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第九十六話 力線の朝

 見上げた星空に陽が昇り、濃紺の空にグラデーションが掛かる頃、私は屋敷で自分にあてがわれた部屋にて思考を巡らせていた。


 言うまでも無く、あの不死鳥とコンビで覇者の塔に挑戦するにあたっての対策についてである。


 眠らない私にとって巡る時間は常に傍にあり、豊富なそれを充分に活用することが出来る。


 考えるべきは、本当に連れて行くべきか、という事である。


 ナタリアが言っていたように、私も彼女ほど『弱い』魔物を見たことが無かった。


 火が灯っていない灰の状態では、ほんの微かな魔力しか感じることが出来ない。


 だがひとたび火が付けば、その魔力は文字通り、彼女の身体から燃え盛る火の如く立ち上る状態となっていた。


 だがそれでも一般人以上、そこそこの冒険者未満といった所だ。


 しかもスピネが言っていたように、それは長続きしない。


 あまりにもムラが有り過ぎる。


 しかも火が付く条件が『興奮する事』と来たものだ。


 今の所、燃料をくれてやって妄想させている間にしか燃えている所を見たことが無い。


 戦闘中に妄想しながらでないと戦え無いというのは、どう考えても致命的だ。


 そもそも性格的に、彼女は戦う事自体に向いていない気がする。


 ゼラは戦いを好んではいなかったが、少なくとも本質的な部分で、性格が攻撃的ではあった。


 だけれども、スピネの後ろに付いて自ら人里に向かい、辿り着いた都市で背負った借金の返済に対して労働を選択する辺り、あの子はそういうタイプではないだろう。


 内向的、と言うには少し違う。


 内政的、だろうか。定めた縄張りの内側で仕事をする事を好むタイプだ。少なくとも外へ打って出るタイプでは無い。


 出来れば、戦いを選択させずにこの都市で暮らして欲しいが、魔物である彼女が一人で生きていくのは難しいだろう。


 私やゼラの存在が公になっている現在でも、スピネの様な保護者(後ろ盾)がどうしても必要となる。


 そもそもこの都市に入れたのだって、私やゼラの様な存在が都市上層部に周知されていた上で、高名な冒険者であるスピネの口利きがあったためだと言う。


 手続きに時間が取られてムカついたと、こっそりとスピネが教えてくれた。


 しかしそんなスピネはこの都市に定住するわけでは無い。あくまでも塔の攻略を目的に滞在しているだけだ。


 なんだかんだ言って不死鳥の彼女を気に入っている様子のスピネは、付いて行きたいと請われれば無碍にしたりはしないだろう。


 しかしスピネの向かう所、それ即ち戦いの場だ。


 そもそもこの世界の構造的に、安全な都市の外側以外は全て危険地帯と言っても過言ではない。


 結論、やはり何にしても鍛える必要がある。


 飲み会の場であったが、ナタリアの発言は全て理にかなっていた。


 競争の件にしても、勝ち負けは別として鍛錬として考えればその方がずっと効果的だ。


 正直ハメられた気がしないでもないが、実際頼られている訳で、そこまで悪い気もしていない。


 さて、そうなると戦い方を考えなければならない。


 私は持ち込んだ武装類と装備品の目録を思い浮かべながら、脳内でシミュレーションを繰り返す。


 私自身の鍛錬と、彼女の安全、そして効率を重視する。


 何時の間にか、部屋の外には光が満ちていた。


 他の部屋や廊下で人が動く気配が感じられる。


 私は自分の身体に埃などの塵が付いていないことを確認すると、一足早く朝食の場へと足を運んだ。


 食べたりはしないが、同席することに意味がある。


 準備を整えていた使用人の方々に挨拶を行い、私は彼らが用意してくれた新聞に目を通す。荒い印刷だが、判読に支障はない。


 ふと、不死鳥の子が言っていた言葉が思い起こされる。


 薄い本の文化か、予感でしかないが、既にありそうだな。


 そうこうしていると、身だしなみを整えた人物から私が待つ食堂に入室して来た。


「おはよう、ライラ」


「おはようございます。アダムさん」


 配膳されたパンやサラダを美味しそうに食べるライラを見て、私も心の空腹が満たされていくようだった。


 勿論、私の視線は新聞に向いたままだ。


「おはようございます」


「おは~」


