わぁい、団体さんのお着きだぁ☆ いえ、暁光帝が招いたわけではありませんにょ。
暁光帝♀に助けてもらったのに、人間どもはそれを忘れて悪巧みをしていました。
許せません!
何としてでも悪逆非道の輩に鉄槌を!!!…と、思うべきところですが、ギュディト百卒長と百人隊に褒めそやされて暁光帝はいい気分に浸っています。
悪党どもの悪巧みに全く気づいていません。
このままだと童女は騙されて奴隷の身分に落とされてしまいます。
可愛らしい童女の運命やいかに!?
お楽しみください。
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社会的な危機が童女に迫っていた、まさにその時、海から不気味な気配が近づいてきた。
浜辺に集まったおっさん達はアスタを利用する新しい商売に夢中になっていたが、さすがに気づく。
「おや?」
「何だ、あれは?」
「むむ、奇っ怪な!」
あちこちから不安の声が上がる。
気絶した怪物どもを洗う白波の向こう、彼方の水平線、青い海の中に怪しげな影が見えたのだった。
「おいぃ!? 海の中に何かいるぞ!!」
「真っ黒な群れだ!」
「あれはまさかっ!?」
おののくおっさんどもが後ずさる。
初夏の太陽に照らされた海に大きな影が映り、動いている。
1つや2つではない。
たちまち、視界に入る海の全てに黒い影が動いていた。
「うわぁっ! あれは!」
おっさん達の叫び声はもう恐怖に彩られている。
バッシャーン!
波間からおぞましい異形の数々が現われた。
巨大な二枚貝から毛むくじゃらの足を伸ばしたクマ。
下半身が魚のオオカミ。
手足のない男の胴体に目玉と口が開いて蠢く巨人。
髭面の中年男の顔で吠えるオットセイ。
逆に顔がなく肉塊から手足ばかりが伸びる怪物。
身体が左右不対称な大男。
いずれもまともな人間からかけ離れた姿で、光の神を冒涜する醜い似顔絵のような化け物ばかりだった。
そのほとんどがヒトの成人男性よりも大きい。濃密な魔力をまとわせて海水を操っている者もいる。魔法が使える者も少なくないようだ。
100や200ではきかない。一面の海に広がり、その数は際限なく膨れ上がる。
「異形妖族だ! フォモール族の大軍が攻めてきたぞ!」
「すごい数だ!」
「これは戦争だぞ!!」
青黒い怪物の群れに悲鳴が上がる。
フォモール族の集団は半端な数ではなく、この幻獣どもの本気が伺える。
「ウギャァァー! エカル!」
「ケツカレヌ! ヒトノケツカレヌ!!」
「エカル! ばろーる、エカル!」
「オベド! ヒト、オベド!」
口々に叫ぶ化け物どもが並ぶ背後の海が割れて。
ザッパァッ!!
