あんまり騒いでいたので施療院の主人が出てきちゃいました。弁解? 別に暁光帝が悪いわけじゃないし、要らないよね〜
世界征服を企む悪のドラゴン暁光帝♀の真の能力が判明しました。
そのあまりと言えばあまりに強大な魔法にナンシーも絶望しています。
もはや、勝ち目はありません。
何たる理不尽!
この世には神も仏もいないんでしょうか。
でも、まだ希望はあります。
ギュディト百卒長が!
怪力無双の巨女が暁光帝♀に立ち向かいます。
さぁ、世界はどうなってしまうのでしょうか。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
興奮の冷めやらぬ民衆はもはや期待が大きくなりすぎて、とにかく病状の重い患者を探している。
紫の聖女様の、アスタの凄さと公平さが知れ渡ったので、もう誰が先に治療してもらうかということがどうでもよくなってしまったのだ。
「俺は右腕と左足がイカれていて口も臭いぞ…でも、言っちゃうとそれだけなんだよなぁ」
「ふぅふぅ…アタシなんて皮膚病で顔の半分が溶けてカビが生えてるわよ」
「アンタなんてまだまだよ! 紫の聖女様なら全部まとめて治しちゃうわ!」
「どっかに両手両足を捥がれてダルマになった奴はいないか? 頭が取れててもいいぞ!」
「それ、もう胴体だけの死体じゃん?」
「あぁ…死骸だって生き返らせるさ! 紫の聖女様は何だってできるんだ!」
「なんてこと言うんだよ! 俺なんてかぁちゃんもとぉちゃんも死んだんだぞ! 生き返らせておくれよ!!」
「うん。それだ。それがいい。お前が紫の聖女様に頼んでみろ。きっと生き返らせてくれるに違ぇねぇ」
「でも、それなら家族がもっとたくさん死んでる奴がいいんじゃないか?」
「そうだ! もっと不幸な奴を探せ!」
「あぁ! 一番、不幸な奴がチャンピオンだ!」
人々が騒ぐ、騒ぐ。
とにかく、紫の聖女の偉業が見たい。
とにかく、紫の聖女の偉大さを実感したい。
そんな願望が募りすぎて、人々が障害の重さを競っている。
より不幸であれば不幸であるほど苦しみを癒やしてもらったときの幸せが大きくなるはずだ。
享楽教団の教えの通り、人々は不幸を忌避して愉悦と快楽を追い求める。
今や、最も不幸な者こそが最も幸福な者になってしまっているのだ。
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陽光を浴びて輝く板札鎧ローリーカ・セグメンタータに身を包み、その姿は勇ましい。何しろ、ヒト族の男が肩までしかないほどの巨女だ。
けれども、黒い肌の美女は口をポカンと開けている。
「ほへぇ〜…“願いを叶える”って、そこまで行くともう回復魔法でも聖魔法でもないですねぇ…子供の時分におとぎ話で聞かされたような魔法ですよ」
軍隊にいるので魔法とは縁が深い。
炎や風を操る強力な精霊魔法、肉体を操作する強化&弱化魔法、様々な魔力を付与して驚異的なマジックアイテムを作り出す邪魔法など、いろいろな魔法を目の当たりにしてきた。訓練や実戦で負傷者も出るから、回復魔法や聖魔法にも自然とくわしくなる。
そして、魔法も万能ではなく、限界があることも思い知らされてきた。
回復術師が匙を投げるほど傷が深ければ退役することもあるし、助けられずに部下を死なせてしまうこともある。
首が折れれば人間は死ぬ。目玉が取れても、手足が捥げても、新たに生えてきたりはしない。これら、重傷に対応できる聖魔法は存在こそするものの、使い手が限られる。
戦場で熟練の回復術師を十分に用意できるはずもなく、残念な結果を迎えてしまい、流した涙は数え切れぬ。
ヒト族は魔法が苦手で魔気容量も小さいことで知られている。自身が回復魔法の超特級魔導師だけに戦友から頼られる機会が多く、魔力切れで苦しむ経験もずいぶん味わった。
魔法が使えても救えない怪我人は大勢いるものなのだ。
ところが、紫の髪の麗人はそんな重傷者を治してしまった。
たやすく。
完璧に。
しかも、呪文さえ唱えずに。
ついでに言えば、魔法陣も描かなかったし。
「もしや、“完全なる回復”?」
