第三話 巨人
「はあ、なるほどね……」
「理解して貰えたみたいで良かったよ」
カナは自分が寝ていた間に何が起きたのか黙って聞いた後、頭に手を当て、溜め息を吐いた。
「何があったかは分かったけどさ……まさかそこの丸岩が石竜だったなんて信じられない……いやまあ、信じてるけど」
「カナの気持ちも分かるよ。僕だって昨日寝る前に座ったのに全く気が付かなかったからね」
てか、動いてよ!
人に座られてもガン無視する魔物なんて普通いないよ!
石竜が温厚かつ鈍重なのは話には聞いていたけど、ここまでだとは流石に思いもしなかった。
僕が気分転換に散歩に行かなければ石竜の存在に気が付く事は無かったに違いない。
だと言うのに。
「でもウォルト……夜番の時間に何呑気に散歩してるの?私を置いてさ?」
カナは僕が夜番から離れて散歩していた事にお怒りのようだった。
いや、その怒りは理解できるけども、結果オーライってことで見逃してもらいたい。
「さっきの言い方的に語弊が合って……あのぅ、なんというか僕はあくまで周囲に危険が無いか確認しにいってたりしてた訳で……」
「ふーん、ほんとう?」
「いや、嘘だけどさ」
「ははは、嘘かー!そっか!」
満面な笑顔を浮かべたカナが僕の頭部を掴む。。
「ん?あれ?待ってカナっ!痛い!イタタタタッ!頭が!頭がぁっ!」
カナの能力補正込みの握力が僕の頭部を襲う。
その頭を走った激痛に堪らず僕は膝を付いてしまう。
そもそもカナは身体強化の能力保持者だ。
そんな人外離れした握力で頭を握られ堪えられる筈が無い。
こ、このままだとまずい!
この場が惨い惨状になってしまう事が想像ついた僕はカナの手を両腕で掴み引き剥がそうとするが、必死の抵抗も虚しくピクリとも動かなかった。
細みの女の子に力で勝てない。才能の差って悲しいね。
そんな呑気な考えが頭を過っていた時。
そして、メキッと骨が軋む音が聞こえた。
気のせいだと思いたい。
必死に抵抗するも相も変わらず、カナの腕はピクリとも動じない。
僕は力を込めて引き剥がそうとしていた腕を下に下ろした。
抗っても変わることのない確定した未来。
それを理解したのだ。
ああ、なるほど。
これが、絶望か。
いや、冗談だけどさ。
これは一種のコミュニケーションの形。
僕とカナはいつだってこうやって馬鹿みたいなやり取りを繰り返した来たのだ。
まあ、それはいつも僕の行いが悪いからだけど。
そこは重要じゃない。
今、重要なのは頭蓋骨が割られないかどうかだ。
既にヒビが入りリーチ処かダブルリーチかかった状況でなお、カナのアイアンクローが終わる気配はない。
寧ろ、どんどん力強くなっている気がする。
カナー、そろそろ限界だよー。
現実で絶叫している僕は心の中でそう呟く。
そんな馬鹿な状況がいつまでも続くかと思った矢先、カナの握力がすっと緩む。
僕は未だ痛みが残る頭を抑えながらカナに視界を向ける。
カナは先程までの表情とはうって代わり、真剣な眼差しで四方を警戒していた。
「ウォルト……敵性の気配がする」
常人離れした感覚によって魔物の気配を察知したようだが、生憎やる気のないの僕にはそれが何処からなのかが分からない。
今僕が分かるのは先程から誰かにずっと見られていると言うこと位だ。
「……方角は?」
「まだ、分からない」
方角すら分からないのに気配を感じ取れるものなのか僕には分からない。
だから、大人しく指示を仰ぐ事にする。
「カナ、どうする?」
「……」
「カナ?」
うつむき硬直しているカナにもう一度呼び掛けると驚いたように顔上げる。
「えっ!?あ、何、ウォルト?」
「いや、どうする?魔物に狙われているんだよね」
「うん、それは間違いないよ。けど、いつもと違って魔物の場所が把握出来ないの」
「それの原因は?距離が遠いとか?」
「なんというか違くて……気配が拡散してる?いや、拡大?兎に角、広範囲に当たって魔物の気配がするの」
先程から感じるこの視線といい、気味悪い予感を感じる。
「原因不明か……なんか、嫌な感じがする。早めにここから離脱した方がいいかも」
