暁光帝、人間の街を観察する♪
超巨大ドラゴン暁光帝が瓦礫街リュッダを調べます。
遊ぶも、攻めるも、まずは情報。これ大事!
「さて、そうなると次は“隠れ家”だよね」
楽しみは後に取っておくことにして、超感覚を切り、周囲を見渡す。
巣作りに適した場所を見つけねばならない。
観察者の心得は親友、緑龍テアルの曰く…
「夜に巣作りしよう。ドラゴンが人間を自然な状態で長く観察するためには隠れ家が必要なのだ」
「しばらくは巣に潜んで様子をうかがうべし」
「人間が調査団を派遣してくるからうまく立ち回ってやり過ごそう」
「人間の警戒心が解けたら、驚かさないように近づいて観察を始めよう」
「ゆっくり飛ぶこと。人種にもよるが、人間は警戒心が強いので急な動きで驚かせないように」
「落ち着いたら潜入しよう。魔気力線の漏れない子供タイプの人化なら、まず気づかれないぞ」
「街に潜入できたら冒険者登録しよう」
「登録が済めば〆たもの。街はキミのものだ! めくるめく冒険とロマンが待っている!」
…ということらしい。
示唆に富んでいる。
親友は常に正しい。
「見つけた」
港湾都市のそばに大きな火山島がある。いくつかの火口から噴煙が上がる、活火山の群れだ。
人間はドラゴンを見かけると無駄に興奮して騒ぎ、冒険者をよこして退治しようとする習性がある。
…らしい。
人間に負ける幻獣もいるし、実際に退治されたドラゴンもいる。
…ようだ。
そういう話は耳にするが、見たことがあるわけではない。
天龍アストライアーは二つ名の通り、天を舞う。ずっと舞いっぱなしで地上に降りることがあまりないので今の今まで気にかけずにいた。
しかし、これらの情報は緑龍テアルから聞いたものだから確度が高い。
ドラゴンに襲いかかる人間。
それが冒険者なのか。
何とも勇ましいものだ。
「すごく見てみたいけど…」
好奇心がくすぐられる。しかし、そういう勇ましい“冒険者”を捕まえて緑龍テアルに見せる。それはどういうことになるだろうか。
『見飽きてる』と呆れられるかもしれない、『珍しい』と喜ばれるかもしれない。
しかし、今、重要なことはそれが実現できる環境を、ドラゴンが潜むにふさわしい隠れ家を作ることだ。
考える。
ドラゴンは山や砂漠、沼地などを縄張りに決めて、金銀財宝を集めたり、魔法や学問の研究、狩りなどして過ごす。
価値観は皆それぞれで、中には瀬戸物の人形ばかりひたすら集めている者もいる。
火山島に棲むドラゴン。
とてもふつうに思える。
そういったドラゴンは火口とか中腹の洞穴とかに財宝を溜め込むものだ。
なるほど、ドラゴンっぽい。
そうなれば後は巣をどうするか、だ。
「夜に巣作りか…」
夜になれば人間は活動できなくなり、眠るはずだ。夜陰に乗じて巣を作れば警戒されることも少ないに違いない。
太陽を眺める。
時刻は昼前。日没までにはまだかなり時間がある。
待つのはもどかしい。
「今すぐ夜にしちゃえ」
昼が邪魔なら夜にしてしまえばいい。惑星を超音速で飛ぶことで昼夜を自在に逆転させてきたアストライアーならではの発想だろう。
桁外れの魔気容量を誇る孤高の八龍である。半島全体を覆う魔力場を発生させて光を屈折させ、地上から光を逸らす。そんな芸当ですら造作もない。
「んー」
天龍アストライアーがその膨大な魔力を光の魔術式に注ぎ、半島を覆う巨大な魔力場を構成させる。
天空レンズ。
地上に降り注ぐはずの太陽光線が屈折して海に向かう。
たちまち、昼が夜になった。
正午を迎えるはずの半島が闇に包まれたのだ。
「暗くなれば人間は眠るからその間に…」
アストライアーはほくそ笑んで待った。
人間が眠るのを。
雲が流れ、太陽が昇る。
