幼女の爆弾発言に女神が驚いています。えっ? 怪物の群れならもう暁光帝が追っ払いましたよ。
上機嫌の我らが主人公♀暁光帝が龍の巫女クレメンティーナを紹介したら、幼女を見た女神がびっくり仰天していました。
全身の肉体が魔力で構成されていて体内に魔石もある、完全に幻獣と化していたからです。
暁光帝♀は魔法を使わずに幼女を竜の巫女に変化させたと言っていて、女神はもう驚くしかありません。
人間で言えばメスも鉗子もなしに人間をサイボーグに改造したみたいな話ですから。
そりゃ、暁光帝♀の非常識さに驚くと同時に呆れ返ります。
そんな幼女クレメンティーナがとんでもないことを言い出しました。
さぁ、どんな事件が起きたのでしょう?
お楽しみください。
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オヨシノイド施療院の庭には大勢の貧しい人々が炊き出しや治療の魔法を求めて集まっている。
貧民窟で暮らす彼らは本来、行儀はよくないし、おとなしくもない。
しかし、女司祭や聖女達が楽しげに語り合っているところへ口を突っ込むほど愚かでもない。
偉いヒトが偉いのは怒らせると面倒だからだ。その事実こそが権威であり、権威は権力を裏打ちする。
この街の有力者は貴族の関係者と大商人と神職だ。とりわけ神職は背後に神様がいるからとても厄介な権力を持つ。
そして、女司祭も聖女も神職であり、物凄く偉い。
それ故、貧民達は紫の聖女とその従者らしい幼女も含めて尊重することにしたのだ。
人々は楽しげに語り合う女性達から離れて会話が終わるのをおとなしく待つのだった。
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幼女の言葉は強烈な衝撃を持って受け止められた。
「えっ!? えぇぇっ! 千頭も!?」
享楽神オヨシノイドは腰が抜けるほど驚く。
異形妖族の群れは手強い。侵攻される前ならともかく、街に入られてからでは自分の神力でも厳しくなる。神は人間と関わる状況下では行動を制限されてしまうからだ。
ましてや、街の防衛力だけでは到底、対処しきれない。
常識的に考えれば、大勢の市民が殺され、あちこちで悲鳴が上がっているはずだ。
一瞬、どうして瓦礫街リュッダが今も無事なのかと不思議に思ったものの、アスタを見てすぐに気持ちを切り替える。
「あ…あぁ…貴女がいたものね。そりゃ、フォモール族の千頭なんて蹴散らされてお終いだわ……」
千頭が1万頭でも同じだろう。
人間の姿をしていても暁の女帝様は例えようもなく強大なのだ。どうせ、あっという間に蹴散らしてしまったに違いない。
そんなことよりも気になることがある。
「異形妖族か……」
その名のとおり、獣や魚の要素と取り込んで人間からかけ離れた異形の幻獣である。
大熊の腹に中年男の顔が付いていて前足がカニのハサミになっている奴とか、灰色の肌で頭が2つあって連接棍棒を振り回して暴れる奴とか、とにかく恐ろしくておぞましい化け物ばかりだ。
巨人の一種で力が強く、魔法を使うこともあり、冒険者ギルドでは“5番手の梅”にランク付けされている。それは中級の冒険者がパーティーを組んで対応する必要があるということだ。
しかも幻獣にしては珍しく社会性があり、集団で行動することもある。
今回もそういうことだったのだろうが、それにしても大規模に過ぎる。
千頭の化け物に大軍で侵入されたらリュッダ軍では対応できない。旧友が介入してくれなかったら、間違いなく街は壊滅していただろう。反攻も難しく、組織的な抵抗は数日で潰されていたはずだ。
実際に侵入されてしまったわけで、戦術としては飽和攻撃の規模に該当する。
非常に不自然だ。
