人化♀した暁光帝、人間の町に到着する。~ステキな出会い~
海面を走ったり、裸で水浴びしたり、好き放題の暁光帝ですが、ようやく人間の町を目指します。
さて、何が待ち受けているのやら。
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しばらく歩いていると何やら妙なものが草むらに。
高い草の隙間に潜む眼だ。神経質に視線を動かして街道を探っている。
どうやら何者かが隠れて監視しているらしい。
面白い。
目が合った。
その目が見開かれる。驚いているようだ。
自分は深い草むらに隠れて漫然と歩く通行人を監視していたのだろう。見つかるとは思っていなかったに違いない。
だが、童女アスタの虹色の瞳はドラゴンの眼。人間とは段違いの分解能を誇る。
何者だろうか。
興味を持ったアスタだが、すぐに草むらへ駆け込むことはしない。
急にまっすぐ近づいては逃げられてしまう可能性がある。
そのような浅慮は恥ずかしい。親友の緑龍テアルに笑われるような行いは慎むべきだ。
何者かは不明だが、おそらくは珍しい種類の人間だろう。
実はここでひとつの重大な問題が起きているのだが、アスタは気づいていない。
ふつう、道端に怪しい人物が潜んでいることに気づいた少女はどう反応するのだろうか。その怪人物に自分が襲われることを心配するか、それとも、その怪人物が自分を恐れて逃げ出すことを心配するか。
アスタの反応は完全に後者であり、それは草むらで珍しい昆虫を見つけた少年の反応に等しい。
これはまずい。
こんなことを続けていればいずれ正体が露見してしまう。
…のだが、童女はまったく気づいていなかった。
それどころか、稀少な人種に出会えた幸運で喜びに打ち震えていたりする。
さて、どうするべきか。
一瞬、考えた後。
「えいっ!」
彼我の距離を目測し、相手に目掛けてジャンプした。草むらのはるか上を跳んで。
「はぁっ!?」
草むらの奥から素っ頓狂な叫びが上がった。
潜んでいた怪人物から見れば、瞬きしたわずかの間に童女の姿が消え失せたかのように見えたのだろう。
シュタッ!
草原の中、怪人物の目の前へ降り立つ。
突如、空中から現れた童女アスタである。
隠れていた相手の驚くまいことか。
「ぶひぃっ、何だっ!?」
小さな目を見開いて、後ずさる。
突出した鼻、頭の上に広がる大きな耳、下あごから上に伸びる牙、豚によく似た頭部の人間だ。荒事に長けているのだろうか。ヒト族よりも大柄で赤茶けた鎖帷子の上からでもわかるたくましさだ。
豚人族がいた。
1人ではない。11人がかがんで隠れていた。
皆、武装している。錆びたチェーンメイルやボロボロの長衣を身に着け、武器も安物のロングソードやひび割れた魔術杖である。
見た目、落ち武者か、傭兵崩れの野盗にしか見えないが、アスタは喜んだ。
瓦礫街リュッダではあまり見かけないオーク族である。つまり、稀少な種類なのだ。
「見ぃーつけた☆」
笑顔で正面のオークを見つめる。
最初は驚いていたオークだったが、恐れることなく自分に近づいてくる童女を見てロングソードの柄に手を掛けた。
「はぁっ!」
気合い一閃、剣を抜くと上段から童女を真っ向唐竹割りにせんと斬りつける。
ザシュッ!!
大柄な体躯から勢いよく振り下ろされた剣だ。兜どころか帽子もかぶっていない童女の頭は哀れ真っ二つかと思われたが。
「何だと…」
目の前の光景にオーク戦士は唖然とした。
刃は童女の頭皮にすら届いていない。
剣は空中で止まっていた。
紫色の髪の毛が宙に浮いて剣を遮っていたのだ。
いや、遮るどころではない。
輝く髪の毛が鋭い刃となってなまくらの剣に食い込んでいた。
そして。
ズリャズリャリャッ!
オークの剣は寸断されて落ちた。
「馬鹿な…」
ロングソードだったものはほぼ柄だけになってしまい、オークは呆然として立ちすくむ。
「わぁ☆」
童女は断ち割られた剣の欠片を見て喜んでいた。錆びているのに断面だけがキラキラ光っている。それが幾つも頭の上から降ってきたのだ。
実に面白い体験だ。
その隙にオークの方が我に返る。
「撤退! 散れ!」
叫ぶとともに小さな玉をアスタの足元に叩きつける。
すると、玉は割れてあらかじめ仕込まれていた闇魔法が炸裂する。
ぶわっ!
