碧中海の戦争。暁光帝と幻獣達は何を思うのか。天使と悪魔の悪巧みは……
獣人戦争、なくなっちゃいましたね。
人間達は騒いでいます。
でも、戦争は完全に終わっています。
人間と人間の諍いにドラゴンが現れて…
では、ドラゴンと幻獣と天使と悪魔、人外達は何をやっていたのでしょう?
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
広大な碧中海を舞台に天下分け目の大合戦、獣人戦争の総決算が行われる予定であったが。
戦争は終わった。
否、始まる前に戦争そのものが吹っ飛んだ。
ヒト族の盟主たるオルジア帝国艦隊はもはや機能せず、ヒト族の権威に挑んだ獣人海賊のノアシュヴェルディ王国艦隊に至っては完全に消え失せている。
突如、海上に現れた超巨大ドラゴンによって戦争そのものが無くなってしまったのだ。
この事態にはさすがの幻獣達も驚いて……
……は、いなかった。
「「「あ〜あ……」」」
皆、一様に嘆いているが。
「「「アストライアーだぁ♪」」」
意外な友人に出会えて喜んでもいた。
交換した弁当を味わいながら波間を漂う人魚も、同じく交換した弁当に舌づつみを打ちながら飛ぶ海魔女も、誰も驚いてはいない。
人間の艦隊が壊滅するよりずっと前、海中深くから水面に上がる超巨大ドラゴンに気づいていたからだ。
天龍アストライアーはその巨体に巻き込んで誰かを傷つけてしまわないよう、いつも注意している。常に魔気の信号を放って『これから自分が行くから気をつけて』と知らせながら飛んでいるのだ。
それは海中であっても例外ではない。
だから、アストライアーの飛行に巻き込まれて事故に遭う幻獣はいない。
今回も幻獣達はすぐに気づいた。
もっとも、目的が戦争の見物だったから十分に距離を取っていたので逃げる必要もなかったが。
只、始まる前に戦争そのものが消し飛ばされてしまったことを嘆いていただけだ。
しかし、終わってしまったことを嘆いていても始まらない。
「じゃあ…」
1頭の人魚が意を決して迎えることにした。幻獣達は孤高の八龍と話す時、代表を決めることにしている。大勢でわぁわぁ喋ると向こうが困るからだ。彼らを困らせるとろくなことにならないし、そんなことは温和で忍耐強いアストライアーに対しても失礼だ。
そして人魚は誇り高く、少し羽目を外すものの、礼節をわきまえる幻獣である。
【アストライアー、こんにちはー!】
友人のドラゴンは遥か彼方で声が届くはずもない。だが、目をつむり、魔力を練って形にし、遠方に向けて魔気の信号で伝える。
同時に海面から飛び上がり、両手を広げて手のひらを見せながら空中で一回転してみせた。
美しい人魚の空中ダンス、これが幻獣同士の挨拶である。
当然、天龍アストライアーも気がついて視線を向ける。
虹色の瞳の驚異的な分解能は遠くの幻獣達の姿を正確に捉えて。
【おや、人魚さん達。あら、海魔女さん達も☆ こんにちはー♪】
機嫌よく挨拶を返し。
超巨大ドラゴンは両方の前足を突き出して“手のひら”を広げ、空中を元気よく一回転してみせる。
人魚の一回転が瞬き2回する間だったから、当然、アストライアーの一回転も瞬き2回する間である。
【アストライアー、ごきげんよう☆】
今度は海魔女の孤高の八龍担当が魔気信号を飛ばして挨拶を返す。お上品に、優雅に。
翼はすでに広げているので代わりに美しいおみ足を広げて空中で一回転だ。
【アストライアー、今日はどうしたのー? こんな、何もないデティヨン海で?】
四方のどちらを向いても島影すら見えない、海洋のど真ん中に何で孤高の八龍が1頭、天龍アストライアーがいるのだろうか。