伝説に謳われる大魔法を思い出す。かつて、誰も使えたことがないという、究極の回復魔法だ。神々にしか使えない奇蹟の類と言われているが、もしかするとアスタになら使えてしまうのかもしれない。
しかし、如何にプレナ・レクペラティオと言えども老化まで治療できるのだろうか。
死体も残っていない家族を取り戻すことまで、貧民達は夢見ているのだ。
ギュディト百卒長は貧民達の夢を聞いて当惑している。
けれども、同時に期待もしている。
人々と同じくアスタの魔法ならそんな無茶苦茶な願いでも叶えられるのではないか、と。
そして、考える。
あの麗人がどうしてこれほど凄い魔法が使えるのか、考える。
考えて、考えて、考えて。
知恵熱でめまいが起きるほどに考えて。
ついに結論を下す。
考えても無駄だ、と。
自分は脳みそまで筋肉でできている、自他共に認める愚か者だ。どれだけ考えてみても真実にはたどり着けないだろう。
ならば、聞こう。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うではないか。
そこで黒い巨女は麗人に近づき、直に尋ねる。
「アスタさん、それははどういう魔法なんですか?」
患者を歌い踊らせて何もかも治してしまう奇蹟の魔法について尋ねたのだ。
すると。
「あぁ、これは“時間魔法”だよ。かんたんなことさ。対象の時間を巻き戻して病気になる前の、怪我をする前の姿に変えちゃうんだよ」
麗人はこともなげに答える。
「えぇっ!? 時間を巻き戻す?」
時間遡行の意味がよくわからないものの、ギュディト百卒長は懸命にイメージをまとめてみる。
以前、訪れた芝居小屋が思い出される。そこでは植物の成長が逆さまになる映像が上演されいていた。リンゴが種子に、種子が花に、花が芽に戻る様子はとても珍奇で、大いに百卒長を驚かせたものだ。
それは光魔法を用いたまやかしであったが、理屈を聞いてなるほどと納得したものだ。
けれども、目の前のアスタはそれを現実にできてしまうのだろうか。
「出来事が起きる前の状態になるまでそれを逆転させちゃうんですか?」
何とか、考えをまとめて尋ねてみる。
「うん。まぁ、その理解でいいかな」
「…と、は〜」
「そうだね、具体的には…死人を死ぬ前に、壊れ物を壊れる前に、余計なことを思いついた奴をそれを思いつく前に、只、戻すだけ。それで万事解決だよ。かんたん、かんたん」
アスタの解説は至ってシンプル。
対象を出来事が起きる前の状態に戻す、時間を削り取る驚異の時間魔法について説明している。
「完全なる回復とも違う…いや、回復魔法ですらない…のか。遥かに凄い…人間でも、無生物でもなく、出来事そのものを変えてしまう魔法だなんて……」
百卒長はようやく理解する。
アスタの時間魔法は事象に干渉する魔法だ。
だから、死者の蘇生も、負傷の回復も、壊れたものの修理も、余計なことを知ってしまった奴にそれを忘れさせることも、できる。
できてしまう。
『覆水盆に返らず』の格言を破って、ひっくり返した水を皿に返してしまう魔法なのだ。
それは死人だって生き返らせるだろう。
いや、原理が違う。根本的に回復魔法とは異なる動作原理だ。
生き返らせるのではなく、正確には“死んだ”という出来事そのものを世界から削り取ってしまうのである。
その結果として死者が生き返るわけだ。
散逸した魂を集めて回収することも、死んで損傷した肉体を治療することも、しない。
“生き返らせる”と言うより、“死ぬ前の状態に戻す”という方が正しい。
傍目から見たら同じようなことだが、時間魔法は聖魔法の死者蘇生と根本から原理が違う。
「はっ! では、広範囲回復系の魔法を使わないのも……」
思いついて、どうしても気になっていたことを尋ねる。
「うむ。巻き戻すべき時間はその出来事に襲われた個人によって違うからね。たとえば、長いこと患っていたからといって適当に長めの時間を削り取ってしまうと、だね……」
いつになく真剣な表情のアスタだ。
その視線は厳しく、口も真一文字に結ばれている。
「…御婦人が若返りすぎて…立派なお胸が萎んでしまうかもしれないじゃあないか。それは世界にとって重大な損失だよ、キミ」