それは濃い闇だった。一瞬で童女を含む辺り一帯を包み込んで真っ暗闇にした。
「えっ?」
虹色の瞳をもってしても光の差さない闇の中では何も見えない。
童女はすぐさま口を開いて。
「−!」
指向性の高い超音波を放ち、様子を探ろうと試みる。
音響定位だ。視覚を防がれたから聴覚で追おうとしたのである。
しかし、対象に当たって反射するはずの音波が草原の草に邪魔される。
「−−−!」
走り去るオークの体を見つけようと超音波の波長を調節してみたが、その隙に気配が消えてしまっていた。
「あー、こりゃ、逃げられたね」
残念だ。唇を噛みしめる。
闇魔法か。それも自分で呪文を唱えるのではなく、あらかじめマジックアイテムの中に封じ込んでおいた魔法を地面に叩きつけることで発動させたらしい。
あんな手段を用意していたとは意外。
「それにしても統率が取れていたなぁ」
わずかふた言の命令で集団全体がいっせいに逃げ出した。普段からよほど訓練していたのだろう。
非常に稀少だ。
「うー……」
アスタが唸る。
捕まえる気はなかったが、捕まえてみたかった。
だが、力ずくで押さえつけていたら、童女自身が怪しまれていただろう。
屈強なオークを素手で押さえつけるヒト族の子供。
あり得ない。
「う〜ん…まぁ、いっか☆」
明るく切り替える。
浅慮はいけない。いくら稀少なオークと言ってもこちらの正体が露見しては人間の街に潜入するという当初の目的が破綻してしまう。
オーク達の方も何か目的があって潜んでいたのだろうし、いずれまた、出会う機会はあるだろう。
今はまず瓦礫街に潜入することを優先するべきだ。
童女は目的地に向かうべく、草むらを出て街道に戻った。
街道を歩く通行人は様々だ。
商人の荷馬車が多い。荷台に山と積まれ崩れそうなほどの荷物は何か。袋や箱が多くて中身は不明だ。
興味深いが、さしもの虹色の瞳でも透視はできない。
日が南中した。
まだ目的の街は見えない。
アスタが本気で走ればとんでもないスピードが出せる。そのために裸足なのだ。
そもそも、成層圏を飛び出すほどの勢いで跳んだり、水上を走ったり、雲の高さまでジャンプしたり、そんな扱いに耐えられる靴は存在しない。
だから、裸足でいるわけだ。
…とは言え、目立つことは避けたい。
…ので、おとなしく歩くことにする。
行き交う人々は遠くからアスタに気づいた。そして、近づくと驚く。子供は無遠慮に近づこうとするが、それを親が抑える。
たまに大人の制止を振り切って近づいてくる子供もいるが、童女が微笑んで両手を広げるとおびえて逃げてゆく者ばかりだった。
まず紫色のロングヘアーが珍しい。
この辺りでは自然界に紫の花や鳥がいない。また、紫の染料は貴重であり、鮮やかな紫はそれだけで目立つ。
ましてや、それが髪でしかも金属光沢を放つなどあり得ないのだ。
初夏の日差しに照らされる、紫のロングヘアーは金属光沢に輝く。それははるか彼方からも視認でき、誰もが『一体何が光っているのだろう』と訝しんでいたのだ。
近づいてみるとそれが年端も行かぬ少女の一人旅とわかる。
これがまた衝撃であった。
純白のワンピースは高級感のあふれる生地で織られている。一見して貴族の令嬢かと思えるが。
裸足。
靴を履いていない。
しかも一人旅だ。護衛はおろか、召使いの1人も連れていない。
これらの特徴からして、道行く人々から見てアスタは異常の一言で表現できる対象だった。
だから、皆、敬遠したのだ。
普段なら女子供に手を出したがる無法者すらもアスタを避けた。いや、チンピラだからこそ警戒心が働いたのか。
そういうわけで、自分からオークに絡んだ件以外、アスタの旅は平穏であった。
だいぶ、歩いて森に入る。
街道は木々の間も真っ直ぐに走っていた。
深い森だ。
街道が走っているので人々を安心して歩けるが、樹木が繁茂する森は鬱蒼として光も差さない。