 ロットやメルメルも入室してくる。ロットは珍しくしっかりとした身だしなみをしていたが、メルメルはいつも通りのボサボサ髪に乱れた服装だ。


 ちゃんとしなさい。


「みなさん、おはようございます」


 マールメア、君は何故その有様で人前に出られる。頭が爆破オチの後みたいになってるじゃないか。


 年少組が揃ったところで、グレース達年長組が姿を現さないことにライラが気付いた。


 それは、そうだな。


 多分全員死んでいる。


「おはようございまっす!」


 フレンの入室と共に、ロットが彼にグレース達について尋ねた。


 フレンは内心の動揺が漏れ出ているその長い耳を揺らしながら、彼等はちょっと準備に時間がかかっている旨をロットに伝える。


 どうやら彼は様子を見てきて、その醜態を確認したようだ。


 意趣返しではないが、私はグレースやナタリア達を迎えに行ったりするつもりは毛頭無かった。


 そうして二日酔い組を待つ間、昨日別行動だった彼らが収集した情報と私が得たそれをすり合わせる事にした。


 露店に並ぶ魔物の素材や、街の治安、覇者の塔の攻略についての情報など、それらは多岐に渡った。


「後は、バトランド皇国の皇室に、変な動きが有るそうっす」


 どうやら、都市の間では妙な噂が広まっているようだ。


 この辺りは、ガルナが戻って来た際にでも話を聞くのが良いだろう。


 談笑しながら食事を楽しんでいると、食堂の扉が控え目な音を立てて開いた。


 私達の視線がそちらを向き、何人かが、あっと声を上げる。


 私は、パーマネトラ以来の久しぶりに会う顔を見ることになった。


「お邪魔しているよ。ベルナ君」


「お、お久しぶりです。皆さん」


 ベルナ・バートン。


 この屋敷の持ち主であるガルナ・バートンの姪孫(てっそん)であり、つまり彼女にとってガルナは大叔父にあたる。


 大分離れた血縁ではあるが、ガルナは事の他彼女の事を気にかけていて、先だっての事件でも彼女の事を優先して立ち回っていた節がある。


 ガルナ自身は老獪と言うべき性格の人物ではあるが、それが今一つ、私が彼を嫌いになれない理由でもあった。


 パーマネトラでは秘薬を巡る事案で失態を晒してしまった彼女だが、今現在はその影響も抜け、一から鍛え直している最中であるという。


「お久しぶりです。ベルナさん」


「おひさ~」


 ライラ達が挨拶を返す。


 ベルナはロットの方を軽く見ると、申し訳なさそうにその視線を逸らした。


「久しぶり」


「ええ、ロット殿もお元気そうで何よりです」


 フレン、後で話すから此方をチラチラ見るな。


 メルメル、手で三角形を作っても無意味だ。関係図を作ると、毎回うちのライラは恋愛系の矢印が何処も向いていないからな。


 なんとも毎回、電車ごっごの様な青春が繰り広げられるな。


 まあ、それで良いと思う。ライラには彼氏彼女なんぞまだ早い。


 ライラ、もっとパンを食べるか? サラダもちゃんと食べなさい。


 前に会った時よりもやや影が濃くなった様子のベルナは、私達から少し離れたところに座ろうとしてライラに呼び止められ、年少組の一団に近い場所に座ることになった。


 ライラ達が会話を続け、私がフレンにせがまれ新聞を分けたりしていると、ようやく大人共が食堂に顔を出す。


「おそよう。グレース、ナタリア、セルキウス」


「おそようございます」


「おそ~」


 私の意地悪に皆が乗る。


 可哀想に、彼等はそれに言い返す元気もないようだ。


 全く、仕事で来ているというのにな。


「すみません、水を、下さい」


 ナタリアの要望に、使用人方が大きなガラスの水差しを追加で用意する。水差しには柑橘系の果物が切り分けられて入っていた。


 昨日何があったのか察したロットがちょっとソワソワしている。


「ロット、昨日君のお母さんに会った。噂以上の人だったよ。今日、魔窟の前で待ち合わせしているから、準備が済んだら会いに行こう」


「お、おう」


 流石に魔窟に入る前なら素面だろう。


 まさか、メイドキャバクラに魔改造された酒場に連れて行くわけにもいかないからな。


 一先ず競争の件や、私やゼラと同質の存在である不死鳥の件等は触りだけに留め、私達は朝食を終え外出の準備を行うことにする。


 行き先は一緒なので、ベルナも同行してはどうかと誘った所、かなりの逡巡があったが、結局ロットの言葉で行くことに決めたようだった。


 メルメル、三角形マーク気に入ったのか?