なんと恐ろしいことだろう、と言わんばかり。
実際、アスタはその様子を想像して不安に肩を震わせている。
「な、なるほど! そういうことでしたか!」
ようやく理解した百卒長は思わず、自分の巨乳を見つめてしまう。板札鎧を着ているから、金属板の下ではあるが、豊かに膨らんだ球体に合わせた鎧なので形も大きさもくっきりわかる。
これが萎んでしまったら、どうなるのだろうか。
よくわからない。
乳のサイズなどどう変わろうとも大した問題にならないように思える。
思えるのだけれども、世界最強のアスタがそう言うのなら何か世界の危機を招くのかもしれない。
いや、きっとそうだ。
そうに違いない。
そうに決まった。
もしかすると、母性の象徴には自分の知らない重大な意味があるのだ。
それが失われるとき、世界もまた危機に陥ってしまうのだ。
「だから、時間魔法の扱いは慎重を期すべきだよ。患者の過去をしっかり観察して適切な量の時間を削り取らなければならないのさ」
麗人はこの上なく真剣な表情で語る。
「う〜む…思った以上に大変なんですねぇ……」
百卒長にとって驚愕の事実。『そうか、驚異の時間魔法は本当に大切なものを守るために行使されるのだ』と思い知らされる。
「そうだね。使い慣れないと難しいかな。まぁ、ボクは凄いからね。患者の過去を観ることなんてお手の物さ」
これまたこともなげに物凄いことを言ってのける。
時間魔法に絡む特殊能力、“過去視”。
アスタの虹色の瞳は時間をさかのぼって対象を観察できるのだ。
「す…凄ぇ…そんな方法があるなんて! 目から鱗が落ちまたしたよ」
なるほど、それで患者の容態や病因を発見していたのかと黒い巨女は感心する。
それはまるで初めから解答を見て問題を解くようなものだ。
普通、治癒師は患者を診察して、様々な病因や病状を推測する。
しかし、麗人は推測などしない。過去を見通すことで原因を直に観察するのだ。
いつ、どこで、どうやって、肉体に障害が生じたのか。
内臓に、血管に、骨に、脳に、傷や病がどのように進行していったのか。
時間をさかのぼって観察することで全てを詳らかにする。
これならどんな名医の見立てよりも正確に違いない。
「アスタさんは最高の名医に違いありません!」
百卒長は感動のあまり声が上ずってしまう。
「うむ。ボクは凄いよね、やっぱり♪」
素直な称賛が嬉しい。褒められてアスタはすっかりいい気分に浸っている。
「どうしてそんな凄い時間魔法なんてものが使えるんですか?」
凄い。
凄すぎる。
さすがは世界最強だ。
少々、興奮しすぎて百卒長は目を見開き、口から唾を飛ばさんばかりだ。
「そりゃぁ、キミ」
アスタはニヤリ笑う。
「ボクが世界一強いからだよ」
これまたシンプルに答える。
「おぉ! なるほど!」
百卒長は大いに納得し、何度もうなずく。
自分は何も間違ってなどいなかった。
世界一強いと時間ですらも操れるのだ。
アスタさんは凄い魔法が使えるから強いのではない。
アスタさんは強いから凄い魔法が使えるのだ。
「あぁ…やっぱり! やっぱり世界最強は凄いんだ!」
黒い巨女は彼方の空を見つめる。
今こそ、自分の進むべき道が見えたような気がしていた。
そんなやり取りを見て唖然としている者がいる。
「あ…聞けば教えてくれるんだ……」
金髪妖精人のナンシーは目の前で起きたことが信じられない。
自分は暁光帝の秘密を探るべく、懸命に情報を集め、相手に気取られぬよう密かに動き、細心の注意を払ってきたと言うのに。
どうして尋ねただけのギュディト百卒長が真実にたどり着けてしまったのだろうか。
「はぁ…だから、いったでち。じかんまほうはかんたんなんでつ。ひみつにしゅるようなはなちでもなんでもないんでつ」
クレメンティーナが呆れてつぶやく。
「はぁ…“ひみつ”って、てきをおしょれるからひみつにしゅるのでつ。アチュタしゃんがにんげんのなにをおしょれると?」
思いっきり深くため息を吐く。
「あ……」
ようやく理解したナンシーはやはり唖然としてアスタを見つめている。
空回りとはなんともはや。
