第九十四話 腐敗したクソ雑魚不死鳥
不死鳥。
その外見は様々であるが、概ね全身を炎で包まれた怪鳥の姿を取る。
炎の温度は通常のそれとは大きく異なり、触れても火傷を伴わない程に低い事もあれば、可燃性の物体が近付くだけで燃え上がるほどに高温の場合が存在する。
最大の特徴として、不死鳥は疑似的な蘇りを行う魔物である事が挙げられる。
大きな損傷に伴って、不死鳥は自身の炎を減じさせ、遂にはそれが無くなると全く動くことが無くなる。
その様子から、炎が消える時、それが不死鳥が命を終える時と思われていたが、実際は休眠状態であるだけというのが判明している。
炎が失われた不死鳥は、その見た目が全身が灰に塗れた形態と成り、それは時間をおいて再び燃焼を開始する。
そして火が充分に身体に回れば、また活動を再開する。
研究により、不死鳥は『核』が存在し、それによって自らの身体となる灰や炎を操っている事が証明された。
嘗ては近似の魔物として鳥型魔物が列挙されていたが、実際の所最も近いのはスライムやゴーレムなのである。
つまり、目の前の醜態をさらす女性は、本当に私のお仲間である可能性が高いという訳だ。
「ふぇ? 不死鳥? わたし? ……ふぇにふぇに」
鳴き声のつもりか。
「先輩。不死鳥はもっと強力な魔物です。それに彼女はどう見ても火が消えています。不死鳥なら動けるはずありません」
ナタリアが酒の入った瞳で容赦なくスピネの仮説を断じた。
「いや、こいつほんのちょっとだけ燃えてるんだよ。胸のとこに小さく亀裂が有って、そこの奥は光ってる。それに、燃料をやればもう少しだけ燃えるんだ」
胸の奥。
その言葉で、男性陣の眼が仕方が無しに彼女の慎ましやかな胸部に向かう。
……盛り上がりが少ないから、良く分からない。
「セクハラー! セクハラですよスピネさん! それにアルハラ! さっきのパワハラも含めて三倍満ですよ!」
三倍満は意味が良く分からない。
それにしても、これまでの発言で転生した存在であるのはほぼ確定したが、何の魔物であるかはいまいち掴み処が無い。
「君、自分が何者なのか分からないのか?」
私は女性に向かって声を掛けた。
「うぉっ! 声渋っ! えー……。気づいたら、こんなでした。裸で……。そしたら知識がワーッと来て、分かんなくて逃げ回るうちに、流れ流れてここにいますー……」
魔物に襲われた際などは、兎に角逃げていたらしい。
兎に角が生えた奴や、人型のキモイ奴、お化け木の実などの弱い魔物にも勝てる気がしなかったとは、本人の言葉だ。
弱い。
これで不死鳥を名乗ったら、全国の不死鳥さんが炎の温度を上げる程、弱い。
「転生したら、最底辺だった件……」
そんな悲しい話嫌だよ。
「成り上がろうにも、イベントが起きて、拾われたのがスピネさんだし。スピネさん、私を槍の先に括り付けて振り回すんですよ! 少しは火が燃えるだろうって! おまけに金遣いも荒い!」
「いや、金はお前も使いまくるだろ。この間、賭けで小遣いを殆どスッてたろうが」
「あれは絶対儲かるはずだったんですー!」
なんて展望の無い女なんだ。
私達の彼女を見る眼差しが、憐れみを増していった。
「それにしても、人型である、灰色である、火が付いている? 俺も不死鳥だと思うが、確信が持てないな。メルメルにでも聞くのが早いんじゃないか?」
酒を飲むグレースがそんな提案をする。
私もそれが確率が高い気がする。
「山猿。教え子に教えを乞うなど、お前は本当に昔から頭の出来が山猿だな。ナタリア、君も酒が回り始めているぞ」
赤い顔で言う台詞ではない。
だが確かに、グレースが聞くのはちょっと情けない気がしないでもない。ここは実績のある私が聞くのが良いだろう。
そう考えていると、目の前の女性から煙が立ち上り始めたのに気付いた。
少しずつ、体色も変化し始めている。
「おっ。燃えて来た。燃料をやればもっと燃えるぞ」
スピネが楽しそうにその様子を眺めている。
燃料?
「あー、そうだな。こんなのはどうだ? そこのグレースとセルキウスは腐れ縁でな。ガキの頃から剣術大会やら何やらで競い合ってたらしい。だから妙な所で距離が近くてな。学校の野外演習の時、魔物の臓物を頭から被った二人は、なんとそこら辺の河で洗い流し始めたんだ。ケツ丸出しにしてな。それでお互いの裸を見て、鍛え方が足りないとか……」
うわ! 燃え出した!
女性の頭が頭頂部から赤熱し、背中から生える鳥ガラの様な羽から火の粉が舞い始める。
「うーん……。魔物としては、雑魚も良い所だけど、どうやら本当に不死鳥のよう……ね」
ナタリアが遂にその存在を認めた。
「ふへぁふへぁ……えっ? わたし、やっぱり不死鳥なんですかね。ふぇにふぇに!」
ダブルピースをしながら生き生きとした表情に変わった女性が、またも取り繕った様な鳴き声を発する。
ふぇにふぇにはやめろ。
燃料の正体に嫌な予感を覚えつつも、私は重要な事を聞いていないことに気付いた。
「そう言えば、君の名前は?」
その発言に、彼女とスピネ氏はちょっと困った顔をする。
おい、まさか。
「決めてない」
あっけらかんと声を揃えて発せられたその言葉に、私達は呆れ顔を返す羽目になった。
「だって、何の魔物だかも分からないのに、そんな軽々しく決められません!」
「私も、名付けなんて、ロット一人で充分だったし」
では、不死鳥だと判明した今なら、何か思いつくのではないかと尋ねた。
「んー。パッと思いついた名前が有るんですが、畏れ多くて使えません」
煙を上げながら女性は悩む仕草を行う。
私はそれについて話を促すことにした。
「だって『フォークス』ですよ! フォークス! ダン〇ルドアのペット! きっと校長室でスネ〇プ先生と校長の逢瀬を見て来た不死鳥! あー、どうせ不死鳥になるならフォークスが良かったかも」
分かった。
分かったってば。
分かったから掛け算の話をするな!
「ハリ〇タ知りませんか? 必修だと思うんですけど」
知ってるよ!
だからやめろとって言ってんだろ!
「あんなに強くリ〇ーを想っているのに、鬼畜ダンブ〇ドアに迫られてあんなことやこんな事をさせられているス〇イプ先生……。うう……夢小説が読みたくなってきました」
本当に、やめて下さい。
J.K.ローリング先生ごめんなさい。