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人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ_〜暁光帝、降りる〜  作者: Et_Cetera
<<観光も冒険者の嗜みです>>
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暁光帝、問われる。えっ、そんな昔のことなんて…あぁ、けっこう憶えているものですね☆

港を案内される暁光帝が昔のことについて尋ねられました。

ナンシー:「昔、この海で大きな戦争があったんだけど憶えてない?」

アスタ:「ほへ? あったんだ。もっかいやってみせてよ」

ナンシー:「う、う〜ん、戦争だからもっかいやるのはちょっと(汗)」

アスタ:「な〜んだ…がっかり」

…ってな展開にはなりませんけどね。


キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/

 「う〜ん…この碧中海で? 千年くらい前? う〜ん……」

 童女は首をひねっている。紫色のロングヘアーはキラキラ輝きながらあちこちに向いて迷走している。

 「結構な大事件だったんですよ。当時の人間の最大戦力がぶつかりあった大戦争でして…敵味方合わせて百万人くらい死んじゃったんです」

 いくら暁光帝でも千年前の事件を憶えているのか。

 エルフは何とか記憶を呼び覚まそうと言葉を紡ぐ。

 「戦死者が百万人か…う〜〜ん…サムライアリの奴隷狩りと同じくらい面白そうではあるけれど……」

 童女は輝く紫色の頭をひねってしばらく考え込んでいたが。

 「ないね」

 ドきっぱり答える。

 「記憶力はいい方だと思うんだけどね、憶えがないや。“千年くらい”とか時期があいまいだし…碧中海? ボクは何やってたかな?」

 憶えていないと言いつつ、千年前に碧中海で何かやっていたことは認めてしまっている。

 それにしても、千年前のことを憶えていたら記憶力は“いい方”どころの話ではない。

 しかし、アスタは人間ではない。天下御免の超巨大ドラゴン“暁光帝”が人化した童女だ。

 「ああ、たしか、あの頃はテアルに教えてもらった深海でずっと渦虫(うずむし)の調査をしてたんだっけ……」

 何とか記憶を呼び覚まそうとする。

 そして、パァッと顔が明るくなり。

 「そうそう! 529年に一度の大発見をしたんだよ! 分類の難しい新種の渦虫(うずむし)を見つけてね! 嬉しくて嬉しくて、思わず、空へ飛び出しちゃったっけ☆」

 嬉しそうに語る。相変わらず、意味不明の数を持ち出して喜んでいる。

 だが、この数のおかげで記憶が明確になったようだ。それは529年に一度のことならなかなか忘れるものではない。

 思い出した記憶がよほど輝かしいものだったのだろう。アスタの紫髪がきらめきながら踊っている。

 当たり前だが、人間が深海に潜れるわけがない。窒息して死ぬか、水圧で押し潰されて死ぬか、いずれにせよ、(まばた)き10回の間に絶命する。半魚人(マーフォーク)であっても深海の低酸素と水圧に耐えられず、生き延びられる時間が瞬き10回から100回に増えるだけだ。

 そして、海中から空へ飛び上がれる人間は存在しない。

 この発言だけでもアスタの正体に迫れるが、ナンシーは別のことが気になった。

 「そうですか…その頃、けっこう大きな海戦があったんですけどねぇ……」

 デティヨン海の悲劇については口をつぐんだ。

 けれども、確信した。

 あの悲劇の当時、たしかにアスタはデティヨン海にいた。

 そして、悲劇を引き起こした張本人なのだ。

 だが、『戦争なんて見たことがない』とも証言している。

 彼女は深海から空へ飛び出したものの、戦争に気づかず、飛び立って行ったということになる。

 いや、『あれほどの悲劇を憶えていないなんておかしい』とか、『大戦争を忘れるはずがない』とか、言われてしまうかもしれない。

 しかし,超巨大ドラゴンから見れば人間などゴマ粒ほどの大きさもないと言う。三段櫂船(トライレーム)で大豆ほどになれるだろうか。それなら、有頂天(うちょうてん)で海から飛び上がって、海面に浮くゴマ粒や大豆に気づかなかったとしてもおかしくはない。

