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人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ_〜暁光帝、降りる〜  作者: Et_Cetera
<<施療院って何? そっかぁ…魔法が使えるのってエライんだー>>
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暁光帝の固有魔法とは何か? 今、ナンシーが真相に迫る! えっ、ボクの魔法がバレちゃうの?

右腕を失った哀れなドワーフの元鍛冶屋が助けを求めてやってきました。

けれども、おっさんは男です。

(・人・)がありません(>_<)

なので、助けてもらえないのではないかと悲嘆に暮れています。

これに対して我らが主人公♀暁光帝の曰く、「前のお嬢さんがキミの分も前払いしてくれてるから」…と。

凄ぇ\(^o^)/

(・人・)の前払いという謎ワードに民衆は騒然とします。

そして、あっさり腕を生やしてもらったドワーフです。

これで大喜び…にはなりませんでした。

なんか、怯えています。

一体全体、何が起きているのでしょう?


お楽しみください。


キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/

 隻腕(せきわん)小人(ドワーフ)の腕を生やしてやったアスタは上機嫌で。

 救われたドワーフは何が起きたのか、わからないようで周囲をキョロキョロ不安げに見渡し。

 貧民達は新たな聖女アスタの偉業に驚きながらも大いに喜んでいて。

 とにかく周囲は騒然としている。

 そんな事態を尻目に金髪妖精人(エルフ)のナンシーは目を見開いていた。

 「そんな馬鹿な!? ありえない…ありえない……」

 (おさ)えようとしても自然と声が漏れてしまう。

 一体、どういうことなのか。今、アスタは確かに『ボクは何もしてない』と言った。決して嘘の()けない幻獣(モンスター)のアスタがそう言ったのだ。

 だが、今、麗人が魔法を掛けてドワーフを救ったこともまた事実。眼の前で起きたことであり、ナンシー自身がその眼で確認したのだ。

 アスタが嘘を()いたのか。

 何のために?

 麗人がやったことは周囲の人々全員が見ている。『ボクは何もしていない』なんて言葉は通じないし、『なるほど、アスタさんは何もしてません』なんて偽証してくれる人間もいない。そもそも哀れなドワーフの治療という明らかな善行なので、それをわざわざ隠す理由もない。

 どうして隠すのか。

 いや、隠せてもいない。

 意味がわからない。

 「駄目だわ。さっぱりわからない」

 発言の矛盾を解決する道がさっぱり見えないのだ。

 「じゃあ……」

 アスタの発言と実際に起きたことの矛盾については一度、考察を棚上(たなあ)げにしよう。

 幸運なドワーフを見つめる。

 麗人が魔法で哀れな患者の右腕を取り戻してやったことは厳然たる事実だ。それはどのような魔法なのか。

 懸命に考えを巡らせながら、視線はドワーフの右腕に釘付(くぎづ)けである。

 「さすがは始原の(アーク)魔導師(メイジ)アストライアーね。でも、今のは大いなる再生(リジェネレイト)じゃなかったわ。気配(けはい)でわかる…あれは間違いなくアスタの固有魔法……」

 食い入るように見つめる。

 「指1本欠けていないし、本人の意志でちゃんと動かせているわ。完全に再生してる…刺青(いれずみ)まで戻っていて…刺青(いれずみ)!?」

 突然、気づいた。

 およそありえない、異常な現象に。

 「リジェネレイトは失われた手足を完璧に再生させる魔法よ。取り戻した手足はまっさらの新品のはず。どうして刺青(いれずみ)が残っているの?」

 “大いなる再生(リジェネレイト)”は“死者の蘇生(リザレクション)”と並ぶ最大級(ゲルグンド)の聖魔法だ。リザレクションと違い、神々から禁忌(きんき)の魔法と指定されてこそいないものの、膨大な魔力を消費して難易度も桁違(けたちが)いに高い。その効果も“最大級(ゲルグンド)”の名に恥じぬ強烈なもの。