いきなり、木々の間を抜けてクマやオオカミが現れてもおかしくない不気味さがある。
だが、そんな森の中にも人間の気配がした。
何者かが生活しているらしいが、やはり姿は見えない。
「むぅ…警戒されている、のかな?」
アスタの推測は正しい。
この森林の住民もまた特殊な人種で警戒心が強い。
童女の特徴的な容姿が面倒事を避けたがる住民から敬遠されたのだ。
「……」
童女はジッと森を見つめる。
ヨダレが出そう。
またしても、捕まえたくなったのだ。森林に潜んで暮らす謎の住民を。
彼らには想像もつかないだろうが、天龍アストライアーの虹色の瞳は暗視も分解能も凄まじく優秀である。
童女アスタが観る光景は森の奥に隠れる住民の姿を鮮明に映し出していた。
男はいない。大人も老人もいない。全員が可愛らしい少女である。一見、ヒト族のように見えるが違う。
皆、身長も体格も同じ。顔も同じなのだ。
茸人族。
無性生殖で増える、エルフと同じく不老の人種である。文化レベルも高く、森林の中に街を築いて暮らす、文明人だ。
全員が複製人間なので個性がまったくない。“個人”の概念も存在しない。その代わり、単一にして全体、全体にして単一、誰もが自分という不可思議な社会を構成している。
木々の間に潜む、同じ顔の美少女が一斉に自分を見つめているのは壮観。
非常に稀少だ。
すでにアスタは、山歩きでミヤマクワガタを見つけた少年の気持ちである。
捕まえたい。
そんな衝動が強烈に昂まる。
だが。
「うぅん…うん…駄目。駄目だね」
何とか衝動を抑えて自分を律する。
稀少だからといって見つけるそばから人間を捕まえて引きずって歩いたらどうなるか。ましてや、泣き叫ぶ女の子を縛って引きずったら。
危険人物として兵士に捕まるだろう。いや、拉致犯としてか。
馬鹿でもわかる。
おとなしく歩くことにしよう。
やがて、その森も抜けて。
更に歩くと日がだいぶ傾いてきた。
遠くに瓦礫街リュッダの市壁が見えてくる。
「到着〜♪」
機嫌よく近づく。
白い石壁がそびえている。
人間の身長の10倍はあろうか。
親友の緑龍テアルから『人間の街は異人種や幻獣の襲撃を警戒している』と教わったが。
「飛べる奴には意味なさそ」
素で空を飛べる天龍アストライアーから見るとこの瓦礫街は無防備に見える。
しかし、こうして街が健在なのだから都市の防衛はしっかり機能しているのだろう。
「いずれ、“戦争”という奴を見てみたいものだね」
つぶやいて市壁を眺める。
緑龍テアルの曰く。
『人間は縄張りを奪い合う。泣いたり、叫んだり、歌ったり、踊ったり、それはもう大変な大騒ぎ。時には大勢で殺し合うこともある。これが“戦争”。尖った棒でつつき合ったり、石を投げ合ったり、互いに怪我して動けなくなるまでやり合う。そのせいで死ぬこともある』
…らしい。
天龍アストライアーの答えて曰く。
『大陸の改造もできない人間がねぇ…犬にたかるノミどもが犬の所有権を巡って互いに争うようなものか』
…と。
緑龍テアルの更に答えて曰く。
『それが“戦争”。知恵を得て法律を作った人間達の新たな文化。時には何万人もの兵士達がいっせいに殺し合う。とても珍しいから一度は見てみるべき。そうすべき』
…らしい。
南のダヴァノハウ大陸に棲む類人猿が群れ同士で互いに争い、一方が他方を鏖殺することで知られているが。
それはせいぜい数十匹の話である。
そんな争いを人間は数万人という集団同士で行うという。
今の文明レベルでそんなことをやればどうなるか、想像してみる。
魔法強化された騎士集団の吶喊、炎色も鮮やかなファイアボールの撃ち合い、敵を欺こうとする壮大な幻術の活劇シーン、味方を鼓舞する軍楽隊の演奏会などがてんこ盛りに違いない。
