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人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ_〜暁光帝、降りる〜  作者: Et_Cetera
<<あの子はだぁれ? ドラゴンが街に入るには準備が必要です>>
16/197

暁光帝、降りちゃったよww うはっwwwwOKKKKwwwww

『勇者ジャクソンの物語』

魔物のボスを倒したジャクソンは勇者を辞めて英雄になりました。

そして貴族令嬢と結婚して末永く幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。

おしまい。

以上、前回のあらすじ。

短いわ〜 すっげぇ短いわ〜

『勇者ジャクソンの物語』は終わりました。Part.2はありません。

だけど、続きがあるのです。

あっちゃうのです(^_^;)

 「奥方様(おくがたさま)、伯爵様はもう十分にお目覚めでしょう」

 妻の後ろに控えていた男が背後の窓を指差す。博物学者のビョルンだ。今日も黒い長衣(ローブ)が怪しい。

 「あなた、気をたしかにね」

 妻にも言われる。

 「んー」

 まだ眠い目をこすりつつ、振り向いた。

 両開きの大きな窓が目に入る。

 窓は開いていた。大きく開いていた。

 そこに映る光景は。

 瓦礫街リュッダの町並み。

 りっぱな港と行き交う帆船(はんせん)

 鮮やかな初夏の青空。

 名前のとおり、緑が美しい碧中海の地平線。

 そこに浮かぶ火山島。

 「なっ!?」

 そこまで見て気づいた。

 毎朝、眺めている、見飽きたくらい目に入れてきた景観の一部が壊れていた。

 火山島の火山が変形していた。

 「火山? 火山が…三角? と、とぉきゃく…だいけい?」

 なんとか口を動かした。

 「ああ、ちゃんと勉強していたようね。でも、等脚台形ではないわ。あれは立体、つまり空間図形なのだから」

 妻が手厳しい。

 ジャクソンは勉強させられていた。

 現実として、事実として、無学で無職(ニート)のジャクソンである。

 だから、家庭教師を着けられている。貴族としての教養を身につけるために。

 幾何学(きかがく)も勉強の一環であった。

 「えんすいだい…」

 ジャクソンは火山島を見て唖然としている。

 憶えている山の形はいびつなものだ。火口も複数あって何本もの噴煙が昇っていたはず。山裾(やますそ)も海岸まで広がっていて平地はほとんどなかった。

 それが今は見事に左右対称の台形に見える。不自然なほど幾何学的に完璧な図形だ。でも、真横から見てそうなのだから、妻の言う通り、円錐台(えんすいだい)なのだろう。

 上底面に当たる山頂はやはり完全に水平だ。左右のどちらにもまったく(かたむ)いておらず、地平線をそのまま平行移動したかのように真っ直ぐなのだ。

 おそらく山頂は欠けも余分も歪みもない完全な真円なのだろう。

 しかも、噴煙が昇っていない。まったく。

 いつもなら白い、火山の機嫌が悪いときは灰色か、または黒い噴煙を吐き上げていた。それは火山灰だったり、人体に有害な瘴気(しょうき)だったり、ろくなものではなかったが、今は一筋も昇っていない。

 何かが火山島に起きていた。

 山の形を変えてしまうほどの異変が。

 「はい。何かが山に起きたのです。こちらをご覧ください」

 ビョルンが魔法陣を記した木板を差し出す。

 「∬ΦdS…」

 板に手をかざして魔力を込め、博物学者が長々と呪文を唱えると。


 シュルルルン!


 空中に縦に長い楕円(だえん)が浮かび上がり、火山島が映った。

 「光の精霊魔法“遠見(とおみ)の術”よ。ビョルン、火山を映して」

 妻が命じる。

 「…」

 博物学者は呪文を唱えているので返事ができない。

 遠見の術は光を屈折させる魔力場(まりきば)を空中に固定して遠くの景色を映し出す精霊魔法だ。光属性を持つ術者がいれば高価な望遠鏡の代わりになる。倍率はかなり高いし、望遠鏡よりもずっと大きな映像で一度に多くの人間に見せることができるが、制御が難しくて使い手の技量が問われる。

 この博物学者ビョルンは偏屈だがかなり優秀なのだ。

 映像はプディングのような円錐台に整形された火山を水平方向から映している。

 「むぅ…何だ、これは? 紫色の…鏡か?」

 名ばかり領主ジャクソンは首をひねる。

 自分は学がない、物知らずとわかっている。そのせいかもしれないが、こんなものは見たことも聞いたこともないと驚いた。

 山肌が紫色に輝いているのだ。まるで鏡のように。

 巨大な火山がふもとから(いただ)きまで全面を鏡のように磨き上げられている。

 巨大な円錐台の鏡だ。

 誰が何のために?