 私は出かける前にマールメアに協力を要請する。


 屋敷の庭、外からは見えづらい位置で今回の身体の調整を行うつもりだった。


「操剣仕様ですか? 六本? 魔法使い構築かと思いましたが……。ああ、なるほど」


 拳大の魔石が鍔部分に埋まったカッターの刃の様な見た目の両刃の長剣を、両腰に三本、計六本取り付ける。


 腰の位置が高い身体なので、地面に引き摺る事はない。


 身体の装甲は最低限で、シルエットはかなりスマートなままだ。


 その上から、魔法使いが身に着けるローブをマントの様に前が開くように改造した物を身に纏う。


 マントには留め具に魔石を使用している他、布地自体に金属糸が組み込まれているので、ある程度私の意思で操作できる。


「指先の接続用金属綱はどうです? また、未接触状態での操作感度は良好ですか?」


「両方とも問題ない」


 早打ちを行う銃士の如く、私は指先で両腰の剣に軽く触れ、それを前に放り出す。


 両腰に備え付けられた二本の剣が、まるで投擲された槍の如く前方に射出され、それらは二メートルほど進むと空中で静止する。


 そしてそのままの位置で縦に半回転すると、まるで剣舞を繰り出す様に、剣達は私の意のままに操作されていた。


 前方で舞い踊る剣達には私の指先から伸びる細い金属のワイヤーが接続され、それが巻き取られると共に手元に戻って来たうちの二本を私はしっかりと掴んだ。


 そのまま、右手の人差し指だけを立てる。


 同時に、両腰に残る四本の剣が私の手を触れていないままに外れ、刃の先端を上にして周囲を旋回し始めた。


 それらは切り、払いと全く同じ動きを繰り返し、やがて元の位置へと戻って行った。


「お見事です。以前に実験した通り、一先ずは問題無いようですね」


「実戦使用についてはぶっつけ本番になってしまったがな」


 あの不死鳥は前衛も後衛も望めない。


 私が彼女の前衛として張り付いてしまった場合、遠距離からの攻撃に充分に対応出来ない可能性がある。


 かと言って距離を開ければ、無防備になった彼女の身が危険だ。


 だから、私が遠近両方に対応出来るように装備を整え、前衛であり、同時に後衛を務めるのが良いだろう。


「ついでに、お守りもどうです?」


 そう言ってマールメアが車から取り出したのは、前世では主に創作物内でハンドキャノンと呼ばれる類いの大型拳銃だった。


 しかも二挺。


 あまりにも大口径のそれは、人間が扱おうと思ったら、実はゴリラの親戚でもなければ無理な代物だ。


「弾丸は?」


「雷球弾四発、水鋼弾四発です。土属性は、自前で用意して下さい。火は、暴発の危険が有るので採用出来ませんでした」


 装填のために操作すると、銃本体が折れる様に開いて単発込め式のシリンダーが露になった。


 目を輝かせているマールメアの手前、一応貰っておく。


 拳銃本体は腰の後ろに互い違いに取り付ける。


 そして銃弾は、手首から腕の中に内蔵しておく事にする。これで手首から発射することも出来る。


 拳銃からでなく腕から撃とうと思ったら、その腕が吹っ飛ぶことを覚悟しなければならないが。


 こうして、今回の私の身体は一応の準備を完了した。


 基本は神どもが渡して来た『魔法』の修練を目的とした形態で、自由に扱える魔力量を重視したため装甲や重量はかなり抑えられている。


 『アダム:フォースシューター』とでも名付けよう。


 マールメアは満足げに頷いているが、この名称は不死鳥の子には教えないでおこう。


 先日の邂逅の際、ナタリア達経由で大体の年齢までバレてるから、この上そんな名称を自分で付けたとバレたら正直恥ずかしい。


 いや、こういうの大好きなんだけどね。


ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。


何れも土の下にいる作者に良く効きます

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