フォモール族は敵対的な幻獣だが、乙種二類に分類される。その意味するところは言葉による対話が不可能で魔女化け物連盟に加盟していないということだ。つまり、その価値観や思考は普通の幻獣とも異なる。そんな奴らが人間の街に大勢で侵攻してくるなんて真似をするとは考えにくい。
従って、何らかの特別な要因がなければフォモール族が千頭もの大軍で襲来するはずがないのだ。
それこそ暁光帝が海水浴場にいてくれたことこそ思いがけぬ幸運、僥倖と言えよう。
暁の女帝様がそこにいたことはたまたま、すなわち、純然たる偶然である。そして、偶然が2つ同時に起きる確率は無視できるほどに小さい。
フォモール族の軍団がそこを襲ったことは偶然ではないことになる。
「何者かが怪物の集団をその時、その場所に誘導したんだわ」
オヨシノイドは考えを巡らせる。
もちろん、海水浴場にいたアスタがフォモール族を刺激した可能性も一応、考えられなくもない。
けれども、それはありえない。
なぜなら、どれだけ価値観が特殊であっても暁光帝に襲いかかるほどに愚かな幻獣など考えられないからだ。
何者かが海底に棲むフォモール族を煽って海水浴場を襲わせたに違いない。
誰がそんなことを企んだのか。
企てがくじかれた今、その誰かは何を思うのか。
これから何をしようと企んでいるのか。
「はっきりわかっていることは瓦礫街リュッダに何者かの悪意が存在して脅威が迫っているってことよ」
明言する。
千頭のフォモール族は街を滅ぼすに足る兵力だ。
街を守る火竜やオヨシノイド自身の神力が介入すれば別だろうが、それらを当てにするわけには行かない。火竜は気まぐれだし、女神は人間社会に介入することを制限されているからだ。
誰が何をしようとしているのか。
全て不明だ。
女神の眼を以てしても全てが見通せるわけではない。
それこそアスタの時間魔法なら全てを明らかにできるだろうが。
「アスタはフォモール軍団について何か気がついたことはない?」
旧友の性格を考えると当てにできない。でも、もしかしたらと女神は期待を込めて見つめる。
「うむぅ、フォモール族ねぇ…えーっと、やってきた連中は最初が4頭で次が1025頭だったよ。だから、合計1029頭で……」
「敵の勢力を正確に数えることは重要ね。貴女はよく観察しているわ」
アスタの発言を注意深く聞くふりをしながら褒める。とにかく、褒める。
旧友のことはよく理解しているのだ。
そして、思う。
『“やってきた連中”であって“襲来した軍団”ではないのだ』、と。
やはり、街に迫った恐るべき脅威もアスタから見れば羽虫の群れくらいにしか思われていないのである。
「ハァ…」
思わず、ため息が漏れてしまう。
けれども、褒められて上機嫌の旧友は続ける。
「うむ。ボクは偉いからね。それで観察した結果を考察すると連中の頭数の1029は3掛ける7掛ける7掛ける7に等しい合成数だよ。あまり面白くはないね」
分析した結果、否、いみじくも定量的な調査だから解析した結果ということになるか。
「…」
ニコニコ顔の麗人はそこまで喋ってから口をつぐんだままだ。
「えーっと…アスタ。その…他には何かない? フォモール軍団が何者かに率いられていたとか、戦略目標が何だったかとか?」
当惑気味に女神が尋ねる。
「ボクの話はお終いだよ。これくらいしかないね」
にっこり微笑む。
麗人の解析結果は恐ろしく短かい。
フォモール族の数を素因数分解すると『1029=3×7³』になる。
追加の情報は皆無。
只、それだけだった。
「あ…あぁ、そぉ……」
口をポカンと開けたまま、閉じられない享楽神だ。
素因数分解しなくてもいいんじゃないかとか、けったいな計算よりもフォモール軍団の作戦行動について考えてほしかったとか、オヨシノイドは色々考えたものの、とりあえず呑み込んでおく。
