楽しい裏社会観光です。暁光帝は犯罪者どもが何をするのか、気になって仕方がありません。
はい。
まだまだ観光が続きます。
我らが主人公、暁光帝♀は珍しいものに目がありません。
今度は何を見つけるのでしょう。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
世界の危機は無人の店を巡りながら本人にとっての珍品を見つけて感動している。
「むむむ…これは!」
今度は厄除けの絵を手に取っている。
それはネズミの群れを率いるドラゴンの図。
「わぁー! テアルじゃないか!!」
大喜び。
稚拙な絵だが、山よりも大きな6本足の龍が毒々しい緑色に塗られており、一見して親友だとわかる。
「本人の方がデブい。ん? “緑の病魔大帝”って何? また、妙ちきりんなあだ名を付けられてるなぁー」
奇っ怪な二つ名を付けられた親友を思い浮かべて笑う。
やはりここは楽しい。
珍しい物、面白い物が山ほどある。
「テネブリスやオーラムのもあるのかな? ボクのもあるかも♪」
期待を込めて探すと黄金のドラゴンの絵が目立つ。更に真鍮の置物もよく磨かれていてあちこちで輝いている。
どうやら路地裏の住民達が金運と商売繁盛を祈念しておいてあるようだ。
「金龍、人気だなぁ…人間達には黄金を集める習性があるからかも。あぁ、そういや、あの娘、博打好きで気前がよかったっけ。よく人間とも勝負するって言ってたし……」
真鍮の置物を手に取ってしげしげと眺める。
「似てない。デブい」
不満である。
金龍オーラムは同じ孤高の八龍であり、けっこう一緒に遊ぶ。博打ばかりだが。
本人は下手の横好きで、勝率はあまり高くない。
人間相手にもけっこう負けが込んでいるだろうと推測する。もっとも、孤高の八龍なのだ。負けたからと言ってどうということもない。
気前よく負け分を支払うだけだろう。
それはもうカネでも食べ物でも盛大にばらまくだろうから、やたらめったらありがたがられるのも無理からぬことだ。
「それで金運の象徴にされてるのかな」
首をひねるものの、多分、そうなのだろうと考える。
「だいたい、金龍ばっかりじゃん。ボクの似姿なんて1枚もないや」
それだけは不満である。
いや、どこの世界に忍び寄る天災を呼び込もうとする奴がいるのか。
超巨大ドラゴン暁光帝は亡国レベルの恐るべき天変地異だ。子供向けの幻獣図鑑でもない限り、本に載ることもないのである。
そして、また1枚の絵を眺める。
「誰?」
これまた首を傾げる。
金龍オーラムと一緒に描かれている頭の悪そうなおっさんは派手な王冠を戴いてひょうきんな顔つきだ。目の焦点が合っていなくて明らかに知恵が足りなそうに見える。
「あぁ、それはアプ八…オルジア帝国の皇帝アプタル8世ですよ。脳天気なバカの代表ですからね、そうして瑞兆の金龍と一緒に描かれて“おめでたい”ことを象徴しているんです。かの人物は……」
ようやく気を取り直したナンシーが解説する。
皇帝アプタル8世によって召喚された超巨大ドラゴン暁光帝が帝都とそこに住む臣民20万人を跡形もなく消し飛ばした大事件、“オルゼポリスの喜劇”について。
暁の女帝様に踏み潰された国や街など数え切れないし、被害者の数も彼女の所業の中で最大値から程遠い。それなのにこの事件が有名になった理由はあまりの馬鹿らしさである。
アプ八は国家事業としての召喚魔法で、わざわざ彼方の空から暁光帝を呼び出して、帝都に招き、自国を滅ぼさせたのだ。
大陸で最大のヒト国家、偉大なるアプタル朝オルジア帝国を。
これぞ、“オルゼポリスの喜劇”。
あまりにバカらしいので“悲劇”ではなく“喜劇”と呼ばれている。
これほどの愚行が他にあるだろうか。いや、ない。
それ故、アプ八は天下一の大馬鹿者として世界中の大人から子供まで知らぬ者とてない亡国の道化師となった。
今では瑞兆の金龍オーラムとともに描かれて、両手に国旗を持って踊っている。天下一の大馬鹿者はおめでたい雰囲気が満載でいかにも金運を呼び込みそうだ。
「へぇ、そうなんだー」
