碧中海の戦争。ヒトに挑む獣人と半魚人! 果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか!?
前回に引き続き、今回もまた歴史小説ですわ(^_^;)
前回同様、暁光帝の出番はありません(>_<)
この主人公、ほんとよく欠席しますね。
だいたい、第一話から出番なかったし(ToT)
エレーウォン大陸の最大勢力であるヒト。
しかし、天災による衰退に苦しんでいた!
そこへ捲土重来を目論む獣人と地上進出の野望に燃える半魚人がやって来た!
神々は願う、ヒトの勝利を。
幻獣は笑う、どっちも頑張れ、と。
今、世界の命運を決める戦いが始まるのだ!!
…と、まぁ、盛り上がるはずです。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
エレーウォン大陸の東、最高峰の1つ、リゼルザインド山の頂上、神々が住まう神界は陰鬱な空気が漂っていた。
獣人戦争が起きてしまったからである。
大陸の中心、碧中海の覇権を巡ってヒト族と獣人族と半魚人族が争っているのだ。
現在、疫病禍に見舞われた大陸は甚大な被害を出して、人間がずいぶん減ってしまった。
それだけでも人間の祈りを糧とする神々にとっては痛手である。
疫病禍は人間達の心を荒ませ、大勢が神々に救いを求めた。
「神様、神様、助けてください」、と。
「神様、恐ろしい疫病を打ち払ってください」、と。
しかし、神力でも死にゆく人々を救えず、疫病はどうにもできなかった。
神々と言えども疫病の原因はわからなかったし、聖なる神力で治しても患者の病はすぐにまた再発してしまう。
天上の神々ですら、目に見えない微生物の影響などわかるわけもなかったのである。
そして祈りを無視された人々は絶望し、『神に祈るだけ無駄』と神頼みを止める者が跡を絶たず。それもまた神々の権威を押し下げてしまう始末だった。
そのせいで疫病禍の前に比べて祈りの量が激減してしまった。
それは神々にとって収入が激減したことに等しい。
しかも、ここに来て獣人戦争だ。
大陸の勢力図が一気に塗り替えられる虞が出て来てしまった。
現在、大陸の最大勢力はヒト族である。人口も領土面積も最大でまだまだ増える可能性さえある優良種だ。
単純に人口だけなら侏儒族や豚人族の方が多いし、休眠中の蛹を羽化させれば蟻甲人族は情勢をひっくり返すほどの力があるし、国家としての力量は蜥蜴人族の方が遥かに上だ。だが、諸々の評価を鑑みればヒト族が最大勢力と言えるのだ。
だからこそ、神界リゼルザインドから獣人戦争を見つめる神々の表情は複雑だった。
神々としてはヒト優位の現状が維持されてほしい。
捧げられる祈りが問題なのだ。
祈られることで神々は神力を得る。
しかるに、ヒトは信仰に篤く、敬虔に祈ってくれる、とてもありがたい生き物だ。
ヒトは嘘を吐く。
だが、それは嘘を信じて、その嘘に踊らされることでもある。
互いに嘘を吐いて、互いの嘘を信じて、互いの嘘に踊らされていれば、それはいずれ宗教になるのだ。
神々が地上を去った後も。
光明神と暗黒神があの世について話してやれば、ヒトは見たこともない天国について語り。
神々と人間の間に結ばれた約束について、ヒトはそれが果たされることを夢見て。
とうの昔に失せて姿を見せなくなった神々のついても、ヒトは繰り返し讃えて。
ヒトは神の言葉を信じる。
それが神自身の言葉ではなく、ヒトがでっち上げた嘘であっても。
神が語りかけなくても、ヒトは神を信じて神に祈りを捧げるのだ。
良い服を着たいから、腹いっぱい食べたいから、暖かくて安全な場所に住みたいから、自分よりも偉大な存在に愛されたいから、ヒトは願い、祈る。
