暁光帝に見初められた幼女は何を思うのか。世界の命運は幼女に託された!?
弱肉強食の掟だの、長幼の序だの、奇っ怪な理屈を振りかざして迫る、横暴な人間のせいで。
大海すらも煮えたぎらせる、恐るべき雷魔法の使い手が生まれてしまいました。
彼女の名はクレメンティーナ。
5歳の幼女ですwww
まだ、言葉もしっかり話せませんwwww
でも、幼女が怒れば天空から稲妻が落ちて要塞を打ち砕き、大軍をなぎ払います。
凄ぇ☆
こんな人間兵器を生み出して、我らが主人公♀暁光帝は何を考えているのでしょうか。
今、主人公としての挟持が問われます!
それにしても幼女と童女がもんちっち……
いえ、残念なことにそうはなりませんけどね(^_^;)
お楽しみください。
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「駄目よ。やめなさい」
エルフは冷徹に指示を止めさせる。
「えっ、どうしてですか? あの娘が他国の手の渡ったら大変なことになりますよ」
緊急連絡のための魔法道具から手を離して、博物学者は目を白黒させる。
雷の大魔導師と言えども子供だ。両親と兄弟、家族も捕まえて“説得”すればどうとでもなる。何なら家族の方から先に“説得”してしまえばいい。家族ごと兵器として軍隊に導入する。そういう腹づもりだったのだ。
「そんなことをすればあの娘が泣くからよ」
ナンシーはつくづく呆れ果てたといった様子で肩をすくめる。
「えっ? あんな子供が泣いたところで誰も……あっ!」
幼女が泣いている様子を想像して、ようやくビョルンも気付いた。
今、あの幼女、クレメンティーナには後ろ盾となる強力な集団はついていない。国家はおろか、宗教団体や秘密結社も何もついていない。
だが、泣く幼女をアスタが放っておくだろうか。
幼女が泣けば暁光帝が出てくる。
そして、終わる。
何もかも終わる。
あの娘を泣かせたら暁の女帝様が現れて全てが消し飛ばされるに違いない。
「それだけじゃないわ。キミの兵隊は消し炭になるね。天龍の雷を喰らって」
「兵隊を呼ぶのは止めておきます……」
ナンシーに言われるまでもなく、明らかな破滅を感じてビョルンは緊急連絡のための魔法道具をしまい込んだ。
そもそも、個人で複数回の最大級轟雷放散稲妻を放つ魔導師に兵士が何の役に立つのだろう。
何百人を送り込もうと薙ぎ倒される、いや、駆除されるだけだ。
「あ…危うかった……」
ビョルンは息を呑んだ。
気をつけねばならない。わずかな判断ミスが世界の危機を招く。今はそんな事態なのだと思い知らされた。
「ふぅ……」
何とか、心を落ち着けて考える。
「おそらく…あのクレメンティーナという幼児はドラコシビュラ…いわゆる、“龍の巫女”になったのです」
何とか平静を取り戻し、ドラゴンの研究家としての見解を述べる。
「ドラゴンは人間の言葉をうまく話せないので仲立ちを担う乙女が選ばれることがあるのです。彼女達は特別な力を与えられてドラゴンの代弁者になり、人間と交渉するのです」
ドラゴンの声帯は人間と違うから人間の言葉をまともに発音することはできないし、そんなドラゴンの歪んだ音声を人間が聞いて理解することも難しい。まともに喋れるのは風魔法で音声を合成して言葉を作れる一部の器用なドラゴンだけである。
それ故、ある程度、魔法が使えて人間と関わりを持ちたい竜種は龍の巫女を選ぶ。
時に海大蛇が海神として、時に妖蛇が山神として、時に翼飛竜が天神として、時に竜が竜神として振る舞うことがあり、そういう場合に龍の巫女が竜種と人間の間の仲立ちをするものだ。そのような竜種は少ないものの、人間に比べて圧倒的な能力を持つので頼りがいがあることも事実である。
実際、価値観の異なる竜種と人間だから結局は仲違いしてしまう例も多いが、上手く行けば大きな成功を収められる。