青い海から異様な巨体が現れた。眼球は4つ、通常の2個に加えて額に1個、後ろ頭に1個があり、全て閉じている。見上げるほどに巨大で頭からは鹿の角が生えた巨人は海藻で編んだ腰布を巻いている。
「ケツカレヌ、グヴァァァッ!!」
目をつむったまま、巨人が吼える。海原を揺るがすほどの大声だ。
「ま…魔眼のバロール!」
マッチョッキさんが絶句して立ち尽くす。
バロールはフォモール族の大王だ。四つ目の化け物で顔に付いている3つ目も後ろ頭の1つ目も全てが魔眼。開けば視線が破壊をもたらす。目玉はそれぞれ、1つは炎、1つは冷気、1つは毒、最後の1つは呪いだと言われている。いずれにせよ、見つめられるだけで破滅させられてしまう邪眼である。
恐ろしい怪物で現れるたびに建物を破壊し、人々を苦しめ、甚大な被害をもたらしてきた。
魔眼のバロールが配下を率いて迫ってきたのだ。
この規模だ。間違いなく、フォモール族は瓦礫街リュッダに対し、本気で戦争を仕掛けてきたのである。
今や、右を向いても左を向いても視界が怪物だらけ。
4頭でも強敵だったフォモール族が海を埋め尽くすほどに群れているのだ。
「うぐぐ…さっきの4頭は先遣隊に過ぎなかったのか……」
マッチョッキさんが後ずさり、拳を握りしめる。
「もうお終いだ……」
「我々に勝ち目は残っていない……」
「あぁ…もう破滅だ。破滅の足音が聞こえる……」
平和が戻ったと安心していたところへこの緊急事態。
絶望のあまり、おっさん達はすすり泣くことしかできなかった。
「助けてもらったのに…あの娘を騙して利用しようなんて企むからバチが当たったんだ……」
後悔の声が上がるものの、フォモール族の大軍は確実に瓦礫街リュッダへ迫っていた。
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アスタやナンシーのいる場所からでも緊急事態はよく見える。
「フォモール族が攻めてきたわ! 数は700…800…いや、もっと多いかも! 本格的な侵攻で間違いないわ!!」
キャロルが叫ぶ。こういうときは斥候が早い。波間に現われた異形を数えてみせる。
「しかも…(LmaxーLmin)/(Lmax+Lmin)…望遠眼!」
借りた携帯用魔術杖で砂地に魔法陣を描き、素速く強化&弱化魔法の一種を使う。視覚の強化を試みたのだ。
「見えたけど…くっ!」
目を凝らして観察した。そして、歯噛みする。
海水浴場に向かう波の間にとんでもない怪物を見つけたのだ。
「魔眼のバロール! 大王様のお出ましだわ!」
大声で叫ぶ。
四つ目の巨人が頭から鹿の角を突き出している。あの大きさ、目をつむった顔、見間違いようがない。フォモール族の王が直々に大軍を率いてきたのだ。
こうなっては戦争以外の道はない。
そして。
「馬鹿な! この数は…本格的な侵略か!?」
さしものギュディト百卒長も狼狽している。
美女だが、脳みそまで筋肉でできている百卒長はこの場が戦場であることを理解している。だから、あわてている。
引き連れてきたのは百人隊だ。常日頃、しっかり自分が鍛えてきた精鋭部隊だが、名前の通り、100人しかいない。この寡兵でフォモール族の大軍を相手取ったらほぼ確実に全滅だろう。いくら考えなしの百卒長でもこれだけはわかる。
できることは1つしかない。
「我々は足止めに動く!」
叫んだ。
「百卒長!?」
「いくら何でもあの数は!」
「我々だけでは無理です!」
「死は恐れませんが、犬死は嫌です!」
背後に控えていた百人隊から口々に抗議の声が上がる。
「グギギギィ…サスガニ百人隊ダケデハ押サエキレナイゾ」
「いくら何でも無謀だわ! 兵隊さんがみんな死んじゃう!」
荒鷲団の2人も悲鳴を上げる。
けれども。
「む…むぅ…そうだですね。そうしてください、ギュディト百卒長。敵勢が多すぎて他にできることがありません。私が援軍を呼びますから」
眼鏡を光らせ、博物学者ビョルンが言葉を返す。
あの大軍、あの数は脅威だ。しかも、海水浴場という防御の薄い場所を狙われてしまった。
幻獣にしては珍しく社会性を持つフォモール族は今まで治安上の問題であっても軍事的な脅威ではなかった。
たまに港に現れて港湾設備や船を破壊したり、水夫達を襲ったりする、嫌がらせのような襲撃を繰り返してきた。それでも中級の冒険者パーティーで十分対応できたので冒険者達が撃退してくれていた。フォモール族は形勢が不利と見ればすぐに海中へ逃げてしまうので討伐にまでは至らない。実際、かなり厄介な幻獣ではあった。
社会性と言っても指揮官に率いられて集団で暴れるくらいだ。
これほどの数を揃えて軍事侵攻してくるなどの兆候は今まで見られなかったのである。
このような動きを特異な感覚で察知したからアスタは龍の巫女を用意したのだろうか。
「今の今までフォモール族はここまで統率の取れた動きは見せてはいなかったのに…今回は魔眼のバロールが奴らを率いているからでしょうか。大王が目蓋を開いていないことだけが幸いですが、やはり……」
ちらり、童女アスタに目をやる。
超巨大ドラゴン暁光帝が人化してこの街に降り立ったことがフォモール族を刺激したのか。
人間にはわからなくても同じ幻獣だ。アスタの正体を感じ取ったのかもしれない。
だが、ありえないと頭を振る。
暁光帝に気づいたから何だというのだ。
フォモール族の大王が配下を引き連れて表敬訪問しに来たとでも?
