暁光帝、ついに宗教と対立する! ボクは神様なんて怖くないぞ!!
孤高の八龍、我らが主人公♀暁光帝のお友達について博物学者ビョルンが解説してくれました。
ドラゴンの交友関係についてナンシーは頭が痛くなるばかりです。
肝心の暁光帝♀は可愛らしい幼女にかかりきりですし。
まぁ、海水浴場に来たら遊びませんとね。
そりゃあ、超巨大ドラゴンが人化した童女も遊びまくりますよ。
そこに幼い子供がいたら当然、一緒に遊んであげますよね(^o^)
美味しい海の幸も海から獲ってきましたし。
みんなで美味しいご飯です。
あれ? あれれ?
何やら、また、変な奴がやってきましたよ(^_^;)
さぁ、どうなるのでしょうか。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
「少なくとも“弱肉強食”、この理屈をアスタさんは酷く嫌っているようですね」
そこに気をつけないととビョルンは心に刻みこんだ。
両親や親方、経営者、為政者、命令を下す者らにとって“弱肉強食”は都合のよい言葉だが、アスタは受け入れない。
ビョルンは為政者の1人だからよくわかる。子供の頃は親や教師に言われる立場で、長じては自分が言う立場になった。両方の立場を経験しているから、如何に都合のよい欺瞞なのか、よく理解している。
これは“身分制”と表裏一体の理屈なのだ。
この国では人間が生まれで縛られる。貴族の子は貴族だし、平民の子は平民だ。地方によってはその縛りが更にきつく、極端な話、パン屋の子はパン屋に、肉屋の子は肉屋に、仕立て屋の子は仕立て屋になるのだ。人々は生まれながらにして“身分”が決められており、それに合わせて将来の仕事も決められている場合が多い。
これが身分制だ。
なぜ、この国に身分制があるのか。
それは単なる“甘やかし”である。
“弱肉強食”の理屈通りに生きれば、人々は血で血を洗う殺し合いで死に絶える。そこまでしなくても過当競争で国民が疲弊し、国家は衰え、滅びるだろう。そこで生まれによる“身分制”で競争を緩和し、『貴族は貴族の子にしかなれないから平民のお前は我慢しろ』とさせるわけだ。
“弱肉強食”による脅しと“身分制”による甘やかし、こんな矛盾した理屈を同じ人間が同じ口で偉そうに語るわけで、本来は騙される方がおかしい。
しかし、実際には多くの人々が鵜呑みにしており。
『野生の獣を見てみろ。強い獣が弱い獣を殺して喰らうだろう?』
『野生の獣は弱肉強食の掟に支配されていて、それが自然なんだ。だから、人間も弱肉強食の掟に従うべきだ』
『けれども、人間は高度な文明社会を築いている。当然、社会は理性によって律されねばならない』
『理性ある立派な選良は血統に保証されるから貴族だけがなれる。平民は選良になれない。平民は分を弁えて死ぬまで平民のまま、貴族に従うべき』
こんな理屈に納得させられている。
為政者は一方で競争を強いておいて、他方で社会に階層を設けて身分を保証し、競争を妨げているのだ。
明らかに矛盾しているのに人々は服従させられているのである。
ところが、それについて誰も疑わず。
貴族も神職も平民も奴隷も皆、等しく信じている。
互いに矛盾する概念、“弱肉強食の掟”と“身分制”を。
恐るべきことにこれは為政者自身も含めて、の話だ。
ほとんどの人間が矛盾に気づかず、社会の全てがこの状況を“正しい”と信じているのだ。
けれども。
「アスタさんは騙されませんねぇ……」
しみじみと感想を述べる。
童女はまだこの国の身分制を知らないはずだ。それでも“弱肉強食”という言葉の嘘を見抜いてバッサリ切って捨てた。
「ええ。それで乱暴者の少年をやり込めたんだけど…そうそう上手くはいかないでしょうね」
ナンシーも悩む。
アスタの折檻で、確かにパトリツィオ少年は改心させられた。
けれども、それは一時的なことだ。