神々からすれば、別にそれら望みを叶えてやらなくてもいい。エライヒトが神々のためにでっち上げた嘘を、ヒトは信じて、勝手に願い、放って置いても勝手に祈ってくれる。
それがヒトの習性。ヒトの特徴。
豊かな想像力を働かせ、自分よりも優れた存在を求めてすがろうとする、それがヒトという生き物なのだ。
その上、ヒトは多産で人口も多い。
つまり、神々から見れば労せずに祈りを、質のよい祈りをたくさん捧げてくれる、優良種である。
ヒト族は、ブタで言えばたくさん肉の取れる大ヨークシャー種、ニワトリで言えば卵をたくさん産む白色レグホン、ウシで言えば乳の出がよいホルスタイン。つまり、神々にとって都合のいい人種なのだ。
比べると、己の力のみを頼む獣人は信仰が薄く、祈りも軽くて雑だ。神に祈っておけば多少のご利益はあるかもしれない程度の気休めでしかない。ヒトに比べると祈りに真剣味が足りないのだ。
半魚人に至っては祈りが更に薄い上に海神くらいしか信じてくれない。
だから、神々としては今までどおりヒト族が優勢であった方が望ましい。
それならば、神々の神力でヒト族が勝てるように計らってやればいいのだが。
それはできない。
大いなる偉業“神殺し”が遂行されて以来、震え上がった神々は神界リゼルザインドに引きこもって地上に降りなくなっていた。
地上に降りること自体が禁忌となっていたのだ。だから、人間を指導できない。ヒト族に適切な教えを下して勝利に導くことも、獣人族とマーフォーク族を欺いて敗北に陥れることも。
神々は何もできない。
地上の人間は自らの運命を己の力で切り拓くしかなくなったのだ。
地上は神々の干渉を受けなくなった、人間の運命は人間が決める、それこそが大いなる神殺しの偉業がもたらした成果なのかもしれない。
神々は悔しさのあまり、歯噛みしていたが、それはこの時代の神々と人間の有り様だった。
だから、神々としても遥か遠いリゼルザインド山の頂上から事態を見守ることしかできなかったのだ。
人間の激しい動きは幻獣も刺激した。
まず人魚が興味を持った。行き交う軍艦にまとわりついて調べ、戦争の気配を感じ取るとすぐさまうわさ話に仕立て上げた。すると、これを聞いた海魔女が碧中海のあちこちを飛び回って噂をばらまいた。
海底で退屈していた海大蛇もやはり噂好きで海上に浮かび上がって海魔女に尋ねた。
話を聞いた獣魚は自分も戦場に乗り込んで暴れてやろうと画策した。
多獣海魔や渦潮魔女のような大物の耳もくすぐり、人間同士の戦争は大いに関心を惹いた。
人間にとっては幸いなことに恐るべき海の怪物、巨大烏賊は碧中海にいなかった。この巨大なイカの化け物が関心を持ってしまったら、ドラゴン並みに厄介なことになっていただろう。
海の幻獣達は大いに盛り上がり、騒ぎ立てた。
なぜ、ここまで騒ぐのか。
幻獣は戦争をしないから、人間の“戦争”という文化が珍しいのだ。
別に平和を尊ぶわけではないし、互いに争わないように心掛けているわけでもない。
社会性の乏しい幻獣は集団を作って大規模な戦闘を行うという発想そのものがないのだ。
『あいつが気に入らないからぶちのめす』にはなっても。
『あいつらが気に入らないからみんなでぶちのめそうぜ』にはならない。
しばしば誤解されるが、幻獣は集団行動ができないし、その発想そのものがないのだ。
たとえば、人食いオオカミが集団で人間を襲う。
たとえば、鹿鳥が集団で人間を襲う。
これらの例は幻獣の集団行動と思われがちだ。
しかし、前者は腹が減ってるので獲物として人間を襲っているだけでたまたま、人食いオオカミが同族でつるむことが多いのでそう見えるだけ。
後者はヒト族に対する強烈な憎悪が襲撃の動機なので、鹿鳥はヒト族を見かければ襲うし、見つければ同族にも知らせるからそう見えるだけ。
いずれも組織的に襲撃の作戦行動を取っているわけではない。