やはり、アスタにとっては強大なフォモール軍団もウミケムシ未満の何かにしか見えなかったらしい。
「えーっと……」
困惑しながら他のメンバーを見渡す。
人化したニュムペーのジュリエット、同じく人化したユニコーンのポーリーヌ、そして、龍の巫女のクレメンティーナだ。
「はぁ……」
自然とため息がこぼれてしまう。
人化としているとは言え、幻獣2頭はフォモール族を脅威と捉えず、龍の巫女は幼女である。期待できそうもない。
そう思って諦めかけていたら。
「フォモールじょくは“まがんのバロール”がつれてきたのでつ。やりかえしゃれづらいかいちゅいよくじょうをねらったことやじゅうぶんなかじゅをあつめていることからおちろをおとちゅつもりだったことがわかるでち」
目の据わった幼女が要点をまとめて答えてくれる。
何ともたどたどしい口調なので聞き取りづらくはあるが。
「ちょくしぇつ、あたちがみたわけではないでち。きんぱつエルフのナンチーしゃんからきいたはなちでち」
伝聞情報であることも付け加えてくれた。
「えっ、凄い……」
幼女があまりにしっかりしているので、オヨシノイドはついつい絶句してしまう。
けれども、町の危機なのだ。驚いてばかりもいられない。
「そぉなんだ……」
補足情報もありがたく、女神は考え込んだ。
不老不死不滅の神々であるが、実態は教会や神殿の謳い文句“全知全能”から程遠い。『竜種をも凌ぐ神力』などと言われてもいるけれど、幻獣と比較されている時点でお察しである。
確かに強大ではあるが、何でも自由にできるわけではなく、とりわけ、町中では神力に制限を掛けられてしまう。
それ故、そんな神々の1柱である女神にとってこういった情報こそが命綱なのだ。
「金髪エルフのナンシー…冒険者ギルドの初代ギルドマスターを務めたエルフで有名パーティー“紫陽花の鏡”のリーダーね」
その名を聞いて確度の高い情報だと判断する。
フォモール族の大軍は魔眼のバロールに率いられていた。
奴らは反撃を受けづらい海水浴場を狙った。
また、大規模な戦力を用意したことから本格的な侵攻であり、瓦礫街リュッダを落とすつもりであったことは明らか。
とりわけ、『魔眼のバロールがフォモール軍団を率いて城に向かっていた』という話は特筆すべき情報だ。
それは軍団に司令官が存在し、フォモール族が事前に立案された作戦に基づいて組織的な行動をしていたことを意味する。
「やはり、何者かが海底に棲む魔眼のバロールに働きかけ、フォモール軍団を瓦礫街リュッダにけしかけたのね」
オヨシノイドは重い口を開き、自分の推測を語る。
「フォモール族の軍隊か…そりゃぁ、人間達にとっては剣呑だろうな」
「街を守る人間達がどういう行動を取るのか、興味深いわぁ」
「おうちまでフォモールじょくがやってきたらぶちのめつけど…まぁ、ちょうやってまってるときにかぎってこないものでち」
「1029からは何ら面白い知見が得られそうにないものの…余分な5を引いて1024にすれば2の10乗で純粋な冪になるよねぇ」
聞かされた幻獣達は口々に感想を語る。
ユニコーンとニュムペーは当然のことながら完全に他人事である。龍の巫女も同じようなものだが、さらに過激で、寄って来たフォモール族をブチのめす気満々だ。アスタに至っては魔眼のバロールがいたことにさえ気づいておらず、奇っ怪な算術に言及するのみである。
「うん、全員が立派に幻獣だわ」
女神はしょんぼり落ち込んだ。
いや、せめてクレメンティーナくらいはもう少し住人の身になって欲しい。
いやいや、いたいけな幼女に自分は何を期待しているのだ。幻獣の群れに襲撃される港湾都市の防衛計画を立案してもらうのか。