しかし、昼は来ない。来させない。
天も、地も、気象も、昼夜も、何者もアストライアーの支配より免れるすべはないのだ。
ところが。
「あれ? 町の住人達、寝ない? 騒いでいる?」
天空であわてる超巨大ドラゴン。思い通りに行かない。
実はアストライアーが作り出した夜は光を屈折させただけの偽物であり。
夜空がない。
夜の空なのに月もなければ星も輝いていないのだ。
只、真っ黒な空間が広がっているわけで。
それは都市の住民に例えようもない恐怖をもたらしていた。
いきなり、昼が夜になったのだ。しかも、頭上には見たこともない偽りの夜空が広がっている。
当然のように人々はおびえて。
神官や神父、狂信者らが騒ぎ始めたのだ。
「この世の終わりだ!」
「神に祈れ!」
「最後の審判が訪れた!」
「救いは我らの神にしかない!」
ここぞとばかりの布教活動。ある意味ではさすがと、また、ある意味では肝が座っていると、言える。
恐怖を煽る声は街中に響き、住民は寝るどころではない。
祈って、嘆いて、ついには偽りの夜を退散させる祭りを催し出して、騒ぎに騒ぎまくっていた。
「あるぇ〜 あるるぇぇ〜」
アストライアーは当惑する。
天高く、瓦礫街リュッダと火山島を見下ろす空中を飛ぶ彼女から見て半島は夜に包まれているが、地上から空を見上げることができないので偽りの夜空に気づかないのだ。
「う、う〜ん…これはダメかも」
緑龍テアルの言葉が思い出された。
『天は地の地』
『地は天の天』
『龍と人はすれ違い』
『挨拶なんかしたことない』
『龍と人は知らんぷり』
『仲良くなれたら良かったね』
難しい。
難解だ。
まったく持って意味不明である。
だが、今のアストライアーの気分を代弁してくれる言葉だった。
「あぁ、やってしまった感あるわー」
悔いて、これはまずいと理解した。
まずは現状を回復させねば。
「んー」
光魔法を解除して、巨大な天空レンズを打ち消す。
日光が地上に降り注ぎ。
半島に昼が戻ってくる。
「ふゅぇー」
風魔法と汎観念動力による超感覚で瓦礫街を探る。
人々の様子が知れた。
今でも町の住民達が騒いでいるが、今度は恐怖ではなく歓喜のようだ。
何やら、祈ったり、崇めたり、祀ったり、忙しそうである。
「これでよし…と。それにしても宗教、ヤバい」
人間達が奇っ怪な動きを見せたことを悩んだ。
しかし、今は他にもやらなければならないことがある。
太陽を取り戻して落ち着いた住民達が天空の異常を探るべく光魔法による探査を始めることだろう。
いくら離れた位置を飛んでいても、この超巨体だ。さすがに察知されるかもしれない。
自分の姿が見られたら警戒される可能性がある。それはまずい。
「ん」
再び、魔力を込めて周囲に天空レンズを作り、己を照らして反射するはずの光を屈折させる。
完全な透明になった。
これで町の住民からは姿が見えない。
よしんば光魔法による探査をかけられたところで、自分のいるところには青い空が広がっているだけである。
もっとも虹色の瞳にも光が届かなくなり、周囲が真っ暗になるが、風魔法で音を聞き、超感覚で探るドラゴンにとっては何の問題にもならない。
「人間…なかなか一筋縄では行きそうもないね」
口元を緩めて笑んだ。
悪くない。
面白い遊び相手になってくれそうだ。
街の騒動を眺めている内に、都合よく天頂を過ぎた太陽がだいぶ傾いてきている。
もうしばらく待っていれば夜が来るだろう。
本物の夜が。
それに合わせて巣作りだ。
天龍アストライアーは火山島を眺めて、ドラゴンの巣にふさわしい構造を思い描く。
なかなか人化して街に入ってくれませんね。
暁光帝、強い割に慎重です(^_^;)




