暁光帝はエルフと魔族の区別がつかない。だって両方ともおっきいんだもん☆
港を散歩するエルフと童女、そんな平和な2人を見つめる怪しい目。
どうやら国際スパイ団がアスタに目をつけたようです。
なんて恐ろしい!?
さぁ、どうなることやら……
お楽しみ下さい。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
怪しい連中がどうやって童女に目をつけたのか。
アスタに出会ったのは昨日の冒険者ギルドだ。
その前、童女は何をしていたのだろう。
天下御免の超巨大ドラゴン暁光帝だが、どうやら、お淑やかで、清楚で、可憐な貴婦人…らしい。どういう基準なのかさっぱりわからないが、少なくとも女精霊や一角獣からはそう信じられているようだ。
違和感しか感じないが。
いや、いや、さもありなん。
もしも、暁光帝の心的傾向が“乙女”でなく、“男の子”だったら、世界はもっと痛めつけられて惨憺たる有様だったに違いない。
だが、それでもこの童女が目立たずに街に入れただろうか。
金属光沢に輝く紫のロングヘアーをたなびかせる美少女が裸足で街道をトコトコ歩いて街にたどり着いた。
誰にも気づかれずに?
誰からも訝しく思われずに?
いや、無理だろう。
「ここに…瓦礫街リュッダに入る前に誰かに会いませんでしたか?」
尋ねてみると。
「う〜ん…そう言えば妖精人に出会ったね」
何やら、思い出してくれたようで童女の紫髪が踊る。どうやら、楽しい思い出のようだ。
「エルフ? どんな方でしたか?」
尋ねると。
「おっぱいが凄くデカかった☆」
打てば響くように明快な答えが返ってくる。
その虹色の瞳はキラキラ輝いて、金属光沢の紫髪が跳ね回っている。
童女がどれだけ女性の胸乳に夢を抱いているのか、よくわかる光景だ。
けれども。
「そ、そうですか……」
ナンシーは責める気にはなれない。
アスタは子供で、子供が乳房を求める気持ちは自然である。恥ずかしいことでもいやらしいことでもない。もちろん、責められるべきことでもない。
「あの…その…女性の胸乳以外で何か気づいたことはありませんでしたか?」
とりあえず、他の特徴も訊いてみる。
童女はしばらく考え込んで。
「えーっとね…うん、そうだ!」
思い出したらしい。
「“デルフィーナ”って名前のエルフだったよ。真っ黒な肌で、頭の両側から羊みたいな拗くれた角が生えていて、コウモリみたいに大きな黒い翼を背負っていたね。後、細長い尻尾の先に菱形の…いや、スペードの飾りがついてたかな」
出会った“エルフ”のデルフィーナについて思いつく限りの特徴を並べる。
「!?」
聞いて言葉を失うナンシーだ。
そんなエルフはいねぇ!
思いっきり、魔族じゃねーか!
黒い翼だの、捻じくれた角だの、それら特徴から超特級の、一番ヤベェ奴だとわかるわ!
どこがエルフだ!?
最悪の魔族とエルフを間違えるなんて、おまいしかやらんわ!
内心で悪態を吐く。
間違いない。アスタは非常に危険な魔族に出会ってしまっている。
何としても、その魔族について情報を得ねば。
「その…デルフィーナさんとはどんな話を?」
内心の憤りを押し隠して尋ねる。
「魔法を見せてもらったよ。最大級暗黒球体爆轟波って闇属性の精霊魔法で、ブタよりも大きい真っ黒な球体を撃ってたっけ。けっこう綺麗だったなぁ…意見を求められたから力率の改善について忠告しといたよ♪」
大好きな魔法について語るアスタ。身長よりも長い、金属光沢に輝く紫色のロングヘアーが軽やかに踊っている。実に楽しそうだ。
ブタよりも大きいか、小さいか、評価の基準が若干おかしいものの、表現は正確である。
何しろ、始原の魔道師アストライアーなのだ。魔法については誰よりもくわしい。その術式も、その動作原理も、術者の魔気容量もすべてわかる。そして、一度見た魔法は忘れない。
ましてや、人間の使う魔法を初めて見たのだ。
非常に珍しい。
忘れるわけがない。
「浴びてみたら服が溶けちゃったっけ。荒れ地を開墾しつつ、害虫を駆除する魔法なんだって」
誰よりも魔法にくわしいが、嘘つきにはとても騙されやすい。そんな始原の魔道師様である。
今もしっかり騙されている。
「な…なるほど……」
これまた言葉を失うエルフ。
知っている。
最大級暗黒球体爆轟波は闇属性では最も強力な精霊魔法だ。
先ほど、海軍の上級魔道師3人組が放った炎の精霊魔法ファイアボールよりも遙かに強い。
そもそも対人用の攻撃魔法ではない。
主力軍用泥人形だって跡形もなく溶かし尽くすほどの、とにかく過剰な威力を誇る。
闇属性の精霊魔法に適性がある者は少なく、これを個人で発動できる魔導師はめったにいない。使われることも少ない。敢えて言うなら攻城用の攻撃魔法だ。戦場の要である、堅牢な城や砦を破壊できる。
