強敵、現る! 何、暁光帝? このオレ様に任せておけ! オレ様こそはチンピラエリートなのだ!
何か、施療院で人々を救済していたら“紫の聖女”と崇められるようになった、我らが主人公、暁光帝♀です。
これもエラいんだから仕方ないとふんぞり返っていたら何か大変なことになったらしい。
何やら、挑んでくるバカが現れたようです。
自殺志願者かな?
でも、それが実はチンピラというものだとわかって……
「ついにチンピラに絡まれるのか」とワクワクしています。
さぁ、どうなるのでしょう。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
大通りから路地裏に入り、奥まったところにあばら家がある。
破れた窓に腐った板壁がみすぼらしい、貧民窟でも廃屋に近い建物なのだが、複数の人間が住んでいる。
隠れ住む者らは瓦礫街リュッダでも最下層の住人。
三下である。
あばら家に住まう2人、老いたチンピラと若いチンピラは互いに難しい顔をして見つめ合っていた。
「今日も見て来ました。キラキラの金貨を拝んでも動こうとしない、あいつら、タマ無しの腰抜けです」
憤懣やる方ない。
金髪で青い目の若者は鼻も高く眉もスッキリした二重目蓋で容姿はなかなかによい。けれども、顔つきから小ズルくてひん曲がった性根がにじみ出てしまっている。
生まれも育ちも悪くないのに歪んでしまった、名家の嫡男だった男だ。
廃嫡され、名家の跡取りから除かれた人間にも普通はそれなりの価値があるものだ。
しかし、この若者は違う。
性根が歪みきっていて、他人を見下し、家名を笠に着てやりたい放題の穀潰しだったから、完全に見放されて誰からも面倒を見てもらえなくなったのだ。
『こんな奴は売り物にならない』と奴隷商人からも匙を投げられるほどに筋金入りのクズ野郎である。口ばかり達者で実力もないから、盗賊団でさえ見向きもしない。社会のあらゆる階層から見捨てられ、その結果、チンピラに落ちぶれたのである。
「うむ。嘆かわしいことじゃ。そこに分不相応のカネを持った小娘がいるのに放置するとはチンピラの風上にも置けん」
老人はため息を吐く。
一見、最近の至らない若者を嘆いているように見えるが、被害者にひるんで悪行に及ばないチンピラを罵っているのだ。
老いても性根がネジ曲がったままで、老人の方こそ嘆かわしいとそしられるべきだろう。
「チンピラ長老、かくなる上はオレが立ちます!」
「立つか、マルティーノ・サヴェッリ。チンピラエリートのお主が立てば皆が刮目するであろう」
老人と若者は見つめ合い、互いに気合を入れる。
「もはや、この町にチンピラエリートはお主ひとり。お主がやらねば誰がやる?…という状況なのじゃ」
「はい! 皆の気持ちが折れる前に! オレが気概っつーモンを見せつけてやります!」
自分達しかいないあばら家で2人はやたら声を張り上げる。
他に誰もいないのだが、声に出せば互いが聞ける。
そうすればなんとなくかっこいいのだ。
****************************
碧中海の周辺諸国には身分制が布かれている。厳しかったり、緩やかだったり、多様性はあるものの、ほとんどの国家が採用している。
それはダヴァノハウ暗黒大陸やメヘルガル亜大陸も変わらない。
もちろん、遅れた国や進んだ国の違いで若干の差異はあるが、身分制のない国は珍しく、例外は商業国家ポイニクス連合くらいのものである。
それは封建制の秩序を維持するために必要であり、乱す者は罰せられる。
身分制は国家の構成員をそれぞれの生まれから来る“身分”で分ける。
最上位が神職であり、国家の精神的支柱を担う。その下に王族や貴族が続き、実際に国家を運営する組織の実体となる。更にその下に納税の義務を負う市民がいて、役人や兵士、農民、商人など様々だ。
市民よりも身分が低い自由民は納税の義務を負わないのではなく、定住してなかったり、貧しすぎたり、そもそも現金収入がなかったり、収入を把握しづらいなど、色々な理由で納税者になれない者達のことだ。
市民と自由民を合わせて“平民”と言う。
けれども、自由民は納税も徴兵の義務もない代わりに、公平な裁判を受けることも訴えを起こすことも認められない。公共のサービスを受けられないのだ。
この辺が同じ平民でも市民と違う自由民だ。
もっとも、収入が不安定である代わりに気楽に生きられるので良し悪しだろう。
それに地方の村落は貨幣経済が未発達なので、現金収入が少ないことがさほど生活を困らせるものでもない。
冒険者の多くがこの自由民の層に含まれる。
腕っぷしを頼りに身一つで稼ぐ冒険者は多様性に富むが、荒事を生業とするだけあって普通の住民からなめられるようなことはめったにない。
