乙女が泣いて色男がやってきた! えっ、色恋沙汰は暁光帝にとって専門外ですよ(^_^;)
聖女の奇蹟が見られると評判のオヨシノイド施療院に貧民窟の住人が次々に集まってきます。
ええ、その“聖女”っつーのが我らが主人公、人化♀した超巨大ドラゴン暁光帝なんですけどね。
さぁ、次の患者は誰でしょう?
どんな病気に苦しんでいるのでしょう?
暁光帝に直せない病気はありません。
えっ、“直す”じゃなくて“治す”んだろうって?
いえいえ、これでいいのです。
暁光帝♀の時間魔法は何でも“直す”んですからwwww
お楽しみください。
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アスタの前に現れた乙女は上等の服を着て、とても貧民窟の住人には見えない。けれども、伏し目がちにうつむいて青褪めた顔色は乙女が決して幸福でないことを示している。
「紫の大聖女様、助けてください! 私は“ヒルッカ”と言います。素敵な恋人に酷い言葉で罵られ、フラレてしまいました!」
乙女ヒルッカは必死で懇願する。
新たな患者は意外な発言をした。
「もはや、病気でも怪我でもないわ!」
一連の“治療行為”を眺めていた金髪妖精人のナンシーが吐き捨てるように言う。
「只の人生相談じゃないの!」
憤慨している。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。病気や怪我でなくてもアスタさんなら直せるんですから」
笑いながらとりなす黒い肌のギュディト百卒長。ヒト族の成人男性が肩までしかないほどの、恐るべき巨女だ。黒光りするたくましい筋肉は街の人々の安心感と畏敬の念を抱かせる。
巨女が笑うのは幸せだからだ。
幸せだから自然と笑みが溢れる。
“紫の大聖女”となった麗人アスタの行いは神々の奇蹟がまるでちゃちな手品に見えるほどの、まさしく“大いなる奇蹟”と称されるべきものだった。
只でさえ褒められることが大好きでノリのよい暁光帝が大勢の人々から称賛されまくったのだ。
それはもう全力で調子に乗るに決まっている。
様々な病気や怪我の治療は言うに及ばず、禿げて萎れたおっさんに緑なす金髪を生やして元気にしてやったり、暴れる父親から酒気を抜いて酒乱癖を治してやったり、文字通り、やりたい放題である。
もっとも、それで人々が幸せになるのだから黙って女帝様のやることを眺めていればいい。
いや、眺めているべきだ。
掛け値なしの、本物の奇蹟を見て貧民窟からやってきた人々はたいそう喜んでいるし。
世界最強のアスタがやることに間違いはないのだ。
そう、ギュディト百卒長は思っている。
「それにしてもアスタさんの魔法は……」
自然と口を衝いて出る言葉。
「あんな魔法は知らないわ」
柔らかい表現を心がける余裕がなくなるほどに心がざわつき、ナンシーは百卒長の言葉にぶっきらぼうに応える。
麗人の魔法は人間が知っている魔法技術からかけ離れている。
現在、世界中で使われている魔法は専門の魔導師が使う攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、召喚&死霊魔法、これに加えて一般人が使えることもある生活魔法に分類される。戦争や冒険の場で役立つ重要な技術だ。
ところが、ハゲ親父の頭に髪を生やすとか、酒乱男に飲酒の習慣を改めさせるとか、くだらないことだけれども、アスタの魔法はどれも現行の魔法体系で分類できない。
魔法に長けたエルフでも到底真似のできない、とんでもなく破天荒な代物だ。
攻撃魔法でも、回復魔法でも、補助魔法でもない、まるで子供の頃に聞かされたおとぎ話に出てくるような、それは全く別の何かだった。
「魔法使いが現れて何もない空間から食べきれないほどのごちそうを出す、それでお腹を空かせた子供達が大喜びとか、そんな光景が頭に浮かびますよ。アスタさんこそが大魔導師なんですねぇ……」