そんな殊勝な連中ではないだろう。
「アスタさん……」
黒い肌の百卒長も童女に目をやっている。
この危機も何とかしてくれるのではないかと期待しているのだ。
そして、妖精人のナンシーは。
「アスタ…まさか!」
目を見開いていた。
危機だ。
間違いなく今、瓦礫街リュッダは危機に陥っている。
風前の灯である。
只でさえ強力な幻獣が視界の左右いっぱいに広がるほどの大軍で攻めてきた。しかも、上陸されてしまっているから頼みの海軍も役に立たない。
こうなれば最強の冒険者パーティー紫陽花の鏡が出撃するしかないのだが、今の自分は水着で装備も心もとなく、腕の立つメンバー達もあちこちに散らばってしまっている。
手の打ちようがない。万事休す。
けれども、真の脅威はフォモールの大軍ではない。
たった1つだけ手があるのだ。
アスタである。
童女が人化を解いて正体を現せばいい。
暁の女帝様がこの場に顕現なされればフォモールの大軍など物の数でない。
ただし、瓦礫街リュッダも一緒に滅亡するが。
自分と仲間達も三途の川を渡ることになるが。
真の脅威はフォモール族ではない。
目の前の童女だ。
アスタがどう動くのか、それだけで世界の運命が決まる。
エルフを始め、博物学者、百卒長、荒鷲団、全員の目が童女に集まっていた。
しかし、当の本人は。
「1025頭…畜生、多すぎる!」
驚異的な視力の虹色の瞳で海岸を見つめ、悪態を吐いていた。
4桁の頭数を正確に数え上げた。斥候キャロルの望遠眼をも凌駕する眼力である。
もっとも、驚くべきはその態度だ。
「えっ、アスタが悪態を吐くなんて!」
とりわけエルフが驚いている。
昨日からの短い付き合いだが、童女のことはかなり理解が深まったと思っている。そして、彼女は“優しく上品でおしとやかな貴婦人”と評されている。
もちろん、昨日から今までその口から悪口など漏れたことも聞いたこともない。
そのアスタが口汚く“畜生”と罵ったのだ。
よほど不味いことが起きたと考えるべきだろう。
「やはり敵勢がきつすぎるの…?」
それ以外には考えられない。暁光帝ですらおののく大軍なのか。
不味い。
非常に不味い。
手こずるなら暁の女帝はためらわない。殺戮と破壊の化身らしく、人化を解いて超巨大ドラゴンとして正体を現すだろう。
そうなれば街も自分達も破滅する。これから自分が死ぬことを気づく間もなく消滅させられるに違いない。
真の脅威は目の前で怒っている、この童女アスタである。
「アスタさん、怒ってますよね? それも物凄く……」
口ごもるビョルンも気づいている。今の状況がフォモール族の大軍を差し置いて非常に危機的であることに。
「もしかして…世界の危機ですか?」
「あぁ、もしかしなくても完璧に世界の危機が訪れているわ!」
「何と!? 瓦礫街リュッダの危機よりも先に世界の危機が訪れてしまいましたか!!」
「安心なさい。心配するだけ無駄だから。アレとか、コレとか…これから死ぬことさえ気づかずに消滅させられちゃうわ」
為政者2人は真っ青になり、絶望の表情を浮かべている。
「この娘ってそんなに…ヤバイの?」
「グギャギャ、コノ子供ハ洒落ニナラナイホドニ危険ダ!」
不安は荒鷲団の2人にも広がってしまう。
「むぅ…これは何事? いや、やるべきことをやるだけだ」