その好例が大陸中央を治めるフキャーエ竜帝国である。
“竜帝カザラダニヴァインズ”は人間好きの地竜だ。広大な帝国の主要な人種が竜種に憧れる蜥蜴人族であることも手伝って、竜帝による統治は上手く行っている。
そのカザラダニヴァインズの龍の巫女が妙齢の美しい女性である。彼女は“竜皇后”と呼ばれ、大変、尊敬されているのだ。人類共通語もリザードマン語も話せないカザラダニヴァインズに代わって彼女が臣民に語りかけることで、竜帝によるフキャーエ竜帝国の統治が成り立っているのである。
これは幻獣と人間の理想的な関係としてしばしば話題になる。リザードマンによる共栄圏“竜帝国による平和”を推し進めたい帝国の思惑もあるだろうが、国際的にも、博物学的にも、大いに評価されている共生関係だ。
「しかも、クレメンティーナですか、あの娘は特別です。暁光帝の龍の巫女なのですから」
自然と口調が重くなる。
間違いなく、幼女はフキャーエ竜帝国の竜皇后と比較にならない能力を持っているだろう。おそらくは、いや、間違いなく、桁違いの魔力と魔法だ。
「何ができるのか、わかりません。いえ、何ができないかを議論する方が早いかも……」
弱気な発言だが仕方あるまい。
相手は暁の女帝が選んだ龍の巫女なのだ。
雷の最大級魔法だけでなく、他にも奇想天外な魔法が使えて当然だ。中には人間が使えない、幻獣だけが使える特異な魔法もあるはず。
「けれども、今のアスタさん本人は魔法が使えないはず。どうやって龍の巫女を生み出したのか、非常に興味深い。それなのに……」
見逃してしまったことがあまりに悔しくてビョルンは顔をしかめた。
先ほどのマッサージはアスタがクレメンティーナを龍の巫女に作り変えていたのだ。
信じがたいことだが、アスタは魔法も使わずに指圧と紫髪の操作だけで人間を超人に改造してしまった。
自分の目の前で。
どうして注意深く観察しなかったのだろうとつくづく悔やまれる。
「龍の巫女なら人間のそれとは全く異なる魔法が使えます。呪文を詠唱しない、魔術杖も持たない、即座に発動する、あの大魔法はおそらく……」
クレメンティーナの電撃を思い出して語る。
「ドラゴン専用の魔法……」
ナンシーも歯噛みする。
人間の知らない、竜の文化から生まれた独自の魔法技術だ。
「あああああ…私ってばどんだけバカなんだか!」
激しく懊悩する。おかげで、だらしない爆乳が揺れて素晴らしい眼福だ。成人男性であるハンスとビョルンは驚き過ぎて見ていないけれども。
子供達をいじめるパトリツィオ少年の横暴を止める手段などないと思っていた。
ずっと監督できるわけでない大人が子供達の世界に関わるべきではないと思っていた。
思い込んでいた。
愚かにも思い込んでいたのだ。
人間の基準で考えれば正しい判断だったのだろう。
しかし、目の前のアスタは超巨大ドラゴンが変化した童女なのだ。魔法が使えなくても、その辺を歩く大人と同じ程度の力しか使えないレベル2であっても、あの暁光帝なのだ。
およそ信じがたい技術が使えて当然なのだ。
何をどうしたのか、さっぱりわからないが、マッサージと自在に操れる金属線ヘアーでクレメンティーナを改造したに違いない。幼女の肉体と精神をどうにかして龍の巫女に仕立て上げたのだ。
このわずかな時間で。
何の道具も使わずに。
人間離れするにもほどがある。もう何度目だろうか、そうしみじみ思い染めてから、『ああ、アスタはもともと人間じゃなかったか』と思い直した。
先ほど、マッサージしながら幼女にまたがって何やら語りかけていたが、おそらく、あれは魔法を使うときの心得などを説明していたのだろう。
周囲の子供達が羨ましそうに見つめていたわけも今ならわかる。
龍の巫女に選ばれたクレメンティーナが羨ましかったのだ。
