第九十二話 スピネを探して
これからお世話になるお屋敷で働く方々にご挨拶を終え、私達は各自の部屋割りを決めた。
ありがたい事に一人一部屋を使わせていただくことになり、屋敷内で入ることを遠慮してもらいたいのは家主であるガルナの書斎のみという話だった。
私達は使用人さん達の協力の元、荷物をそれぞれの部屋に運び終わると、一旦リビングルームに集まる事にした。
今後の予定を決めておくためである。
「じゃあ今日は、スピネ先輩探索班と、都市の情報収集班に分かれましょう。何か緊急事態が起こったら、信号筒を使う様に」
そう言ってナタリアが全員に短い筒と針が懐中時計のような品物を手渡して行く。
筒の方は見覚えが有った。
嘗て魔窟の最終制圧を行う際に、最下層で私が使った物と同じ魔道具だ。
懐中時計の様な物の蓋を開いてみれば、そこには硝子張りの下に針が一本だけ備えてあり、対応する信号を受け取るとその針が方向を指し示すのだという。
皆、服に備え付けのポケットなど直ぐに取り出せる場所にそれぞれを仕舞っていく。
全裸という訳では決してないが、服を着ていない私は収納場所に一時迷ったが、結局は昔の様に手首の中に格納することにした。
緊急時見やすいように、懐中時計は蓋が開く方を手首の内側に持ってくる事にする。
スピネ氏が既にこの都市にいるのは、手紙が送られてきたことから確実だ。
しかし、二班に分けるとなると考えなければならない事がある。
「ナタリア、班分けはどうするつもりだ」
セルキウスが彼女に問いかける。
ナタリアは少し困ったようにしながら、グレースと子供達、そして私を見た。
「そうね……あまり良い分け方とは言えないんだけど、基本は彼女と面識のある人間と、それ以外で行きましょう。でも、アダムは魔物の件があるからスピネ班ね」
私はその班分けに反射的に異議を唱えようとしてやめた。
心配なのは確かだが、ここまでの道すがら確認した限りでは、英傑都市は深い所まで路地を行かなければ治安が悪いという訳でもないようだった。
それに、ライラ達も立派に成長している。
初めて会った時点で、安全のためグレース達が一緒だったが、魔窟の中を攻略可能であると見なされる実力はあったのだ。
「ナタリアさん。俺はロット達に着いて行くっすよ。俺はスピネさんの顔を知らないですからね」
フレンが手を上げてそう発言する。
私の気持ちを慮ってくれたのだろう。
「私もライラちゃん達に付いて行きます。安心してください。え、なんですかその目は!?」
ライラ、マールメアをちゃんとに見ておくんだぞ。
こいつ、露天の不思議な素材に目を奪われっぱなしだったからな。
こうして班決めは終了した。
私と共に行くのは、ナタリア、グレース、セルキウスの三名だ。
それ以外の人間は都市の情報収集を行ってもらうことになった。
私達は屋敷の人間に外出の旨と夕飯は外で摂る可能性を伝え、街へと繰り出した。
ライラ達は大通りから都市を見て回るとの事だったので、私達はいきなり本命に向かうことにした。
ヴァルカントの冒険者ギルドである。
スピネ氏の目的が覇者の塔であり、彼女の素性を考えれば当然そこが最も居る可能性が高い。
大通りに向かうまでは全員一緒で進む。
そして分散の運びとなったのだが、私たちの目的地である冒険者ギルドは即座に見つかった。
というよりも、都市に入った時から見えていたというべきだろうか。
この都市のそれは、都市中央に聳える魔窟、その根本に埋もれる様にして存在しているのだ。
「念の為言っていくが、冒険者は特に連合の人間に良い感情を持つ人間ばかりでは無い。フレン、お前がきちんと対応するんだ」
グレースが、彼にしては随分と小声で注意を促す。
それは、残念ながらライラ達には耳にタコが出来るほど聞いた忠告だった様で、彼女達はすんなりとそれを受け入れていた。
そして私達は二手に分かれる事となった。
私は少しして辿り着いた冒険者ギルドを眺める。
超大型魔窟の一階層部分を使ったそれは未だ嘗て見たこともない程に巨大で、まるでこの都市の矜持の文字通り土台であるかの様にどっしりとした構えを見せていた。
外縁に幾つも設けられた入り口を潜り、その内部に目を遣る。
外からは感じられなかった喧騒と熱気が、私の無機物の肌にも伝わってくる様だった。
あちこちに大小様々な掲示板があり、黒板の様なそれには雑多な情報が書き込まれている。
文字を読めない人間のために図案化された物が多い中、文字ばかりが記載されているにも関わらず、多くの人間がその前に集まっている一際大きな黒板があった。
「ヴァルカント名物、『順位表』だ」
面白そうに頭から文字を追っているグレースとは対照的に、セルキウスは興味なさげに言葉を発した。
「自分の名前ぐらいは皆読めるものね。それに、男の子は皆こういうのが好きよね」
少しだけ不満げな視線を二人に向けて、ナタリアが独りごちる。
「ナタリア、まだあの時の事を言うのか。校内美女順位表事件の時は悪かったよ」
ナタリアは悪戯っ子じみた表情で言い訳を行うグレースを見やる。
セルキウス迄もがバツの悪そうな表情をしている辺り、彼もそのランキングとやらに一口噛んだ覚えがあるのだろう。
「一生言ってくれて構わんよ。我が人生の恥だ」
じゃあ一生言ってあげる、とナタリアが笑った所で、私は目の前の順位表、その中間程に目当ての名前を発見した。
「スピネ・ガレー。間違いなくこの都市にいる様だな」
私の指し示した先を見たそれぞれが、出来れば居ない方が良かった、といった趣の表情を見せる。
止めろよ。不安になるだろ。
個人の感情はさておき、私達は目的を果たすため聞き込みを開始するのだった。
結論から言えば、居場所は直ぐに判明した。
スピネ氏はギルドの職員に、グレース達三人から居場所を聞かれた際居場所をを教える様に伝言を残していたのだ。
ただ、その際三人の容姿を大分主観的に伝えていた様で、戻ってきた三人は一様に憮然とした表情を浮かべていた。
私はと言えば、恐らくガタイの良さから一党への勧誘を受けまくっていた。
今の私はカモフラージュも兼ねてローブを身に纏っている。
そのためにシルエットは人間そのものな所為もあり、傍目からは兜を被った人間にしか見えないのだった。
私達は一路、教えられた店舗への道を進む。
入り組んだ道を進み、大分路地の奥まで進んでしまったが、私達一団に絡む輩などいる筈も無い。
そして、ようやく辿り着いた酒場らしき店舗の扉を、グレースが先頭となって開いた。
そこはーー。
「お帰りなさいませー! ご主人様! お嬢様!」
扉を開けた先はメイド喫茶だった。