【聞いてよ、聞いてよ! この海の底でさぁ、凄く珍しい渦虫を見つけたんだよ!!】
天龍アストライアーは興奮している。
【529年に一度の大発見だよ!!!!】
意味不明な謎の数を持ち出して叫ぶ。
【そ…そぉなんだ……】
人魚の孤高の八龍担当は顔をしかめた。ドラゴンの魔気信号の強度があまりにきつくて魔気を受け取る感覚器に痛みを覚えるほどだ。
【それもね、目も耳も腸も鰓も心臓も肛門も脳もないんだよ!!!】
アストライアーの伝える魔気信号が終わるか、終わらぬか、その間際に驚くべき映像が映し出された。
小山のように巨大な肉塊が波間にそびえる。海上の人魚達は見上げたし、海魔女達は空中で旋回して見つめた。
それは肌色で蠢き、くねり、のたうつ。ナメクジのようにも見えるが、目も鼻も耳もない。只、腹に裂けた穴が口らしく思えた。
ドラゴンの光魔法で空中に描き出した立体映像だ。
なるほど、奇妙な、いや、奇っ怪な生き物だ。この渦虫が深海の底で天龍アストライアーにより見出されたのであろう。
たしかに珍しい。
見たこともない。
【【ううう…】】
人魚も海魔女もあまりの迫力と異様さに圧倒されていた。
【凄いっしょ! 凄いっしょ! もう今年のトレンドは渦虫で決まりだよね!!】
超巨大ドラゴンの興奮した“声”が伝わってくる。
【あー……】
【う〜ん……】
それぞれの乙女が空と海で顔を見合わせる。
幻獣は嘘を吐けないが、友達を傷つける言葉を口に出すような無粋なこともやらない。
とりあえず、自分達や妖人花、女精霊のような美的センスの幻獣の間でこの渦虫が大人気になるようなことはないように思える。
でも、天龍アストライアーが大発見だと喜んでいるのだからそれに水を差すような真似はためらわれた。
【実際の大きさは手のひらに…キミらの手のひらに乗るくらいなんだけどね】
ドラゴンはもう満面の笑みを浮かべている。嬉しくて嬉しくて仕方がない感じだ。
【まぁ、小さいんですわね……】
海魔女が唖然としている。
いや、超巨大ドラゴンの“手のひら”に乗せるサイズだったら、こんなもんじゃ済まない。山ひとつ分でも足りないから。
【しっかり見てもらいたいから拡大したよ】
さりげない親切。
【そ…そぉなんだ……】
余計なことすんな。拡大すんな。気持ち悪さが百倍増しだぞ。そんな心の声を隠しつつ。
目の前でのたうっている巨大な肉塊の奇っ怪さに圧倒されながら人魚は何とか返事を絞り出した。
いや、本当にこのサイズの肉の塊が海でのたくっていたら人魚達だって気づいていただろう。凶暴な怪物の獣魚に見せたら食欲が失せて、人間達の被害が減っていたかもしれない。
【で、みんなこそ、こんな何もないデティヨン海で何してたのー?】
上機嫌の、陽気な声が尋ねて来る。
【人間のせんそ……】
【人間の海難救助を見物に来たのですわ】
人魚の話にかぶせるように海魔女が答えた。
間違いではない。
嘘でもない。
結果として、そうなってしまったのだ。
世界の命運を決する大戦争の結末を見届けようと集まったら。
上機嫌の天龍アストライアーが海中から飛び出してきて、人間の大艦隊を壊滅させてしまっただけだ。
勇壮な三段櫂船も軽快なロングシップも波間を漂う残骸になってしまっただけだ。
生き残った人間達が遭難者を救助するだろうから、それを見届けるくらいしか他にやることがなくなっただけだ。
うん。別に誰が悪いわけでもない。
強いて言えば、この不細工な渦虫が海底でのたくっていたことが悪いのだろう。
何週間も海底探検に勤しんでいた天龍アストライアーがそれだけ暇だったとも言えるし、それだけ真剣だったとも言えるし。
珍しい生物の発見が博物学上の重大な事件であることは間違いないし。