 リジェネレイトによって治療された腕や足は傷ひとつなく、指も爪も欠けることなく完璧に持ち主の意思で動かせるのだ。

 傷ひとつ残らず治るのだから、刺青(いれずみ)なぞ残るはずがない。

 取り戻されたドワーフの腕に刺青(いれずみ)があることはアスタの固有魔法が聖魔法リジェネレイトと(こと)なる明確な違いであった。

 更にドワーフの右腕を凝視する。

 「そんな…刺青(いれずみ)だけじゃない、古傷まであるわ!」

 たくましい腕に古傷が走って刺青(いれずみ)不死鳥(フェニックス)が歪んでしまっている。

 ありえないことだ。

 回復魔法では古傷を治せない。聖魔法なら治せるが、それだって治せるだけだ。治すことで消した古傷が再び現れるわけがない。

 「それに…どうして助けてもらったドワーフが逃げていくの? なんか(おび)えてるし…助けてもらったことも憶えてないようだし……」

 完全に再生された腕。

 一緒に戻った刺青(いれずみ)や古傷。

 治療してもらったのに感謝しないで(おび)える患者。

 考えを巡らせていると突然、天啓(てんけい)を受けたかのように(ひらめ)く。

 「憶えていない…ってことは…記憶か!」

 思いついたことを吟味する。

 ドワーフはアスタについても初めて()ったような言動だった。それに天然痘(てんねんとう)(かか)った少女も人食いグモに()まれた冒険者達も治してもらった当初は当惑していた。彼らは感謝こそしていたが、それは付き添いの父親や仲間達から事情を(さと)されたからだったのだ。

 自然と失明した少女のことが思い出される。

 アスタはあの巨乳娘に対してだけは固有魔法を使わず、聖魔法の大いなる再生(リジェネレイト)を使ったのだ。

 「そうか…記憶を失われてはオッパイ()ませてもらう約束も忘れられてしまう。だから、『ボクにとってちょっと都合が悪い』って嫌がってたんだわ」

 それは都合も悪かろう。治してやった時点で巨乳の娘の記憶を失われていては約束も無効だ。そうなればアスタの野望も(つい)えてしまう。

 幻獣は嘘を()かない。

 幻獣は嘘が()けない。

 だから、幻獣は約束を守るし、約束を破ることが出来ない。

 けれども、約束を交わした当の本人がそれを綺麗サッパリ忘れてしまったらどうなるのか。

 アスタ自身の(いわ)く、『“約束”とは対等な者同士、互いに話し合って自由意志の(もと)で決めた権利や義務の集まりだよ』とのこと。

 記憶喪失では自由意志の(もと)(くだ)された決断も消え失せるから約束は効力を失うのだろう。

 暁光帝(ぎょうこうてい)の固有魔法は対象の記憶を消してしまうのだ。

 普通に考えれば記憶の喪失など大した問題ではなく、相手が憶えてなくてもこちらは憶えている、確かに約束したのだと強弁すればいい。けれども、論理的な整合性を偏重するアスタの性格からしてそれは不可能。

 それ故、彼女にとって(ひど)く不都合であるに違いない。

 「それで巨乳娘には固有魔法を使わなかったんだわ。でも、それじゃ、固有魔法の効能って……」

 なぜ、魔法で記憶が()せるのか。

 その謎を解明したい。アスタの秘密を(あば)きたい。

 思い出せ。思考するのだ。

 エルフの脳裏に様々な光景が浮かぶ。

 治療が終わったあと、天然痘(てんねんとう)(かか)っていた娘は汚れた寝間着から小洒落(こじゃれ)た小綺麗な外出着に着替えていた。

 一体、あれはどこから引っ張り出してきたのか。(うみ)で汚れた寝間着を恥じて娘の父親が用意しておいたのか。

 人食いグモに襲われた冒険者達のレザーアーマーはボロボロに壊れていたが、いつの間にやらきれいに直っていた。

 誰が、いつ、連中の防具を修理したのだろう。

 そして、斬り落とされたドワーフの腕にあった刺青(いれずみ)と古傷。

 刺青(いれずみ)も古傷も言ってしまえば皮膚の故障、ずばり“傷”である。回復魔法だって聖魔法だって傷は治す。魔法で治療したはずの傷が再び現れたのか。

 「“治療”…じゃない?」

 娘を着替えさせたり、レザーアーマーを修理したり、そんなことが治療であるものか。

 その上、消えたはずの刺青(いれずみ)が戻ったということは皮膚に打ち込まれていた(すみ)までも戻ったということ。では、魔法で治療中にその(すみ)が一体、どこからやってきたのか。