巨女はしみじみ語る。
「あぁ…そうね……」
エルフは言葉少なに肯定する。
百卒長の言葉は何となく感じていたことをはっきりさせてくれた。
“始原の魔導師”という称号はまさしくそういうもの、おとぎ話に出てくる偉大な魔法使いを表していたのだ。
単純に次元が違う。
世界で最初に魔法というものを生み出し、今日まで何百年も何千年も使い、開発し続けてきた、もう明らかに人間とは異なる次元の使い手なのだ。
「ふぅ……」
ドラゴンの魔法に不可能はあるのかと怪しみながらおとなしく紫の大聖女様を見つめるのだった。
そして、くだんの麗人は虹色の瞳を輝かせて乙女ヒルッカを見つめている。
「ふぅん…そうなんだ。その珍奇な行動は人間らしいね」
感想はいつもどおりで面白がっている。
「あぁ、過去視なんですねぇ…さすがはアスタさん☆」
「何やら楽しげな…一体全体、何が見えたんで?」
麗人が乙女の過去を覗き見たのだと2人の美女が目を輝かせる。
女精霊のジュリエットと一角獣のポーリーヌだ。人化してはいるが、アスタと同じく正体は幻獣である。
時間魔法に絡む特殊能力“過去視”は承知しているし、それが明らかにした乙女の過去に興味しんしんなのだ。
社会性に乏しい幻獣の過去なんてどれも同じでつまらない。『追いかけて』『捕まえて』『食べて』『寝た』『お終い』なわけで面白くもなんともない。かつて、人化する前の暁光帝に見せてもらった過去視の映像は似たようなものばかりだった。
それが今回は違う。
うら若き、恋する乙女の過去だ。
それはそれは胸踊る見世物に違いない。
「諸君、まぁ、落ち着きたまえ。すぐに事態は動くから♪」
興奮する友人らにいたずらっぽく微笑みながらアスタは軽く2人を制する。
「えっ、それは一体? えっ?」
「なるほどぉ☆」
頭に疑問符を浮かべながら目を白黒させるポーリーヌに対して逆に落ち着くジュリエットだ。ユニコーンよりもニュムペーの方が人間の心の機微にくわしいらしい。
麗人の予想はすぐに的中した。
ヒルッカの言う、“素敵な恋人”らしき色男が現れたのだ。
「何を言うんだ、お前。アレはちょっと酒が過ぎただけさ。紫の聖女様、僕らの間には何の問題もありませんよ」
乙女を“お前”と呼んで恋人らしく振る舞う。
なるほど、言われるだけあってずいぶんな二枚目だ。
細面でスッキリした鼻筋、切れ長の目はセクシーで眉もほっそりくっきり。ヒゲは剃ったのではなく初めから生えていなかったかのようになめらかな肌だ。なで肩で痩せていて、あまり筋肉質ではない、全体的に線の細い美青年である。
女性的で頼りない印象を受けるが、魔法の使える人間が増えた昨今、なよなよしていても強い人物は少なくない。青年がそうであるという保証はないが、自信満々の口ぶりからして見た目の印象とは異なるのかもしれない。
「お前のワガママでみんなをかき回してはいけない。さぁ、行こう。もうすぐ祝言を上げるんだから」
色男が肩を抱き寄せると乙女は頬を赤らめ。
「えっ、あっ…そ…そうなの? じゃあ、『借金がなかったらお前みたいな地味女と誰が結婚するか!』って罵られたのは只の気の迷いだったのね。よかったぁ☆」
嬉しそうに寄り添う。
もう大丈夫。
問題は解決したようだ。
しかし、周囲の人々、観客は黙っていない。
「あいつ、またデタラメを言ってるぞ」
「あの野郎、借金で首が回らなくなって女に泣きついているくせに綺麗事をホザくな」
「顔がいい男に女はすぐ騙される」
「結局、世の中、顔か……」
「畜生! オレだって顔が良けりゃぁ、あんな奴にデカい面をさせなかったものを!」
「女どもは見る目がねぇぜ! オレのどこが駄目なんだ?」
「やっぱりゴツくてヒゲモジャで脂ぎっていて汚いからじゃないかな」
「ゴツくてヒゲモジャで脂ぎって臭いのは男なんだから当然だろうが!」
やいのやいの。
色男の実情を知っているらしい醜男達が騒ぐ騒ぐ。