一応、カリスマ的なリーダーの下に集まって戦う集団もいないわけではないが、非常に稀だ。
実際、入江に集う人魚達も只の仲良しの集団でしかなく、皆を率いるリーダーはいない。また、岩壁で歌う海魔女達も人間に聞かせるために声をそろえるわけで、人間がいなければ好き勝手に歌うだけである。
故に、ことほど左様に幻獣は戦争をしない。
だから、人間の戦争という文化に強く惹かれる。
珍しいから。
とても珍しいから見てみたい。
そんな動機だ。
もっとも、幻獣達に敵対する両陣営の区別は付いていなかった。ヒト族の優勢とそれに抗う獣人族と半魚人族の争いという、只でさえ複雑な構図である上、ヒト族がオルジア帝国とポイニクス連合に分かれている。
こんな複雑な状況を外から見てわかるわけがない。
そもそも幻獣にはいつも水中にいる半魚人ならわかるものの、ヒトと獣人の区別は付かない。獣人には獣らしい耳と尻尾があるわけだが、人魚にせよ、海魔女にせよ、それらが判別できるほど近づいて観察できない。
つまり、どっちがどっちなのかすらわからずに騒いでいるわけで。
結局、人間の大戦争も幻獣から見れば愉快なイベントでしかないのだ。
しかし、幻獣達の多くは戦場が海洋のど真ん中だと知ると急激に関心を失った。
面倒臭いから。
獣魚は場所を聞いてふて寝した。
多獣海魔や渦潮魔女も後で結果だけ知らせてほしいと言い出した。
決戦の予定海域は海の幻獣から見ても遠すぎたのだ。
只、集団で移動するから道中を退屈しない人魚達と海魔女達だけが手弁当で見物に行くことになった。
久しぶりの遠足を楽しみながら大戦争を眺めて新しい噂の種にするために。
『世界に迷惑かけるな』
そう言われた。
超巨大ドラゴン“暁の女帝”から。
神殺しの偉業を成し遂げた彼女から、そう言われたのだ。
だから、神界リゼルザインドの神々は震え上がって、この言葉を守る。
だが、彼女の言葉はシンプルすぎていろいろな解釈ができてしまう。
神々は村を支配してよいのか。
神々は街を導いてよいのか。
神々は国を統べてよいのか。
神々が一日、言葉を下してよいのか。
神々が一週間、命じてよいのか。
神々が一ヶ月、神力を奮ってよいのか。
暁光帝のお言葉が示す範囲がよくわからない。
だが、彼女が恐ろしい。とてつもなく恐ろしい。それだけはわかる。
不老不死不滅の神々である故に。
老いることも死ぬこともない、永遠に在り続ける。そんな神々だからこそ、それを打ち破り、何もかも根こそぎ消し飛ばして消滅させる彼女を酷く畏れるのだ。
そこで神々は集まり、話し合って決めた。
すなわち、『人間に大規模かつ計画的に干渉してはならない』、と。
これぞ、不老不死不滅の神々を戒める神界の法律である。
この決まりは絶対だ。
如何なる神もこれを破ってはならない。
で。
そうなると今回の獣人戦争はどうなるのか。
この戦争はエレーウォン大陸におけるヒト族の優勢に獣人族と半魚人族が挑む戦いだ。
世界の命運を決める、そこまで言ってよい、まさしく天下分け目の大合戦だ。
神々がこの戦争に関わって勝敗を左右したりすれば、『人間に大規模かつ計画的に干渉してはならない』の大原則に触れてしまう。
そうなれば、最悪、また彼女が来るかもしれない。
恐るべき神殺しの怪物、暁光帝が。
神々は震え上がった。
そう考えるだけで体の芯からやって来る震えが止まらない。
不老不死不滅であるからこそ、真の破滅をもたらす彼女が恐ろしいのだ。
だから、神々は獣人戦争を見守るだけで何もしないことにした。
見守るだけなら、彼女が来ることもないだろう。
そのように結論付けられて。
天使と悪魔がそれぞれ一名ずつ、碧中海のデティヨン海へ派遣された。
「責任重大だな」
筋骨隆々のたくましい天使は白い翼を羽ばたかせる、中年のおっさんだった。
「責任重大ね」