しきりに感心する麗人だが、自分が踏み潰した帝都オルゼポリスや皇帝アプタル8世のことをすっかり忘れている。
いや、忘れた、忘れてない以前にそもそも知らない。
「やはり、そういうもの…なんですね……」
エルフは改めて理解する。
暁光帝は自分が踏み潰した人間のことなど知らないし、どうでもいいのだ。
それは自分だって森で踏んだアリの巣のことを憶えているわけがないから仕方ないのか。
ナンシーが世界の理不尽について懊悩していると横から気配がする。
「アチュタしゃんにおおくをきたいちてはいけないでち」
いつの間にやら、幼女クレメンティーナが傍にいた。
龍と人間の仲立ちをする、暁光帝の龍の巫女は語る。
「にんげんはしぇかいのちゅうちんにいるわけではないのでつから」
注意すべきことを伝えて幼女は笑う。
「えっ、あぁ、そうね……」
ナンシーは重くなった頭を振って思い直す。
『ドラゴンから見て人間は世界の中心にいるわけではない』、幼女の提示した命題が強烈に頭を叩いてくれた。
ヒト以外を“亜人”と呼んで軽んじるヒト至上主義に普段からうんざりしてきたのに今は自分が人間至上主義にどっぷり浸かっていたようだ。
そこで幼女はさらに言葉を続ける。
脳天に響くような恐ろしい言葉を。
「アチュタしゃんにかわれたくはないでちょう?」
その笑みのせいであどけないはずの顔が凄絶に見える。
「えっ!?」
一瞬、ナンシーは言葉の意味がわからなかった。
すぐに『アスタさんに飼われたくはないでしょう?』と理解する。
理解して。
「!?」
絶句する。
考えたこともなかった。
もしも、瓦礫街リュッダの人々が暁の女帝様に飼われたら。
どうなるのか。
「それは……」
やはり、言葉を続けられない。
思考が止まってしまう。
いや、考えたくないのだ。
今、この街には多くの問題が山積みである。
単眼巨人ポリュペーモスが仲間の幻獣どもを引き連れて襲撃してくる。
鳥のような翼があって空を飛ぶ鹿の幻獣、鹿鳥もたびたび襲ってきて執拗に人々を攻撃する。
碧中海の覇権を巡って豚人諸侯の国やヴェズ朝オルジア帝国、そして、ポイニクス連合といさかいを起こしている。
これら、幻獣や敵国に対抗するための軍事費が国庫を圧迫している。
蟻甲人の勢力が伸びてきていて、街の周辺は半分以上が耕されていて、街の地下はすでにその支配下にある。
市壁に穴が空いていて、オークの盗賊団にしばしば侵入されている。
南東の森には茸人の勢力が潜んでいて街の様子を伺っている。
すでに人口の半分ほどがヒトでない亜人に占められており、人種間の軋轢は着実に増えている。
暗黒教団ゲロマリスの勢力も強まっていて、魔族の暗躍が懸念されている。
街の混乱で孤児が増え、飢えた子供達が通りを徘徊している。
混乱は同盟相手の半魚人国家に負担を掛けてしまっている。
うん、瓦礫街リュッダは問題だらけだ。
だが、考えたくもないけれど。
暁光帝が瓦礫街リュッダの面倒を見たらどうなるのか。
全ての問題が消滅する。
まだ半日の付き合いだが、アスタを観察する機会を得て色々わかった。
だから、予想できる。
凶暴な幻獣の群れは天龍の咆哮で蹴散らされ。
厄介な外国勢力や暗黒教団は超巨大ドラゴンにおののいて逃げ出し。
無敵の時間魔法が人種間の軋轢をことごとく消し去り。
無から有を生み出す創造魔法が無限に食べ物を出現させて飢えた子供達を1人残らず満腹にさせるだろう。
彼女はこの上なく優しくて上品でおしとやかな貴婦人なのだ。
だから、何もかも全ての問題が消滅するのである。
しかも、暁光帝による人間の支配はおそらく一言で成就するはず。
『ブタよりも小さいアスタさんはとてもとても凄いので瓦礫街リュッダをお願いします』とナンシーが頼めばいいだけだ。
それだけ、たった一言、それだけでいい気分になった暁光帝は瓦礫街リュッダを支配してくれることだろう。
問題はそれで住民が幸せになれるかということだ。
だが、考えるまでもない。
なれるだろう。
誰がどう考えてもなれてしまうに違いない。