 これらの疑問に合理的な解答を求めるならば。

 暁光帝の固有魔法は生物ばかりか、無生物にも効果があることになる。

 では、その動作原理は何か。

 アスタの固有魔法は何をどうしてどうやったらこんな強烈な影響を及ぼすのか。

 「考えて、ナンシー…貴女(あなた)ならわかる」

 懸命に思考を巡らせる。

 すると、決定的なことに気づく。

 「そう言えば…(うみ)や血は!?」

 先ほどの光景を思い返す。

 エルフは天然痘にかからない。だから、恐れずに近くで哀れな娘を見ていた。あの時、激しく踊り狂う娘の嚢胞(のうほう)から(うみ)が飛び散ると恐れて周囲の人々は逃げ出していたのだが。

 「飛び散らなかった……」

 エルフはヒトよりも目がいい。その高い視力を(もっ)てしても危険な白い汁が飛ぶところは見えなかった。

 いや、それだけではない。

 人食いグモに()まれた冒険者達が踊る様子を思い浮かべる。

 「あれほど血まみれだった若造達が手足を振り回しても血は飛び散ってなかったわ…むしろ……」

 信じがたい光景を思い出した。

 「むしろ、空中を血が舞い踊っていた! 傷口に戻っていた!」

 悩ましい。

 精神的なショックか、まるで自分の声で自分が削られているような気分だ。

 その後、治療の効果が凄すぎて忘れてしまっていたが、実際、異常(きわ)まりない光景だった。

 娘の嚢胞(のうほう)から流れ出した(うみ)も冒険者達が流した血液も帰っていたのだ。

 それぞれの体内へ。

 血液に至っては地面に流れたものが空中に舞い上がって若者達の傷口へ戻っていっていたのだ。

 「あれは何だったの? 出来事の逆行? 何もかもが逆さに動いた? それって……」

 ようやく想像がついた。

 超巨大ドラゴン暁光帝の固有魔法、その正体(しょうたい)に。

 「アスタは患者を治していたんじゃない…直していたんだわ!」

 ほとんど同じ意味に聞こえるが、違う。

 “治療”ではなく、かつて健康であった頃の姿に戻すこと、すなわち文字通りの“原状回復”だ。

 それが意味するところは1つ。

 「“時間”…なのね……」

 凍りつくような恐怖の中、初めて理解が及んだことにおののく。

 間違いない。

 「アスタの固有魔法は時間を操作していたんだわ」

 重い病気に(かか)っても、(ひど)い傷を()っても、それ以前の状態にまで時間を巻き戻してしまえば、(やまい)怪我(けが)も消えて失せる。

 回復の魔法かと問われればそうとも言えるだろうが、動作原理が全く違う。

 “治療”ではなく“時間(じかん)遡行(そこう)”だ。

 しかも、応用範囲が恐ろしく広い。

 「そうか…何もかも戻したのね…それが起きる前の状態に……」

 地面に流れ落ちた血液を肉体に。

 助けを()うたドワーフの記憶を腕を斬られる前の記憶に。

 汚れた寝間着を娘が感染する前に着ていた小洒落(こじゃれ)た外出着に。

 裂かれてボロボロになったレザーアーマーを人食いグモに咬まれる前の状態に。

 戻したのだ。

 時間をさかのぼらせることで。

 「死者蘇生(リザレクション)でも完全なる回復プレナ・レクペラティオでもなかったんだわ……」

 破壊された屋台を元通りに修理したのも、死んでしまったハンスを(よみがえ)らせたのも、時間を操作する暁光帝の固有魔法なのだろう。厳密に言えば“修理した”のでも“(よみがえ)らせた”のでもなく、壊れる前、死ぬ前まで時間を巻き戻したのだ。

 実質的に修理と蘇生と回復と記憶消去の魔法だ。

 治せない病気も治せない傷も存在しないし、死者ですらたやすく生き返らせてしまう。治療ではないから壊された無生物も元に戻り、余計なことを考えた人間はそれを思いついたことさえも忘れてしまうのだ。

 他にももっと色々できるに違いない。

 なるほど、世界の破壊者にふさわしい凶悪な固有魔法だ。

 彼女は起きてしまったことをなかったことにできる。

 文字通りに。

 思えば、あの能天使(ポテスタス)アングリエルは暁光帝(アスタ)の固有魔法がわかっていたのだろう。だから、最後に『私ヲ削リ取ラナイデ』『セメテ、ワズカデモ私ヲ残シテオイテクダサイ』と懇願(こんがん)していたのだ。それはすなわち自分の時間が削り取られることに恐れおののいて叫んでいたに違いない。