コウモリのような、真っ黒い翼を羽ばたかせる悪魔は麗しい淑女だった。
それぞれ、対応力を見込まれて選ばれた2人だった。
光明神の眷属と暗黒神の眷属、ふだんは激しく対立する者達でもあるが、今回ばかりは協力体制を敷いている。
世界をヒト族の優勢のままにしておきたい、その思惑は光の側も闇の側も同じだから。
凄く手を出したいが、手を出したら恐ろしい目に遭うのが怖い。神々としてはそんなもどかしい状況である。
万が一、手を出せる機会が訪れたら見逃すな、と。
いざというときは何とかしろ、と。
そんな無茶な命令を下された。
「無茶苦茶だなー」
「無茶苦茶ですわー」
天使と悪魔はぼやきながら所定の位置に着いた。
この戦争は神々が見つめるのだ。
そして、決戦の日がやって来た。
人間と神々と幻獣が見つめる、運命の日が。
戦は竜を呼ぶ。
まず、これが考慮された。
両軍ともドラゴンに戦局を左右されることを嫌い、なるべく陸地から離れた海域を戦場にしたい。
そこで、自然と3つの艦隊は碧中海の東の海域、デティヨン海に集結した。岩礁や小島すらない海洋のど真ん中だ。
それほどまでに軍人はドラゴンを厭う。よしんば小さなドラゴンがやって来たとしても、海戦では恐るべき脅威となり得るからだ。
たとえば。
たまたま、その小さなドラゴンが戦いに関心を示し。
たまたま、一方の軍に近づき。
たまたま、その旗艦に向かって炎のブレスを吐いたら。
どうなるのか。
どんなに立派で頑丈でも軍艦は木でできている。火を着ければ燃えるのだ。あっという間に炎上して艦長も総司令官も焼け死んでしまう。そして、旗艦を失った方の艦隊が敗北する。
それが勝てる戦を落とすことになるのか、負ける戦を拾うことになるのか、わからない。しかし、戦争の決着を運に任せるなどあり得ない。
だから、両軍とも自然とデティヨン海に集まったのだ。島がなく、陸からも遠い、デティヨン海に。
そこなら四方のどちらを向いても島影の1つすら見当たらない。
形としては攻めるオルジア帝国海軍と迎え撃つノアシュヴェルディ王国海軍、そして、戦場へ急ぐポイニクス海軍だった。
ポイニクス連合の港は海上しか警戒しておらず、海中の監視はおろそかだった。そのせいで半魚人の侵入に気づけず、破壊工作を許してしまったのだ。その結果、ポイニクス海軍は出港に手間取り、艦隊の集結が乱れてしまっていた。
戦争が始まる前に数で劣るヒト族の艦隊はその3分の1が決戦に間に合わないという事態に陥ってしまったのだ。
これで戦局は一気に獣人海賊の側に傾いた。
しょせんは獣人だ、智謀でヒトが勝ると高をくくっていた帝国が戦略で自身の盲点を突かれた形だ。
味方の遅れで戦列が乱れ、戦力が足りない。帝国はこの不利な戦局をどう覆すのか。
オルジア皇帝は告げた。
『勝利の暁には兵士に特別報酬を! 奴隷には市民権と金貨を、それぞれ十分に与える!!』
もはや後がないオルジア帝国は『国庫を空にしてでも』と最後の手段に打って出たのだ。
風魔法で伝えられた皇帝の声に兵士達の喜ぶまいことか。
「やった! これで自由だ! 故郷へ帰れる!!」
「カネがもらえるぞ! この戦が終わったら恋人と結婚できる!!」
「もう借金とおさらばだ! また、博打が打てるぞ!!」
「家を建てるぞ。かかぁに楽させてやれそうだ!!」
盛大に歓声が上がる。
皇帝の言葉は重い。これだけの人数を前にして告げたのだから国家は約束を守るだろう。
帝国艦隊の総司令官は皇帝を乗せておいてよかったと安堵した。
オールを握る漕ぎ手の腕に力が込められる。奴隷でいるのも今日で終わりだ。明日は戦争に勝ってオルジア市民として大手を振って往来を歩けるようになる。
帝国艦隊は一気に士気が高揚した。
人間と人間の戦いは士気が物を言う。兵士のやる気が戦力の差を埋め、戦略の不利を覆す。