あの粗暴な少年が“弱肉強食”なんて難しい理屈を自分で思いつくわけがないから、間違いなく教えた奴がいる。親か、年上の親戚か、いずれにせよ、親しい者だ。
ぶん殴られて心を入れ替えても、すぐまたそういう奴にそそのかされて“弱肉強食”の理屈をねじ込まれるだろう。そして、また、他の子供達を殴って自分が“王様”になるに違いない。
「はぁ……」
何とも気の重い状況だ。
何しろ、子供達の間の関係だから、大人のナンシーが関わることもためらわれる。
『子供の喧嘩に口を出すなんて大人気ない』なんて風潮もあるからなおさら難しい。
よしんば、ナンシーが口を挟んだところでずっと子供達を監督できるわけもなく。
大人からは見えづらい、子供達の世界であの暴君、パトリツィオ少年は再び王様に返り咲くことだろう。
そして、また暴力を振るい、子供達を怯えさせて己の天下を築くのだ。
たとえ、暁の女帝様であっても人間社会のしがらみは変えられない。
今は只、アスタに街を楽しんでもらえるよう努めるしかないのだろうか。
そんな風に考え込んでいると背後から声を掛けられた。
「おやおや、ずいぶんな騒ぎだなぁ?」とヒト族のハンス。
「あの子、どれだけ目立つのよ。シャコ貝の貝殻を髪の毛で寸断するなんて」と童人族のキャロル。
「グギャギャ、凄イ量ノ魚ダナ。全部、アノ娘ガ獲ッタノカ」と侏儒族のビ・グーヒ。
先ほど、遊興港区で出会った冒険者パーティー荒鷲団の3人だった。
2人の後ろから一部始終を見ていた。
アスタがとんでもない量の海の幸を獲ってきたことも。
大岩としか思えないような巨大なシャコ貝を金属光沢に輝く紫のロングヘアーで剪断したことも。
乱暴者の少年3人に押さえつけられながらも跳ね除けて、見事にやり返したことも。
自分よりも頭ひとつ大柄な少年に殴られながら痛みに耐えて反撃し、逆にぶちのめしたことも。
幼い女の子と話しているうちに何故か妖しいマッサージを施していることも。
全部見ていた。
もっとも、童女が大ナマコを海に戻してしょんぼり落ち込んでいたことは見逃していた。さすがに海辺でたたずんでいる時は背中しか見えなかったのだ。童女の背丈よりも長い、膨大な量の紫髪で手元は見えなかったし。
落胆する様子が見逃されたことは本人の名誉のためにもよいことなのだろう。
「ありは何をやっていりゅのかな?」
己の裏返った声に戸惑いながら、荒鷲団リーダーのキャロルは眉をひそめて尋ねる。
アスタの様子があまりにも不審だからだ。
何やら語りかけながら、まだ幼い女の子の身体にまたがってマッサージしている。指で押すばかりではない。紫の金属線、意思力で自在に操れるロングヘアーで女の子の肌を突いたり刺したり、何やらやっているのだ。
周囲に群がる子供達は海の幸を頬張りながら一心に2人を見つめている。そこには明らかな羨望の眼差しがある。
子供達は何を羨ましがり、何を期待しているのだろうか。
「いや、こればかりはね。ぎょうこぉ…アスタさんの心中はなかなかに推し量れませんから」
博物学者は途中、あわてて言い直した。そして、メガネをくいと持ち上げて話す。
本心である。
アスタは超巨大ドラゴン暁光帝が人化した童女なのだ。その考えを、たかが人間に過ぎない自分に推し量れるものか。いや、世界中の誰にもわからないだろう。
他の子供達は焚き火で焼かれた魚や貝に群がっている。
調味料は海水くらいしかないが、空きっ腹を抱えた子供達にとっては久々のごちそうである。
食べやすい切り身になった焼きシャコ貝を海水につけていただく。
ウニを割って卵巣をいただく。
ロブスターのローストも海水でいただく。
どれもほっぺたが落ちそうになるほどに美味しい。
幼い姉妹、兄弟も呼んでみんなでごちそうに舌鼓を打つ。
乱暴者の少年とその子分どもは浜辺で這いつくばっているので危険はもうない。
誰もが笑い、幸せを噛み締めている。