もっとも、垢だらけの古着を着て不潔で口臭がきついことは事実だから、若い女性にモテないことは必ずしも顔の造作だけが問題ということでもなさそうだ。
「何だ、つまらん。派手な痴話喧嘩が見られると思ったのに……」
「まぁまぁ、少しはこらえなさいなぁ。もしかするとこれから面白くなるかもしれないわよぉ」
人外の2人は反応が分かれている。
そんな2人とは対照的にアスタは楽しげだ。
「ん…まぁまぁ、レイヨ、そうあわてないで」
虹色の瞳がきらめき、恋人達を引き止める。
「えっ、どうして僕の名前を?」
色男レイヨは当惑する。
乙女が明かしたのだろうか。
あまり、本名が広まっては困る。レイヨはあわてる。
「キミはボクに視られたからね。名前なんて隠せるわけがないじゃないか。そんなことより大丈夫かい?」
虹色の瞳を輝かせながら麗人は見つめる。
「行為や物事について偽ることだけが嘘じゃない。自分の心情について事実と異なる発言をすることも嘘なんだよ」
珍しくニヤニヤ笑いを浮かべながら語る。
金髪エルフの目が見開かれる。
「!」
ナンシーは笑顔のアスタを見て背筋が凍りつく。
暁光帝は嘘つきを許さない。嘘を吐くことは彼女に自由な選択肢を与えてしまう。相手が嘘つきなら何をしてもよくなってしまうのだ。その対応には情けも容赦もない。
彼女の虹色の瞳には“過去視”という恐るべき特殊能力がある。相手の過去を見通す力だ。酷い言葉で乙女を罵ったレイヨの過去を観察したのだろう。
幻獣にしか使えない、心を読む夢幻魔法“以心伝心”だって使える。彼女は始原の魔導師アストライアーなのだから。
今、こうしている間も相手の心を読んでいるはず。
いや、先ほどの発言で最初にいつもの『ん』をつけたのが夢幻魔法テレパシーの発現ではないのか。
アスタは心を読み、嘘つきが嘘を吐いている様子を観察してニヤニヤ笑っているのだ。
戦慄する。
きっと恐ろしいことになるだろう。
色男は状況がわかっていない。
「えっ、何を言ってるんですか? 僕の愛は本物ですよ。嘘とか…僕が嘘を吐くはずがないじゃありませんか!」
レイヨは必死で弁解する。
どうしてバレたのだろう。本名も知っていたし、紫の聖女は何もかも見通す目を持っているような口ぶりである。
恐ろしい。
今、乙女ヒルッカに愛想を尽かされると困るのだ。
「ふぅん、じゃあ、その言葉通り、キミを正直者にしてあげよう」
アスタは嬉しそうに口元を歪め。
「ん☆ 強制! 今後、キミは嘘を吐こうとしても舌が勝手に真実を語るよ」
例によって例のごとく、『ん』の一言で恐るべき魔法を発現させる。
レイヨの頭に現れた魔幹が心そのものに箍をはめる精神干渉系の魔力場を発生させたのだ。
投射型テレパシーは相手の心を読み取るだけの受信型テレパシーと違う。それは人格を書き換える驚異の夢幻魔法だ。もちろん、人間に使える魔法ではない。“強制”は主に神々が信者の行動を縛り、自分が禁止した行為をできなくさせる魔法である。
神殺しの怪物が神々に劣る道理がなく、当然のように始原の魔導師アストライアーは使えてしまうのだ。
「何を言ってるんですか、貴女は! 僕は初めから正直者…じゃありませんよ! 嘘なんて吐くわけが…あるなぁ。そうだよね、お前?」
色男は懸命に自分を偽ろうと取り繕うも、途中から言葉が変わってしまった。
『嘘なんて吐くわけがない』と言いかけたのに舌が勝手に喋って『吐くわけがある』と言い出したのだ。
「えっ? えっ?」
自分の意図しない言葉を吐き出してしまっている。レイヨは自分の口が信じられない。
「あぁ…アナタ、やっぱり嘘を吐くのね……」
乙女ヒルッカの表情が曇る。
本当はわかってはいた。
素敵な恋人が嘘つきであると。
けれども、その事実を認めたくなかった。
愛されていると思いたかった。
それで自分自身に言い聞かせてきたのだ。
『酔っ払ったレイヨが過ぎた冗談を言っただけ』だと。
結局、自分も嘘つきだったのである。
