない。爆発したような轟音が周囲に鳴り響いた。



「ははっ」


笑いが込み上がる。

そうだ。そうだった。カナはこういう奴だった。


僕が考えてカナが動く、その普段とは異なり、僕が囮として動いているのだからその間にカナが対抗策を考えているものだと考えてしまっていた。

けど、そんな筈が無かった。


きっとどんな策を建てていたのか聞いたらこう答えるに違いない『川があったから落とせば行けそうって思ったの』


過程を考えずに結果だけ考えてここに呼んだに違いない。

そして最後はいつも力押し。

普通ならこんな行き当たりばったりの考えでうまく行く筈がない。しかし、彼女にはそれだけの力がある。

能力保持者スキルホルダーとしての英雄の才覚を持っているのだから。




そして、土の巨人(ゴーレム)は後方から突如襲われた衝撃にバランスを崩すも対岸に腕を突き、川には落ちない。


まあ、そうなるのは当然だ。

幾ら不意をついて後ろから蹴り飛ばしたとしてもそう簡単には落ちてくれないだろう。

けど、そこまで分かっているのならフォローするのは簡単だ


「あ、そこ危ないよ」


土の巨人(ゴーレム)が手を着こうとした瞬間、土の巨人(ゴーレム)の両腕が爆散する。

残り二つ余っていた魔導三式閑型榴弾。それを着地点に投げておいた。只それだけ。

だけど、その結果、崩れた重心を前で支えようとした土の巨人(ゴーレム)は力の行き場を失い、川目掛けてダイブすることになる。


土の巨人は溶解するように土が泥に変わりそして川に流されていく。


「おお、溶けてく溶けてく!」


それを感慨深く眺めていた僕を空から呼ぶ一人の少女。


「ウォルトっ!」


川に落ちる巨人の背を蹴り此方の岸に離脱したのだろうけど、何でこっちというか僕に向かって落ちてくるのだろうか。


カナはキャッチしろと言わんばかりに手を広げている。

ここですっと避けてもカナなら全くもって大丈夫だろうけど、後の事を考えたら僕が大丈夫ではない。


仕方なく、受け止める。


「うぐっ!」


なかなかの衝撃。

カナの身体がいくら細身だと言っても数十メートル高さから勢いがついた状態で受け止めるのには無理があったようで尻餅を着いてしまう。  


僕を囮にしたことや行き当たりばったりの作戦、今のことだって色々と言いたい事が脳裏を過っていくが、嬉しそうに笑顔を浮かべるカナを見たら何も言えなくなってしまった。


だから、僕は溜め息を一つ吐いて。


「……お疲れ」


「そっちもね」


全くだ、寧ろ苦労したのは大半僕なのだから。

けど、そんな事はどうでもいい。

今は兎に角疲れた。


僕が身体を横にすると、それに沿うように無言でしなだれて寄り掛かってくるカナ。

こう見えてカナは結構甘えてくる事が多い。

時折見せるこういった女の子らしさに心臓がときめいてしまうのは男のサガであり仕方ないことだけど、ここで勘違いしてはいけないのだ。

以前もこんな風にいい雰囲気になった時があった。

その時、僕はこれはいけると思い、


『カナ、一発やらない?』


と言った訳だ。

当然、一発と言っても一発で終わらせるつもりはなかった。最低でも三発はこなすつもりだったのだが、結局、一発やるどころかぶちギレられたカナに数十発鉄拳を入れられ意識が吹き飛んだ。


あれから一週間はカナの姿を見て身体が無意識に震えだす謎の後遺症が残ってしまっていた。


そんな訳で一度学習した事を僕は二度繰り返さない。


と言ってもこの時のカナは幾分機嫌が良いので軽いボディタッチなら見逃してくれる。


括れた腰に手を回しカナが嫌がらない事を確認してから小ぶりの引き締まったお尻を撫で回す。


「んっ……」


くぐもった声を溢す。

そっぽに目を向けるカナの頬は朱色に染まっている。


なんかエロい。


小学生並みの感想に聞こえるかも知れないが僕にはそれ以外の言葉で表現することは出来なかった。


そんな訳で僕は束の間の安らぎを堪能していたのだが、大事な事を思い出して身体を跳ね起こす。


「あーっ!!」


「きゃっ、ウォルトどうしたの?」


「僕の石竜ちゃん……忘れてた」


巨人に追いかけられていてすっかり忘れていた僕のペット一号。

土の巨人(ゴーレム)の狙いは僕らで合った事は間違いから巻き込まれていなければ無事な筈だ。


しかし、この森の奥にまた戻る気には流石にならない。


カナは気付いていないが森の奥で感じた嫌な視線を未だ感じるのだ。

土の巨人(ゴーレム)を退治したと言うのにまだ厄介事が残っているのかとうんざりするが、それも当然で僕らを襲った巨人は明らかに誰かによって造られた代物だ。

ならこの視線はその使役者のだろうと想像がつく。


けど、視線は感じるもののまた戦闘になる様子はない。

つまり、僕らが森の奥に来るのを拒んでいるだけに見えるのだ。


それならやぶ蛇をわざわざ突っつく必要もない。

石竜ちゃんには悪いが、街に帰宅が最善手だ。


「カナ、今日はもう帰ろうか」


「ん? いいの?折角テイムした石竜を回収しなくて?」


「森の様子も可笑しいし、早めにギルドに報告した方がいいでしょ」


「ウォルトにしては真っ当な意見ね」


「失礼な、僕ほどまともな人間はそういないはずだけど?」


この目の前に立つ破天荒少女とは全くの真逆をいく普通を体現した僕になんと言う言い草だろうか。


「えぇー……」


そんな僕の言葉に何言ってんだこいつ?って視線を向けるカナ。

訳が分からない。何か可笑しな事を僕は言っただろうか。


「???」


「うわぁ、ウォルト本気で思ってるんだ……」


今度はドン引きした様子で呟くカナ。

いつも思うがカナは僕をどういう風に見てるのだろうか。


「ほら。さっさと帰ろ!」


「ひゃっ」


けど、面倒になった僕はそう言ってカナの尻を一撫でして街の方角に歩き始めるが。


直後、脇腹に拳が捩じ込まれた。


「ゴフッ__」


僕は苦悶の声と共に大地に膝をつく。


「な、何でカナっ……?」


「ウォルトがいきなり触ったからでしょうがっ」


「い、いやさっきまで散々触らせ_ガハッ」


最後まで言い終える前に第二撃が飛んでくる。

この女、容赦ない。


「先帰るっ」


女の心は秋の空とは良く言ったものでカナの心境の変化が僕には訳が分からない。



地面に倒れ付した僕をおいてカナは先に歩き始めてしまう。

普段の僕らなら二人別々に帰ってお仕舞いだ。 

けど、でも駄目なのだそっちは……。


僕は声を張り上げてカナを呼ぶ。


「待って……待ってカナッ!そっち逆だからぁっ!」



数秒後顔を赤くして無言で戻ってきたカナと二人、僕らは街に帰ったのだった。


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