もちろん、高ランクの冒険者ともなれば家を持ち、収入も多いから、市民権を買う者も出てくる。彼らは個人でありながら、戦時下の戦力として数えられるほどに強いこともあり、国家もぞんざいには扱えない。
それなら高ランク冒険者を市民に取り立てて徴税と徴兵の義務を押しつけてしまった方が国家にとっても得なのである。
同じ自由民と言っても様々なのだ。
職業で言えば、自分で食糧を作れる百姓や漁師&猟師、商売で儲ける商人、その商人に商品を卸す職人はしたたかで自立している。
彼らもまた成功すれば豪農や豪商、名工になって更に身分を上げられる、すなわち、出世できる。
もっとも、それには並外れた努力だけでなく、幸運も必要であり、楽なことではないが。
文明の進んだ、碧中海の沿岸諸国で身分制はある程度の柔軟性を持っていて、各層の間の流動性はそれなりに保たれていると言えよう。
自由民が市民権を買って出世することも不可能ではないのだ。
では、自由民が国家の最下層なのだろうか。
いや、奴隷や乞食がいる。
上流階級の金持ちからはしばしば誤解され、ヒト奴隷は最下層の住人だと思われている。彼らからすれば身近なヒト奴隷はみじめでみすぼらしい生活を送っているように見えるものの、実のところ、当の金持ち自身が衣食住を担保して働かせているのだ。
ヒト奴隷はずばり、“高価な家畜”である。
彼らが卑しい存在であることは事実だが、粗末に扱うわけにはいかない。それで病気に罹らせたり、怪我を負わせれば主人の損失になってしまうからだ。
芝居小屋で演じられる絵空事の中では冷酷な悪党が『奴隷の代わりなどいくらでもおるわ!』と虐待するシーンがしばしば見られる。だが、“高価な家畜”であるヒト奴隷をそんな風に扱う奴はめったにいない。
“浪費”、すなわち、“無駄遣い”は絶対悪であり、とりわけ金持ちが嫌う行為だ。家庭内であってもヒト奴隷を粗末に扱うような人物は嫌われるし、人前でやってしまえば評判に関わる。
名家の子弟が『言うことを聞かないから』とヒト奴隷を鞭打つことは当たり前であり、義務である。しかし、『態度がムカつくから』と殴りつけたら自分が責められ、鞭打たれてしまう。そんな理由でヒト奴隷を傷つけることは無駄遣いであり、浪費する奴は金持ちになれないからだ。
“卑しい奴隷”という言葉は真実を表しているが、彼らヒト奴隷が“高価な家畜”であることもまた真実なのだ。
『あいつはヒト奴隷を粗末に扱う奴だ』は『あいつは浪費家だ』と言われることと同義であり、商売に直接的な悪影響が生じてしまう。具体的には『カネの使い方を知らない奴には貸せない』と融資を断られてしまう可能性につながるのだ。
それは資金の枯渇につながる、重大な死活問題である。
また、有能で忠実なヒト奴隷は重宝される。
彼らは人間として扱われない。忠犬や軍馬と同じ。
けれども、忠犬や軍馬が大切にされるのと同じで下手な部下よりも重宝される。
それ故、ヒト奴隷であってもそれなりに扱われるのだ。
飢えることのないよう主人から食べ物をもらい、身体を壊せば治療してもらえる上に理不尽な汚名は主人が雪いでくれる。
その待遇、その生活環境、その名誉が下手な自由民よりもずっと上であることすら稀ではない。
それにヒト奴隷は意外とかんたんに逃げ出せる。
ヒト奴隷は死ぬまでヒト奴隷のままでいなければならないという決まりこそあるが、そんな決まりがどれだけ効力を持つというのか。
鉱山や大農場で監視付きで働かせるならいざ知らず、奴隷使いだって専門職であり、安くは雇えない。だから、監視のない、一般家庭なら隙を伺う必要もなく逃げ出せる。
仕事がきつくてまともに食べさせてもらえなければヒト奴隷だって逃げ出してしまう。そのまま、自由民の間に紛れ込んでしまえばもうお終いだ。
その後に。
見つけ出す苦労をかけて。
捕まえて連れ戻す苦労をかけて。
そこまで苦労して取り戻したヒト奴隷は逃げ癖があって。
いつまた逃げるかわからないわけで。
主人はもう嘆くしかない。
だから、逃亡ヒト奴隷をわざわざ費用をかけて探す主人はいないのだ。
ヒト奴隷は“高価な家畜”である。
逃げられたら家族でしょんぼり夕飯を囲み。
『お腹がくちくなるまで食べさせられなかったのかしら』と母親が泣いて。
『次はもっと大切にしよう』と父親が反省し。
『もうカネを払ってちゃんとした召使いを雇おうよ』と子供達が意見して。
家族は暗い気持ちで夕食を食べ終える。
それが現実なのだ。
彼らは衣食住を与えられる代わりに自分を売り渡して無給で働く。ヒト奴隷がヒト奴隷で有り続ける理由はそういう精神性による。
それこそが“奴隷根性”というもの。
だから、卑しい。
だから、“高価な家畜”なのである。
また、ヒト奴隷との色恋沙汰は最も重大な禁忌である。
それは口にすることはおろか、考えることすら忌避される。
ヒト奴隷は“高価な家畜”なのだから。
もしも、万が一、主人がヒト奴隷に手を出したしまったら?