そんなものを浴びて『服が溶けちゃった』で済まされても困る。
いや、済むんだろう。
済んでしまうんだろう。
暁光帝なのだ。
どんな強力な攻撃魔法だって暁の女帝様には傷1つつけられない。
つけられるわけがない。
だからこそ、騙されたのだろう。
最強の闇魔法が荒れ地を開墾しつつ、害虫を駆除する目的の農業用だなんて。
間違いなく、そのデルフィーナという魔族はアスタを殺そうとしたのだ。
そのための、必殺の最大級暗黒球体爆轟波だ。
けれども、全く効かなかったから農業用の魔法と偽ったに違いない。
それで騙される方も騙される方だが。
そして、童女は饒舌である。
「彼女のは大きかったよ。ナンシーのほどじゃないけどね。1つが自分の頭くらい大きくて弾力が凄い。形はほぼ真球」
喋る、喋る。まさしく立て板に水を流すよう。
「布地の上から見ただけだから先端の位置は確認できなかったけど、中央よりも高い上向きで、明らかにモチモチした感触だと思われるね」
さすがの虹色の瞳を以てしてもわからなかったらしい。
「どっちかと問われたら悩むなぁ…正直、甲乙つけ難い」
首をひねっている。
“彼女の”と“ナンシーの”とは何か。
何の形が“真球”なのか。
何の“先端”なのか。
“どっちか”とは何と何を比較しているのか。
オッパイソムリエールのアスタさんなのだから明らかだ。
咎める気にもなれない。
真っ黒な翼や捻じくれた角はどうでもいいのだ。恐るべき闇の魔法もそれに較べたら大したことではない。
デルフィーナの正体が何であるかなどどうでもいい。
まず、おっぱいである。
何よりもおっぱいである。
実にアスタらしいと言えよう。
「そ…そうですか……」
もしも、どこかでチンピラから『ガキは家に帰ってママのオッパイでも吸ってろよ』とからかわれたらアスタは素直に帰るんだろうなぁ…などと考えてしまうナンシーであった。
いや、だから、子供が乳房を求めるのは自然なことだと考え直す。
ここで問題なのは極めて危険な魔族が童女を狙っていることだ。
エルフは背筋が寒くなるような不安を感じたが、そうだとするとスパイが白人という話と矛盾する。
魔族の肌は黒いのだ。
ならば、矛盾を解消する別の可能性を考えねばならない。
「遠くから光魔法でアスタさんを監視している、その怪しい奴が変装している可能性は?」
童女に尋ねると。
「大いにあるね!」
一瞬もためらうことなく答えが返ってくる。
その顔は明らかに希望に輝いていて、ワクワクしているのが丸わかりだ。
「あ…ああ…スパイですからね」
戸惑いながらも肯定すると。
「うむ。国際社会の裏で暗躍するスパイ団がついにボクに目をつけたんだね」
小さな拳を握りしめ、期待に胸を躍らせているアスタだ。
「ア、ハイ…」
仕方なく、エルフはもう一度肯定する。
いや、その理解で間違いないが。
おそらく、童女の頭の中では暗殺団やらスパイ団やらが国際関係を脅かす、華やかな“闇の世界”が煌めいているのだろう。
謎の秘密兵器が火を噴き、改造されたスーパー馬車が疾走し、そして、妖艶な女スパイが誘惑する。夜の街を秘密諜報部員達が丁々発止でやり合う、そんなきらびやかな“闇の世界”だ。
実際にそういった連中と関わった経験を持つナンシーとしては『そんなに面白いものではありませんよ』と言いたいが、アスタが期待に胸を膨らませているのだから『それはそれで』とも思う。
よく考えてみたら。
どんな暗殺団も、どんなスパイ団も、暁光帝の脅威に比べれば些細なものなのだ。
よしんば、超一流の殺し屋が3日3晩、不眠不休で働いたところで100人も殺せまい。ところが、暁の女帝様なら単に降り立つだけで1万人を踏み潰す。いや、女帝様ご本人は踏み潰した人間に気づきもしないだろうが。
とにかく、その危険性は比べものにならない。
何より、アスタが暁光帝の姿に戻らず、童女のまま、華やかな“闇の世界”を楽しんでくれている方がよほど世界の平和に貢献できる。
だから。
「きっと凄い悪事を企んでいるでしょうから、そいつを見かけたら是非とも捕まえて下さいね」
シンプルに頼んでおく。
「うん。もちろんだとも☆」
アスタはにっこり笑って視線を鋭くする。
「……」
エルフは自然と口角が緩んだ。
どんな魔族か、知らないが、もはや心配する必要はあるまい。そいつは暁光帝に目をつけられたのだ。ご愁傷さまとしか言いようがない。
臨港道路につながる道の石畳を荷運び人夫達が急ぐ。行き交う荷車には軍港区が使う装備や道具が山と積まれ、たくましい男達が玉の汗を流しながら大きな荷物を乗せたり降ろしたり忙しい。
そんな港の雑踏を掻き分けるように必死で駆ける男がいた。まるで転がるように駆けて行く。
おびえた男は後ろを振り返るが、別に追う者はいない。
「ふぅ…」
安心した途端。
ドカ! ドンガラガッシャーン!
