第九十三話 大人ども
私の知っているメイド服よりも胸元と背中が大きく開いた、扇状的なそれを身に纏った女性達が出迎えを行う。
彼女達は私達の手を取ると、半ば強引に客席へと案内を行った。
他に客もいない店内を、困惑しながら進む。
内装が全体的にピンク系で、何と言うか全体的に如何わしい。
やがて、最も奥まった席に連れてかれると、そこにはメイドを両脇に侍らせた先客が脚を組み、踏ん反り返って待っていた。
「来るのが遅いぞーお前ら」
酒の入ったジョッキを掲げ、明らかに泥酔した顔色の女性がそこにはいた。
長い脚、赤い髪、整った顔には右目を縦断する大きな傷が存在するが、それが女性の魅力を損なう事は無い。
蠱惑的な女性と悪戯小僧の様な雰囲気が共存している、実に不思議な印象を私は覚えた。
そして同時に、彼女こそが私達の探し人、スピネ・ガレーである事を確信した。
「先輩、何ですか此処?」
心底げんなりとした様子のナタリアがスピネ氏に問うた。
彼女の右腕には、如何にも媚びた態度のメイドが未だにしがみ付いている。
因みにメイドは私達男性陣にもしっかりと身体を寄せていて、他の二人は感触を大いに楽しんでいる様だった。
酒も出てるし、完全にメイド喫茶じゃねえな此処。
「中々いい感じだろ? 私が来た時はただの寂れた酒場だったんだけどな。ツレの意見を参考にして、店主が大改革したんだよ」
「何やってんですか」
ナタリアが呆れ返った声色を発する。
本当にその通りである。
私は未だ腕に密着する女性に離れる様に声を掛け、その肩に触れる。
「ここから先は別料金となりまーす」
悪質すぎる。そう言うつもりでは無い。
セルキウス、シレッと財布を出そうとするな。
グレースは胸板触られて嬉しそうにしてるな。
そしてナタリア、お前意外と動じてないな。女性の顎を撫でて、相手を陶酔させてるんじゃ無い。
お出迎えが強烈過ぎて、先制攻撃を食らった様な気分だったが、ようやく私達はスピネ氏と同じテーブルに着く事が出来た。
メイド達は、そのままそれぞれの隣に座ったままである。
「おーおー。アンタがアダムか。確かにゴーレムだ。それにやばい強さだな。山猿、お前負けてんじゃん」
スピネ氏はテーブルの灰皿に突っ込まれていた、紫煙が残る細身の吸殻を自分の口に戻す。
「私もだけど」
じっとこちらを見つめる瞳は、先程までのお巫山戯たそれでは無い。
歴戦の冒険者は伊達では無い事が、充分に伝わって来た。
そんな挑戦的な瞳を見て、私は出会った当初のロットの事を思い出していた。
確かに、親子だ。
「スピネ先輩、アダムは魔物ですが、良い人間です。それよりも早く本題に入りましょう」
「ナタリア、お前三十にもなって落ち着きが無いぞ。折角再会したんだし、先ずは酒でも飲もう」
「まだ二十代です」
「早くこっち側に来いよー。おーい! 同じ物持って来てくれー!」
先輩が奢ってやると言いながら、スピネ氏は自分のジョッキを持ち上げて注文を行う。
因みにセルキウスは状況を楽しむ態勢に入ってしまっていた。
セルキウス、お前が学生時代にどう操縦されていたか目に見える様だ。
そしてグレースは運ばれて来た酒に目線が行っていた。
とても子供達には見せられた光景じゃ無い。
班分けの時のナタリアの表情の理由がここに来て分かってしまった。
「そう言えば、何で息子を連れて来てないんだよ。都市に来てるよな? なー、来てるだろ?」
連れて来なくて良かったよ。
「先輩、ロットにはちゃんと素面の時に会ってあげて下さい」
酒が入ったグレースが、至極まともだが説得力が減じた台詞を放つ。
「……なんだよー。意地悪すんなよな」
「スピネ先輩、別に我々は意地悪で言っているわけでは無いです。彼の気持ちも考えてあげて下さい」
メイドの肩を抱きながらのセルキウス発言は、あらゆる意味で台無しだった。
「良いから、早く、ツレの魔物とやらを呼んでください」
いつの間にか、運ばれて来た自分の分のジョッキを空にし、私の分に手をつけ始めていたナタリアが据わりつつある目で発言した。
こわ。
「このお嬢様怖ーい。すっごくカタ〜イご主人様、わたしの事守って〜」
いつの間にか私の膝の上で横座りになっているメイドだが、これは決して自分の指示では無い。
ナタリア、その目でこっち見ないで。
催促を渋々といった面持ちで受け入れたスピネ氏は、離れた場所でキセルを吹かしていた年配の女性に声を掛ける。
彼女が店主なのだろう。彼女がそのまま従業員用と思わしきスペースに引っ込むと、奥から若い女性の騒がしい声が聞こえて来た。
暫くして引き摺られながら登場したのは、メイド服を着た、まるで頭から灰を被った様に、全身が灰色をした少女だった。
店主は、まるで借りて来た猫の様に諦めの表情を浮かべた少女を私達の前まで引っ立てると、そのまま彼女を置いて元の位置まで戻って行った。
「ど、どうもー……。悪い魔物では、無いでーす。ふへえー」
灰色の少女は、引き攣った笑みを浮かべ、床に座ったままメイドを侍らすこちらを見上げていた。
絵面が最悪だ。
「スピネさーん! なんでわたしもこの格好しなきゃいけないんですかー!」
少女は突如として紫煙を燻らせるスピネ氏にキレ散らかした。
「いや、お前の発案じゃん? 飲み代のツケ代わりに店舗改革を言い出したのもお前だし。ついでに言うなら調子乗って高い酒飲んだのもお前じゃん」
「うう、前世知識でチート出来ると思ったんですうー。まさか清酒もカクテルも既にあるとは……最早、エロに頼るしか」
自分が考案した衣装を着て地面に突っ伏す哀れな少女は見ていて憐みすら感じる。
酒が飲める様なのでもしかしたらもっと歳はいっているのかもしれない。
そんな彼女の大きく開いた背中から、人間には存在しない、一対の小さな何かが飛び出ていた。
それは、まるで燃え尽き、露わになった羽の骨格の様に見えた。
私同様にそれを見咎めたナタリア達の顔色が変わる。
「手紙じゃああ書いたけど、脱がせてみたらこんなのが出てきたんだよ」
吸い終わったタバコの替わりを取り出し、親指と人差し指を弾いて小さな火を生み出したスピネは、それで火を付けながら言った。
「こいつ、不死鳥じゃね?」