 何に使うのものなのか?

 疑問に思っていると。

 「あなた、山頂に注意してね。ビョルン、拡大して」

 「…」

 博物学者は呪文を唱えて魔力を操作する。板に描かれた魔法陣が光り、映像に映る火山の山頂が近づいた。

 水平方向から覗いている形なので火口はまったく見えない。完全な円錐台なのだから、やはり上底面は真っ(たい)らな真円なのだろうか。

 「運が良ければ…いいえ、運が悪ければすぐにでも見えるわ。気をたしかにね」

 またしても妻が不穏な言葉を吐く。

 「運がいいとか、悪いとか……」

 どういう意味かと尋ねる前に。


 ぴょこん!


 只の直線にしか見えない、水平な山頂から鋭い三角形が飛び出した。

 これも朝日に輝く紫色だ。

 「ほへ?」

 あまりに意外すぎて間抜けな声を出してしまった。

 「何だ、ありゃ? 三角形?」

 「あら、運が悪かったみたいね。あれは翼よ」

 妻が冷静に応じる。

 「翼ぁ?」

 ますます頭悪そうな声になってしまう。

 「だって、おぃイ? 火山の火口だぞ。火口の大きさに比べてあんな…あんなドでかい鳥がいるかよ。あり得んわ」

 妻も寝ぼけているんだろう。自然と口が軽くなった。

 「いるでしょう。とびっきりのが」

 妻の声は冷たい。

 間抜けな子供に言い聞かせる女教師のように。

 少し萌えた。

 「いやいやいや…」

 ジャクソンは一瞬考えてやはりあり得ないと思った。

 火山の火口から突き出す翼なんて太陽でも隠せそうではないか。

 そこまで考えたところで。


 ちょこん☆


 真っ直ぐな一直線である、輝く等脚台形の上底辺から頭が覗いた。

 紫のドラゴンの正面顔だ。

 どうやら、円錐台の火山、火口はしっかり(くぼ)んでいて、そこにドラゴンが隠れていたらしい。

 3対6本の真っ直ぐな角は白く透き通っており、特徴的な目が印象的だ。それは夜空の星を散りばめたような、虹色の瞳(アースアイ)で、鱗は紫色の金属光沢に輝いている。

 同時に翼らしき紫の三角形が増えた。合計3対の六翼はある。本人は隠れているつもりらしい。なるほど、ふもとの島民からは見えづらいだろう。

 どうやら火口に潜んでわずかに頭だけだしてふもとの村を覗いているようだ。

 そこまで考えて気がついた。

 「おべるぶぉぐぇどぅんげぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 意味不明の叫び声を上げてのけぞった。


 ドスン!


 そのままベッドから転がり落ちる。水色の縞模様(しまもよう)パジャマが間抜けだ。

 「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 止められない悲鳴を上げつつ、床を転がってドアノブにしがみつく。必死で開けようとしたが開かない。どうやら鍵が掛けられているらしい。

 頑丈なマホガニー製のドアは勇者の力でもビクともしなかった。

 「なぁっ!? なぁぁぁぁっ!?」

 『何なんだ?』と言いたいけど言えなくて、背中をドアに貼り付けてずりずりと立つ。

 膨れ上がった恐怖に()られて何も考えられない。只、みっともない悲鳴を上げて震えるばかりだ。

 「ああ、ドアはしっかり閉じておいたし、娘達は乳母(ねぇや)が連れて行ってくれたからあなたの悲鳴は聞かれなくて済むわ」

 冷静な妻。

 「後、私も同じことやったから」

 そう言って少しだけ赤面する。

 「ハイィィ!?」

 いつもならしっかりものの妻が垣間(かいま)見せる可愛い仕草に萌えるところだが、今は恐怖のあまり叫び声しか出せない。

 「映像を固定します」

 ビョルンが呪文の詠唱を止めて光魔法の木板から離れた。

 遠見の術は完成したらしい。映像は空中に固定されて、恐るべき超巨大ドラゴンの正面顔を映している。

 ジャクソンは目を離せない。心臓を鷲掴(わしづか)みにされるような恐怖が筋肉をこわばらせて、視線を映像に固定させてしまっている。

 「いや…いやいやいやいやいや! 違うかもしれない! そうだ、違うかも!! いや、違うんだ! そうだ! そうだ! そうに決まった!」

 名ばかりのリュッダ領主は情けないことを言い出した。浮気が露見したバカ女の戯言(ざれごと)のようだ。

 自分の知っている、あのドラゴンとは違う。別のドラゴンかもしれない、と。

 「角が六本ありますし。紫色の金属光沢を示す鱗に、小さな1対と大きな2対の六翼、それに虹色の瞳(アースアイ)…何より火山すらをも圧倒する、あの超巨体。見間違えるはずがありません」