「ふぅん、やはり人間。みんな、嘘が好きなんだなぁ…最終的な利得が大きいのかしらん?」
現実味を感じないアスタが2人の言葉を流しながら、一応は考えてみる。
色男と乙女、嘘を吐く相手が自分か、他人か、只、それだけの違いではないか。
それにしてもよく自分自身を騙せるものだと感心する。
自由自在に空を飛べて、街も山谷も踏み潰せる、世に並ぶ者のなき超巨大ドラゴン暁光帝だが、嘘を吐けない。だから、色男と乙女の会話は人間が『もしも空を飛べたなら』と仮定して話すのと同じくらい現実味に欠けるのだ。
つくづく人間と価値観を共有しないドラゴンである。
「そんなバカな! 舌が勝手に本当のことを喋ってしまう! これは“強制”? 精神干渉系の魔法なのか? 神々か、特殊な幻獣しか使えないはずなのに……」
色男レイヨは酷くあわてている。
精霊魔法や回復魔法などと違い、夢幻魔法の適性がある人間はいない。これは人種に依らず、一切の例外がなく、過去に夢幻魔法を使えた人間はいないのだ。
半魚人、蜥蜴人、妖精人、茸人はおろか、最も神に近いと敬われる天翼人でさえ無理である。
「おや、よく知ってるね。軽佻浮薄に見えてなかなかよく勉強してるじゃないか。感心、感心」
楽しげに笑う麗人だ。
世界で最初に魔法というものを創り出した、始原の魔導師アストライアーである自分に使えない魔法などあるものかと余裕の表情である。
「それでキミの本音はどうなのかな? 彼女を、ヒルッカを本気で好いているのかい?」
尋ねる。これまた楽しそうに。
「そりゃあ、もちろん…僕がこんな地味な女に惚れるわけがないでしょう…えっ!?」
レイヨは目を剥く。
二枚目が台無しだ。
『もちろん僕は彼女を本気で愛しています』と言おうとしたのにやはり舌が勝手に隠していた心情を吐露してしまった。
「僕には大きな借金があってね。これがどうにもこうにも逃れられないんだ。そこでこの女に借金を肩代わりしてもらおうと思ったのさ。ヒルッカの家は金持ちだからね。ねぇ、僕は頭いいでしょう?」
喋る、喋る。
まるで立て板に水を流すかのよう。
取り繕うべく嘘に嘘を重ねようとするものの、色男の舌は真実しか喋らない。
「適当に甘い言葉さえ囁いておけばこのバカ女はポンと大金を払ってくれる。僕の借金は消えて、バカ女はいい夢が見られて、こいつのバカ親は婿が取れる。1つの嘘でみんなが幸せになれる。名案でしょう?」
密かに立てていた計画を明かす。
酷い話だ。
こいつの思惑通りに進んでいたら乙女は惨い目に遭っていたことだろう。
「あぁ、もちろん、たんまりカネを引き出せたらヒルッカはポイッと奴隷商人に売り飛ばすさ。僕が本命の女の子と結婚する頃にはこいつの家は破産してるだろうが、地味女が僕みたいなイイ男と夢を見られたんだから過ぎた幸せというものさ。あーはっはっはっ!!」
最後の方は笑いながら泣いていた。
涙と鼻水と冷や汗で二枚目がグチャグチャになっていて、かっこよかった面影が微塵も残っていない。とんでもなく無様だ。
長い時間をかけて入念に立てた計画が頓挫したのだから当然と言えば当然だが、同情の余地はなさそうである。
「そんな! 嘘が吐けない!? どんな奴だって騙しおおせてきた僕の嘘が奪われてしまった!! うわぁぁぁぁぁーっ!!」
絶望と恐怖に呑まれて膝を屈し、歯をガチガチ鳴らす。
『色男、カネと力はなかりけり』
ことわざ通り、二枚目の顔だけが自慢のレイヨは肉体に恵まれず、精神も弱かった。強者と戦える肉体もなければ困難に立ち向かう根性もない。いざとなれば顔面の魅力で周りをひきつけて自分は逃げてばかりの人生だった。
その弱さと逃げの姿勢が高じて借金まみれになってしまったのだ。
だから、今、こうして嘘と逃走を封じられて恐怖に震えるしかない。
みっともない姿を晒している。
「やっぱり女を騙していたのか。これだから二枚目は……」
「顔がいいだけの奴が! ざまぁみろ!」