こうなると獣人海賊の方も黙ってはいられない。
ノアシュヴェルディ大王が尋ねた。
『太陽の海は誰のものか!?』
それは只の問いかけだった。
しかし、ロングシップを駆る獣人達の心に2つのイメージを呼び覚ます。
1つは目の前の紺碧に輝く美しい海、もう1つは寒々しい枯れた台地と冷たく凍った海だ。
かつて獣人達はここ、碧中海の沿岸で暮らしていた。それが豚人族の民族移動に巻き込まれて追い出されたのだ。それからは北の寒冷地でほそぼそと暮らしてきた。痩せた土地を耕しても収穫は少なく、港はしばしば凍りついて漁もままならない。
そんな暗く寒々しい土地で惨めに暮らすしかなかった。
だから、数世代ぶりに戻った碧中海の素晴らしさは獣人達の心を打った。
秋に実る黄金色の麦畑は本物の黄金に見え、冬でも凍らない港は豊漁を約束した。何より、北の曇り空とは比べ物にならない、太陽の輝く青空は長年の閉塞感を打ち払って希望の光を見せてくれた。
再び、大王の声が響く。
『寒空の下で干し魚を齧りながら震えるのは誰だ!?』
生々しい問いかけであった。
獣人達の誰しもが思い描いた。家族一同、掘っ立て小屋で身を寄せ合って、寒さに震えながら干し魚を食べて飢えを凌ぐ日々を。
あれに比べて碧中海で取れる魚の、何と肥えたことか。やわらかな豚肉の、何と美味いことか。
本来、獣人は牛肉や豚肉を食べて暮らすものだ。しかし、北の大地で肉は少ない。海も大地も凍てつく冬場は特に厳しく、干し魚くらいしか口に入らない。
しかも、その干し魚でさえ尽きることがある。そうなれば子供や老人、体力の少ない者から順に死んでゆくのだ。犠牲は我が娘、我が息子、そして老いた父母だ。
今、ここには実り豊かな海がある、豊穣の大地がある。どうしてそれを手放せようか。
大王が問う。
『北へ戻るのは誰だ? 飢えるのは誰だ?』
風魔法が伝える大王の声は獣人達に恐れを抱かせた。
「嫌だ! 戻りたくねぇ!!」
「俺の息子が死んだ…まだ自分で狩りも出来なかった……」
「かかぁが朝になっても目ぇ覚まさなかった…自分の分まで子供に飯を分けて飢えたんだ!」
「薪が尽きて…おっとぉもおっかぁも凍え死んだ!」
海賊達は泣いていた。誰しもが胸をかきむしられるような悲しみを思い出していた。
獣人族を追い出したオークは妖精人や小人に鎮圧されたが、彼らがもともと暮らしていた領地は空いた。そこに植民し、自分達の領土に組み込んだのがヒト、それもオルジア帝国である。
オークに対する獣人の恨みは深いが、ヒトだって似たようなものだから、同じか、それ以上に獣人は恨んでいる。結果的にだが、ヒトがオークを利用して獣人の領土を掠め取ったわけなのだから。
悲しみが怒りに変わる。
それをたった1つの言葉が押した。
『取り戻せ!』
大王の声を風魔法が運ぶ。
「「「うぉぉぉぉぉっ!!」」」
ロングシップの群れ、そのあちこちから激情の雄叫びが上がった。
オルジア帝国は配下の欲望を煽ったが、ノアシュヴェルディ海上王国は配下の恐怖を煽ったのだ。そして、獣人海賊の抱いた恐怖はそのまま義憤と戦意に変わった。
ヒト族に奪われた祖先の土地を取り戻せ、と。
帝国の三段櫂船が前進する。
海上王国のロングシップが迎え撃つ。
両軍ともに動きが格段に良くなっている。
勝敗は分けるものは何か。
士気か、技術か、統率力か、戦術か。
今、すべてを賭けて両軍が激突する。
はい。ここまで、楽しんでいただけましたでしょうか。
相変わらずの世界観紹介の章ですね(^_^;)
作品の世界観ってわかっているとより楽しめるってだけですから、まぁ、読み飛ばしても差し支えないんですけどね。
さすがに後半は歴史モノではなくなりますので、お付き合いくださいませ。
さて、最近、ちょいとコンプレックスの1つが解消できましたのでご報告を。
小生は。