おとぎ話に出てくるような大魔法使いにしてあげようと言われれば、それは貧しい子供達だって羨ましくもなるだろう。いや、金持ちの大人だって羨ましいけれども。
それをアスタがまた益体もない算術の話をしていると思い込んで見逃してしまったのだ。
もったいないことを。
悔やんでいるともう1つの重大な事実が思い浮かんだ。
「あんな幼い子供が大きな力を持ってしまったら……」
どうなるのか。
海辺の貧民窟は行儀のいい場所ではない。“弱肉強食”だの、“長幼の序”だの、果てはもっと厄介な“男尊女卑”だの、理不尽な屁理屈を並べ立てて物事を思い通りにしようと企む輩がうじゃうじゃいる。
いくら強力な魔法が使えてもクレメンティーナのような幼女がそんな連中に敵うだろうか。
対立すれば殴られたり、蹴られたりすることもあるだろう。場合によっては食べ物に毒を盛られたり、家族を人質にされることさえ考えられる。
それら全てにやり返していたら最悪、相手を殺してしまうかもしれない。
小さな幼女が人間を殺す、そんな悲劇が起きたらどうするのだろう。
そこまで考えて思いついた。
「ああ、どうもしないんだ……」
幼いクレメンティーナを龍の巫女に選んだのはアスタだ。
アスタは人間と価値観を共有しない。
アスタはドラゴンなのだ。
おそらく、殺人も忌避しない。
それを責めるわけにもいかぬ。冒険者であるナンシー自身も幻獣を殺して心が傷まない。だから、人間を殺して心を傷めなくても幻獣を責める言葉は持たない。
単純にお互い様だ。
ふと、アスタの方を見る。
童女は幼女と話していた。
「しょれじゃ、あくとうがあばれたらぶちのめちていいんでつね?」
クレメンティーナが難しい顔をしている。
「違うよ。ぶちのめしていいわけじゃない。駄目だよ」
アスタは幼女の意見を否定する。
けっこう常識があるのだろうか。
無茶しないように歯止めをかけているようにも見えるが。
「『ぶちのめしていい』じゃ駄目。『ぶちのめす』んだ。暴れる悪党の話なんか聞いちゃいけない。問答無用で叩きのめすように」
違う。
もっと酷かった。
童女は悪党を容赦しないよう幼女に言いつけている。
「なるほど! しょのためのまほうなんでつね☆」
幼いクレメンティーナは大きなお姉さんであるアスタの話を神妙に聞いている。
「目には目を、歯には歯を。目を傷つけられたら相手の目玉を潰してやりなさい。歯を折られたら相手の歯をへし折ってやりなさい。やられたらやり返す。やられた分だけね」
とんでもなく物騒な話をしている。
そして、この幼女は。
「はい! わかりまちた!」
小さなクレメンティーナは力強くうなずいている。
幼女には正義を実現する力が、本物の暴力が与えられているのだ。
酔っぱらいのおっさんだろうが、暗黒街を牛耳る盗賊団だろうが、最大級轟雷放散稲妻を喰らったら一瞬で消し炭になるだろう。
「いいわけなんてきいてあげまちぇん! パトリツィオとこぶんどもがわるしゃちたらビリビリでやっつけてやりまつ☆」
クレメンティーナは元気よく応える。
どうやら、早くも暁光帝の言いつけをよく聞く立派な龍の巫女になったようだ。
「でも……」
ナンシーは重いため息を吐く。
街のいじめっ子を懲らしめるのに王城すらをも破壊する決戦兵器は要らないだろう。
あまりにも過剰な戦力だ。
天井裏のネズミを退治するのに特大剣を持ち出す奴はいない。自分の身長よりも長い大剣は家までも一緒に壊してしまう。
ところが、アスタはそう考えなかった。
街のいじめっ子を懲らしめるために龍の巫女が必要と童女は判断したのだ。
どういう判断だ。
アスタの考えがわからない。
取り敢えず、確実にわかっていることはわずかだ。
この童女は人間と価値観を共有しない。その上、あまりにも強大でまともに敵対することもできやしない。