しかし、若干、人数が多すぎるようだ。
このままでは食べ物が足りなくなりそう。
しかも子供達が仲間を呼んでいるから、ますます人数は増えるだろう。
足りなくなったら、また、アスタが海へ獲りに行くんだろうか。
しかし、肝心のアスタは小さい女の子にかかりきりでマッサージを施している。何やら、熱心に話しかけてもいるし。
食べ物が減っていることにも気付いていないようだ。
「どうするのかしら? ああ、また新しい子供達がやってきたわ……」
他人事ながら、エルフは考えてしまう。
食べ物がなくなれば子供達は失望して他へ行くだろう。
それだけのことだ。
だが、それだけのことが何とももどかしい。
せっかくアスタが創り出した平和で幸せな光景が崩れてしまうのが。
けれども、自分が手を差し伸べるのは違うとも思う。
手持ち無沙汰であーでもないこーでもないと考えていると、目の前の光景に変化が現れた。
騒ぎを聞きつけたのか、大人がやって来たのだ。
それはまだいい。
彼は海辺のごちそうとそれに群がる子供達や金属光沢に輝く紫髪の童女を差し置いて端の方で這いつくばっている乱暴者のパトリツィオ少年と子分どもに向かったのだ。
「大丈夫かい、キミ達?」
黒の僧衣を着て胸に銀の正三角架をぶら下げた、ヒト族の男だ。壮年の大男で光明神ブジュッミに仕える神父である。
「痛ぇよぉ…痛ぇよぉ……」
「ひどい目に遭わされたんだよぉー」
「蹴られて殴られたんだ。おじさん、助けておくれよぉー」
自分達が暴れて子供達を脅していたことを棚に上げて、パトリツィオ少年と子分どもはことさらに被った被害を強調する。
確かに、首魁の少年は鼻を潰されて流血しているし、子分どもも顔を腫らしている。何の落ち度もない童女を殴ったことへの、全て懲罰であり、自業自得なのだが。
「ああ、かわいそうに…でも、もう大丈夫だ。私がついている」
神父は少年達を抱きしめて慰めてやる。
「聞いておくれよぉ……」
乱暴な少年は泣きながら自分達の境遇を訴える。子分どもも憐憫の情を買おうと言葉を紡ぐ。
このパトリツィオ少年は己の天下をあきらめていなかった。自分達ではアスタに敵わない。それなら敵う奴に頼ればいいのだ。
さしものアスタも大人の神父に咎められたらおとなしくなるだろう。
生意気なアスタさえ黙らせられれば後はたやすい。小さな子供達を殴りつけて従わせ、自分は王様に返り咲くのだ。
この神父のことはよく知っている。ごつくてデカいが、頭が固いから簡単に丸め込めるはず。
ここに来て少年は虎の威を借りる狐になることを決意していた。
「うんうん……」
神父は大いにうなずいている。
そして、神父はパトリツィオ少年と子分どもを連れて向かう。
彼らも腹を空かせている。だが、向かう先は海の幸を焼く焚き火ではなかった。
童女アスタと彼女にマッサージされて寝転ぶ女の子のところへと。
「お前だな、乱暴な女の子とは?」
神父は強い調子で童女に詰問する。
しかし。
「勘違いしてはいけないよ。本当に危険なのは暴力じゃない。思想だよ。乱暴者は脅して恐れさせて従わせようとするけれど、それはそいつの周りにしか効かない。でも、思想は……」
アスタは神父を全く意に介さない。女の子の身体にまたがったまま、両手を広げて説明を続ける。
「思想は心を縛るよ。思想は山を越え、谷を越え、海すらも越えて広がり、それに則った行動を人間にさせる。思想に縛られた人間は他人にそれを植え付ける。気をつけたまえ。思想は暴力よりも遥かに危険なんだ」
金属光沢に輝く、背丈よりも長い紫のロングヘアーを舞い踊らせながら唱える。
「なるほど。ちそーってしょんなにきけんだったんでつか。だから、あたちはじゃくにくきょうちょくのかんがえをこばまなくちゃいけないんでつね」
勇敢な女の子は砂地に寝そべって気持ちよくマッサージを受けながらアスタの教えを学んでいる。さすがは幼女。暁光帝の言葉を素直に受け取って理解している。