「美男子は男の敵だ!」
「卑怯者め! いい気味だぜ!」
逃げられないよう周りを囲む、むくつけき醜男達から一斉に非難の声が上がる。
顔がいいだけの卑怯者がいるから自分達は若い女性から見向きもされない。そう思っているから恨みが男達の魂に絡みついたまま離れないのだ。
「よかったね、ヒルッカ。危うく騙されるところだったけど、もう大丈夫。こんなクズ野郎のことは忘れて次の恋を探すといい」
無様なレイヨを眺めてアスタは上機嫌だ。
ついでに“恋”というものを思い出して、その単語も使えるようになった。
実に楽しい。
ヒルッカに新しい恋愛を勧めている。
けれども、乙女は破れた恋に打ちのめされ、未だに顔を上げることができない。
「そんな!? 素敵なレイヨがこんな人だったなんて……酷い!」
彼の姿が変わって見える。
いや、容姿そのものに変化はないのだが。
付き合っていたら、いつの間にか、レイヨがキラキラとピンク色の輝くオーラに包まれて見えるようになっていた。彼が映る視界には胸がドキドキときめく光の御簾が掛かっていたのだ。
けれども、それが一気に消え失せた感じだ。
まるでフィルターを通して見ていたかのよう。
フィルターが破れたら恋も破れた。
あれほど素敵に見えたレイヨが非常にみすぼらしく見える。
幻滅だ。
『幻が滅するから“幻滅”』と国語の勉強もできた。ありがたくはないが。
それと同時に心臓をドキドキさせていた慕情も消え失せた。胸にポッカリ穴が空いたかのような空虚が心に途方もない衝撃を与えている。
「どうしてレイヨのことが好きだったの? 嘘つきで、貧弱で、根性なしで、いいとこないよ?」
1つ、1つ、欠点を挙げ連ねて麗人は嗤う。
「だって、彼は顔がイイのよ!」
幻想にケチをつけられて怒ったのか、乙女は絶叫する。
「汚いのはキライ! ヒゲにゴミや食べかすをつけて! 臭うし! 汚いし! ゴツくて不潔な男が嫌なの! キレイで清潔なヒトがいいの!」
ついに本音を叫んでしまった。
「あぁ、やっぱりそうなのか……」
「若い女性は汚くて臭くてゴツい男が嫌いなんだ」
「女顔の男がモテるわけだぜ」
周囲の醜男達から絶望の深いため息が漏れる。
「そうか。それで女顔の男が好きになったんだね。そして、そんな奴はめったにいないからレイヨを選んだ、と。でも、それなら……」
これまたアスタはニヤリ嗤う。
「女顔の女を好きになればいい☆」
発想のコペルニクス的大転換。サラリと意外すぎる解答を示す。
「えっ!?」
ヒルッカは唖然とする。
なるほど、確かに女顔の男は稀少だが、女顔の女なら当たり前にいる。
次の恋人もかんたんに見つかるだろう。もう悩む必要もない。
「でも! 女性同性愛は禁忌です! 神が許してくれません!」
乙女は悲しげに叫ぶ。
光明神ブジュッミは人口を頼みに光明教団を発展させてきた。そのため、『産めよ、殖やせよ、地に満てよ』と出産を標榜している。それで人口の増加に寄与しない同性愛を忌避しているのだ。
しかし。
「ボクが許す。好きなだけ女の子同士で愛を育みたまい」
相変わらず、訛っているが、アスタは平然と許可する。
「えぇーっ!?」
衝撃的な言葉だ。あまりと言えばあまりのことにヒルッカはのけぞってしまう。
神が恐ろしくないのか。
それでなくとも光明神ブジュッミは人間を罰したがる、傲慢で強烈な神なのに。
誰もいないところで囁かれた独り言や酒場の隅で叩かれた愚痴ならともかく、これだけ大勢の前で発言して捨て置かれるはずがない。必ずや、天罰が下ることだろう。
だが、さすがは紫の大聖女。不敵な笑みを浮かべ、アスタは眉1つ動かさない。
「光明神などカナブン未満。恐るるに足らないね。アイツが何か言ってきたらボクに言いつければいいよ」
恐るべき豊乳を揺らしながら、ふんぞり返って自信満々。堂々と言い放つ。
「「「「おぉぉぉーーっ!!」」」
周囲の人々から驚きの声が沸き起こる。