それが世界中の暇人達の間で話題になって注目されるであろうことも間違いないし。
何はともあれ、過失なくして責任なし。
天龍アストライアーは海中を移動中に前方注意義務を怠らず、進行方向への警告も欠かさなかった。
そもそも、か弱い魔力しか持たない人間はドラゴンの魔気感知に引っかからず、人間はドラゴンが警告する魔気信号に気づけない。だが、それは人間の都合であって幻獣のせいではない。
つまり、ドラゴンに過失はなかった。
したがって。
誰も悪くはない。
まったくもって誰も悪くない。
うん。そうに違いない。
一瞬で意思疎通を完成させた人魚と海魔女は互いに納得してうなずいた。
【ふぅん…海難救助の見物ね。それ、面白いの?】
アストライアーは重力魔法で天空を漂いながら少しだけ海面に興味を持った。
【う〜ん、あんまり?】
【つまらないかもしれなくてよ?】
2頭は正直な感想を述べた。
【そぉ?】
ドラゴンも興味を失ったようだ。
【何か、海面に木くずがたくさん浮いているね】
木くずもそうだが、何か赤いものが浮いていたり、いつもよりも海面が汚い気がする。
【木くずが浮いてるねー ばっちぃーねー】
【木くずで海原が汚れるのは嫌なものですわね】
幻獣達は話しながら思う。
『その木くずは貴女が海上に飛び出した際に轢き潰した艦隊の残骸ですよー』とか。
『今、貴女は罪もない人間達をたくさん殺してしまったんですわよ』とか。
思っただけで口には出さない。
幻獣は嘘が吐けないけれど、余計なことも言わないのだ。
よく考えてみれば、“罪もない人間”ってわけでもない。たしかに殺される直前までは罪もなかっただろうが、これから同じ人間同士で殺し合うはずだったのだ。それこそ罪であるし、その罪を犯す前に死ねたのだから人間達はアストラアーに礼をすべきだろう。
『アストライアー様のおかげで罪を犯す前に死ねました。無辜の民として殺してくださってまことにありがとうございます』、と。
よしんば、人間達の死や戦争の責任について余計な事実をアストライアーに告げてみたところで。
『えっ、今から殺し合うはずだった人間を大勢殺しちゃった? ボクが? えーっと…でも、どうせ死ぬところだったんだよね? じゃ、何も問題なくない?』
こんなふうに返されるのが目に浮かぶ。
いやいや、感想がもらえるだけでも幸運で。
『ふぅん。そうなんだー』
こんなのでお終いかもしれない。
もっとも、孤高の八龍の誰に聞いても似たような反応しか返って来ないだろう。
彼ら、8頭は通り名が表すように孤高で自分の縄張りから出て来ない。
非常に強大な魔力を操り、とてつもなく大きい。動くだけで世界に重大な影響を及ぼす。自分の縄張りに引きこもっておとなしくしてくれていること、縄張りの外に対して無関心であることは世界にとって幸いだ。
天龍アストライアーだけが特定の縄張りを持たず、世界中をフラフラ放浪しているから世界中で重大な事件を引き起こしている。
幸いなことに、孤高の八龍の間で人間の評価は低い。疫病禍で多くの人間が死んで各地の復興も進んでいない状況下に、同じ人間同士で殺し合って貴重な資源と人材を浪費する。そんな人間に関心が向かないらしい。
それは人間にとって幸いだ。
あれほど強大なドラゴン達に目を付けられていいことなどあるわけがないのだから。
世界の命運を決める、この獣人戦争も孤高の八龍からはどうでもいいことだと思われていた。
少なくとも新種の渦虫よりも関心を得られないくらいに。
そして、今、アストライアーは海面からあっさり目を離した。
【じゃあ、人間の海難救助で面白いところがあったら教えてねー】
木くずで海が汚れているけれど、フナクイムシの餌になるだろうからいいや。