黒い肌の麗しき百卒長は迷いを払わんと頭を振って。
「諸君、我々は敵の足止めを行う! 港の大通りまで下がって陣を敷くぞ! 十字弓の準備だ!」
猛々しく吠える。
浜辺は障害物もなく、敵の攻撃を真正面から受けてしまう。ここでの戦闘は避けたい。そこで臨港道路の倉庫などを掩体として射撃戦に徹するのだ。幸い、十字弓も担いできたのである程度はしのげるはず。
「おおっ! それなら魔法を使うフォモール族とも渡り合える!」
「さすがは我らが百卒長だ!」
「冴えてるなぁ……」
百人隊のあちこちから称賛の声が上がる。
脳みそまで筋肉でできているギュディト百卒長も戦争についてだけは有能なのだ。その圧倒的な肉体も含めて部下達から敬われてもいる。
「では、任務がありますので…我々はこれにて失敬します」
百卒長は踵を返す。部下の男達が肩までもない。やはり、巨女は迫力がある。女性の部下からは憧れの視線が注がれている。
「あ…あぁ……」
「そぉですか……」
博物学者とエルフは気もそぞろでろくに視線も向けなかったが、仕方あるまい。
理由はよくわからないものの、今、暁の女帝様が激怒しておられるのだ。
もう軍隊がどうこうできる時期はとっくに過ぎてしまったのである。
2人は人化した暁の女帝様の一挙手一投足に目を奪われている。
そして、肝心のアスタはどうしているかと言うと。
「みんなが遊ぶ海水浴場にあんな大勢で押しかけるとは何たる非常識。うむ、仕方ない。ボクが最終調整者として叱ってやらねば」
けしからんと憤慨してから、ゆっくりと海に向かって歩き出す。
「えぇぇぇっ、最終調整者!?」
ナンシーは思わず、叫んで。
「あの大軍を叱るって…どうやって? まさかっ!?」
ビョルンは眼鏡を震わせながらおののく。
他の誰でもない、暁の女帝様が御自ら叱るとおっしゃっておられるのだ。当然、母親が子供を、上司が部下を、百卒長が軍団兵を叱るようなことでは済むまい。
“エーテル颶風”や“破滅の極光”と言った、世界を滅ぼしかねない、ヤバイ御業が否が応でも思い出されてしまう。
2人とも顔色が真っ青になっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
ついに! こちら、拙著『人化♀したドラゴンが遊びに来るんだよ』でもインターネット小説投稿サイトで人気の一大イベント、モンスターのスタンピードが発生しました☆
いえ、最初のプロットで“南ゴブリン族の大移動”と“アールヴ大森林の大虐殺”を予定していて、「これにてモンスターのスタンピードとして人気テンプレ回収!!!」と思っていたんですよ。
でも、あれ、歴史上のお話ですし。主人公の関わらないスタンピードは駄目でしょうね。
…というわけで瓦礫街の危機です☆
もとい、世界の危機です\(^o^)/
主に主人公のせいでwww
今現在、童女の姿に人化していますが、手に負えないと判断すればすぐにでも人化を解くでしょう。
そうすると……
システムメッセージ:「世界の破壊者さんがログインしました」
……困りますね〜
さて、そういうわけで次回は『押し寄せるモンスターの群れ! 瓦礫街リュッダの危機! 今こそ、暁光帝が立ち上がる!』です。
請う、ご期待!