 サムライアリはクロヤマアリの巣を襲って(さなぎ)を奪い、巣に持ち帰る。そして、羽化させたクロヤマアリを奴隷として利用する。博物学的にも非常に興味深い観察対象だが。

 ふつうの人間のほとんどはサムライアリとクロヤマアリの戦争に気づかない。

 そして、暁光帝にとっては人間はゴマ粒よりも小さく、海で戦争していても気づかない。人間がアリの戦争に気づかないように。

 暁の女帝を責める人間がいるとしたら、それはふつうに暮らしていてアリの戦争に気づける者だけであろう。

 やはり、当時のアスタ、いや、暁光帝は人間にも大艦隊にも気づいていなかった。歴史に残る大艦隊だったが、彼女から見れば海面に浮かぶゴミみたいなものだったのだ。

 つまり、暁光帝は獣人戦争はおろか、獣人海賊(ヴィーキングル)のノアシュヴェルディ海上王国もヒト族のオルジア帝国も知らなかったことになる。おまけのポイニクス連合は言うに及ばず。

 アスタ=暁光帝はどちらの味方をしたわけでも、人間を罰したわけでもなかったのだ。




 長く人々に信じられてきた、歴史の定説。

 『超巨大ドラゴン“暁の女帝”は獣人戦争に怒り、関係者に懲罰を加え、関わらなかった者を許して碧中海を任せた』

 今、この“女帝の激怒”説が否定された。

 宰相の歴史書よりも信憑性の高い、アスタの証言、すなわち、暁光帝ご本人の証言が得られたのだから。

 証言の信憑性(しんぴょうせい)は疑う余地がない。

 何しろアスタは嘘が()けない。嘘を吐く理由もない。その上、千年前のことも明確に憶えている、素晴らしい記憶力の持ち主だ。

 これぞ、最大の信用力を持つ証言、歴史の新証拠である。

 童女が言った『獣人戦争なんて知らない』は強烈な事実を突きつける。

 やはり、オルジア宰相もポイニクス司令官もヒト族なのだ。よく考えてみれば、2人とも暁光帝と話をしたわけではない。単に恐ろしいドラゴンに襲われて、(いな)、遭遇して。その虹色の瞳(アースアイ)を凝視して、勝手にいろいろ思い込んだだけなのだ。

 ヒト族らしくヒト族の視点で。

 観て、考えて、それを書物に書いて、後世に残した。

 人類のために。

 これからもドラゴンと付き合っていかなければいけない子孫のために。

 良かれと信じて。

 だが、その書物は間違っていたのだ。

 ヒト視点で観て、考えたからドラゴンの意図を(あやま)って解釈してしまったのだ。

 仕方あるまい。

 実際は、暁光帝が新種の渦虫(うずむし)を発見して喜び勇んで飛び出しただけだったとか、誰が想像し得ようか。




 残念なことに童女アスタは獣人戦争について欠片も関心がなく、海底でのたくっていた渦虫(うずむし)の方に注目している。

 「……」

 何とも言えない気持ちでナンシーはため息を吐く。

 これで歴史の謎が解けて、ヒト至上主義の論拠が失せたのだ。

 デティヨン海の悲劇が起きる直前まで暁光帝は深海で渦虫(うずむし)の研究をしていた。

 何が楽しいのかさっぱりわからないが、超巨大ドラゴンの楽しみが博物学の研究ならけっこうなことだ。

 もしも、趣味が美食(グルメ)で人肉が大好物だったら、暁光帝は1回の食事で十万人は食べるだろう。1年も経たずに人類絶滅だ。

 もしも、自然保護に(いそ)しんでいたら、間違いなく自然を破壊する人類の駆除を始めていただろう。世界中のあちこちで町や村を消して回り、全人類の駆除に一ヶ月もかかるまい。

