第一話 記憶喪失から三年目。いつもの日常
当分は毎日更新していきます。
人、亜人、魔物、魔族が時には争い、時には共存し、この世界の歴史は紡がれてきた。
種族の存亡をかけた人亜戦争や全ての種族が共に暮らしたと言われる統一時代。
そんな激動の時代、英雄と呼ばれる者は数多に存在していた。
彼らは勇猛であったり冷徹であったり中には臆病な者だっていたそうだ。
そんな個性溢れる彼等だが、一つだけ同じ共通点が合った。
その共通点とは、『能力』を持っていたという事だ。
『能力』とは言わば生まれもった才能であり、神から与えられた『奇跡の行使権』と言うべきモノで。
『能力』を持つ者は数少ないが『能力』の数は無数に存在した。
火を産み出す者、気象を操作する者、肉体の限界を外す者。
行使できる力の大小はあれど、どれもが生物の限界、物理法則から外れた特異的な現象であることに違いが無く、『能力』を扱える者は貴重な人材とされていた。
そして、その力によって人類は理の枠外に存在する魔物、魔族を討伐することを可能にしてきた。
人々は彼等を『能力保持者』と呼んだ。
白い世界の中、僕は一人宙を漂っていた。
世界の流れに身を任せ、流されるままに宙を漂うのは何と心地好いのだろうか。
今の僕の気持ちは抗う苦しさを知っている人ならば皆分かるはずだ。
川の流れに逆らって泳ぐよりも、流れに乗せられて流されていく方が楽で早くて簡単だ。
誰だって辛いことや苦しいことはしたくないのだ。
だから僕も抗うすらせずに只、漂い流されていた。
でも一つ気になるのはこの白い世界の中で流されていく先は何処なんだろうか?
ふと、何処からか声が聞こえた。
自分を呼ぶ声だ。
その声は何処か懐かしいのに、『今』の僕にはそれが誰の声なのか理解出来ない。
その声の先は流れの上流の方だ。
けど、流れに逆らう気力が今の僕には無かった。
けど、彼女は僕の名前を呼んでいた。
「ウォルト、ウォルト」
誰かは分からないが僕を呼び続けている。
懸命に。
だからだろうか。僕は今度はこの流れの元に何が在るのか興味が湧いてしまった。
そして、一掻き。僕は川の流れに逆らった。
ああ、苦しい。
たった一度、世界の流れに逆らっただけで先程まで感じていた心地好い気分は消え、強い倦怠感、痛みを覚えた。
だから諦めて僕はまた流され始めた。
けど、彼女は僕は呼び続けている。
ウォルト……ウォルト……と。
「ウォルトーっ!!」
突如頭に強い衝撃が起きた。
驚きでベットから身体が跳ね起きる。
痛む頭を抑えながら、その痛みの原因へと僕は視線を向ける。
ベットの前には一人の少女が怒りで拳を握りながら仁王立ちしていた。
「ああ」
僕は全て理解した。
そして、その現実から目を逸らすように彼女から目を逸らす。
しかし、それを許さぬように少女は僕の首根っこを掴み強引に僕を引っ張る。
「ウォールートォー?ねえ、今日の約束覚えてる??」
「も、勿論覚えてるよ、カナ。今日は協力して討伐依頼に行く約束だったもんね」
僕がカナと呼んだ少女は蔑んだような目で僕を睨み。
「へぇーちゃんと覚えてたんだ……で!それなら何で来ないかなぁ??集合場所にさ!」
彼女の怒りは正当なもので、どんな理由が合ったとしても約束を破った僕が間違いなく悪かった。
だから僕は素直にカナに謝る事にした。
そこら辺素直に謝れる僕は大人なのだ。
「……いやごめん、寝てた」
僕はカナが怒った殴りかかって来るかと身構えるも彼女は呆れたように溜め息を着くと僕のベットに座った。
「はあ……」
「な、殴……らないの?」
「もう一発殴ったから良い。それとも殴られたい?」
「いえ、そんな事無いです。寛大な心のカナ様には感謝しても仕切れません」
ころりと態度を変えた僕にカナは蔑むように此方を見下ろしている。
「そもそも……あんたの用事に付き合うためだってのに誘った張本人が寝坊する?」
僕とカナの関係は端的に言えば、同業者だ。
僕らは魔物の討伐、迷宮の探索を生業としている所謂、冒険者という者で、命を担保に高額な金を稼いでいる人種だ。
と言ってもやる気のない僕はちびちびと小銭を稼ぐ程度で週に二日程度しか仕事をしていない。