いや、そもそも、敵対できるのかとさえ疑う。
押さえつけられて自分よりずっと大柄な少年から48発も殴られたのだって、別に痛みをこらえて耐えていたわけではない。単に好奇心が湧いて少年が何をするのか、観察していただけだ。
昨夜、荒鷲団のハンスが自分に強化魔法まで掛けてぶん殴ったものの、アスタは攻撃されたことにさえ気づかなかった。城壁を溶かすような暗黒魔法も喰らったらしいが、やはり攻撃されたとは思っていない。
当たり前だが、人間の魔法や武器で暁の女帝様を傷つけられるわけがないのだ。
超巨大ドラゴン暁光帝という存在、それを今更ながらに思い知らされた。
「どう付き合っていけばいいのかしら……」
悩む。
「そうですねぇ…もうなるようにしかならないかと。アスタさんの考えは計り知れませんから」
ビョルンはすでに思考を放棄している。
「アスタって…ゲロやばいわ」
「とんでもねぇ化け物だな、ありゃ」
「グギャギャ、アノ子供ハコチラノ予想ヲ軽々ト越エテクル。ドウシヨウモナイ」
荒鷲団の対応も似たようなものだった。
大人達が困惑している、その時。
腹を空かせた子供達は期待を込めて海を見つめていた。
「熱いから気をつけてねー」
沸騰して煮えたぎる海水にアスタが浸かっている。
金属光沢に輝く紫のロングヘアーを操って、浮いている魚を1尾、1尾、拾っては海岸の子供達に投げてやっているのだ。
電撃で気絶した後、海水で茹でられた魚である。
すでに塩味が付いて美味しいのだろうか。
キラキラ輝く金属線が動いて魚を持ち上げ、放り投げる。
「わぁ☆」
「おいしそう♪」
「ひろって! ひろって!」
「アスタおねえちゃん、ありがとー」
海の幸を目掛けて我先にと走り出す子供達が歓声を上げる。
「たくさんあるからね〜 あわてないでゆっくりお食べ〜」
童女は上機嫌だ。
感謝されて嬉しい。
理不尽な理屈を並べ立てて迫る悪党を退治したのだ。
自分の偉大さがようやくきちんと評価されたと喜ぶ。
すっかり上機嫌なので、沸騰した海水の高熱は気にならない。
水着の繊維が傷まないかなと少しだけ心配したくらいだ。
一応、水温が水の沸点に近いことは理解している。だが、噴火する火山に突っ込んで煮えたぎるマグマと戯れるドラゴンだ。沸騰する海水など、自分にとっては何ということもない状況である。
ヒュンヒュンと音を立てて跳ねる金属線が煌めくたびに様々な魚が海岸に跳んでいく。
「おいしいね」
「さいこうだね」
「いもうとやおとうとのぶんももってかえらなくちゃ」
「だいじょうぶ。たくさんあるよ」
「おなかいっぱいにたべられるなんてなんにちぶりだろう」
「これからはまいにちおなかいっぱいたべられるよ」
「まほうつかいになったクレミーがいるからね」
「すごいなぁ、すごいなぁ」
しきりと感心する子供達が海の幸に舌鼓を打つ。
棒のように細い手足、肋骨の浮き出た腹、頬のこけた青白い顔。
貧困で栄養が足りない上に乱暴なパトリツィオ少年に食べ物を奪われ、子分どもの横暴に毎日、苦しめられてきた。
そんな虐げられた子供達が幸せを噛み締めている。
理不尽な暴君は倒され、食べ物は十分にあるのだから。
只、光明教団の神父もぶん殴られて昏倒しているけれども。
神父は貧民窟に来て、説教して、帰るだけだったから、さして惜しくはない。
「はーい! みんな、アチュタしゃんにかんしゃを☆」
「アスタおねえちゃん、ありがとう」
「きもちよくごはんがたべられるのはアスタおねえちゃんのおかげです」
「パトリツィオをぶっとばしてくれてすっごくうれしかったですぅー」
「おいしい、おいしい」
クレメンティーナの言葉に子供達の声が続く
おかげでアスタは上機嫌だ。
「うむ。うむ。その通り。ボクはブタよりも小さいから偉いんだよ。さぁ、たんと召し上がれ」