『幸せや正義は人間の数だけある』とか正論を吐いたところで、庶民の関心は『お腹いっぱい食べられるか』と『安全な場所で安心して自由に暮らせるか』に尽きる。後はせいぜい『平等に扱ってもらえるか』くらいだろう。
そういうことなら暁光帝の独壇場だ。
彼女は清濁併せ呑むタイプの為政者ではない。
一度、原理原則を決めたら梃子でも動かさず、ルールをきっちりかっきり厳密に解釈して一切の例外を許さず、公平公正に適用する。
嘘を激しく嫌悪しているから、とにかく正直で住民の誰に対しても誠実に向き合う。
また、国家としても今よりずっと強大になれる。
何しろ、暁の女帝様がついているのだ。
世界中を敵に回しても圧勝できる。
人間はおろか、ありとあらゆる悪魔、全ての神々が恐れおののき、逃げ惑うことになるだろう。
何しろ、そこに彼女がいるのだから。
「うむぅ……」
エルフが唸る。
何をどう考えても今の瓦礫街リュッダを営んでいる為政者の全員より暁光帝1頭の方が優れているのだ。
アスタに飼われたらどうなるのか。
住民の誰もが公平に扱われ、空腹や病気に悩まされることなく安心して暮らせるようになる。
人々が戴く女帝様は決して嘘を吐くことなく、国家を守り、力強く君臨する。
後、国内外から脅威が消滅するから軍隊も要らなくなるので兵力を大幅に削減でき、国庫への負担も大幅に軽減される。
いや、彼女が税金を徴収するとも思えないので全て無税になるから国庫そのものが要らなくなるかもしれない。
世界中の為政者が夢見た、理想社会が実現する。
人々は人間の国で王になるよりも天龍の国で奴隷になる方が幸せなのだ。
世界中がそれを思い知ることになるだろう。
「あぁ……」
自分の中で信じがたい命題が肯定されてエルフは酷いめまいに見舞われる。
今まで自分が瓦礫街リュッダでやってきた治世は無意味だったのだ。
いや、そんなはずはない。
きっと何かあるはずだ。
では、アスタに飼われない方がいいことなんてあるのだろうか。
「まぁ……」
瓦礫街リュッダの住民は博物学と数学を学ばねばならなくなることは間違いない。
誰もが素数が無限に存在することとツマグロオオヨコバイがどれだけ可愛らしいのかについて考えさせられるのだ。
後、嘘つきは全員死刑だ。
ついでに人間の為政者は1人残らず引退である。
もっとも、それくらいの負担で働かなくても安心して暮らせるようになるのだから住民達は文句を言わないかもしれない。
なんともはや。
初夏の青空を仰いでため息を吐く。
「ふぅ……」
道端でノビているチンピラエリートに目をやる。
ああはなりたくないものだ。
つくづくそう思う。
その日、その時、金髪エルフのナンシーは重大な使命を得た。
『人々は人間の国で王になるよりも天龍の国で奴隷になる方が幸せなのだ』、この命題を否定すること。
難題だ。
まるで恒真式のようにさえ思える。
何をどこからどう考えても否定する根拠が思いつかない。
民衆がドラゴンによる統治を夢見て自分に訴えてくる幻影すら見えてしまう。
人間による人間の統治が否定されてしまうのか。
だが、しょせんは社会学の命題だ。真偽値が1で固定されている、論理学の命題ではない。これの否定を証明することは至難の業だろうが、不可能ではないはずだ。
何が何でもやり遂げなければならない。
自分のためにも、人類の未来のためにも。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
ナンシーが恐るべき命題を得ました。
シンプルに言えば『もしも世界征服を企む魔王が善人だったら?』って話ですwww
魔王が極悪人で人々が苦しんでいるからこそ勇者の戦いは意味があります。
だけど、もしも、魔王が善人でその統治が人々を幸せに導くものであったら?
国王と貴族達が窮地に陥ってしまいます\(^o^)/
その時、勇者はどうするんでしょう?
さて、そういうわけで次回は『そういや、何かしたんだっけ。何だったかなぁ…色々ありすぎて暁光帝は憶えてませんにょ(汗)』です。
請う、ご期待!