 それで天使は死者蘇生が報告される以前の時間にまで巻き戻されてしまったのだ。それ故、わけもわからなくなって海辺に呆然と(たたず)んでいたのだろう。

 面倒事を片付けるのにも便利な魔法だ。

 「だけど、それって殺人と何が違う…の?」

 エルフはおののきながら考える。

 報告を聞いてから思いがけず暁光帝(アスタ)に立ち向かうまでのアングリエルの人生、酒場で冒険者に()き腕を斬り落とされてから施療院(ここ)でアスタに出会うまでのドワーフの人生、それらの時間が削り取られて破棄されてしまった。

 その間に彼らが得た経験も、思い出も、(つちか)った人間関係も、何もかも全てが奪い取られて消されたのだ。

 誰かの時間を奪うこと、それはその時間を生きてきた人間の人生そのものを削り取ることであり、その分を殺してしまうことと何が違うのだろうか。

 「ふぅん…つくづく、にんげんはてつがくがちゅきでなんでつねぇ」

 気がつけば、すぐ隣に幼女がいた。

 暁光帝の龍の(ドラコ)巫女(シビュラ)、クレメンティーナだ。

 「ククク…しぇいかいでつ」

 ニヤリ()む。

 「ナンチーしゃんのかんがえたとおり、アチュタしゃんのまほうはじかんをあやつるでち」

 答え合わせをしてくれる、親切な幼女だ。相変わらず、子供らしからぬ鋭い視線でエルフを投げかけている。

 「“ちょっとタンマ!いまのナチ☆”…ってね」

 あどけない幼女には似つかわしくないニヤニヤ笑いを浮かべる。

 「ナンチーしゃんもこどものころにいったことがあるでちょう? このひとことでなんだってなかったことにできるまほうのことばでち」

 「あ…あぁ……」

 言われてみればそんなこともあったと思い出す。金髪エルフがまだ幼い頃、遠い昔に口にした(おぼ)えがある。

 『ちょっとタンマ!今のナシ☆』

 遊びの最中、そう言って相手に待ってもらったものだ。鬼ごっこでタッチされた時、チェスで王手詰み(チェックメイト)をかけられた時、おままごとで(しゅうとめ)の役を押し付けられた時、しばしば口にされる魔法の言葉だ。この一言で相手の行動はなかったことにされ、危機(ピンチ)を抜け出せる。

 あまりにも便利すぎる言葉だ。

 それ故、(ちょう)ずるにつれ、便利すぎて『ずるい』と非難されるようにもなるものだ。当然、大人になって使う言葉でもないし、聞いてももらえない。

 「そうか…ようやくわかったわ。そうだった…のね……」

 ナンシーは絶句する。

 ついに魔法の真の効用を理解したのだ。

 幼い頃に使っていた便利な言葉、それをアスタは魔法で実現した。

 彼女は『ちょっとタンマ!今のナシ☆』の“ちょっと”を数ヶ月、数年の単位で“ナシ”にできる。時間を削り取ることによって。

 信じがたい。

 嵐を蹴散(けち)らし、大海(たいかい)を割り、山谷(さんや)を踏み(つぶ)す、超巨大ドラゴンなのに。

 これほどまでに凶悪な固有魔法までも操るとは何たる理不尽。

 どこまで無敵なのか。

 どれほど強力なのか。

 まるで想像もつかぬ。

 「てつがくがだいちゅきなナンチーしゃんはいつもむじゅかちいことをかんがえてるけど…じかんまほうのはなちはかんたんなんでち」

 驚異の魔法について幼女はうそぶく。

 「アチュタしゃんにとってふつごうなできごとをけちとばつだけ。なにもかもちゅべてなかったこと、おきなかったことにちゅるでち。しょれはつまり……」

 一拍おいて。

 「てについたゴミにフッといきをふきかけてとばつくらいのことなんでち」

 そのていどのことなのだと(あざけ)り笑う。

 大人の女性(エルフ)に対しても物怖(ものお)じするどころか、余裕の態度を見せている。到底、幼女とは思えない行動だ。

 ナンシーが主人(アスタ)正体(しょうたい)に気づいていることについても何も言わない。

 「じかんをけじゅりとることをひとごろちとおなじってかんがえるのはナンチーしゃんのじゆうでち。でも、ちょれをアチュタしゃんがきいてくれるとはきたいちないことでち」

 エルフが考え込んだ“哲学”について意見を()べる。

 「ちょのきになれば、アチュタしゃんにとって“とりかえちのつかないこと”なんてなくなるんでち。どうでつ? クックックッ…こわくなったでちか?」

 「うぅぅ……」

 反則(チート)じみた時間魔法について解説されてナンシーはおののく。

 いや、反則そのものだ。

 何が起きても、何をされても、対象(あいて)が自分についてどう思おうと、『ちょっとタンマ!!今のナシ☆』の一言でなかったことにできる。

 無敵にして絶対の対処法であり、たとえ敵対した対象(あいて)が襲いかかってきても全てなかったことにできる。戦いそのものが消滅する。それどころか、たとえ怒らせても“次”からは対象(あいて)の怒りポイントを()けて会話を続けられる。