 そんな真似をされるよりは幾分かマシだろう。

 大艦隊は全滅してしまったが。

 それでも、まだ平和的だと言える。

 暁光帝の本気、エーテル颶風(ぐふう)破滅の極光(カタストロフバーン)は見られなかったのだから。

 そんなものを吹かれた日には碧中海そのものが干上(ひあ)がっていたかもしれない。

 「それにしても……」

 エルフの心中に懸念が残る。

 童女の『テアルに教えてもらった』という話が気にかかったのだ。

 昨日から何度もアスタの口を()いて出る“テアル”なる言葉。

 どうやら暁光帝の友達らしいが、そいつが歴史の謎を解き明かす“鍵”のようだ。

 デティヨン海の悲劇はタイミングも位置取りもよすぎるのである。

 暁の女帝は深海で博物学の研究をしていた。それはいい。だが、どうして、2つの大艦隊が激突しようと迫ったその瞬間に、その場所に、飛び出したのか。

 飛び出す時刻が1日でもずれていれば。

 飛び出す場所が1龍身でもずれていれば。

 いずれにせよ、あの悲劇は起きなかった。

 当時、暁光帝は狙いすましたかのように戦争そのものを粉砕している。

 偶然だと仮定して、いくら何でも2つの偶然が重なるか。あまりにも都合が良すぎないか。

 何か作為的なものを感じずにはいられない。

 しかも、暁の女帝ご本人が戦争(そのこと)に気づいてない。

 それならば、暁光帝を深海に潜ませ、人間同士の戦争を叩き潰すべく、絶好の機会に飛び立たせた者がいるのではないか。

 歴史の裏に潜み、超巨大ドラゴンを意のままに操って、密かに世界を命運を決定している何者かが。

 それが、それこそが、謎の人物“テアル”なのではないか。

 考える。



 思考実験だ。



 普段は雲上を亜音速で飛ぶドラゴンに戦争を潰させようと、くだんの“テアル”が(くわだ)てたとする。しかし、戦争がいつどこで起きるかなどわかろうはずもない。それでも、開戦の瞬間にドラゴンを戦場に誘導したい。

 どうしたらよいのか。

 答え。

 海の底に(ひそ)ませておけばいい。

 たとえば、そのドラゴンが博物学に強い関心を持っていたら。

 あらかじめ、新種の珍しい動物を見つけておいて、それを戦場予定の海域に隠しておく。

 後は言葉(たく)みに『深海に珍しい動物がいそうな場所を見つけた』と声を掛けて、ドラゴンを海底に潜ませておく。

 そして、獣人海賊(ヴィーキングル)のロングシップと帝国の三段櫂船(トライレーム)が激突する、まさにその瞬間に隠しておいた渦虫(うずむし)をドラゴンの鼻先に突きつけてやる。

 もちろん、ドラゴン自体も渦虫(うずむし)の匂いなどで誘導して位置を調節しておく。

 そうすれば、529年に一度の大発見に興奮したドラゴンが何をするか、たやすく予想できる。

 海底から空に飛び上がって報告しに行くだろう。

 大発見のヒントをくれた“テアル”に。

 決戦の海域にいた艦隊は哀れ、木っ端微塵(こっぱみじん)だ。



 思考実験、終わり。



 今の今まで歴史というジグソーパズルはいくつかピースが欠けていた状態で、それをヒト族とその代表が全体像を強引に想像してこれこれこういうものだと言い張ってきた。

 『龍の観るオルジア』と『女帝、屠る。』という歴史的資料から得られる事実、欠けていたピースである暁光帝の証言、そして謎めいた“テアル”という存在、これら3つの因子(ファクター)から()(はか)った、それがこの“すべてをテアルが仕組んだ”説だ。