人間が暁の女帝から教えを受けて幸せになれるか、怪しいものだが。
一方、その光景を見つめていた神父は。
「ぬぐぐぐ……」
童女に無視されて憤慨している。
彼は教区で尊敬されている。たくましく大柄な肉体は魔法が使えなくとも十分に威圧感がある。その上で謙虚に勤め、教区民の悩みと向き合ってきたのだ。
その自分が年端もいかない童女に軽んじられている。
到底、看過できることではない。
「いい加減にしないか! 私が、この光明教団の神父グアルティエロが聞いているんだぞ!」
怒鳴りつける。
「お前はこの少年達を叩いて追い出し、ごちそうを独り占めにして食べられないようにしたそうじゃないか! 恥ずかしくないのかね!?」
声を張り上げる神父の後ろで乱暴者の少年と子分どもがニヤついている。
「このアスタがオレ達を殴って酷い目に遭わせたんだ!」
「こいつがオレ達にごちそうを食わせないようにしたんだ!」
「オレ達は何も悪いことをしてないのに!」
パトリツィオ少年と子分どもは自分達のことを棚に上げて好き放題に喚く。
しかも、『オレ達は何も悪いことをしてない』の言葉は本心だった。弱いくせに自分に楯突く子供達とアスタが悪なのだと本気で信じ込んでいる。あれだけ折檻されたのにもう弱肉強食の掟が自然の摂理なのだという考えに戻っていたのだ。
いやはや、どれだけ反省しない愚か者どもであろうか。
その上、自分達の怪我をことさらに強調して神父に訴えたのである。
事実を伏せて、童女が自分達を暴力で排除したのだ、と。
これであっさり丸め込まれる神父も神父だが。
「ふぅん…光明教団の神父グアルティエロね」
名が知れたことで童女はようやく神父が視界に入る。
自己紹介してこない奴は相手しない。それがアスタのルールである。今回、一応、神父が名乗ったので目を向けてやった。
もっとも、まともな自己紹介ではないので自己紹介を返してやる義理はないと判断する。
虹色の瞳が観察する。
巨体だ。見上げるほどに大きく、体重は自分のほぼ3倍ある。への字に結んだ口と厳しい顔は頑固で主義主張を曲げない意志の強さを感じさせるが、頑なな目つきからは思考の柔軟性に欠け、権威に頼るきらいがあるように思われた。
魔気容量も小さく、身体を巡る魔気もダダ漏れで鍛えられておらず、魔法が全く使えない。その代わり、筋肉の発達は見事で相当の腕力を振るえる。
知恵も魔法も心もとない代わりに信仰心と肉体の迫力でゴリ押しするタイプだろう。
だから。
「ツマグロオオヨコバイよりはごつくてデカいけど、ツマグロオオヨコバイの可愛さには遠く及ばないね。存在する意味は何なのかな?」
例によって例のごとく、アスタの評価は散々である。
「な…何だと?」
神父は自分の権威にもおののかない童女に目を白黒させる。
この自分に子供が敬意を払ってこない。
こんなことは初めてだ。
そして、童女は物凄くつまらないものを見るような目をして。
「それで?」
短く返すのみに留める。
「お前はこの少年達を追い出したんだろう? 女の子が暴力を振るっちゃ駄目じゃないか!」
神父がきつく言い放つ。
「そこのアブラムシ…もとい、パトリツィオには48発も殴られたんだけど?」
あの時、殴られながら、アスタは数えていた。
どのくらい少年の体力が保つのか、興味が湧いたのだ。
50発に及ばなかった。最後の方は腰の入っていない手パンチだったし。それでもアスタ以外の人間では酷い怪我をさせられていただろう。
何より1発、多すぎるのがムカつく。48は約数が多い。1つ小さい47なら気持ち良い素数なのに。
「む…でも、お前は怪我してないじゃないか」
一瞬、ひるんだものの、アスタの顔を見つめて訝しむ神父。背後で目つきの悪い大柄な少年と子分どもが小柄な童女を睨みつけている。
まともに考えれば小さなアスタが被害者で少年達が加害者に見える。けれども、怪我をして泣いていたのは少年達の方だ。それが事実である。