 博物学者の仕事のひとつが種の同定である。ビョルンはドラゴンを研究する専門家であり、たしかに本人の言う通り、見間違いのしようがない。

 「暁光帝(ぎょうこうてい)じゃねぇかぁーっ!?」

 悲鳴の一声で肯定した。

 同時に教会で聞かせられてきたお説教の数々が思い出された。物心着いた頃から礼拝の時間に何度も繰り返し繰り返し、耳にタコができるほど聞かされたお説教だ。


 ああ、(あかつき)の女帝が来る。

 人が死ぬ。たくさん死ぬ。

 降りると死ぬ。

 立つと死ぬ。

 座ると死ぬ。

 歩くと死ぬ。

 走るともっと死ぬ。

 跳ぶともう死に絶える。

 寝ていても死ぬ。

 もっともわかりやすい破滅の形。

 近づけば死ぬ。

 (のが)れても死ぬ。

 どれも同じだから笑って死ね。

 ああ、唯一無二の、大いなるアストライアーよ。

 (つぶ)した国は百を下らず、(あや)めた敵は万を下らず。

 世界の破壊者、天にあり。

 暁光帝、(おそ)れるべし。(さわ)るべからず、障るべからず。


 「死ぬしか選択肢がねぇじゃねぇかぁーっ!?」

 あまりの理不尽に絶叫した。

 なるほど、さんざん聞かされてきた、もっとも重要な話だ。教義の中心よりも大切だと教えられてきた。

 だけど、身も(ふた)もない。

 一見すると警告のように見えて、おびえさせるだけで実は何の対処法も示していない。

 いや、『障るべからず』と言ってるから一応、『関わるな』と警告しているのか。

 いやいや、『逃れても死ぬ』と断言してるぞ。

 どうしようもないじゃないか。

 そして更にまずいことに気づいてしまった。

 とんでもなくまずいことに。

 『暁光帝、降りる』

 今、暁の女帝は空を飛んでいるわけではない。火山島とは言え、地上に降りてしまっている。

 ほぼ一年中、雲より高い天空を飛ぶ超巨大ドラゴンだ。地上に降り立つこと自体が珍しいが、一度降り立ってしまえば(まぬが)れがたい破滅をもたらすのは必定(ひつじょう)