幼子にそんなことが期待できるわけがないと少しだけ反省する。
「私としては……」
言い掛けてやめる。
向こうからこちらを眺めている金髪エルフのナンシーと話せばいいのだろうが、女神が瓦礫街リュッダの防衛戦略について人間と相談するわけには行かない。それは神々を縛る絶対の掟、『人間に大規模かつ計画的に干渉してはならない』に触れてしまいかねないからだ。
ただ1柱、神界リゼルザインドを出奔して地上に降り、好き放題しているようにも見える享楽神だが、この法だけは犯すわけには行かない。
暁の女帝と親しい間柄であっても、だ。むしろ、親しいからこそ神々の法律はオヨシノイドを縛っていると言える。
旧友が聞いたら驚くかもしれないが、神々の法律は暁光帝が布いたことになっているのである。
「何ともはや、切れる手札が限られているわねぇ……」
女神自身や火竜を当てに出来ない以上、人間の軍隊に期待するしかない。
ならば、口の1つも利いておきたいものであるが、神々の法律があるのでそれも制限されてしまう。
もどかしいことだ。
「ふむぅ…どうしたものかしら……」
オヨシノイドが思い悩んでいると突然、思いがけない方向から声を掛けられる。
「ねぇ、オヨシャ、もしかして光明神と暗黒神って今でも生きてんの?」
「ん? あぁ、うん。生きてるわよ。ほら、どこぞに隠しておいた分御霊から何とか復活したんだって……あっ!?」
さり気なく尋ねられたから大して考えもせずに答える。
そして、あまりのことに驚いて声を上げてしまう。
尋ねてきた相手がアスタであることに気づいたのだ。
「えっ、あぁ…その、あの……」
女神は焦る、焦る。
いや、まずい。
物凄くまずい。
そもそも闇と光の神々を殺した当の本人、“神殺しの怪物”こと暁の女帝様が2柱が復活したことを知らないとは思わなかった。
それを今、彼女に知られてしまったのだ。自分が質問に答えてしまったことで。
確かに神殺しの偉業の後、2柱の勢力は大きく後退し、神々は地上から去って神界リゼルザインドに引きこもった。けれども、その影響力が全くなくなったわけではない。“神託”という形で神殿や教会、様々な宗教団体へお告げをもたらし、人間の信者と協力して信仰を育んできたのだ。
とりわけ、ここ最近というか、数百年は人間達に影響を及ぼす宗教もずいぶん発展していた。それ故、当然、暁光帝も2柱の復活について何某か聞かされていると思っていたのだ。
しかし、よくよく考えてみればそうでもないと理解できる。
暁の女帝様は日がな一日、年がら年中、朝から晩まで雲上を亜音速で飛び続ける孤高の超巨大ドラゴンである。人魚や海魔女と交流があるものの、付き合いの内容は歌と踊りばかりで、人間には全く関心を示していなかった。著名な吸血鬼や博識な樹木人と語るときも話題は博物学や数学ばかりで哲学や宗教の話には関わらない。
彼女は哲学をつまらない言葉遊びだと忌避する。とりわけ宗教については無関心だ。人間社会で大きな勢力を誇る光明教団ブジュミンドや暗黒教団ゲロマリスに関しても例外ではない。
従って、彼女が2柱の復活を知らなくても当然なのだ。
人間に興味のない暁光帝は神々にも関心を抱かないのである。
ただ1柱、自分、享楽神オヨシノイドを除いて。
「えっ、えーっとぉ……」
女神は内心で焦りまくっている。
享楽神オヨシノイドは名前の通り、愉悦と快楽を司る神である。
その神事は祭り。
信者達を集めて酒宴を開き、酒を飲み、唄って踊って、詩歌を吟じ、遊戯に興じる。
うつむいて生きることを忌避し、厳しい身分制や口うるさい倫理を忌み嫌い、否定する。
何よりも世界を楽しむことを第一義とする。
おおらかで楽しい、神らしからぬ神だ。