 しかも、記憶までも吹き飛ばされているから対象(あいて)は何をされたか憶えていない。

 いや、それまでの時間を削り取られているのだから、削り残された本人は“何もされてない”ことになる。

 「それで…彼女は…嘘を言ったことにならないわけね……」

 ナンシーはようやく理解した。

 ドワーフから『アンタがワシに何かしたのか?』と問われてアスタは『うぅん、ボクは何もしてないよ』と答えたことの意味。

 嘘の()けない幻獣が()いた嘘。

 いや、違う。

 嘘ではない。

 時間を削り取られてしまったドワーフにとっては『何もされていない』ことこそが真実なのだ。

 それまでの時間を生きてきた自分自身は彼女の時間魔法で消し飛ばされてもはや存在しなくなってしまっているのだから。

 むしろ、嘘を()けない幻獣だから、アスタは『何もしていない』と答えるしかなかったのだ。

 眼の前にいる人物はもはや別人。

 もう自分が出会ったドワーフではなく、全く別の、酒場で腕を斬られる前の人物になっていたのだから。

 「あぁ…何でもできるってどういう気持ちなんでしょうね……」

 ナンシーは考える。

 なるほど、今なら『暁光帝の考えは人間に理解できない』と嘆いた博物学者の気持ちがよくわかる。

 神のような、いや、神をも()える万能の絶対者。

 神殺しの怪物なのだ。

 そんな超巨大ドラゴンが人化(じんか)して瓦礫街(がれきがい)リュッダの通りを闊歩(かっぽ)している。

 恐ろしいことだ。

 恐ろしいことだが。



****************************



 向こうの方で声が聞こえる。

 「婆さんがシワシワで美人じゃなくなっちまったんじゃ! だから、婆さんを昔のような美人に若返らせてやってくれぃ!」

 今度は患者が無茶苦茶な要求を叫んでいるようだ。



 ヒトが歳を取り、やがて死を(むか)えることは自然の摂理(せつり)だ。

 どんなに立派な人物であっても老いを()けられないし、死を(まぬが)れられない。

 老化や死は誰にでも平等に訪れるものなのだ。

 ところが、この老人は自然の摂理(せつり)(さか)らい、老いを忌避(きひ)しようとしている。

 ()(がた)傲慢(ごうまん)さと言えよう。

 不老は妖精人(エルフ)半魚人(マーフォーク)などの一部の人種にだけ限定された特権であり、ヒトには許されないものなのだ。

 金髪エルフのナンシーはそう考えている。



 老いた妻を(おも)う夫の願いは立派だが、(はな)やかな年頃にまで若返らせろという要求は無茶苦茶だ。

 「まぁ、爺さんったら☆」

 聞こえてくる声はしわがれていて、そこに込められている調子からでもポッと顔を赤らめている老婆が思い浮かべられる。

 そして、そんな無茶を聞いてしまうアスタがいる。

 「お安い御用だよ。シワシワのオッパイじゃ(さわ)心地(ごこち)もよくないからね。ん☆」

 麗人の時間魔法が発動したのだろう。

 「うぴ!? ぽ! じぃさーゎ! わぉ! ぷけけけ! おぷ! ほぁ! おはぉ! こにちわー! おばんでやすー! ほぁ! ほぁーっ!!」

 またしても奇妙(きみょう)奇天烈(きてれつ)な歌が聞こえて。

 「はぇっ!? ここは? 何? アンタ、誰?」

 驚く声はもはやしわがれておらず、若々しい。

 「あぁ…婆さんが若い…昔のままじゃ……」

 老人の言葉から歓喜の響きがありありと聞き取れる。

 だが、しかし。

 「誰よ、アンタ?」

 「ジョセフィーヌ、ワシじゃ。お前の()()いのミシェルじゃあ!」

 「はぁ? (いと)しのミシェルがそんなシワクチャ(じじい)のわけないでしょ!」