 新たな歴史の仮説である。

 “女帝の激怒”説よりもずっとうまくデティヨン海の悲劇を説明できていると思う。

 アスタは『テアルに教えてもらった深海でずっと渦虫(うずむし)の調査をしていた』と言っていた。

 アスタの、暁光帝の時間感覚で“ずっと”は何週間か。何ヶ月か。

 開戦のタイミングを(はか)るには十分な時間だ。

 暁光帝が得意の天空からではなく海中から現れた理由もはっきりするし、その登場が獣人戦争の開戦に位置と時間をピタリ合わせたことも説明できる。

 おそらく、これが正真正銘(しょうしんしょうめい)、歴史の真実なのだろう。

 それにしても恐ろしい。

 おそらく本来の“テアル”の計画では獣人もマーフォークもヒトも皆殺しだったはず。

 決戦に遅れたポイニクス艦隊がたまたま被害を(まぬが)れ、飛び立つ場所のズレで一部の帝国艦隊が助かっただけだ。それすら、ダメ押しの羽ばたきで壊滅したが。

 目の前にいる、この可愛らしい童女アスタは賢くて途方もなく強大だが。

 嘘が吐けない。

 嘘を見破ることも出来ず、単純な誘導にあっさり引っかかってしまう。

 人化してこれなのだから、ドラゴンの状態ならもっと警戒心は薄いだろう。

 何しろ、世界史レベルで戦闘証明済み(コンバットプローブン)の最強だ。

 唯一無二の、大いなるアストライアー。

 誰にもへりくだらず、何者も恐れず、只、自由に空を飛ぶ。

 いつの日にか、世界を喰らい滅ぼし尽くすであろう、最強にして最大のドラゴン。

 ならば、何を警戒することがある?

 真に最強であるということはとても騙されやすいということでもあるのだ。

 アスタの話から推察するに、この“テアル”なら言葉だけで暁光帝を好きなように操れる。

 そして、この“テアル”なる存在は人間を羽虫(はむし)ほどにも思っていない。

 庭のバラに着いたアブラムシを駆除するくらいの感覚で人間を抹殺している。

 しかも、厄介なことにこの“テアル”は人間に強い関心を持っている。

 こいつは獣人戦争を、戦争そのものを叩き潰した。

 戦争が邪魔だったのだ。

 では、“テアル”の動機は何か?



 仮定してみよう。再び、思考実験だ。



 もしも、デティヨン海の悲劇が起きず、獣人戦争が続いていたならば。

 決戦で獣人海賊(ヴィーキングル)とヒトのどちらが勝つにせよ、戦争は続いていただろう。戦争の帰結は一方的な勝利で終わらず、両者が食い合いする結果になることが多いからだ。どちらも無傷ではいられない。ヒト族も弱るが、獣人海賊(ヴィーキングル)は海で勝てても陸では勝てない。だから、その後は獣人海賊(ヴィーキングル)得意の一撃離脱戦法(ヒット・エンド・ラン)が続き、オルジア帝国もポイニクス連合も徐々に衰えて行っただろう。

 両陣営はどちらも決定打に欠け、戦争は長期化する。

 最終的にはヒト族の国家が滅びるだろうが、相当の時間がかかる。その頃には他の国々も疫病禍から復興し、国力を回復させているはず。

 けっこうなことだ。

 だが、国力が回復した時、それらの国々は弱体化したヒト族を見て誘惑に耐えられるだろうか。

 侵略の誘惑に。

 帝国と連合、大陸の二大強国が弱りきって、無防備な弱点をさらけ出して這いつくばっている姿を見て、好機(チャンス)だと思わないだろうか。

 とりわけ、好戦的な侏儒(ゴブリン)豚人(オーク)は座視すまい。南の闇妖精人(ダークエルフ)も強力な国家を築いているし、しばしば干渉して来るヒト国家を排除したいと考えるだろう。

 追い詰められたヒトは妖精人(エルフ)小人(ドワーフ)に助けを求める。そうなれば、戦後の権益を考えて妖精郷(エルファム)やドワーフ地下王国も参戦せざるを得なくなる。