感謝に応えてボイルされた魚を髪の毛で放る。
人化の魔法を使って、『世界を横から観る』という遊びをやってみて、本当に良かったとしみじみ思う。天龍アストライアーのままで訪れていたら、この街もこの子供達も知らず知らずの内に踏み潰してしまっていたことだろう。
それでは自分の偉大さを知らしめることができないではないか。
小さな童女に変化して不便もあったが、それすらも楽しい。
これは成功だ。
『うん、うん』とうなずいて、ますます機嫌を良くする。
海面の下で見えないが、両腕は腰に当てている。自由に動かせる髪の毛があるから手を使うまでもないのだ。
煮えたぎる海水が湯気を放っているが、濃霧というほどでもない。自分の勇姿はしっかり目に焼き付けられているはず。
噂を聞いて他の子供達もやってきているのだ。
期待に応えてやろうではないか。
童女は次の魚に向かって歩き出す。
「幸せな光景ですね」
「ええ。まったく」
ビョルンの言葉にナンシーがうなずく。
いじめっ子と子分どもは端の方でうずくまっている。
長幼の序を唱えて被害者に謝らせようとした、理不尽な神父は倒れている。
アスタがもたらした平和だ。
アスタがもたらした幸福だ。
だが、それは童女の心が人間に近いことを意味するわけではない。
幻獣は人間と価値観を共有しないし、説得して人間側に引き入れることも出来ない。それは人間が幻獣と価値観を共有しないし、説得されて幻獣側に行くことがないのと同じだ。
冒険者は幻獣を狩って素材を取り、生活の糧とする。それを幻獣が受け入れることはない。
幻獣は人間を殺して食ったり、囚えて魔法の実験材料にする。それを人間が受け入れることはない。
全ての人間が冒険者であるわけではないように。
全ての幻獣が人間を害するわけでもない。
それでも、向こう側とこちら側には大きな隔たりがある。
ましてや、孤高の八龍なのだ。
何故、孤高なのか。
何故、縄張りから出て来ないのか。
何故、何も語らないのか。
疑問は尽きないし、行動も予測できない。
そして、その能力は圧倒的。こちらからは何もできない。
声を掛けて。
振り返ってもらうことさえも。
人間には不可能なのだ。
こうして今、子供達に笑顔をもたらしたわけだが、それがどういう価値観に基づいて行われたのかやら、皆目さっぱり見当もつかないのだ。
「やっぱり……」
「やはり……」
エルフと博物学者は顔を見合わせる。
ひとつだけ、思わないこともない。
それは、孤高の八龍が孤高でも何でもないのではないか、ということだ。
それは、庭の薔薇に着いたアブラムシやカイガラムシが『どうして人間は我々に語り掛けないのだろう?』と抱く疑問に等しいのではないか、ということだ。
2人は何も語らない。
それはまさしく深淵だから。
誰だって底知れぬ淵を覗き込みたいとは思わないだろう。
どうせ、そこには破滅しか転がっていない。
セバスティアーノ老の二の舞はゴメンである。
「まぁ、やり遂げたわね」
気を取り直して、ナンシーはアスタを見つめる。
自分達、大人がどうすることもできなった、どうしようもないとあきらめていた、街の子供達の不幸を追い払ったのは間違いなくこの童女である。
「それにしても……」
自分としてもアスタの功績を認めるにやぶさかではない。
けれども。
「あれでバレてないつもりなのよねぇ……」
今の、この状況下であっても、童女は自分の正体が露見しそうになっているとは露ほども案じていないのだ。
つくづく頭が痛くなる。
いや、実際、荒鷲団の3人も気付いていないから、あながち、間違いではないのかもしれないけれど。
沸騰した海水に浸かっているのも、髪の毛を自由自在に動かしているのも、全力で48発も殴られて平然と反撃したのも、幼女を“生ける決戦兵器”に改造したのも、全部が全部、何らかの魔法だと思っているらしい。