僕みたいにたまにまとめて稼いで後は適当に暮らしている人も冒険者の中には結構いるらしくそういった人間は基本ソロ活動だ。
僕自身もその例に漏れず、普段はソロで動くことが多いのだが、今回は魔物に詳しい連れが必要だったので、冒険者ギルドを通して一名募集をかけたのだ。
そしたら驚くことに才気溢れる天才少女たるカナが名乗りをあげたらしく僕の前に姿を現した。
カナとは普段から一時的にパーティを組むことが合ったので僕としては信頼が置ける仲間として有りがたい事この上なかったが、僕の今回の依頼にカナが立候補するのは正直意外だった。
まあ、そんな訳で今日、明朝に中央広場前集合って事になっていたのだけどれも、気持ち良く爆睡して僕こと塵屑は頭を地面に着け、平謝りするのだった。
「全くです。ウォルトはゴミ屑な存在です」
「そこまで言ってないし。もういいからはやく準備して」
「ああ、ごめん。直ぐ出来るから」
僕はベットから降り、昨日用意しておいた服と鎧を着る。
鎧と言っても移動速度を重視した軽装なもので急所を防ぐように薄い鉄製の板が付けられている安物だ。
机に置いてあるダガーを腰に着け、一度抜く動作をする。
寝起きの割りには悪くない。
自分の動作を振り返り、そう評した。
抜いたダガーに刃こぼれが無いか確認した後に腰に差し直す。
一通り装備の確認が終わった後に朝一で宿の女将さんが汲んで部屋の前に置いていってくれる井戸の水で顔を軽く濯ぎ、近くにあった布切れで拭く。
「忘れ物しないでよ。特に今日使うアレ」
彼女が言い差すものが何なのかは当然分かっている。
そもそもこれがないと今日は何も出来ないのだから事前にしっかり用意しておいた。
「大丈夫、ポーチに入ってるから」
そう言ってポーチの中に例のアレが入っているか一応確認してからダガーとは反対の腰に着ける。
持ち物はこんなところだろう。
さて、行くとしよう。冒険に。
僕らは街からおよそ数キロ離れた場所に位置する樹海に訪れていた。
草木をかき分けながら歩く僕らは周囲の警戒をしつつも軽い会話をしていた。
「でも物好きよねあんた、何でわざわざテイマーに成ろうとするのよ」
テイマー、所謂魔物使いの事で魔物を懐かせ、冒険のお供や荷台の運び、移動手段用に調教する者の事だ。
普通の冒険者はテイムされた魔物を買うのだが、僕は違う。一から自分で育てるのだ。
まあ、なんでそんな面倒な事をするのかと言うと。
「んー、ソロでやっていくのに限界を感じたからかな」
主に精神的に!いや、一人は気楽で良いんだけどさ、やっぱたまに寂しくなっちゃうんだよね……
「それならわざわざテイムしに行くんじゃなくて買えば良いじゃない」
「こういうのは一からやるのが良いんだよ」
カナの意見は冒険者としては最もだが、僕としてはナンセンスだ。
僕がテイマーになるのは単純明快に言うなら只の趣味で。
暇潰しでしかないのだ。
趣味は手軽に出来るものを好む人もいるかもしれないが僕は手間のかかる事も好きな方で、だから今回自分でテイムした魔物を育てようと思ったのだ。
それにペット飼うと孤独感も薄れるらしいし。
「良くわかんない……それにソロに限界が来たならうちに入れば良いのに」
カナの言う『うち』とは冒険者クランの事だろう。
クランと言うのは目的が一致している冒険者達が徒党を組んだグループのようなもので。
例えば、まったりパーティ組んでのんびりやりたいとか。
採集メインの冒険者の集まりや迷宮ダンジョン潜り専門の冒険者の集まりとかそのクラン毎にノルマや方針が異なるのだ。
カナのクランは有名で悪い噂も聞かない優良なクランなのだが、僕としては絶対に入らないクランの一つだ。
その理由はまず一つ目に討伐ノルマがある。
二つ目に皆意識が高い。
最後に集団行動を重んじていて規律に厳しいという点だ。
仕事ならどれも普通の事では?と思うかもしれない。
まあ、普通なのだろう。
特に冒険者は時に仲間に命を預ける事もあるのだから集団行動、規律に厳しいのは大切な事だと僕も思う。
けど、僕がそこに入りたいかと言うと、それとこれとは話が別だ。