 「うわぁっ! 嫌われた! ジョセフィーヌに嫌われた! お前が若返ってもワシが(じじい)のままじゃ愛が死んでしまう! 紫の大聖女様、ワシのことも!」

 騒ぎ立てる老夫婦、いや、片方は若い女性になってしまったからもう“老夫婦”ではないか。

 老人と若妻だ。

 けれども、そんなことは全く気にせず。

 「うむ。(まか)せたまい。そんなの、朝飯前さ。ん☆」

 アスタが安請(やすう)()いする。

 いや、彼女にとっては安請(やすう)()いできる程度の頼みなのだ。

 「うぴ!? ぽ! ばぃさーゎ! わぉ! ぽけけけ! おぶ! ほゎぁっ! のるびっけ! こばんわー! おひよりでー! ほぁ! ほぁ! ほぁーーっ!!」

 老人の歌が聞こえて。

 「あぁ! ジジイが愛しのミシェルに!? どういうこと!?」

 若い女性が叫んだ。

 「お…おぉぅ!? 何だ、ここは? オヨシノイド施療院(せりょういん)? どうしてこんなところに? おや、ジョセフィーヌ☆ 運命のボク達はどうしてしまったんだろう?」

 「まぁ、ミシェル☆ どんな恐ろしいことが起きてもアタシ達の(きずな)は切れないわよ!」

 「あぁ、ジョセフィーヌ♪」

 「あぁ、ミシェル♪」

 「「何が起きても二人は一緒よ(だ)☆」」

 若い2人の声には生きる歓びが満ち(あふ)れている。

 「うぉぉぉっ! (すげ)ぇ!」

 「紫の大聖女様は老いですら治してしまうのね。もう顔の小じわに悩まなくてもいいんだわ☆」

 「老いって…実は治せる病気だったんだな、知らなかったぜ……」

 「アタシも紫の大聖女様に若返らせてもらえばもう一度、一花咲かせられるかねぇ」

 「あぁ…あの頃の美貌を取り戻せればわたくしはまた天下を取れますわ☆」

 ひときわ大きな歓声が上がり、人々が口々に夢や希望を語りだす。

 貧しい人々の間に歪んだ欲望が生まれつつある。

 誰しもが(あきら)めていた、この世の不条理。

 いずれ訪れるであろう老いや死を回避する手段が目の前に示されたのだ。

 それは期待するなという方が無理である。



 疲れ切ったナンシーが何とか顔を上げて向けた視線の先には幸せそうに抱き合う若夫婦がいた。

 何年、いや、何十年の時間を巻き戻らせたのだろうか。

 紫の金属ヘアーをなびかせる麗人に疲労の色は見当たらない。魔力切れなど自分には関係ないとばかりに元気いっぱいである。

 数多(あまた)星霜(せいそう)を削り取って破棄することさえも暁光帝(アスタ)にとっては至極(しごく)たやすいことなのだ。

 一体、どれほど膨大な魔力を持っているのだろうか。

 「あは…あははは…なんてこと? 老いですらも…アスタにとっては只の(やまい)なのね」

 老化ですら単なる病気に過ぎない。いや、アスタは死んでしまった冒険者(ハンス)でさえも(よみがえ)らせてみせたのだ。死すらも凌駕(りょうが)する(あかつき)の女帝様にとって老化なぞ疥癬(かいせん)と変わらぬ。

 恐ろしい。

 本当に恐ろしい。

 何しろ、彼女には立ち向かうことさえできないのだ。時間を削り取られて対立する前の自分に巻き戻されてしまう。

 何をされたのかはおろか、戦っていたことさえも忘れさせられる。いや、そんな戦いの事実すらも歴史から削除されてしまうのだ。

 「あぁ、なんてこと……」

 絶望的な恐怖が(あきら)めに吸い込まれる。

 つくづく思い知らされた。

 暁光帝を示す“この世の真の支配者”という異名(いみょう)も無理からぬことだと。

ここまで読んでいただきありがとうございます♪


ついに暁光帝の固有魔法の正体が明かされました\(^o^)/

う〜〜ん、どうでしたか?

読者の諸姉諸兄にはこの展開の予想がついていたのでしょうか?