最悪である。
『あいつは家畜と交わった』という、もはや、これ以下が存在しない、最低の悪評が立ってしまうのだ。
そうなればもう人間扱いしてもらえなくなる。
自分自身がヒト奴隷に落ちぶれてしまう。
だから、男女の別なく、主家の家人はヒト奴隷との間に一線を引く。
引かざるを得ないのだ。
また、犬人奴隷については言うに及ばず。
ぬいぐるみのように愛らしい、愛玩動物のコボルト奴隷を虐待すれば商売に悪影響が出るどころの話ではない。人間として呆れられ、見捨てられてしまう。
『自分のコボルトを殴るような奴』という表現は“最低のクズ野郎”を意味する。そんな噂が立てば有力者であっても離婚されるし、盗賊団の首領であっても手下から見放される。
犬と違ってヒトと同じくらい寿命の長いコボルトは多くの場合、主人と一緒に育ち、決して裏切らない姉妹兄弟のようなものだ。それ故、冷酷な人間であっても、否、冷酷な人間ほど自分のコボルト奴隷を大切にするものだ。
そして、乞食。
『右や左のだんな様、哀れな乞食にお恵みを』の決まり文句でおなじみの職業だ。
職業、そう、“職業”なのだ。
彼らの多くは腕や足を欠いていたり、盲ていたり、体の一部に色々不具合を抱えている…ように見える。けれども、治してもらおうとはしない。そう見せかけているだけで実は身体の故障などなかったりもする。
乞食は哀れな姿で同情を誘い、金銭や食べ物をもらう代わりに相手を優越感に浸らせる、一種の芸人だったなどということもしばしばあるのだ。
だから、町によっては“乞食ギルド”なんてものがあって、それぞれのメンバーが互いの縄張りを侵さないように物乞いを営んでいる。
そんな彼らが孤児の面倒を見ながら、その子供達にもまた物乞いをやらせていたりもする。だから、“乞食”は軽んじられるべきでない立派な職業なのかもしれない。
実際、一流の乞食は一定の現金収入と貯えがあって自給自足の農民よりもよほど貨幣経済に組み込まれているのだ。
では、国家の最下層にいるのは何か。
それは三下である。
上流階級の金持ちはしばしばチンピラが冒険者になれなかった落ちこぼれだと考える。
けれども、違う。
ヒト奴隷にもなれなかった半端者こそがチンピラになるのである。だいたい、そんな連中が自由を尊ぶ冒険者であったはずがない。
そもそも、冒険者は戦えない住民に代わって幻獣から町を守るのだ。それ故、街中でも帯刀して魔法を使うことが認められている。
子供や病人、気の弱い人物などを脅してカネを集るしか能のないチンピラが幻獣に敵うはずがない。また、そんなチンピラが冒険者を騙って乱暴狼藉を働くような真似も冒険者ギルドが許すことは絶対にないのだ。
もちろん、行いの良くない冒険者はいるし、そういう連中が暴力を振るうことはある。けれども、そんな不行跡が許されるのは仲間内だけだ。冒険者でない、住民に暴力を振るったとわかれば冒険者登録を取り消されてしまうばかりか、粛清の対象にされてしまうことさえある。
当たり前だが、冒険者ギルドに来てくれる依頼人は一般の住民、すなわち、“お客様”であり、そんな方々に不安を覚えさせるような行状は断じて許されないのだ。
チンピラは乱暴者だからしばしば武装していて、時には刃物を抜いて狼藉に及ぶこともあるが、冒険者ギルドの中でそんな真似をすればその場で取り押さえられてしまう。
チンピラの格好は下級冒険者とあまり変わらないので、冒険者ギルドにとっては頭の痛い問題である。
たとえば、乞食に面倒を見てもらっていた子供が長ずるにつれて客の同情を買えなくなったり。
たとえば、職人の子供でありながら不器用で技術を身に着けられなかったり。