僕はカナ達のように別に高い目標を持って冒険者をしてる訳ではない、只、日々の金を稼ぐ為に仕方なく働いているに過ぎないのだ。
それに、ここいらでもトップクラスの実力を誇るカナのクラン、『ルプスレギナ』に誘われたからと言ってそう簡単に入れる筈も無いだろう。
団長との面会とか入団試験とか面倒事があるに決まっている。
それなら僕は一人を選ぶ。
好きな時間に寝れて、好きな時間に働けて、好きな時間に遊べる。
自由で縛られない。流れるままの生活。
それが出来るから僕は冒険者をやっているのだろう。
「カナのクランとは相性悪いしなぁ……それにルフタリアさん恐いし」
ルフタリアさんはルプスレギナの副団長をやっているおっかない女性だ。
普段から僕への当たりが強いのだがその原因はカナが僕に無駄に構うせいだと考えている。
「ルフ姉は厳しいだけ。あんたがもっと真面目で向上心高ければ優しいわよ」
「……真面目で向上心高いってその時点でもう僕じゃない別の誰かだと思うんだ」
真面目と向上心の真逆を行く不真面目の模範生たる僕にはそりゃあルフタリアさんは相性が悪いわけだ。
「……はあ、勿体ないなぁ……ウォルトは折角才能あるのにさ」
「僕の才能なんて世界で考えたらたかが知れてるよ。だから堅実に余裕を持って生活するのが一番の幸せだと思うんだ」
「そんなつまらない生き方の何が良いのかしら……はあ」
カナは大きく溜め息を吐く。
そんなカナの反応を見て僕は思わずにはいられなかった。
平凡に生きることはそんなにつまらない事なのだろうか?
カナのように大きな夢を持つことは良いことだと思う。
それに向けて努力することも美しい生き方であり、彼女の歩む道は数多くの羨望の視線を向けられる王道に違いないだろう。
けど、それ以外の生き方を否定するのは僕は好きじゃない。
怠惰に惰性的に生きるのも僕は素晴らしいと思うし。
淫靡で退廃的な生活だってきっと楽しい。
他人に迷惑をかけたりしているわけでも無いのにその生き方を否定しないで欲しいものだ。
まあ、そんな風に思っても言えないけど。
それは別にカナに反論すると怖いからとかではない……。
まあ、怖いけど。
「カナには分からないかも知れないけど細々と暮らすのも割りと悪くないんだよ」
「あんた、流されやすい癖にそういうとこは頑なよね」
「僕が流されるのは緩やかな流れだけだからね、カナみたいな流れが速いとこに飛び込んだりしたら直ぐ死んじゃうし」
そう答えた僕を懐疑的な目でカナは見てくる。
「ふーん」
僕は今何か可笑しな事を言っただろうか?
カナにそういう風に見られるような事はしてないはずだけど。
「まあ、いいわ。それよりあんた『例のアレ』私にも見せてよ」
「見たい?」
「そりゃあ、興味あるから……見たい」
「しょうがないなぁ」
そう言って僕は腰にかけたポーチから一枚の用紙を取り出した。
用紙には複数の言語、印が書き記されており、その内容は学の無い僕には理解出来ていない。
だけど、これが何なのか、どう使うものかは知っている。
「じゃーん、これが『主従刻印の書』……の一片」
これは魔石を用いた魔灯といった魔具とは異なる代物だ。
生まれ持って能力スキルを持つ能力保持者スキルホルダーの中には物を産み出したり、能力を他人に扱えるように出来る者がいる。
そういった人間は『創成者クリエイター』と呼ばれたりするわけだが、彼らは普通の能力保持者より更に重宝、優遇される。
そりゃあ、能力の恩恵を直に得られるのだから当然の話で、彼らは多くの物を生み出してきた。
今回、僕が持つこの紙切れもその産物なのだ。
『主従刻印の書』。
これは創成者クリエイターが生み出してきた数多くの道具の中でも人類の歴史を変えたと言っても過言ではないレベルのとんでもない代物で名前から察せれる人もいるかもしれないけど、これはずばり他者を隷属させる事が出来る書なのだ。
人間は勿論、亜人そして、魔物すらも契約さえ交わせば隷属することが出来、隷属された者は強制権に逆らうことは不可能になるのでこれを悪用して違法な人身売買を行う者が絶たなかった。