瓦礫街リュッダはとりわけ光明教団の勢力が強い。領主の信仰が篤く、かなりの予算が振り分けられているくらいだ。
だから、公共の場で光の神を批判することは大いにはばかられる。
こうして大勢のいる前で神を侮辱したりすればどんな天罰が下されるか。
恐ろしい。
とてつもなく恐ろしい。
人々は天を仰ぎ、いつ雷が落ちてくるかと戦々恐々だ。
けれども、何も起きない。
初夏の青空は青いままで暗雲が漂ってこないのだ。
「あ……」
「えーっと……」
「どういうことかしら」
人々は大いに当惑している。
金髪妖精人のナンシーと享楽神オヨシノイドも立ち尽くしていた。
「あー、そりゃあ、ねぇ」
「当然…よ。ねぇ」
エルフと女神は似たような言葉しか口にできない。
“紫の大聖女”ことアスタの正体は恐るべき超巨大ドラゴン暁光帝。豊乳の、優しげな麗人の姿をしているものの、かつて、いにしえの昔、神殺しの偉業を成し遂げた暁の女帝様ご本人である。
地上から神々が逃げ出すことになった事件の元凶そのものなのだ。
今では神々が名前を口にすることさえも恐れるようになり、声を潜めて“彼女”としか呼ばなくなってしまっている。
「彼女が言うんなら神々も文句はつけないわ」
ナンシーはつぶやく。
「あー、それはそうだけど、理由が違うわよ。ここは私の縄張りだからね」
もはや、女神らしい尊大な口ぶりで飾ることもやめて、オヨシノイドが説明する。
“縄張り”とは本音まんまだが、享楽教団の管理する土地は享楽神オヨシノイドの場所だ。暁光帝の友達である女神に一目も二目も置いている神々は口出しを控えているのだ。
とりわけ、膺懲された光明神にとっては彼女が心的外傷になっていて非常に及び腰である。
天罰を落とすどころか、なるべくオヨシノイド神殿に関わりたくないのだろう。
実際、天空は晴れ渡ったまま、雷雲は影すら見えぬ。
空を仰いでいた乙女ヒルッカは気を取り直してアスタを見つめる。
相変わらず、麗人は自信満々で動じる気配が微塵もない。
「さすがは紫の大聖女様……」
この御方は光の神よりも偉大なのではないか、実は真のお姿を隠しているだけではないか、本当は強大な女神の化身なのではないか、色々な思いが心中を交錯する。
「わかりました。これから私は女の人を恋い慕うことに致します」
決意して。
「そして、これからは光の神への信仰を棄てて女神オヨシノイド様に祈りを捧げる所存です」
はっきりと声に出して棄教を宣言する。
光明教団は一神教を掲げていて、光明神自身が『我の他に神は無し』と明言している。彼らの唱える『同性愛は悪』という主張に逆らう以上、もはや、信仰を捨てるしかない。
ブジュッミの他に神を認め、祈るのだから。
この場に光明教団の関係者がいたらさぞかし臍を噛んでいたことだろう。一神教は強力な信仰だが、鷹揚さに欠けるきらいがあり、こういう場面でしばしば信者を失ってしまう。
「うむ。大変、結構。オヨシャ、キミの神殿で同性婚と同性間の出産を扱っていたよね?」
アスタはにっこり微笑んで後のことを友人におっかぶせる。
「あっ…うん。諸々、承知。貴女、こちらへ」
一瞬、唖然としたが、『まぁ、いつものことか』と了解しているオヨシノイドが乙女ヒルッカを連れて行く。
去り際に『何で女神の私が…』と小声でこぼした愚痴をナンシーは聞き逃さない。
「女神様も付き合い大変なんだー……」
つぶやく。
『いや、友達が暁光帝じゃ、理不尽の2つや3つはあるだろう』と推し量る。否、4つや5つあってもおかしくない。
もともと、享楽教団は同性愛に力を入れていて、芝居小屋の運営や関連書籍の出版も手掛けている。女神から賜った“魔法の子宮”なるマジックアイテムで同性間の配偶手段も信者に提供しているらしい。
もっとも、その辺は当の女神様ご本人がついているのだから問題ないだろう。
「はい! よろしくお願いします☆」
元気よくついて行く乙女の表情は明るい。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