たとえば、商家に生まれたのに浪費癖があったり、算術が苦手だったり。
たとえば、名家の嫡子が才能に見合わぬほどの高いプライドを持ってしまったり。
たとえば、盗賊団で育ったのに体躯に恵まれず、ひ弱で根性もなかったり。
たとえば、幼くして家族を失った孤児が歪んで育ったり。
理由は様々であるものの、社会に適応できない子供がいる。
それでも紆余曲折して別の職業に就き、自立できたら幸せだ。自立できなくても親戚なり友人なりに面倒を見てもらえるのなら幸せになれるだろう。
それさえ、見込めなかったらどうなるのか。
もう行き倒れて死ぬしかないのか。
いや、いや、最後の最後、奴隷になるという手段がある。
しかし、奴隷商人も慈善事業をやってるわけではない。
素直で正直な働き者の奴隷なら一生の面倒を見てくれるような主人に売れるだろうが。
反抗的な嘘つきの怠け者は奴隷商人も買い取らない。
まともな仕事が続かずに逃げ出した奴は売れないのだ。
それ故、総じてチンピラは反抗的な嘘つきの怠け者である。
せめて、素直なら。
せめて、正直なら。
せめて、働き者なら。
奴隷商人は売り先を見つけられるのだから。
言うことを聞かない、嘘を吐いてすぐに怠けたがる奴隷なんて買い手だって欲しくない。その上、頼んだ仕事を放り出して逃げ出されたらもう探して連れ戻す手間の方が大変だ。
だから、チンピラは最低なのだ。
誰からも顧みられず、誰も面倒を見てくれない、社会の害悪、ゴミクズである。
子供には親がいる。
奴隷には主人がいる。
農民には同じ村の村人がいる。
職人には組合がある。
冒険者には仲間がいる。
盗人にだって盗賊団がついている。
名誉を汚されたり、不法に傷つけられれば誰かが助けてくれる。
そんな助けてくれる誰かがチンピラにはいない。
つまり、孤独で役立たずの穀潰しである。
ちなみに、子供やヒト奴隷を脅したチンピラを冒険者がぶちのめしても罪に問われない。
これもまたチンピラが社会の最下層の住人であることを証明していると言えよう。
そして、今、一人のチンピラが挑む。
恐るべき超巨大ドラゴン暁光帝に。
はてさて、どうなることやら。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
はい。今回、暁光帝♀はお休みです。
何か、チンピラの生態を考えていたらそっちばかり増えてしまいました(^_^;)
チンピラ…ネット小説ではおなじみの便利な雑魚キャラですね。
で、本作品にも登場させようかと思っていたのですが、考えれば考えるほど出番がない。
日本から異世界転生した、あまり目立ちたくない主人公なら絡まれることもあると思うんですよ。
そりゃ、日本人なんてたくましい異世界人からしたらなよっちくていいカモに見えるだろうし。
でも、うちの暁光帝♀は明らかに異質(>_<)
人間ってのはやっぱり用心深い動物なのです。
見慣れないものに対しては強い警戒心が働く。
金属光沢に輝く紫色のロングヘアーを自由自在に操る人間を見て近づこうとは思いません。
むしろ、恐れて逃げていくことでしょう。
だから、並のチンピラじゃ、歯が立たない。
よりバカな、より恐れ知らずの、究極のチンピラが必要です。
で、今回、登場したのがチンピラエリート、マルティーノ・サヴェッリですね。
いや、もう姓を失っているので只のマルティーノですが。
こいつが、どう絡んでくるのやら。
さて、そういうわけで次回は『ボクの仕事? 観光かな。えっ、それは仕事じゃないって? んー、普段は暁光帝やってるからね。』です。
請う、ご期待!