それで他の神々から疎まれてきた。
けれども、オヨシノイドは特別な神だ。
それは自分でも理解しているし、他の神々も幻獣も人間も認めている。
神を嫌い、神を殺した“神殺しの怪物”、そんな超巨大ドラゴン暁光帝が唯一、友と認める神なのだ。
これは単純に互いの纏う雰囲気が合うから、付き合っていて楽しいからでしかない。
享楽神が享楽神であるから仲がよいのだ。
しかし、逆に言えば1柱と1頭の交友は他の神々が決して真似のできないことでもある。
この特別な関係が女神オヨシノイドを特別な地位に押し上げている。
何しろ、神界リゼルザインドを治める主神ジーノウはおろか、さらにその上の怠ける大神オルゼゥブからも一目置かれているのである。
それもこれも女神が暁の女帝と親交を結んでいるからに他ならない。
自分を除く全ての神々から“彼女”としか呼ばれない、何よりも畏れられる“神殺しの怪物”、暁光帝。そんな化け物と対等に付き合えるから享楽神オヨシノイドは偉大なのである。
だからこそ、自分を普通の神だとは思わないし、選ばれた特別な存在であることをわきまえている。
羨ましがられるのも、裏切り者とそしられるのも、卑屈に媚びられるのも、褒め称えられるのも、頭がおかしいと思われるのも、全て嫌と言うほど体験した。今更、どうとも思わない。
それ故、自分は世界の裏で働く女神だ。
世界で只、1柱、地上に降りることができる。そして、様々な問題を密かに解決している。
派手に立ち回って目立つと妬む奴やすり寄ってくる奴がいるので地味な裏方に徹しているわけだ。
ここで暁光帝に絡んで厄介な事態に陥りたくはない。
そういうことは何としても避けたいものである。
神界リゼルザインドの秘密を喋ってしまったのではないかという不安が湧いてくる。
暁光帝の方は知らなかったということでいいだろう。
では、神々の方はどうなのだろうか。
「う〜ん、貴女、今まで……」
旧友に尋ねようとして口ごもる。
『神殺しの偉業で暁の女帝に膺懲された2柱の神々が復活していた』ことが、殺した当のご本人に限定して秘密だった。
『絶対に喋ってはいけないこと、知られてはならない』ことだった。
そんなことがあるのだろうか。
いや、ないだろう。
神界リゼルザインドでは光明神ブジュッミも暗黒神ゲローマーも大手を振って歩いている。殺された自分達が実は生きていることを暁光帝から隠そうなど、素振りさえも見せなかった。
第一、それほど秘密にしておきたければ『生きていることを隠してくれ』と真っ先に頼んでくるはずだ。
暁光帝と親しい、この自分に。
それをしてこない理由、動機は何なのか。
「もしや、なあなあで許してもらえたと考えてる?」
現状を説明できる仮説を1つだけ思いつく。
自分を含めて神々は人間と長く交流しているうちに人間のように思考する癖がついてしまっていたようだ。
ある行いが長く続いているうちに何となく曖昧な状態になって、広く許されるようになって、いつの間にか権利として定着してしまう、とか。
「あー!!」
思わず、目を見開き、声を上げてしまう。
駄目だ。
それは駄目だ。
通じない。
絶対に通じない。
旧友のことは十分に理解している。
暁の女帝は自分の下した決断を決して覆さないのだ。
一度決めたことを翻させるには、彼女に対して真っ正面から議論をふっかけ、論破しなければならない。一度下された結論、それと異なる命題を証明しなければならないのである。
融通が利かないどころの話ではない。
いにしえの昔、光明神ブジュッミと暗黒神ゲローマーは自分達が信仰を得るために光と闇の戦いを引き起こし、世界中を大混乱へと巻き込んだ。しかも、それを咎められたのにも関わらず、さらに混乱を煽った。それで神殺しの怪物、超巨大ドラゴン暁光帝を招いてしまったのだ。