 その足下に国があれば亡国の危機だ。

 いや、暁光帝の降り立った足下に国があって、それが滅びなかった例の方が珍しい。

 つい最近の例だと、大陸中央を支配する竜帝国の東、ヒト族の国が被害にあった。

 ある美しい月の夜、暁の女帝が高原の移動宮殿に舞い降りて。

 タップダンスを踊った。

 3日3晩。

 ぶっ続けで。

 さすが、女帝様、体力が半端じゃない。眠らないし。

 もちろん、高原の国は滅亡した。

 …というか、廃墟になった。

 強力な騎馬軍団で周辺諸国を圧倒していた軍事大国だったが。

 歴史も。

 文化も。

 宗教も

 民族も。

 誇りも。

 矜持(きょうじ)も。

 たったの3日で何もかもグチャグチャに踏み潰されて()てた。

 理由は不明。

 (ちまた)では『暁の女帝様も快晴の十四夜(じゅうよや)から十六夜(いざよい)までお月見しながら踊りたくなったんだろう』と言われている。

 この噂は多くのドラゴン研究家から『お月見なのに昼間も踊っていたではないか』と批判されているが。

 ちなみに、この大国と敵対していた国々では秋の名月を眺めながら踊る祭りが定着した。

 国際情勢にひとつとして、この話を聞かされたジャクソンは『怖い』と思った。

 その上で考えたことは『本当にどうしようもない』である。

 滅びた高原の国については哀れだが、不運としか言いようがない。

 あの国の指導者が善政で民を栄えさせようが、悪政で民を苦しめようが、関係ない。どちらにしても暁光帝は来ただろう。

 だって、月が綺麗だから。

 なるほど、“忍び寄る天災”、理不尽の(かたまり)だ。

 本当にどうしようもない。

 「お前も、娘達も…みんな死ぬのか?」

 瓦礫街リュッダの英雄ジャクソンが泣いていた。止めどもなく涙を(あふ)れさせていた。

 「いいえ。たぶん…可能性だけどね、そうはならないわ」

 妻は毅然(きぜん)として言う。

 「今回、暁光帝はこちらを気にかけている」

 女教師のように教鞭(きょうべん)を取り、映像のドラゴンを差しながら話す。

 「昨日も報告があったの。瓦礫街の南で暁光帝が低空飛行していたわ。街道の商人が死にかけたそうだけど、重力魔法で影響が及ばないように配慮してくれてたらしいわ」

 そう語る妻、コンスタンスの表情は落ち着いており、察するに、愛する家族と街は今のところ無事のようだ。

 「おおっ!」

 その説明で一気に気持ちが明るくなる、元勇者ジャクソン。その報告を聞かされておらず、自分が(はぶ)かれたことには気づいていない。

 「おそらく昨日の異常気象も暁光帝の仕業(しわざ)でしょう。昼に“夜”が来るとか、皆既日食(かいきにっしょく)とも違うし、前例がありません。何が目的だったのか、さっぱり見当もつきませんが…」

 博物学者も首をひねる。

 人間にドラゴンの意図はわからない。

 まさか、『巣作りを見咎(みとが)められないように人間を眠らせたかった』とは思わない。

 「只、これだけは言えます。奥方様のおっしゃるとおり、今回、暁光帝は人間に配慮…は言いすぎかもしれませんが、気にかけてくれてはいる。それだけは間違いありません」

 ()せぎすの博物学者は自分の作った映像に目をやる。

 超巨大ドラゴンは火口の縁から目だけだしてふもとの村を観察している、ように見える。

 「『深淵(しんえん)(のぞ)く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』…とは、まさに今の状況ですね……ほら、“深淵”がこちらを覗いていますよ」

 ビョルンは苦笑いする。

 暁光帝はまばたきせず、ふもとの村を一心に観察しているように見える。

 こうしてもっとも恐るべき脅威を観察している人間の自分と、その脅威そのものが観察している対象が人間という関係に頭が痛くなる。

 更に見続けているとあることに気づいた。

 やはり暁光帝はまばたきしない。どうやら目蓋(まぶた)それ自体がなく、ヘビのように目が透明な鱗で守られているようだ。

 ジャクソンは冒険者だったが、そもそもドラゴンは稀少(レア)幻獣(モンスター)であり、見たことがない。こうやって見たのは初めてだが、初めて見るドラゴンが暁光帝というのもいかがなものか。

 ドラゴンの表情などわからないが、虹色の瞳(アースアイ)が朝日を受けて輝いている。

 何となく機嫌が良さそうにも見える。

 「ええ。今、私達は恐るべき危機(ピンチ)(おちい)っているけれど、まだ、マシよ。あの“深淵”は今すぐ私達を滅ぼす気はないようだから」

 妻は(なか)ばあきらめたように話す。

 たしかにどうしようもない状況なのだから開き直るべきだ。

 「そ…そうだな。では、住民への避難勧告は……」

 ようやく住民の安全を思い出した、名ばかり領主である。

 「不要よ」

 一言で切って落とす妻。

 「暁光帝の情報は隠匿(いんとく)が禁じられているけれど、一般市民に報せることは義務じゃない。国のお偉いさんに一報は入れるとして…市民に報せるのは“今”ではないわ。あなたも私も今は生きているのだから」