そんなことができる人間はいねぇ。
子供達は新たなヒーローに歓迎して童女の行動を少しも不審に感じていない。只、ひたすら『すごい、すごい!』と感心するばかりだ。
「ふふ…まぁ、そういうことかしらね」
ナンシーは気づいた。
物事を関連付けて考えないこと、それは小さな神々が哀れな人間に垂らした慈悲なのだという。
荒鷲団も子供達も余計なことは考えない。
だから、アスタが人間じゃないことなど気づきもしない。
だが、それで皆が幸せになれるのだ。
ナンシーはそれでいいとも思う。 為政者でない平民は気楽に生きる権利があるのだから。
「まだ、だいぶ熱いけれどそろそろ入っても大丈夫だよー」
アスタが海から上がってくる。
湯気の霧が収まり、視界もだいぶ晴れてきた。
フリルの可愛らしい子供用ビキニに包まれた童女の周りを大量の魚が浮いている。相変わらず、両腕は腰に添えられ、真っ平らな胸を張ってふんぞり返っている。
紫色に煌めく金属線に貫かれた魚は真っ白に茹で上がった目玉を剥かせて不気味だ。
けれども、子供達は気にせず、大歓迎している。
「わーい☆」
「すごいおっきい!」
「たべきれないくらいたくさんあるよ!」
海の幸は飢えを癒やしてくれるだろう。それはこの上なくありがたい。
紫に輝くロングヘアーをなびかせる、黄色いビキニのアスタは女神のようだ。
「「「アスタおねえちゃん、ありがとー!!」」」
子供達は声を揃えて感謝する。
「うむ。よろしい」
童女も上機嫌で魚を配る。
「いけー!」
「おくれんな!」
余った魚を家に持って帰ろう。大きな子供らはまだ熱い海水に飛び込んでいく。
皆、腹ぺこの家族にも行き渡るほどの魚が拾えるだろう。
もっとも、これで何もかもが解決したわけではない。
「あたち、こんなちゅよいまほうをおぼえちゃっていいのかなぁ……」
平民の娘、クレメンティーナが思い悩んでいる。
「問題ない。むしろ火力不足だね」
アスタは堂々と太鼓判を押す。
「いや、最大級の雷魔法で火力不足って…」
「ちょっと! 幼女を何と戦わせるつもりなのよ!?」
耳をそばだてていた博物学者とエルフは頭を抱える。
やはり、アスタは人間と価値観を共有しないと改めて思い知るのであった。
実際、それは人間と違うのだろう。
童女は上機嫌ながらも羨ましそうに幼女を見つめて。
「ムカつく奴を思いっきりぶん殴れる、そんな贅沢が許されている現状を、キミはもっと楽しむべきだよ」
暴力の絶対的な肯定、大変な無茶苦茶を言い出している。
「しょれは…“じぇいたく”なんでつか?」
意外すぎる意見を拝聴させられて幼女は目を白黒させている。
「そうさ。今のキミはバカをぶん殴っても大したことにならないからね。ボクには許されない、それは本物の贅沢だよ」
手を握ったり開いたり、アスタは悩ましげに自分の指を見つめている。
そして、おもむろに指を鉤爪のように曲げてみて、にっこり笑った。
何か、とても楽しそうだ。
「しゃっき、アチュタしゃんもちんぷしゃまやパトリツィオたちをおもいっきりぶんなぐっていたのでは?」
目を白黒させたまま、クレメンティーナが問い返す。
思いっきり当惑している。
先ほどまでの行状を見る限り、アスタは好き放題に暴れていたようだが、違うのだろうか。
「う〜ん、どうなんだろ? ずいぶんと手加減したからねぇ…ああ、思いっきり引っ掻いてみたいものだよ」
“殴る”のではなく“引っ掻く”と語る。
童女は全力が出せなかったことに不満げだ。
「しょ…しょうでつか……」
常識的に考えて引っ掻くよりも殴る方が威力も相手に与えるダメージも大きいのではないかと悩む幼女。
けれども、ここにいる紫髪のお姉さんは特別なのだと思い直す。何しろ、片手間に自分をおとぎ話に語られるような大魔法使いにしてくれたのだ。