楽しんでいただけていれば望外の喜びです。

例によって初期プロットからちょこちょこと手を加えていたのでこんな形になっちゃいました。


<<時間魔法>>

小生、SFは大好きなんですが、どうにもタイムパラドックスものだけは納得できない。

「タイムマシンの発明者が過去に戻って自分が生まれる前の自分の父親を殺す」って奴です。

1,父親が死んでいるわけだから自分は生まれない。

2,自分が生まれないからタイムマシンも発明されない。

3,タイムマシンが発明されない&自分が生まれないから、自分は過去に行って自分の父親を殺すことが出来ない。

4,自分が生まれる前の父親が殺されないから自分は生まれる。

5,自分が生まれるからタイムマシンが発明されて…→1に戻る

…って展開です。

まぁ、矛盾ですよね。

思いっきり。

物語の始まりと終わりが破壊されるので物語が破綻しちゃうってゆー、かなりヤバイ矛盾です。

これが小生にとってはどうにも苦手でした。

どう考えてもうまく処理できない。

なので、本作の“時間魔法”は限定されて作用することにしました。


アニメや漫画で最初に時間を止めたのは誰か。

海外のSF作品まで考えるといろいろありそうですが、国産に限定すれば。

アニメ『スーパージェッター』ですね。

「未来から来た少年、タイムパトロールのジェッターが現代日本へやってきて大活躍する」って、あらすじです。

もっとも“現代日本”と言っても1965年の日本です。

アニメの放映当時は“現代日本”だったんですよ〜

まぁ、昭和40年の日本とかww

令和の現代から見るとそれこそファンタジーでしょうか(^_^;)

で、スーパージェッターの特殊能力が腕時計に仕掛けてあるタイムストッパーでして作動させると30秒間、周囲の時間を止められます。

すげぇ☆

ディオ様や承太郎の10倍くらいかな。

でも、そんなに強くないんですよ。

えっ、最強だろうって?

スーパージェッターは主人公ですからね。

時間を止めてる間に敵をぶん殴るなんて真似は出来ませんwwww

そんなの、卑怯ですからwwww

そんな卑劣な真似は正義の味方ができることじゃありませんよね。

だから、スーパージェッターがタイムストッパーを使うのは誰かを救うときか、悪者から逃げるときくらいですね。

それでもOP映像の中で銃で狙われたスーパージェッターがタイムストッパーで時間を止めて銃弾から逃げるシーンがしっかりありました。


当時、子供達の間ではやったスーパージェッターごっこでは、左手につけた(つもりになってる)腕時計に向かって「タイムストッパー』叫ぶと友達が止まりました。

ええ。

友達の協力なしでは再現できない技だったのです(>_<)

まぁ、ルフィの「ゴムゴムのピストル」よりは遊びやすかったかもしれませんが。

何はともあれ、ごっこ遊びなんて友達の協力なしにはできないものでからね、仕方ありません。


さて、次に時間を止めたのは……


『魔法使いサリーちゃん』のサリーちゃんです\(^o^)/

説明不要、1966年の日本で大活躍した元祖・魔法少女です。

その後の昭和と平成の半ばまで“魔法少女”という概念そのものがサリーちゃんの呪縛から逃れられなかったくらい偉大な元祖ですね。

小生の憶えている限り、魔法少女が戦うようになったのは『魔法のプリンセス_ミンキーモモ』第一期シリーズでモモの活躍に対抗すべく生まれた敵とバトルした話ですね。

でも、これは『ミンキーモモ』の最終話でして。

只でさえぶっ飛んだ脚本と評された『ミンキーモモ』の、それも最終話だからできた展開でした。

それまで「魔法少女が戦うなんて!」と絶対の制約を課せられていたわけです。

その後、『魔法少女プリティサミー』のギャグ路線を経て『魔法少女リリカルなのは』のなのはさんみたいなバリバリ戦闘主体の魔法少女が現れて、『ふたりはプリキュア』で敵を拳でぶん殴るバトル系魔法少女が完成したわけです。


えっ、『美少女戦士セーラームーン』が抜けてるって?

うさぎちゃんって敵をぶん殴らないんですよ。

ムーンティアラアクションみたいに飛び道具か、光線技で戦うんです。

明らかに暴力とわかる、拳でぶん殴ったのは『ふたりはプリキュア』からでしょうか。


今じゃ、戦わない魔法少女の方が希少になってしまいましたね。

でもね、魔法少女の戦闘能力って退化しているんですよ。

はい。

どんどん弱くなっているんです。

だって、原初の魔法少女サリーちゃんは無制限に魔法が使えてましたからwww

MPの概念がなく、どんな強力な魔法を放っても消費するものがありません。

また、炎の魔法とか、氷の魔法とかの制限もなく、どんな魔法も好き放題使えてました。

サリーちゃん、さすがは原初の魔法少女ですよね。

時間を止めるのなんておちゃのこサイサイだし、これまた無制限です。

1時間だろうが2時間だろうが、いくらでも止めてられます。

えっ、もっと最強だろうって?