凶悪な能力や魔法をてんこ盛りの超巨大ドラゴン、我らが主人公♀暁光帝ですが……
嘘が吐けません\(^o^)/
だから、人間が嘘を吐く姿を観て面白がっています。
とりわけ、自分を騙すという離れ業に注目している模様。
今回は嘘つきの嘘を暴き、乙女を幸せへと導きました。
ついでに同性愛を禁忌とする光の神に嫌がらせwwww
同性愛を禁忌とする中世ヨーロッパの宗教文化はおそらく人口を国勢と考えざるを得ない環境がもたらしたものでしょう。
同性愛は「産めよ、増やせよ、地に満てよ」という人口増加を奨励する政策にとって邪魔ですからね。
そこで『ソドムとゴモラの伝説』、神様の話まで持ち出して禁忌にしようとやっきになっていたわけです。
その点、比較的に緯度の低く温暖湿潤で米作が盛んな日本では為政者が人口増加にあまりこだわらなかったから同性愛について規制を設けなかったってなところでしょうね。
でも、やおいのお姉様方は“禁断の恋”ってテーマが大好きだから近代ヨーロッパを舞台にした同性愛♂☓♂文化の作品をこよなく愛した…『風と木の詩』とかですね。
『ポーの一族』は…小生も愛読していたんですが、う〜〜ん、ヤオイ漫画の走りってことでいいんでしょうかね。
微妙に違う気もしますが(^_^;)
我が国における百合文化は戦前のドイツ映画『制服の処女』や吉屋信子の少女小説『花物語』から始まりましたが、戦争が始まると日本政府も「産めよ、増やせよ、地に満てよ」路線に転向、とにかく人口を増やそうと百合文化の規制を始めました。
その影響が長く続き、やおい文化に追い抜かれてしまい、コミケで『風と木の詩』の同人誌が盛況なのに…と横目で眺める機関が長らく続き。
あ、『くりぃむレモン2〜今夜はハードコア〜』とか、『戦え!イクサー1』とか、『プロジェクトA子』とか、多少の盛り上がりはありましたよ。
いや、瞬間風速ですけどね(^_^;)
ようやく本格的に百合が復興したのは『マリア様がみてる』からですね。
でも、今度は『マリア様がみてる』の“スール制度”が百合作品の世界観デフォルト装備になってしまい、これまた紆余曲折。
これをぶち壊したのが『桜Trick』ですね。
神聖にして尊い♀×♀キスを大量生産し、それまでの百合作品に絡みついていた「何が何でも“スール制度”を入れとかなければならない」ってゆー呪いをぶっ飛ばしてくれました。
…
……
………
ええ、まぁ、それじゃ、拙著『人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ_〜暁光帝、降りる〜』が十分に百合ってるかと言われてしまうと厳しいものがありますけどね。
ひとえに主人公♀の暁光帝に恋愛能力がないのが問題www
まぁ、うちはともかく今期アニメは『転生王女と天才令嬢の魔法革命 』『お兄ちゃんはおしまい』『英雄王、武を極めるため転生す』、『あやかしトライアングル』、『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』と百合作品が豊作♪
トランスジェンダー♀×♀作品を百合に含まれるか否かは議論の余地がありますが。
一口に性転換“トランスジェンダー”と言ってもどこまで変化しているかで違います。
単純に宦官やカストラートを性転換とする作品もあれば、サイボーグなどの機械化、そして、細胞単位で性別を変化させた作品もあり。
また、性自認で「自分は♀だ」という意識まで変化したタイプとあくまでも「自分は♂だ」と考えるタイプまで様々です。
でも、まぁ、小生は全部好きなのでwwww
自分じゃ描けませんしね。
TSモノはほぼ読む専門です(^_^;)
さて、そういうわけで次回は『やっつけた色男が泣いているね。じゃあ、そうだね、暁光帝がとっておきの魔法を使ってあげるよ。』です。
請う、ご期待!