 断言できる。

 デティヨン海の悲劇が起きなかったら獣人戦争は拡大した上に長期化していた可能性が高い。



 思考実験、終わり。



 “テアル”はそんな戦乱を(ふせ)ぎたかったのだ。

 だから、特定の人種や特定の国家に(くみ)するのではなく、戦争そのものを嫌った。

 戦争は人材と資源を大量に浪費する。大陸の交流を妨げ、経済的な発展も阻害される。

 それは“テアル”にとり、面白くないことなのだろう。

 そこで参戦した人間をすべて排除して、戦争そのものを消滅させる計画を(くわだ)てたのだ。

 長期的に考えれば、犠牲者が多くても全体の損益収支はプラスになる、と。

 都合よく、決戦の海域に参戦国が集まるようだから、全部その場で抹殺してしまえ、と。

 つまり、デティヨン海の悲劇は人類への“外科手術”だったのではないか。

 肉体を切り開いて患部を切り取るように。

 そう、国家(からだ)を切り裂いて軍隊(かんぶ)を切り取ったのだ。

 “テアル”に操られた暁光帝にはそれができる。

 獣人とマーフォークの艦隊とヒトの艦隊を殲滅して戦争そのものを叩き潰したのだ。

 たしかに、デティヨン海の悲劇は大きな犠牲が出た大災害だが、その後の歴史を見れば、人類全体の発展を(かんが)みれば、十分に評価できる。

 あの“悲劇”が戦争を終結させ、大陸に平和をもたらし、豊かな交流と発展を(うなが)した。

 間違いなく“よいこと”だったのだ。

 この“テアル”は特定の国家や人種に(くみ)することなく、人類全体を考えて行動している。

 ある意味では善だ。

 “絶対正義”とすら言える。

 こいつはおそらく幻獣(モンスター)だろう。

 人間がこんな思考をできるわけがない。人間社会の外にいるから、全体を見て冷徹に考えられるのだろう。

 そして、この“テアル”はこれらの判断を下すための情報を、人間の国家や国際情勢についての情報を持っている。

 かなり変わった幻獣(モンスター)だ。

 ふつう、幻獣(モンスター)は人間に関心がない。人食いオオカミや人食いライオンなどの一部の人食い系モンスターは人間の生活習慣にもくわしいが、それは獲物の習性を知る肉食獣の感覚によるものだ。他の幻獣(モンスター)は食べ物や道具、服飾(ファッション)くらいにしか興味を持たない。

 ここにいるアスタ=暁光帝のように。

 少なくとも人化する前の女帝様は人間に欠片も関心を持っていなかった。興味を持つようになったのはつい最近に違いない。

 だが、この“テアル”は違う。

 人間について何もかも知った上で、自分の目的を果たすべく計画を立て、冷徹に決断できる奴だ。

 そして、人類全体のことを考えて行動する絶対正義ではあるが、それは人類愛のような博愛精神によるものではないだろう。デティヨン海の悲劇ほどの犠牲を出すことさえ(いと)わないのだから、どこか、研究者が自分の実験場を眺めているような冷淡さがある。




 「やはり…気をつけないといけませんね……」

 誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 ナンシーは想像して。

 気がついた。

 更に重大な事実に。

 絶対に、この“テアル”なる人物についてアスタと話してはならない。

 質問や感想はもちろん、口にするのも危険だ。

 この“テアル”を童女は“友達”だと言っている。かなり親しいようだ。

 そして、彼、もしくは彼女こそが暁光帝を操る“鍵”ならば。

 こいつは危険過ぎる。

 歴史上、暁の女帝は人類の命運を決するような重大事件にしばしば介入している。多くの場合、都市や国家、時には戦争そのものを破壊し尽くして大国の意思決定に重大な影響を及ぼしてきた。