その結果、ゲロマリス魔界は悪魔の軍団が蹴散らされて、逃げ惑う魔王が踏み潰されて果てた。神界リゼルザインドに押し入る暁の女帝様に抵抗した天使の軍団もエーテル颶風で吹き飛ばされ、天の門は木っ端微塵に砕かれてしまった。
何もかもがズタズタに破壊され、天使も悪魔も地面に這いつくばったのである。
そして、戦いの原因となった2柱の神々は膺懲された。神殺しの怪物に襲われた2柱の最後は目を覆いたくなるほど無残な死に様だったと言う。
こうして光と闇の戦争は終わった。
永遠不滅の神々が死ぬという事実の前に信者達は恐れおののき、戦争どころではなくなったのだ。
暁の女帝様は最後に『世界に迷惑を掛けるな』と告げて去って行った。
この勅令が後に転じて神々を縛る絶対の掟『人間に大規模かつ計画的に干渉してはならない』につながったのである。様々な神々と信者の人間達が介入して、法律はいろいろな過程を踏んで成立したらしい。要は震え上がった神々が女帝様に忖度して『このくらい気をつければ許してもらえるのではないか』と自分達を戒めた規則なのだ。
冷静に考えるとずいぶんな掟だ。
女神オヨシノイド自身は神々の法律の制定に関わっていない。
あまりにもバカバカしくて付き合い切れなかったからだ。自分を除く神々が神界リゼルザインドに引きこもってからも女神だけは地上に降りて信者と宴を開いていたし。
それでも新たな掟が神々を縛り、おとなしくさせたことは評価している。だから、自分もそれに従うように努めてきたのだ。
今でもその意味と権威は強烈なままだが、神々の受け取り方はずいぶん変わったらしい。
神殺しの偉業が成し遂げられてから久しく、あれから長い時が経っている。それで、すっかり許されたと光と闇、2柱の神々は思っているかもしれない。
だが、永遠を生きる暁光帝には無限の時間がある。
そんな曖昧な理屈で彼女が許してくれるわけがない。
女神が恐る恐る旧友の様子を観察してみれば。
「そっかー…あいつら、生きてたんだ。しっかり殺しておいたのになぁ……」
アスタは自分が始末した2柱の神々について少しだけ考えている。
「ちゃんと殺しとくかな?」
それはこの世でもっとも冒涜的な決断。
神を殺す。
まるで今朝、見かけて潰しておいた毒虫が実は生きていたと気づいたかのような面持ちで、恐るべき結論を下しかける。
しかし。
「ま、いいか」
周囲の人々を見て決める。
このオヨシノイド施療院には大勢の人間が集う。
それが意味するところは『光と闇の戦いは起きていない』ということなのだ。
光明神と暗黒神が信者の取り合いで人間同士を競わせるような事態に陥っていないのなら、神々のことなどどうでもいい。
「まだまだ立派なのが来てるし」
麗人の視線は貧民達の中にちらほら見受けられる胸乳の大きな女性に釘付けだ。
もう神々のことは考えていない。
暁の女帝は忙しいのだ。
遠い昔に殺めた羽虫のことなんぞにいつまでもかまけてはいられない。
「と、は〜……」
アスタの様子を見て、オヨシノイドは呆然としている。
旧友がどうしてそのように判断したのか、さっぱり理解できないのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
いい大人が4人も集まっていて何も決められませんでしたwww
5歳の幼女が一番しっかりしてるっぽいwwww
さて、今回の<<施療院って何? そっかぁ…魔法が使えるのってエライんだー>>の章は次でお終いです。
そういうわけで次回は『金髪エルフが女神と話してます。あれ? 暁光帝が分析されちゃいますか?』です。
今章の最終エピソードをお楽しみください。
請う、ご期待!




