第九十五話 身代わりの術
「それで、連合はこいつどうすんの?」
なんとも酷い有様の不死鳥を前に、スピネ氏が意見を求めてきた。
当初の予定では、現状を説明して、可能であれば私達に協力して貰うつもりだった。
だが、ナタリアお墨付きの弱さと、この嗜好を持つ彼女を、世界の命運を賭けた怪物退治に巻き込む気がどうしても起きない。
「因みに、君はこの世界で……気になっていることとかあるかい?」
流石に知っている顔を見たか、とは聞き辛い。
私はそれとなく、我々に共通する筈の懸念事項について質問してみた。
「印刷所ってあります? 薄い本の文化を広めたいんだけど」
良し。この子はそっとしておこう。
元々義務なんて無い話だ。別方向から世界に混乱を招くかもしれないが、嘗ての勇者だって結局は好き放題やった筈だ。
彼女も好きに生きても、バチは当たらんだろう。
決して関わり合いになりたく無い訳では無い。
「えーと……アダム、さんは皆さんとはどう言う関係です?」
不死鳥からの質問が飛んでくる。
アダム気を付けろ。此奴は世間話から燃料を掘り当てて来るぞ。
私はこれまでの経緯を当たり障りのない範囲で彼女に説明した。
その甲斐あってか、彼女の発火状態は少しずつ鎮火していった。
「やっぱ、着いても直ぐに火が消えちまうな」
スピネ氏は吸い終わった吸殻を灰皿に突っ込む。
逆に、彼女はこれからどうするつもりなのか、グレース達が今後の予定を伺う。
「あ? 決まってんだろ。登るんだよ。つーか登ってる。お前らだって目的は覇者の塔だろうがよ」
当初の目的である二つ。
一つは我々の目の前で正座しているが、もう一つは計画継続中だった。
「この子、スピネ先輩はどうしたいですか? 一応、保護者? ですし……」
「此処の借金返す迄は、こっちで面倒見てやるよ。その代わり、私はお前のツケで飲む。お前、急いで稼げよ。借金、増えるばっかりだぜ」
不死鳥が悲鳴を上げる。
憐れな。
「拾って下さいー! 何でも、何でもしますからー!」
足に縋り付くんじゃない。絵面が最悪を通り越してるじゃないか。
彼女は火の粉を目尻から放ちながら喚いている。そのなり振り構わない様子に、流石のセルキウスまでもがドン引いていた。
「お金が要るなら、良い方法があるわよ」
酒を煽りながらナタリアが呟く。
その発言に、私の足元の彼女が救いの神を見つけた様な視線を向けた。
「魔窟で稼ぎなさい。強くなれるし、お金も稼げる。一挙両得ね」
そして絶望の眼差しをこちらに向ける。
そんな目で見るな。
一応私も通った道だ。だがまあ、確かにデッドオアアライブなのは否定できないが。
「スピネさん! 私達、仲間ですよね!? 後ろ付いて行って良いですよね!? 荷物運びとかやりますよ!」
「お前、時々燃やすだろ。懲りたわ。それに自分は前世ちーと? とか言うのがあるから、不労所得でうはうは出来るとか言ってたじゃねえか」
うーむ。スピネ氏、此方をチラチラ見ないでくれ。
グレース、セルキウス、こっちを見るな。
「つまり、燃えなくて、面倒見が良くて、元々覇者の塔に登るつもりの人がいれば良いのよね」
ナタリア貴様。言って良い事と悪い事があるぞ。
そんなやついるはずないだろー。
「不束者ですが、宜しくお願いします」
くっそ! 逃げらんねえ!
「いや、こう見えてやる事が多い身だからな。君を連れて登るのは時間も掛かるだろうし」
「アダム、人に教える事で見えて来るものも有る。俺はロット達を鍛える事でそれを学んだ」
「癪だが、そこの山猿の言う通りだ。自分を知るために似た様な存在を知ると言うのは、実に合理的だ」
逃げ道に回り込むんじゃない!
足元の不死鳥がまた発火し始めたぞ!
「良いこと思い付いたわ。競争にしましょう。本格的な支援のための後続部隊が来るまでの間、ロット達とアダム達でどちらが高く登れるのか」
ナタリア、余計な事を言い出すんじゃない。
話がトントン拍子で進む中、私は机の上にある空のグラスの数が猛烈に増えている事に気づいた。
全員、酒が入りまくっている。
苦手な先輩の前だからか、酔う事で誤魔化そうとしたのか分からないが、まともなのは私だけの様だった。
「ナタリア分かってんじゃーん。お前が言わなきゃ私が言ってた。寧ろ私の意見で良くね?」
いや、こいつらスピネ氏が何を言い出すか先読みして此方に押し付けてきたな。
こういう時に同期の絆をいかんなく発揮してきやがって。
し、仕方が無いなあ。年長者だし? わ、私も、お、大人だからさ。
私が快く引き受ける旨を伝えると、喉元の小骨が取れたとばかりにスピネは飲み会の開始を宣言した。
ここから開始なのかよ。
後輩どもは無理やりに盛り上がりを見せている。
「食べ物を頼むときは、オプションの魔法の言葉がお勧めです。マージンが……いえ、きっと気にいると思います」
不死鳥貴様。魔窟では容赦せんぞ。
そしてやけくその飲み会も宴もたけなわとなり、私達は随分と陽が落ちた中解放された。
「すみません、アダムさん。身代わりにしてしまい、本当にすみま、う」
分かっているナタリア。これは所謂必要な犠牲に過ぎない。
男二人は、魔物にも屈しない屈強な身体をぐったりと弛緩させ、私の両肩に抱えられていた。
スピネはまだ呑むつもりらしく、店の中に戻って行った。
あの子の借金を返す目処が付く日は果たして来るのだろうか。
こうして、私と不死鳥は出会った。
結論として、この世界の神はクソだという事実を再確認し、私は腹が立つほどに美しい星空を見上げたのだった。