およそ、自分の少ない経験から計り知れるような人物ではないのである。
「キミの相手はあのアブラムシ…もとい、パトリツィオだけじゃないんだからね」
「あい! りょうかいでち!!」
アスタの注意に気持ちを切り替えた幼女が元気よく応える。
その瞳は真剣そのもので強い意志を湛えている。まるで大人の女性のようだ。
小さなクレメンティーナはもう只の子供ではない。龍の巫女なのだ。暁光帝によって選ばれて、絶大な魔力を賜った、“歩く決戦兵器”なのである。
そのクレメンティーナがうなずいている。
力強く。
「幼女を何と戦わせるつもりなの…アスタ」
ナンシーは嫌な予感に心を乱される。
あれほどの過剰戦力に何をさせるつもりなのだろう。
今の今までアスタは魔法を使わなかった。
使えなかったらしい。
理由は不明だが、おそらく今でも使えないのだろう。
おかげで、アスタは小さな童女のままであり、大したことはできなかった。
けれども、今はクレメンティーナがいる。
大海原を煮えたぎらせる、最大級の雷魔法を放つ幼女がいるのだ。
クレメンティーナはアスタの命令に従う。
王城さえも打ち砕く大魔法の使い手がアスタの配下になってしまったのだ。
「「ああああ……」」
エルフと博物学者はようやく思い知った。
人間が牛や馬を使役するように。
幻獣が人間を使役することもあるのだ、と。
そう言えば、かつては瓦礫街リュッダの領主もアイスドラゴンを駆る竜騎士だったと思いだしたが。
この場合はだいぶ違うとも思う。
“人間が幻獣を”ではなく“幻獣が人間を”、使役する。
そして、魔法の使えない童女の代わりに幼女が魔法を振るうのだ。
本人が魔法を使えなかったとしても、事実上、アスタは魔法が使えるようになってしまった。
こうなってしまえば、もう何だってできるだろう。
場合によっては国家権力に挑むことさえも。
「もしや……」
「もしかして……」
この場の為政者2人は不安でならなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
時刻はまだ昼の13時くらいですね。
そして、またしても世界の危機が到来です\(^o^)/
よく到来しますね、世界の危機www
さて、こういうのは珍しいのでしょうか。
小生は章ごとに執筆を完了させてからそれをバラバラにぶっ千切って投稿することにしていますw
毎回、4万文字くらいに書き上げてから、それを分割、それぞれを校正しながら一日おきに投稿するって形式ですね。
はい。
気がついたら8万5千文字ですぉwwwww
校正しているといろいろと強迫観念が湧いてくるんですね。
「これは読者に誤解を与える表現ではないか」とか。
「ここは描写が足りないのではないか」とか。
「いや、こういう展開は面白くない」とか。
こんな感じがするのであれやこれや書き加えてしまうわけです。
もともと、初期プロットでは神父も乱暴な少年達も出す予定がありませんでしたからね。
まぁ、初期プロットなんてそんなものです。
さて、これにて、【夏だ! 水着だ! 太陽だ! 浜辺は(・人・)の楽園☆】の章は完結です。
そういうわけで次の章はこのまま海水浴場でバトル展開です(^o^)
ええ、水着回が続きます☆
だって、肝心の水着シーンほとんど描いてないし(>_<)
登場人物、ほとんど全員が水着なんですが、色っぽい展開が全くありませんでしたね。
けれども、そろそろ、こちら、キャラクター紹介&世界観>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
これを追加&修正しなければなりません。
キャラも増えてきましたからね〜
只の世界観&キャラ紹介ですが、楽しんでいただければ幸いであります。
乞う、ご期待!