石畳から突き出た石に足を引っ掛けて盛大に転ぶ。そして、荷車にぶつかって、これまた盛大に荷物をひっくり返す。
「おげぇぇっ!?」
恐怖と衝撃で男は汚い悲鳴を上げる。
「こいつ、何しやがる!」
「うるせぇっ!!」
「逃げるな! 片付けていけ!」
粗野で無教養な苦力達が転がる荷物に驚き、騒ぎ出す。
石畳を転がった男に罵声が浴びせられるも、おののいた男が聞くわけもなく。
「うぎゃぁぁっ!!」
やはり、汚い悲鳴を上げながら逃げ出す。足だけでなく腕も使って必死で駆ける。
無理して走り続けた疲労があるし、転んでぶつかった怪我も痛む。だが、それ以上に恐ろしい。光魔法のレンズを通して自分を見つめた虹色の瞳が。
汚れた栗毛色のザンバラ髪に白い肌が目立つ。この港で働く荒くれ男達とは違う、生っ白い肌だ。でっぷりと太っていて走りながら膨れた腹の脂肪がブルンブルン揺れる。明らかに運動不足だ。
港という場所に似つかわしくない。
それもそのはず。
この、でっぷり太った男は魔族が変化した姿なのだ。本来は黒い肌と黒い尾を持つが、人化の秘法を封じ込めたマジックアイテム“妖女サイベルの呼び鈴”で人間に化けているのである。もっとも、元は人間だったので戻っただけでもあるから、そういう意味での不自然さはない。
この男、ワーレラは下級魔族である。黒い肌と黒い尻尾くらいしか違いはないが、しっかり人間を辞めていて、リュッダ住民からは眉をひそめられる程度には嫌われている。
昨夜、暗黒教団ゲロマリスは上級幹部デルフィーナが下で夜鷹の目作戦の実行を決定した。そして、現場の秘密諜報部員として3人の下級魔族が選ばれ、光魔法を得意とするワーレラが最初に派遣された。
早朝から冒険者パーティー紫陽花の鏡の共同住宅に赴いて、童女アスタを監視していたのである。領主のドラゴン城には魔法の防御結界が張られていて覗けなかったが、道中はしっかり尾行していた。あの金属光沢に輝く紫のロングヘアーは目立つので、道行く人々の誰しもがアスタに注目していた。だから、ワーレラが監視していても気づかれなかった。
ところが、軍港区に入られるとそうは行かない。生っ白い肌とでっぷり太った体では荷運び人夫と思ってもらえるはずもなく、基地内に侵入できない。そこで光魔法の出番だった。対象を遠距離から監視する、得意の光魔法による望遠鏡、“覗き見の術”を発動させたのだ。
そこからは悪夢だった。
魔法も使わず、小指一本で次々に海軍の精鋭を倒していくアスタの姿をまざまざと見せられたのだ。童女が雲衝くような巨人族の大男を鎧の上から突いて昏倒させた時は戦慄した。最後は指一本触れずに兵士を悶絶させていた。まさしく人間離れした強さで、文字通り、次元が違う。
しかも、そのアスタが光魔法の望遠レンズを通して自分をジッと見つめていたのだ。
監視対象に監視される。そんな有り得ない現象が起きてしまったのである。
桟橋を歩いている2人を観察していたら、いきなり、アスタが自分を指さして見つめてきた。驚いてのけぞったら、今度は現実の自分がいる方向を指して何やら話しだした。覗き見の術は光魔法であり、監視対象の音は聞こえない。言葉は分からなかったが、自分について喋っていたことは間違いない。
だって、のけぞって後ずさり、荷物にぶつかった自分を指さして、童女が笑っていたから。
戦慄した。
ワーレラは光魔法による遠見を使っていた。幾つもの魔力場を経由し、光を屈折させたり反射させたりして遠くから童女を監視していたのだ。だが、アスタの虹色の瞳は素の裸眼でそのままワーレラを観察していた。
あの距離からでは砂粒ほどの人影にしか見えないであろう自分を、肉眼で観察していたのだ。
魔法も望遠鏡も使わずに。
どういう眼力だ。
光魔法の使い手だからわかる、非常識な視力に仰天した。
あのアスタはワーレラが魔法を駆使してようやく観察できる距離を貫いて、逆に自分を見つめ返していたのである。
そして、気づいた。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
あれは深淵だ。
人間じゃない。
正真正銘、本物の化け物だ。
上級の魔族はおろか、魔王様ですら足元にも及ばない、本物の怪物だ。
「うわぁぁぁぁっ!!」
絶叫が轟く。
宇宙的恐怖に襲われたワーレラがおののき、逃げ惑う、その口から自然と溢れ出た叫びであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は物語の裏で暗躍していた魔族の登場です。
デルフィーナに命じられた作戦が遂行されていたのですね。
久々です(^_^;)
さて、次は商工区です。
驚くべき事態に衝撃を受ける、我らが暁光帝。
果たして事態を打開できるのか?
お楽しみに〜