頭の中は珍しい渦虫のことでいっぱいだ。
これを親友の緑龍テアルに見せたらどんなに驚かれることだろう。
この大発見を成し遂げた自分はどんなに敬われることだろう。
急がねば。
緑龍テアルが、南のダヴァノハウ大陸で親友がこの大発見を今か今かと待ち構えているのだ。
【付き合えなくてごめんね。友達が待ってるから、ボクは行くよ。さよならー】
魔気信号で幻獣達に伝えて六翼を広げる。
羽ばたくと大気が轟音を立てて荒れ狂い。
その超巨体が飛ぶ。
南に向かって。
【さよならー】
【ごきげんよう】
乙女達も魔気信号で別れの挨拶を返す。
やはり余計なことは言わない。
天龍アストライアーが海面に興味を持ったりすれば、人間の海難救助も見物できなくなるかもしれない。
その強風で吹き飛ばされるか。
その大波で溺れるか。
いずれにせよ、救助者も遭難者も消え失せてしまいそうだ。
渦虫の、巨大な立体映像がゆっくりと消えてゆく。
肉色の蠕虫はしばらくの間、波間を蠢いて乙女達の食欲を著しく減退させた。
一方、同じく戦域から離れた上空で。
「うぎゃぁぁぁっ!!」
「いひぃぃぃぃっ!!」
おっさんの天使と美女の悪魔が悲鳴を上げていた。
こちら、神々の配下も天龍アストライアーの避難誘導の魔気信号を捉えている。海中から飛び出すことは知っていたから大あわてで離脱したのだ。
危ないところだった。
あの超巨体に轢き潰されたら天使や悪魔でも只では済まない。最悪、死んでしまうこともあり得るだろう。
「「神殺しの怪物!!」」
2人は声を揃えて泣き声を上げていた。
恐ろしい。
まさか、暁の女帝ご本人が来るとは。
思いもよらなかった。
「俺らがここでのぞき見しているのがバレたのか?」
「アタシらが獣人戦争に介入するチャンスを伺っていたことがバレたぁー」
2人はひとしきり泣き叫んでから、アストライアーが何者かと交信していることに気づいた。
疚しいことをしている者は何事も悪く捉えておびえるものだ。
「他の孤高の八龍と話してるんだ!!」
「ええっ、赤龍ルブルムと? いいえ、黒竜テネブリスかも!!」
おびえる2人が出した結論は。
「「両方か!? 殺しに来るんだ!!」」
誰を?
今、ここにいて悪巧みをしている天使と悪魔を。
隙あらば、人間の争いに手を突っ込んでいじくり回そうと画策していた天使と悪魔を。
恐慌に襲われた2人は何も考えずに東へ、神界を擁するリゼルザインド山に向かって飛んだ。
光魔法で神々に報告することを思いついたのはそれからずっと後のことであった。
戦争の裏で何が起きていたのか?
…ということで描きました。
舞台裏? いいえ。こちらも舞台の表です。
暁光帝もいますしね(^_^;)
孤高の八龍の話も少しですができました。
ちなみに。
獣人海賊が全滅してノアシュヴェルディ海上王国も滅亡しましたが、獣人の生き残りは北方のスエビクム海沿岸で暮らしています。
寒さに震えながら(>_<)
一部は瓦礫街リュッダにも流れてきているので、いずれ、冒険者ギルドに現れる予定ですね。
また、山脈と海で切り離された地域ではありますが、南方の暖かく豊かなメヘルガル亜大陸に獣人の王国があるので十分に繁栄していると言えますね。
北方のスエビクム海沿岸の生き残りはもともとメヘルガル亜大陸から碧中海へ移民してきた部族です。
ええ、まぁ、こ〜ゆ〜どうでもいい歴史や人種の由来をえんえん設定していたので更新が遅れたんです(^_^;)
さて、戦争は終わりましたし、暁光帝も帰っちゃいましたが、物語は続きます。
まだ、ポイニクス連合の艦隊が出番ありませんしね。
彼らにも活躍してもらいます。
お楽しみに〜