この童女は金属光沢に輝く紫の髪を地面まで伸ばしている。その上、自分の意志で髪を動かしているようだ。ヒト族ではない。見たことはないが、上位の亜人種だろう。亜人の特殊な武術で少年達を圧倒したに違いない。
無傷の童女が加害者、顔を腫らしている少年達が被害者に決まっていると判断した。
この神父は仕事熱心で信仰に篤いが、御多分に漏れず、頭の固いヒト至上主義者だったのである。
「悪いのはお前だ。この子達に謝りなさい」
無視された苛立ちも込めて童女を押さえつけにかかる。言葉だけではない。大きな手で童女に掴みかかる。
しかし。
「どうして?」
アスタは神父の大きな手をあっさりかわして飛び退る。
「えー!?」
またがられていた女の子も立ち上がって背後に下がる。ずいぶん不満げだが。
「もう終わってるからね。後は自分で」
アスタは女の子にひと声かけて手を振る。
「アスタしゃん、ありがとうございまつっ!! あたち、がんばりまつっ!!」
幼い女の子は元気よく礼を言った。
「こらっ!! 逃げるな!」
なおも掴みかかる神父だが、童女はその大きな手を難なく避ける。
そして、もう一度。
「どうして?」
尋ねる。
「むぅっ!」
掴み損ねてつんのめった神父が唸る。
問われて答えられないのは悔しい。
「年上に従えとは神の言葉であるからだ。お前がまだ幼い。私は大人なんだぞ」
重々しい言葉が場を支配する。
パトリツィオ少年と子分ども、そして、周りの子供達が言葉に威圧されて震え上がった。これが大人なのだ。大人の、神父様なのだ。
しかし、アスタは首を傾げるだけだ。
「はぁ? 大人? ボクが幼い? アーッハッハッハッ!」
腰に手を当てて高笑い。
この天龍アストライアーを幼いとのたまうか。
アスタは自分よりも年上と明らかな幻獣に会ったことがない。そもそも、不老である幻獣に年齢など意味がなく、数百年も過ごしたら自分の年齢など忘れてしまうものだ。
それを高々、百年も生きられない人間が何を言うのか。
笑うしかない。
「ぬぅっ!?」
大人の権威、神の権威が効かないことに驚き、神父はひるんだ。
「だいたい、どうして子供のボク?…が大人のキミ?…に従わなくちゃいけないのさ?」
童女は不思議そうに首を傾げる。
神父の話が何もかも意味不明なのである。
幼いから大人に従わなければならないとはどんな理屈なのか。
議論とは互いの主張する命題の真偽を論じるものであるはず。どうしてそれに論者の生きてきた歳月が関わるのやら、さっぱりわからない。
「年上は年下を敬い従う。それが長幼の序、社会を構成する序列というものなのだ」
神父はまた難しい言葉を持ち出して議論は終わりだと告げんばかりの顔をする。
「そうだ、そうだ!」
「年上は偉いんだぞ!」
「ガキは大人に従え!」
乱暴な少年と子分どもも賛同する。ここは一旦、“弱肉強食”の理屈を棚に上げて、“長幼の序”という新しい理屈を受け入れることにする。味方である神父を応援するために。
すると、周囲の子供達も目を伏せる。
「「「……」」」
先ほどまでパトリツィオ少年の唱える弱肉強食の理屈を呑んで強者に従っていたと言うのに、今は長幼の序をという新しい理屈に頭を垂れている。
大柄な神父に怒鳴られるとそういうものかと思ってしまう。
如何様左様に人間は声の大きい方に流されるものだ。そして、年端もいかぬ子供達もまた人間なのである。
しかし、さすがは幻獣。超巨大ドラゴンが人化した童女はひるまない。
「長く生きている者は賢いから経験の足りない年下の者は従うべきって話? 論拠が薄弱だね」
胸を張って堂々と反論する。
“弱肉強食”を否定してこれで終わったかと思っていたら今度は“長幼の序”と来た。