一方で真っ当な使い方として囚人、犯罪奴隷の管理や魔物の調教に用いられ人類の文明の発展に貢献した。
しかしながら、『能力保持者』と言っても普通の人間であることに代わりないので『主従刻印の書』の創成者が死んでしまった事によって需要と供給のバランスは崩れてしまい、今ではだいぶ貴重な代物とされてしまっている。
そんな物を一片とはいえ、どうやって手に入れたのか不思議に思うかもしれないがそれはちょっと人には言えないような違法なルートで手に入れたので少し後ろめたく思っている。
「ふーん、一片とはいえ、良く手に入れられたよね」
「まあねぇ。僕の人脈にかかればちょちょいのちょいってね」
「その人脈が何処から来ているのか気になるところだけど」
いぶしげに僕を見てくるカナ。
僕としては突っ込まれると色々とボロが出そうなので適当に話を逸らそうとする。
「まあまあ、そんな事よりこれがどんなモノなのかの方が興味あるでしょ?」
「……それなら私もある程度知ってる。そこの空白の欄に紋様を描いてお互いに契約を承諾すればいいんでしょ?」
そう言いながら僕の待つ紙を指差す。
カナの言う通り紙には幾つかの空白のスペースが幾つか存在する。
この空白の欄が契約できる数であり、この紙一枚では四体までしか契約することが出来ない。
その契約にしてもカナの言う通り穏便に済ませれるのは意志疎通出来る人間くらいだろう。
「まあ、人の場合なら一般的にはそうなんだけど。魔物だと意志疎通取れないから屈服するまで痛めつけて強制的に契約するんだよ」
「テイムってそうやるの……結構手間そう」
「それが醍醐味なんだよ、たぶん」
「ふーん」
因みに実は言うとこれは魔物に限った事ではなくて、違法な人身売買にも利用されてしまっていた。
エルフといった亜人を強制的に隷属させ、売り払ったり働かせる組織。国の上層部も深く関わってしまっていたせいで多くの亜人が奴隷に落とされ、虐げられ命を落としていた。
そのせいで今でも一部の亜人と人族は仲が悪いままなのだ。
全く迷惑な話だ。
そのせいで僕はこの前エルフの子にこっぴどく吹き飛ばされたのだから。
その原因を必死に考えても思い当たるのはしつこく絡んだ事くらいだし、そんなことが原因のはずではないだろうからきっと彼女は人間を嫌っていたのだろう。
はあ、あの子滅茶苦茶可愛いかったのになぁ。
ほんとなぁ。
あー。
てか、全く関係ない思考ばっかしているな。
はっと気付いた僕は気を取り直す。
「それで、僕は今回石竜と契約したいって話ししたよね?」
「聞いてる。でもなんで石竜なの?あれ強くないしとろいしテイムしてもあんま意味ないじゃん」
石竜。竜の中でも下位に位置する草食竜で性格は温厚で普段は岩に擬態して余り動く事がない。
その為、見つけるのに手間がかかるのだが、素材は其れほどの物ではないし、危険性も低いのでわざわざ討伐する必要がないと言われている魔物だ。
「即戦力に向かないのは確かだけど、最初のテイムには向いている初心者向けの魔物だと思うんだ」
「うーん、確かに凶暴性も無いし、テイムする分には簡単かも」
「でしょ? 知識も余りないからね。無理せず堅実にいきたいんだよ。それで棲息地はどこら辺なの?」
先程も話したが石竜は通常石に擬態しているし、探してまで討伐する必要がない魔物と認知されているため、棲息地を把握している者が少ないのだ。
そんな中、この樹海に棲息している旨を聞き、僕一人で探しに行ったのだが、この広大な森の中で特定の魔物を見つけるのは困難を極めた。
そんな訳でギルドに探索が得意な随行者を募集した訳だ。
「もう少し先に行ったら川沿いに出るの。そこから上流の方に登って行けば到着だからもうすぐっ」
「もうすぐか……ありがとうカナ、君が手伝ってくれなきゃこんなスムーズに行かなかったよ」
「そう言うのは無事終わってから言ってもらえる」
僕の感謝の言葉をつんと払いのけ、カナは一人先に進んでしまう。
それに慌てて追う形で僕は小走りするのだった。
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