エドガー・アラン・ポーが大好きです。二次創作もやるくらい好きです。
ハワード・フィリップス・ラブクラフトが好きです。本作品にもチョコチョコ入れてるくらい好きです。
アーサー・コナン・ドイル卿が好きです。ロンドンや英国の田舎の描写も繰り返し読みました。
エドガー・ライス・バロウズが好きです。『野獣王ターザン』と『火星のプリンセス』からは多大な影響を受けています。
エドモンド・ハミルトンが大好きです。キャプテン・フューチャーはヒーローの鑑です。
ロード・ダンセイニが好きです。『ペガーナの神々』は原文で読んでます。
ケネス・ロブスンが大好きです。『ドック・サヴェジ』シリーズはどれだけ読み返したかわかりません。
で。
夏目漱石が大っ嫌いです\(^o^)/
最近、わかりました。
夏目漱石ご本人は悪くない。
だけど、夏目漱石のファンはゴミです。最低です。
はっきり言っちゃえば、小生、明治の大文豪様達の作品、嫌いなんですよ。
芥川龍之介の『鼻』とか、夏目漱石の『坊っちゃん』と『吾輩は猫である』と『それから』くらいしか読んでませんけどね。
はっきり言いましょう。
とりわけ、夏目漱石の『それから』はクソつまらないゴミであると断言します。
理由?
つまらないからwww 超絶つまらないからwwww
けっこうコンプレックスだったんですよ。
いくら読んでも面白さがわからない。
自分は純文学を理解できないゴミなのではないか、と。
でもね。
小生、高校時代に夏目漱石の『それから』を無理やり読まされて、感想文を書かされたんですよ。
その感想文、「素晴らしい出来だ」と褒められて体育館で発表させられました\(^o^)/
うん、よかったな。
一ヶ月かけて読んだかいがあったわww
一ヶ月ですよ、一ヶ月。
小生、文章を読むのが大好きでして。
小学生の時分、6年間で千冊は読んでるんですわww 再読も含みますけどね。伊達に図書館通いはしていません。
一冊の本を読むのに長くて2日、面白ければ30分ですよ。
『スレイヤーズすぺしゃる』なんて最高に面白いのでだいたい20分で読了ですよ。
その小生が…読了するまで一ヶ月かかった作品が夏目漱石の『それから』です。
理由はつまらないからww 超絶つまらないからwwww
いや、だって、読み初めると10〜20分で机に突っ伏してスヤスヤ〜ですからね。
スヤリス姫かwww
あまりにつまらないので眠っちゃいましたよ。
まぁ、つまらない、つまらない、言ってても仕方ないので理由を言いましょう。
小生の好みのテーマでないから、です。
えっ、「低俗なお前に読解力がないから純文学の高尚な意味を理解できないんだろう」って?
違います。
小生、よく考えたら欧米の文学はきちんと読める。
いや、幻想文学とか、推理小説とか、SFとか、異世界転生ファンタジーが多いんですけどね〜
でも、ですよ。
日本の、明治の文豪が描いた、純文学はまったく受け付けません。
以前は「明治の文豪を理解できない自分はゴミなんだなぁ」とかコンプレックスになっていたんですよ。
違いました。
で、夏目漱石の『それから』ですが。
お金払って、作品を購入して、読了したので。
読者の権利として言わせていただきます。
ゲロつまんねぇ!…と。
うん、まぁ、解説しちゃうとですね。
この夏目漱石の『それから』って……
ニートの中年男と中年女(友達の嫁)の浮気が主題なんですよ\(^o^)/
面白いわけがあるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
ちなみに、日本の、純文学ってやたらこの不倫恋愛をテーマにしたものが多い。
そして、小生は恋愛モノはともかく不倫恋愛は大っ嫌いなのです。
えっ、人間の本質が描かれている? 人間の心の奥底にある真実が読み取れる?