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オヨシノイド施療院は大歓声に包まれている。
今や、“紫の聖女”と呼ばれるようになったアスタが病気どころか、老化までも治療してしまったからだ。
貧しく辛い生活を強いられてきた人々は元気に若返った夫婦を見て騒ぎに騒いでいる。
「一体、この騒ぎは何?」
突然、澄んだ高い声が辺りに響く。
これを聞いて人々が一斉に振り向く。
「おぉ、女司祭様だ!」
「神殿のエラい人がいらしたぞ!」
「女司祭様、立派な聖女様を新たに遣わしてくださり、感謝いたします」
「享楽神オヨシノイド様のお慈悲に感謝を」
「女司祭様方はいつもわしらのことを考えてくださる。ありがたや、ありがたや」
神殿がアスタを見出して派遣してくれたのだと思った貧民達が口々に感謝の弁を述べる。
「えっ!?」
これに享楽教団の重鎮、女司祭は大いに驚く。
もちろん、新しい聖女など用意した憶えはない。
女司祭が承知している聖女は2人、“悪徳のジュリエット”と“レスボス島のポーリーヌ”だけだ。希少な聖魔法の使い手で腕は立つものの、信者ではなく冒険者パーティーから派遣された無料奉仕者である。
「はて?」
首をひねりながら辺りを見渡す。
炊き出しの用意をさせ、2人の聖女を遣わしてから、今の今まで女司祭は施療院の中で働いていたのだ。書類を吟味したり、巫女や下男に指示を出したり、けっこう忙しかった。
すると、炊き出しの方がずいぶん騒がしくなったので顔を出してみただけだ。
視線を周囲に行き渡らせていると、すぐ目につく。
摩訶不思議な紫色の髪を流す、絶世の麗人が。
大勢の貧民達に囲まれ、崇拝の視線を一身に浴びている。
「何者かしら?」
信者達に動揺を与えないよう、声を抑える。
鮮やかなオレンジ色のロングヘアーは肩を越えて腰の辺りまで流れ、ウェーブがかってあちこちが跳ねている。長身というよりは大柄な美女で大抵の男よりも背が高く、もちろん巨乳でボールのような乳肉の球体が布地を押し上げている。
くるぶしまで伸びる長衣を着て、黄金の王笏を握り、髪色に映える鮮やかな青色の瞳でアスタに鋭い視線を向けている。
「……」
異様な風体の麗人を凝視する。見慣れぬ女に警戒しているのだ。
金属光沢に輝く紫色のロングヘアーは地面に着きそうなくらいに長く、どうやってか、それを自分の周囲に浮かび上がらせている。
こんなに目立つ人物を自分が見落とすはずがない。最近、やってきたのだろう。
この見栄えだけで騒がれているのだろうか。
だが、これほどまでに多くの人々から崇拝されていることもまた事実。よほど腕の立つ手品師の類でなければ、手練の回復系魔導師だろう。
つまり、本物の聖女ということになる。
実は聖女に信仰心は必要ない。
もちろん、あった方がいい。あれば普段の行いが敬虔に見えて神々の権威を高めるのに役立つ。けれども、その程度の理由なのである。
光明神や暗黒神の教会が特殊なのであって、他の神々の神殿では“聖女”とは回復系の魔法が得意な女性のことだ。優れた使い手なら神々の奇蹟を代行できるからとても都合がよいのである。
どうせ、一般大衆は神々の奇蹟も手練の魔導師が使う魔法も区別できないのだから、神が自ら本物の奇蹟を見せてやる必要はない。
優れた魔導師ならぜひとも神殿で囲い込みたいものだと女司祭は輝く紫髪の麗人に注目する。
「あー、そこなお嬢さん……」
言い掛けると。
「おや、オヨシャじゃないか。奇遇だね。いや、ここはキミの施療院なんだからいて当たり前か」
紫の聖女から笑って返されてしまう。
午後の陽光に照らされて輝く金属ヘアーが目に眩しい。
「えぇっ!? そのアダ名で私を呼ぶのって!?」
女司祭は凝視する。
いたずらっぽくニヤリ嗤う笑顔の口に白く透き通った牙がズラリ並ぶのを。
自分を見つめる虹色の瞳を。
「そんな…なんで暁光帝が地上に降りているの!?」
一目で麗人の正体を見破り、腰を抜かさんばかりに驚く。
本来の姿と比べて外見も大きさも違いすぎる。
けれども、“オヨシャ”の名で自分を呼ぶ、こんな姿の女性は1人しか思いつかない。