『年上が年下よりも偉い』という、これまた乱暴な言説だ。生きてきた時間は単純に生まれで決定してしまい、個人の努力ではどうすることもできない。そんな年齢を基準に上下関係を決定してしまう考えである。
到底、納得できる代物ではない。
「命題の正しさに論者の年齢や身分は関係ないでしょ? その前提となる論拠こそが問われるべきだよ。議論の中で論者の個人的な資質を持ち出すなんて…キミはバカなのかな?」
呆れ果てて肩をすくめる。
いや、いや、このバカ者を心配してやるべきか。
命題の論拠に論者の個人的な資質を持ち出すなど、此奴の脳みそには穴が空いているのやも知れぬ。
視線が一気にかわいそうなものを見つめる目に変わる。
「くっ、大人を尊敬しない子供がっ!」
歯噛みして向き直る神父。怒りに任せて掴みかかるも逃げられてしまった。
全くもって掠りもしない。
このすばしこい童女を相手に力ずくという手段は悪手か。
「年上であるということは経験が豊かであるということ。未熟な子供より大人の方が物を知っているんだ。わかったら私に従いたまえ」
強い調子で論理を組み立てる。
それは神父の信念だった。
神が偉大であるように子供から見た大人、平民から見た貴族、民から見た王は偉大なのだ。偉大でなければいけないのだ。それにより国家は秩序ある社会を形作ることができるのだ。
大人に従わない子供を放置すれば、いずれ、平民が貴族に逆らうようになる。そうなれば、秩序は失われ、社会が混乱し、国は衰える。長幼の序は国家の礎であり、それを軽んじることは断じて許されないのだ。
その信念に基づいて神父は自分に従えと童女に告げた。威厳たっぷりに。
だが、しかし。
「経験? それもまた論者の資質の1つに過ぎないね。年齢を重ねただけで何を試みても過たなくなるほどの知恵が育つと言えるのかい?」
アスタは揺るがない。わずかに片眉を上げただけだ。
年齢を重ねても知恵に優れるとは限らないと言いたい。この辺は自省も含めて考えている。自分だって過つことはある。この天龍アストライアーである自分が、である。
いわんや、人間に於いてをや。
歳を重ねたから賢いとは限らないし、それを論拠に自分は優れているとは言いたくない。
何より、命題の真偽に論者の個人的な資質は関係ない。あくまでも論拠の正しさこそが問われなければならないのだ。
だから、この尊大な神父の唱える"長幼の序"なる 言葉を間違っていると断じた。
「ぐぬぬ……」
これには神父の方がひるんだ。
大柄な堂々たる肉体、周囲を揺るがすような大声、そして、自信たっぷりの態度で語ることが神父の十八番だ。それで大抵の者を黙らせてきた。
その、自慢の特技が効かない。
これは一体、どうしたことか。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
我らが暁光帝♀は“神殺しの怪物”ですから、当然、被害者たる神様とは面識があります。
世界に対して悪さをしないよう警告もしましたし、それを無視されもしましたし、調子に乗った神様から『引っ込んでろ、ヴォケガ!(錯乱魔法Lv5)』と罵られもしましたし。
それで神様をぶち殺してあげたのですが。
宗教には遭ったことがありませんwwww
神様は神界にいて地上にあれやこれや手を出しては喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだり、そ〜ゆ〜酔狂者ですが。
宗教関係者は地上にいて人間を相手に口八丁手八丁であれやこれや御託を並べることを生業とする聖職者です。
ちなみに、自分が間違っているとわかっていて言葉を操るのは詐欺師ですね。
でも、自分が正しいと信じて言葉を操るのは……誰でしょうね?ww
ああ、自分が夢を見ているとわかっていて言葉を操るのが小説家ですから、我々は詐欺師や聖職者に親しいのかもしれません。
さて、そういうわけで次回は神父グアルティエロと勝負です。
乞う、ご期待!