サリーちゃんは昭和の魔法少女なので戦いません。

時間を止めてる間に敵をぶん殴るなんて(以下略)

そもそも、絶対に暴力をふるいませんからね。

時間を止めてる間にやることなんてこぼしたお茶を空中で受け止めてコップに戻すとか、いたずら坊主を懲らしめるとか…そんなモンです。

昭和の魔法少女は戦いません。

たとえ、どんなに嫌な奴が出てきても、どんなに暴力を振るわれても戦いません。

昭和の女の子ですからwww

魔法で全部ペチッです\(^o^)/

それでおしまい。

まぁ、そう考えるとマジでゲロ強ぇぇですね。

最強の魔女ワルプルギスの夜となのはさんとプリキュアコンビの4人がかりでもサリーちゃんなら「マハリクマハリタ♪」の呪文1つでペチッとふっとばしてしまうことでしょうwww


ちなみに『姫ちゃんのリボン』という魔法少女アニメでも主人公の姫ちゃんが時間を止めちゃいます。

余裕で30分くらいは止めてましたから、ディオ様&承太郎の600倍は凄いww

平成のアニメでしたが、やっぱりまだ魔法少女は戦わないので30分が1時間でもあんまり意味はありませんでした。


だからこそ、ディオ様は偉大なのです。

時間を止めてる間に敵をぶん殴るってゆー、アニメ&漫画史上、初の所業ですから。

でも、これってディオ様が悪役だからできたことでして。

悪党だから卑怯でもいい、むしろ、卑怯であれ。

卑怯者だから時間を止めてる間に敵をぶん殴ってもいいって論理展開です。

時間を止めてる間は敵が動けませんからね、寝てるようなものです。

無防備なその状態の敵をぶん殴る!

こんな卑怯な真似は他に早々ありません。

ディオ様が悪役だからできたことです。

実際、承太郎は時間を止めた状態のディオ様にとどめを刺しませんでしたよね。

承太郎は主人公なので時間を止めてる間に敵をぶん殴るなんて真似は出来ませんwwww

だから、その後、ディオ様と正面から相対して互いに同時に時間を止めて戦う、西部劇で言う早打ち勝負「どっちが早いか試してみようぜ」って展開に持っていったわけです。

主人公は色々制約が多いので大変ですね〜


つまり、悪党のディオ様が時間を3秒だけ止められるってんで「何をするかわからないぞ」的な凄みが生まれるわけです。

『姫ちゃんのリボン』の姫ちゃんが30分ほど時間を止められても別に怖いことはありませんよね。

よいこの中学1年生ですから(^o^)

承太郎が聞いても「やれやれ、それが魔法少女か」って言うだけでしょww


さて、我らが主人公♀暁光帝ですが。

時間魔法は特定の領域、または個体の時間を巻き戻します。

もちろん、暁光帝♀ですから、早送りも一時停止も自由自在ですwww

ダビングや倍速再生も何ならカット&ペーストな編集機能もOK☆

それこそ特定の個人から特定の時間だけを切り取って他人に貼り付ける…なんてこともできます。

時間停止?

当然、無制限です♪

いくらでも好きなだけ時間を止めてられますwww

過去視“ハインドサイト”だけでなく未来視もできます♪


この辺、未来視そのものは物語の最初の方でご紹介してますしね(^_^;)

火山の噴火を予知したり、その上で潰したり〜

最初の方から読んでくれている読者の諸姉諸兄も憶えていてくれたら、予測もついたことでしょう。


はい、強すぎですね。

いいんです。

暁光帝♀ですからwwww

もっとも、今の麗人モードでないと時間魔法は使えません。

虹色の瞳による過去視“ハインドサイト”も麗人モードだけです。

当然、前の童女モードに戻ると全部使えなくなりますwww


まぁ、他にもナンシーやギュディト百卒長が誤解している、結構重要な要素もあるんですが。

それはまた今後のお話のための伏線に留めておかせてくださいまし。


さて、そういうわけで次回は『あんまり騒いでいたので施療院の主人が出てきちゃいました。弁解? 別に暁光帝が悪いわけじゃないし、要らないよね〜』です。

請う、ご期待!

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