普段は雲上を亜音速で飛ぶ超巨大ドラゴン、暁光帝だ。
どうして神殺しの怪物が瓦礫街リュッダを麗人の姿で闊歩しているのやら、さっぱりわからないが、これは面白い。
非常に面白い。
ニッコリ笑うと。
「えぇ。今日はよいお日和でよろしゅうございましたわね、アスタ」
普通の『こんにちは』の挨拶を略さずに返して。
「それで…どうして貴女がここにいるのかしら?」
とりあえず、訊いてみる。
「テアルから“世界を横から観る”ってゆー全く新しい遊びを教わってね。早速、人化してきたのさ。ここは実に楽しいよ☆ オヨシャはたまたまここに?」
アスタは気さくに返事する。
「あ、あぁ…テアルさんに、ね。じゃ、“世界を横から観る”って遊びも…そうか。そうなのね。それじゃあ、仕方ないわ……」
ひと目で正体を見破られたことに女司祭は驚いたが、相手が暁の女帝様では仕方ないとわきまえる。
そして、麗人の答えを聞いて少し考えを巡らせるとアスタの言う“遊び”の内容が思いつく。
普通に暮らすことをそのように表現するところがいかにも超巨大ドラゴンらしいと感じる。
また、相手の口から“テアル”の名が聞けたこともありがたい。
緑龍テアルは声を潜めて囁かれる、知る人ぞ知る、非常に危険なドラゴンだ。孤高の八龍の1頭であり、“緑の病魔大帝”の異名で畏れられている。
過去に世界的大流行を引き起こした疫病に絡んで、とかく噂の多いドラゴンだから、あまり関わりたくはない。
『他人を殺して戦死するより学問の発展に寄与して病死する方がマシだと思うべき。そうすべき』
こんな言葉を投げかけられたときはゾッとした。
当時は疫病だけでなく戦乱によっても大陸中が荒廃していたけれども、酷い言い様である。
だいたい、検体でもするのだろうか。“病死して学問の発展に寄与”ってどういうことだと頭が痛くなったものだ。
それでも麗人の口から“テアル”の悪名を聞かされた以上、頭の片隅に置いて警戒し続けなければならないだろう。
「う〜ん……」
すぐに女司祭は注意をアスタに戻して。
「“世界を横から観る”のね…なるほど、貴女らしい遊びだわ。それにしてもよく私がわかったわね。偽神香を焚いて完璧に隠していたのに……」
不思議そうに首を傾げる。
「偽神香? あぁ、例のお香かい。いやいや、そんなモノがこのボクに通じるわけがないだろう。生命の樹を見れば一発さ」
これまたアスタはこともなげに答える。
「あぁ、そうだったわね。でも、微妖精の眼鏡なしで生命の樹が視えるのって貴女くらいのものよ。全くもう……」
盛大にため息を吐く。
この麗人の途方もなく非常識な能力は十分知っていたつもりだったけれども驚く。
この程度で動揺するとは。
どうやら突然のことに自分はすっかり舞い上がってしまっていたらしい。
思いがけず、旧友に会うのは楽しい。
とても楽しい。
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金髪妖精人のナンシーは呆然として立ち尽くしていた。
アスタとオヨシノイド神殿の女司祭が親しげに言葉を交わしているのだ。
しかも互いに二つ名で呼び合っていて旧知の仲らしい。
どうして只の女司祭が世界の破壊者である超巨大ドラゴン暁光帝と旧知の仲なのかとおののく。
それにしても“セカイヲヨコカラミル”とか、“ピクシースペクラ”とか、“ギシンコウ”とか、怪しい言葉だ。これらの文言はどういう意味なのか。
そして、呼び名の“オヨシャ”がわからない。
一体、あの女司祭は何者なのだろうか。
「このへんではみかけたことがないおねえしゃんでち。ひとめみてにんげんじゃないのはみやぶれたけれど…“ぎちんこう”のことばでようやくちょうたいがわかったでち」
龍の巫女クレメンティーナは幼児らしからぬ鋭い視線を女司祭に投げかけている。
「“ぎちんこう”はむかちむかち、かみしゃまのけはいをけちゅためにつかわれていた、まほうのおこうでち。むきだちのちんいをまともにうけるとにんげんはまいってちまいまつからね。つまり……」