開戦に当たっては修辞法の粋を尽くした檄文が読み上げられ、終戦に当たっては勝者が敗者を追い、追撃を受け止める殿軍が決死の戦いを繰り広げ、手に汗握る名勝負が展開されるのだろう。
いやいや、吟遊詩人だってたくさん来るはずだ。戦場には見物人も大勢いるだろうし。
ならば、戦争を吟じる歌声に大勢が酒盛りを楽しむのだろう。
非常に面白そうだ。
“戦争”、ぜひとも見てみたい。
アスタは稀少なものに惹かれてしまう。
「まぁ、たまたま訪れた人間の街でたまたま戦争が起きる…そんな幸運はなかなかないだろうね」
気持ちをあらためて市壁を観察する。
単純な作りだが頑丈そうで、一定間隔ごとに半円柱の塔が並んでいる。白い壁面には十字に穿たれたの穴がある。窓にしては狭すぎて何の用途かさっぱりわからない。
「だが、それがいい」
わからないから調べる楽しみがあるというものだ。
都市の城門は広く開け放たれているが、入るための手続きのせいか、滞っており、通行人と馬車が列を連ねている。
見れば、人間達が門番と話して何かを受け取ったり渡したりしている。
「ふむ…街に入るための手続きかな」
人間でない者の侵入を防ぐために活動してる。
…わけではないだろう。
緑龍テアルが開発したばかりの人化の術はまだ広まっていない。使える幻獣は限られているはず。人ならぬ身で人に化けた者を脅威と気づく向きは珍しいと言える。
ならば、この市壁も城門も自分達と同じ人間を用心しているのだろう。
幻獣の脅威もさることながら、やはり人間同士が集まって大規模に戦う“戦争”という、一大イベントが大変なのだ。
…と、親友の緑龍テアルが言っていた。
親友の言う事なら間違いない。
とりあえず、門番とのやり取りはこれから受ける最大の試練を乗り越えるための手助けにはならなそう。
「それなら城門の手続きはスルーすべき、そうすべき」
何か、親友の口癖が移ってしまった。
童女は街道から離れ、市壁に沿って歩き出す。
城門からだいぶ離れて周囲に人影がないことを確認すると。
「ていっ!」
市壁の上を目掛けて跳んだ。
途中で市壁に触れることなく一足飛びでてっぺんまで上がり、歩廊に立つ。
人間はいない。
これは予想通りだ。
一昨日、天龍アストライアーとして高高度から街を観察していて気づいていた。城門の付近は兵士が配置されて警戒も厳しいが、少し離れるだけで誰もいなくなる。
後は街へこっそり降りるだけだ。
市壁から街を観察する。
「へぇ…」
都市はきちんと整備されている。
碁盤の目のように通りが並び、幾何学的な美しさすら感じる。粗末な木造の家々は雑多で様々な形をしているが通りの並びを乱すことはない。
彼方に見える壁は第2市壁だろう。
ここは街の第3市壁、北門の近く。
目の前の区画は平民の住まう、最も雑多で活気のある場所だ。
ヒト族が、小人族が、犬人族が、半魚人族が、侏儒族が、巨人族が、獣人族が、蜥蜴人族が、蟻人族が、様々な人種が活発に動いている。
仲良く協力するばかりではなく、激しく対立して言い合ったり殴り合ったりしている者達もいる。
興味深い。
「冒険者ギルドは…と、見つけた☆」
アスタは目的の建物を見つけるとさっさと市壁から飛び降りた。
目の前に粗末な木造の家々が並ぶ。平民の住居だろう。どんな奴らが住んでいるのか、興味は尽きない。
しかし、まずは冒険者ギルドだ。
大通りを目指して歩き出す。
オークと戦ったり、美少女と♀×♀見つめ合ったり♪
ごめんなさい。
戦ってませんね。只、見つめ合っただけで♀×♀展開はありません。
「百合」タグ着けてますから、いずれ、そういう展開にもしたいんですが……
うちの暁光帝は恋愛に奥手、いや、そもそも恋を知りませんねww 恋愛なんて異なる生物の謎習慣ですww
さて、次は冒険者ギルドです。
最強最大の強敵に立ち向かいます。よろしく~