 そう言うと、妻は口を大きく開けて『ガオー』とやってみせた。

 光の書にも描かれている暁光帝の“破滅の極光(カタストロフバーン)”か。

 神を殺し、高山に風穴を開け、湖を掘り…と、何千年も昔から実績のある、戦闘(コンバット)証明済み(プローブン)のドラゴンブレスだ。

 あの怪物がその気になればとうの昔に街も港も火山島も消滅させられていたはず。

 今でもこうしてジャクソンと家族が生きているということは。

 彼女が少なくとも今すぐ人間をどうこうしようと考えているわけではないということだ。

 そして、もしも暁の女帝が人間を罰しようと考えたら、その瞬間に街もジャクソン一家も消滅するだろう。

 痛みを感じることも、死の恐怖を味わうこともなく、これから殺されることにすら気づかずに。

 背筋が縮み上がったが。

 「つまり、こちらは何もしなくていいってことか…」

 一息()いた。

 「何もしない、イコール、何も考えないってことじゃないわよ」

 ジャクソンの意見を訂正する妻。

 「考えてもどうしようもなくないか?」

 夫のプライドにかけて少しだけ(あらが)ってみるジャクソン。

 「そうね。じゃあ、あなたがやって」

 妻が返す。

 ヤブをつついて蛇を出してしまった。

 「えっ、俺が?」

 思わず、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出してしまう。

 「あなたの名前で冒険者ギルドに依頼して。そうね…『火山島に棲むドラゴンについて調査せよ』、と」

 妻は死刑宣告に等しい依頼を告げる。

 「ええええええええっ!?」

 これには元勇者も仰天する。

 暁の女帝に関わる、すなわち、死だ。

 火刑、溺死(できし)刑、磔刑(たっけい)斬首(ざんしゅ)刑、服毒刑、どの死刑よりも素早く、苦痛なく死ねることだろう。

 妻はそれを自分の名前で冒険者に依頼せよというのだ。死刑に等しい依頼を。

 「いやいやいや、さすがにそれは…」

 拒もうとすると。

 「あなたは馬鹿だから責任を問われないわ」

 またしても、一言の下に切って捨てられた。

 残念ながら、ジャクソンの頭が悪いことはもうずいぶん知られてしまっている。

 いや、正確には物知らずで学も常識もないだけだが。

 「さすが奥方様、妙案ですね。街としては何よりもまず情報が必要です。けれども、街は暁光帝と関わりたくない。しかし、冒険者が調べてくれる分には…」

 抜け目なく語る博物学者ビョルン。

 「三者が得する。街は関係せずに調査を済ませられる。冒険者は働いて報酬がもらえる。そして暁光帝は…」

 クイッとメガネの位置を直す。

 「おそらく、暁光帝は冒険者が来るのを待っている」

 とんでもないことを言い出した。

 「はぁっ!? お前は何を言っているんだ?」

 名ばかり領主もこれには異を唱える。

 どうして暁の女帝が冒険者が来るのを待っているのか。

 (えさ)か。餌なのか。

 まさか、食べるのか。

 いや、食糧になるわけがない。あの超巨大ドラゴンから見れば人間など蚊柱(かばしら)のユスリカていどの大きさしかないのだ。ホコリと一緒に吸い込んでしまっても気づかないだろう。

 それとも、捕まえて友人に見せるとか。

 いやいや、暁光帝の友人ってドラゴンだろう。ドラゴンなら人間など見飽きてるのではないか。土産(みやげ)にもなるまい。

 いやいやいや、そもそも暁光帝に友人がいるのか。いたとしてどんな怪物(モンスター)なのやら。

 どうにも皆目(かいもく)、見当がつかない。

 「今、暁の女帝は人間を観察することに()かれています。逆に言えば見飽(みあ)きたらもう人間は用済みということ。そうなれば街はお終いかも…」

 「ひっ!?」

 ビョルンの言葉に震え上がるジャクソン。

 愛妻と愛娘達、ついでに街が消し去られてしまうのではないか。

 その恐怖は耐え難い。

 だが、博物学者は解決法を提示してみせる。

 「ならば、珍しい人間を見せて関心を惹いてやればいいのです。怪しい冒険者が近づけば女帝様も必ずや興味を持つことでしょう」

 スラスラと論理を組み立てるビョルン。

 「それに伯爵様は馬鹿ですので、後でひどい依頼だったとわかっても許されます。馬鹿ですから」

 賞賛しているつもりなのだろうか。

 堂々と領主を侮辱しているようにも見えるが。

 「よかったわね、馬鹿で」

 「馬鹿とハサミは使いようですな」

 2人は口々に持ち上げる。

 褒められている内にその気になってきた。

 「そぉかぁ…」

 まんざらでない、ジャクソンであった。




 その朝の内に冒険者ギルドにドラゴン城から新たな依頼書が届けられた。

 『急募! 優秀な冒険者を求む。最近、火山島に棲むようになったドラゴンについて調査されたし。報酬は金貨10枚なり!』

 この内容で、だ。

 たかが調査にしては破格の待遇である。何しろ、金貨10枚と言えば4人家族が数カ月は遊んで暮らせる金額なのだから。

 火山島は場所も近く、船に乗ればすぐにたどり着ける。

 日帰りの仕事だ。

 報酬の金額を間違えたのかと思われたが。

 心配は()らない。

 たとえ依頼書に誤記があってもドラゴン城はそのとおりの報酬を払うのだ。

 さすが、(おおやけ)の仕事である。

 すぐに依頼を受けようと冒険者が殺到することだろう。

 依頼主は久々の仕事に張り切って署名した、領主ジャクソン・ビアズリー伯爵、その人であった。

火山に巣を作って人間界に潜伏した暁光帝ですが。

即日、バレました\(^o^)/

人間の方は何やら作戦を練っているようです。

さて、ドラゴンと人間、化かし合いが始まるのでしょうか?

次回、『勇者ジャクソンの物語』☆

乞う、ご期待♪

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