無関係の他人にあまり聞かれたくないのか、幼女は考えを巡らせて言葉を濁す。
「剥き出しの神威をまともに受けると人間は参ってしまう…って、えぇっ!? 偽神香って神殺し以前の、神話の時代のマジックアイテムでしょう?」
幼女の言葉にあわてる。
金髪エルフも聞いたことがあるのだ。
偽神香は世界各地の地下迷宮から出土することのある聖遺物の類だが、現在となっては使いみちがなく冒険者達からはゴミとして扱われている。
マジックアイテムではあるのだが、それらしい効果が見受けられないためだ。
理由は明白。
人間に神威などあるわけがないからだ。
それは神々の持つ絶対的な力がもたらす冒しがたい権威であり、当然、神々しかまとうことが出来ない。
偽神香は信者達と謁見する際に、神々が自らの神威を抑えるために焚く魔法の香である。
現在、神々は地上に降りられなくなって久しい。神殺しの偉業が為されて以来、暁の女帝を畏れた神々は地上から逃げ去って神界リゼルザインドに引きこもってしまったからだ。
こうして用途がなくなったマジックアイテム偽神香だけが地上に残って、稀に地下迷宮から出土するという状況になったのである。
「だけど、それを焚いて神威を抑えなくちゃいけない状況なんて…あぁっ!」
気づく。
例外の存在に。
今も神界リゼルザインドから飛び出て世界各地を巡る神が1柱だけいる。
いらっしゃる。
「じゃあ、あの女司祭って……」
驚く。
雷に打たれたような衝撃だ。
「はぁ…きょうらくちんオヨチノイド、ちんでんのしゃいじんしゃましょのものというか、めがみごほんにんでつ」
なぜか、ため息を吐きつつ、幼女が答えてくれる。
「享楽神オヨシノイド…神殿の祭神様そのものにして女神ご本人……」
ナンシーは絶句した。
いや、ここはオヨシノイド神殿の施療院であり、神殿の祭神が神殿の近くにいらっしゃるなど、当たり前と言えば当たり前の話なのだが。
「女神様が地上に降りて自分の神殿の周りを歩き回ってるって……」
まじまじと見つめる。
女神オヨシノイドはずいぶんと豪華な女性の姿をしており、女神様だと言われるとなるほどと思わせる雰囲気を漂わせている。
一見して有力者だ。衣装からしても高位の神職に思える。
もっとも神々しさは感じられない。
それこそ偽神香の効果なのだろう。
気さくにアスタと語り合っているが、さもありなん。
神殺しの怪物を畏れて全ての神々が地上から逃げ去った後、唯一の例外としてただ1柱、享楽神オヨシノイドだけが地上を自由に歩ける理由。
それはこの女神だけが暁光帝を友とするからだ。
そう、神嫌いで知られる暁の女帝が友と認めて親しく付き合っているからこそ女神オヨシノイドは地上を自由に歩き回れるのである。
それ故、他の神々からはずいぶん敬遠されてもいる。
とりわけ、暁光帝に殺められた光明神ブジュッミと暗黒神ゲローマーは彼女と親しいオヨシノイドを苦手としているのだ。
実際、瓦礫街リュッダで強い勢力を誇る光明教団も裏社会で暗躍する暗黒教団も享楽教団には及び腰であり、天使や悪魔も二の足を踏む。
「ここに享楽の女神がいたことは偶然のようだけど…アスタと何を話すの?」
ナンシーは女神と暁の女帝が語り合う様子をおののきながらも見つめるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
新キャラ登場、女神オヨシノイドです☆
享楽の神ですから、色々物語を引っ掻き回してくれることでしょう。
モデルはいろいろです。
デュオニュッソスやロキ、ヘルメース、また、小生がロード・ダンセイニの『ペガーナの神々』も好きなのでリンパン・タンとか、色々影響を受けていますわ。
拙著、この『人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ』の物語にはけっこう神々も関わっているので今後も活躍してもらえそうですね。
まぁ、幼女に警戒されていますが(^_^;)
さて、そういうわけで次回は『旧友に出会えた暁光帝は上機嫌で舌が滑らかになっちゃいます☆ あっ、失言とかだいじょうぶかな(汗)』です。
請う、ご期待!