『いつもと違う』
僕の嫌いな言葉だ。
こう言った時、何も問題が起こらず終わった試しがない。
杞憂だって言い張りたいが現実はそんな風に待ってくれない。
だったらとっととこの場から離れる方がまだ『いつも通り』に戻れるかもしれない。
「私もそんな気がする」
カナと目が合う。
瞬間、地形が凹凸に胎動する。
明らかに異常な揺れ。
そして、先程まで燦々と世界を照らしていた太陽が隠される。
僕らは空を見上げ絶句する。
そこには巨人が立っていた。
突如現れた巨人は全身土塊で出来たその身体をボロボロと崩しつつも何かを探すように周囲を見渡していた。
その大きく見開いた赤い一つ目が此方に向き、そして止まった。
僕らに狙い定めた事を宣言するかのように土の巨人が咆哮を上げる。
「ッアアアヴ____」
「ははっ……カナと意見が合った時って録な事が無いよね」
「全部ウォルトのせいだからね」
「何で!?」
理不尽にも程がある。
文句の一つや二つ言ってやりたい所だが今はそれ処じゃない。
兎に角、今は。
「逃げるよ!」
「逃げよう!」
僕らは土の巨人を背に走り始めた。
全力で逃げる僕らを土の巨人が四足歩行で追いかけてくる。
「ウォルトっ!来るよ!」
カナが横から叫ぶ。
振り返ると巨人が凪ぎ払うように腕を振るっていた。
「大丈夫問題無し!」
僕は地面に転がり巨人の腕すれすれを避けながら答えた。
薙ぎ倒された木々の惨状を視るにまともにくらえば間違いなく意識が持ってかれるだろう。
しかし、速さで言えば大した事はない。
目視してから回避動作に入っても充分に避けられる速度でしかなかった。
これならカナは当然、今の僕だって問題なく避けられる。
けど、逃げるだけってのもつまらない。
「カナッ!」
僕は一足先に出て、ダガーナイフで木を両断する。
その行動をカナは一目みて理解してくれる。
「任せてっ!」
カナは僕が両断した木を握りそのまま豪快に振り回し後方に迫る土の巨人に向けて投げ込んだ。
「よしっ当たり!」
只の木と言っても100キロは軽く超えている重量物を軽々と投げてしまうカナを見て改めて逆らうのはやめようと誓いつつ、直撃した土の巨人の方を見る。
激しい音と共に胴体にめり込んだ木は土の膨脹で外に押し出され、地面に落下する。
「効果なしかぁ、カナ他に何かない?」
「今度は岩でも投げてみる?」
「今と結果が変わる気がしないなぁ」
結局何か打開策が出るわけもなく、木々の合間を縫うように駆け抜けていく。
一方、土の巨人は障害物など知ったこちゃ無いと言わんばかりに逃げる僕らを最短で追いかけ、通り抜けた後には木々は倒れ、土で埋もれていた。
「この調子で街まで逃げれば街道が出来るね!」
「しても良いけど、そしたら私たち二人とも犯罪者ね」
カナの言う通りこのまま街まで逃げれたとしても魔物を意図的に都市や村に引き連れて来ることは重罪になってしまうので、次の相手は国と言うことになってしまう。
死刑までは行かないだろうが、即座に拘束されて監獄行きなのは目に見える。
それを想像してみた結果、
「3食昼寝付きなら牢獄に入るのもありかな」
「無理無理、炭坑にでも送られて一生働かされちゃうでしょ」
それは御免被りたいところだが、このしつこさからして諦めると言う概念がこの巨人には無いようだ。
となると、このまま逃げ続けているだけだといずれ力尽きて踏み潰される事になるのは間違いない。
「カナっ、このままじゃ二人仲良く潰されちゃうし二手に別れない?」
「はあはあっ良いよっ、私はこのまま走り続けるからウォルトは後ろに向かって走って」
「えっ!?」
「じゃまた、会えたらね」
「いやいやいや、待って待って、完全に僕を囮にする気じゃん!」
「ウォルトなら大丈夫!」
「なんの根拠があって!?」
僕の必死のつっこみに対して振り返る事もなく、カナはスピードを上げる。
「って無視!?」
そんなカナに必死で着いていこうとするも身体強化系の能力保持者であるカナに僕が速さで勝てるわけが無いので差がどんどん広がっていく。