うるせぇ! 不倫してる時点でゴミだろーが!!!
2ちゃんねるの生活板の方が百倍、面白いわ!!!
どうして、高校生の小生が中年男と中年女の浮気についてまるまる一冊分の文章を読まさられなきゃいけないんだ!?
何が、明治の大文豪様だ、この野郎!!!
ハァハァハァ……
この夏目漱石の『それから』って実は只の娯楽作品なんですよ。
主人公は“高等遊民”でして、「立派な両親に育てられてきちんと教育を受けたにも関わらず就職せずに親のカネで好きなことをしている」という設定の、正しくニートです。
いや、ニートが主人公になるなってんじゃありません。
この主人公、作者“夏目漱石”の都合でニートにさせられてんですよwwww
この主人公がニートじゃないと不倫恋愛に発展しないから無理やりニートにさせられてんです。
いやいや、それだって別に構いませんよ。
物語をしっかり進行させるべく、そういうキャラクターを作っただけのこと。
世界中の作家がやってることだし、こちら、小説家になろう作品にだってしばしば見られるわけで。
別に夏目漱石だってやるでしょう。非難される謂れはありませんわな。
でもね。
明治の大文豪様のやることですか?
原稿料が欲しくて、読者に受けたくて、面白い作品に仕上げたくて、やったことでしょう?
そのために主人公をニートに仕立て上げたんでしょう?
単純にエンターテイメントのために描いただけのことじゃありませんか。
そうです。
夏目漱石の『それから』は只の娯楽作品です。
明治時代は中年男と中年女(友達の嫁)の浮気がネタとして読者に受ける時代だった、それだけのことだったんですよ。
繰り返しますが。
夏目漱石ご本人は悪くない。
だけど、夏目漱石のファンはゴミです。最低です。
彼ら、夏目漱石のファンどもは純粋にエンターテイメントだった、『それから』という娯楽作品をありがたがって、作者の夏目漱石を“明治の大文豪”と崇め奉ったんです。
まぁ、ここまではいいでしょう。
ファンの暴走でよくあることだし、今のオタクだってよくやります。小生も経験ありますし。
だけどね…
夏目漱石の『それから』を面白く読めない人達を「明治の大文豪様が描いた純文学を理解できないゴミ」呼ばわりしたことは許せません。
それは明確な悪です。
完璧な間違いです。
「俺様は明治時代の中年男と中年女の浮気ネタが大好きなんだぁぁぁっ!!」
いいでしょう。貴卿の趣味です。お好きにしてください。
でも、小生は付き合いません。そーゆーのは苦手です。
主人公が冴えないニートの中年男と夫を裏切る尻軽中年女って時点でかなりヒきますし。
信頼を裏切って利己的な行動に走る不倫恋愛って時点で逃げ出します。
そーゆーの、嫌いなんで。
さて、長々と書きましたが、言いたいことは。
夏目漱石が異世界転生ファンタジー描いていたら間違いなく愛読していたし、ファンにもなってましたよ。
夏目漱石のファンどもがありがたっていた頃に描かれたポーやラブクラフトの作品だって名作なんです。
それともなんですか?
当時の日本の読者は高尚で、同時代のアメリカの読者は低俗ですか?
ふ・ざ・け・る・な。
商業作品の価値はカネ払ってそれを読んだ読者が決める。
自分の趣味を他人に押し付けてはいけません。
後、自分の好きな作家を褒めるのに「文豪」とかやめた方がいいですよ。頭悪そうなんでwww
ポーやラブクラフトのこと、「文豪」とは呼ばないでしょ。
『宇宙英雄ペリー・ローダン』シリーズの『ひとにぎりの永遠』だって、夏目漱石の『それから』だって、読んだ人が楽しんだなら正義だと思います。
はぁ〜 言いたいこと言ってスッキリしたわ〜
さて、そういうわけで次回の『人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ』はついに両軍激突です。
お楽しみに〜♪