 それらの破壊がすべて意図的に引き起こされて来たのだとしたら。

 この“テアル”なる存在が暁光帝を操ってやらせて来たのだとしたら。

 最悪の事態が考えられる。

 今、ここにアスタがいることもまたその“テアル”の差金(さしがね)である可能性が浮上して来るのだ。

 つまり、瓦礫街リュッダでアスタが冒険者をやること自体が“テアル”の計画の一部かもしれないのである。

 そして、絶対正義“テアル”の計画が瓦礫街リュッダにとって望ましいものである可能性は非常に小さい。

 (たと)え、こいつの計画が人類全体の利益に(かな)うものだとしても、それは瓦礫街リュッダの利益とは必ずしも一致しないからだ。

 だから、童女アスタがどれだけ温厚であろうとも、この“テアル”の言葉で何をしでかすか、わからない。

 もしも、アスタ=暁光帝が“テアル”のことを思い出したり、“テアル”と相談したりすれば、とんでもなく恐ろしいことになりかねないのである。

 何しろ相手は百万の大量殺人に何のためらいも感じない(やから)なのだ。

 暁光帝は百万人を殺してもそれに気づかないけれど。

 どちらがより恐ろしいか、悩ましいところだ。

 何はともあれ、確実に言えることがある。

 アスタをこの“テアル”に接触させてはならない。

 2人、いや、2頭か。この2頭に話をさせないことが、世界を守ることに繋がる。

 そのためにはとにかく童女を楽しませて、“テアル”のことを思い出させないようにするしかない。

 「とにかく…常に気をつけなければ……」

 新たな怪物の存在に気づいて、ナンシーは心の底から戦慄する。

 “テアル”についてはすべて推測に過ぎないが、暁の女帝に関わることは常に最悪を想定して行動すべきだ。

 彼女がくしゃみをするだけでこの街は消し飛ぶのだから。

 エルフは唇を噛み締める。

 だが、アスタはそんなエルフの不安を吹き飛ばすように元気満々だ。

 「そうだね! 常に気をつけること! よくわかってるじゃないの。そう、それこそが新種発見の基本だよ♪」

 童女はテンション高くエルフの言葉を肯定する。

 もちろん、博物学の話だ。

 常に五感を研ぎ澄まし、気にかけていないと珍しい生き物を見逃してしまう。

 それは重大な損失だ。

 博物学上の大発見は他の何にも(まさ)るのだから。

 それは碧中海の制海権や大陸の覇権などよりも(はる)かに重要である。だって、幻獣(モンスター)達は人間のそんな活動については誰も話さないではないか。

 人間の領土問題? そんなことより粘液状生物(スライムモールド)だ。彼らの変形体が何に反応してどう動くのかを見極(みきわ)める方がよほど話題性がある。

 そして、珍しい生き物の発見は何よりも扇情的(センセーショナル)だ。

 いつも気をつけないと新種発見はおぼつかない。

 だから、ナンシーがこの心得(こころえ)を魂に(きざ)んでくれたことが嬉しい。

 アスタはニコニコとほがらかに()んでいる。

 童女の頭の中は平和である。

 いや、有史以来、彼女が平和でなかったことなどあるのだろうか。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ナンシーが思考実験をやりました。

これ、楽しいんですよね〜

歴史書とか読んでいるとついついやってしまいます。

あの日、信長が本能寺を訪れなかったら、とかね。

歴史に「もしも」は禁物だと言われますが。

「もしも」がなければ新たな発見もありませんから。

歴史修正主義なんて批判は無意味だと思います。

もっとアグレッシブに!

もっと強烈に!

小生は『戦国BASARA』シリーズが大好きです♪

そして、ついに暁光帝の親友“緑龍テアル”の名前が本格的に浮上してまいりました。

何者なのか。

何を企んでいるのか。

もっともナンシーは常識人なので藪をつついて蛇を出すような真似はしません。

なので、暁光帝もナンシーから「テアルって誰?」「昔の女?」「私というものがありながら…ムキー!!」とかレズの痴話喧嘩をふっかけられたりはしません。

ありがたいことです。

いや、作者的には何とか百合方面へ舵を切りたいわけですが(^_^;)

レズの痴話喧嘩、描きたいなぁ………


さて、次回はこの話の続きで“ビーチ”をめぐります。

この世界の水着、どうしよう……

お楽しみに〜

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