第九話 熟練の歩み
しばらくは11時と17時投稿の1日2回投稿にさせていただきます。
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そうして第六調査隊の面々は、各自の能力を十二分に発揮し魔窟を突き進んでいった。
洞窟状の構造をした通路において、隊列は縦隊を余儀なくされる。三名ずつ二列となって進む彼らの隊列は以下の通りだった。
前列をグレースとロットが、中列をフレンとメルメルが、そして後列がナタリアとライラである。
索敵が必要な状況に応じてロットとフレンが入れ替わってその能力を発揮してもらい、一団の中では飛びぬけて耐久面が脆い、主に補助が役割のメルメルは常に隊列中央でその身を守られながら役割を果たしていた。
フレンは時に隊列から離れて前後列の先を常に警戒し、いち早くその弓矢を放って一撃を加えるか、あるいはやり過ごせる魔物ならば、周囲に警戒を促し無駄な消耗を防いでいた。
ロットは自身の扱う槍のリーチを生かした戦いを行っている。
幼いながらもその一撃は、既に魔物の外皮を貫き致命傷を与えるには充分な威力を秘めていた。
また、中列に下がった際にはナタリアから適宜必要な薬品を受け取り、フレンやグレースに支給を行っていた。
グレースは、自身の本来の得物ではない片手剣と盾を使用していたが、その剣技と身のこなしは一流の剣士に引けを取るものでは無く、前方からの敵を一切後ろへと通さなかった。
その研ぎ澄まされた感覚は、前方だけではなく背後にも向けられており、フレンの索敵と共に経験豊富な彼から出る指示は常に隊を支えていた。
ライラは自身の土魔法に必要な土元素が豊富な状況で、より一層その実力を発揮していた。
後方からの敵の接近をいち早く察知するフレン指摘の元、隊長であるグレースからの指示によく対応し、敵の接近を妨害するための『転倒』や遠距離攻撃用の『飛礫』を詠唱していた。
また、消耗した仲間を回復させるための魔法も、土魔法程得手では無いが彼女は会得しており、時折それを使用しては隊列を維持させていた。
だが魔法の使用という点において、その攻撃力としての側面を最も発揮していたのはナタリアであった。
その手に持った銀の指示棒のような小杖を彼女が振るうたびに、魔窟の大気は裂け、怜悧な刃となって魔物に襲い掛かる。あるいは、大気が凝縮され骨を粉砕するほどの圧力を持って敵に牙を剥いていた。
そしてナタリアの持つ薬品類もまた、魔窟の攻略に際しては欠かせないものである。
体力を回復する治癒薬類だけではなく、スライムの酸に対抗するために武器に塗布する薬物など、彼女の持つ手製の薬品の貢献度は計り知れない。
「全隊、小休止! 水分補給を忘れるなよ」
彼らにとって十階層付近の魔物など、物の数ではない。
それでもグレースを含め、第六調査隊の面々は油断せずにその能力を発揮していた。
それは隊員に少なく無い緊張を強いるものであり、それを理解しているグレースは必要に応じて休息を取らせていた。
彼らは既に十階層の階段を確保している他の部隊の手により、水などの物資の補給を受けていた。
もし途中の補給を考えずに探索を行うとするならば、彼らの装備などは今とは全く異なるものになっていただろう。
グレースはもちろんのこと、万が一はぐれた場合を考えて、体力の劣るメルメルも含めての食料や水などの充分な量の物資の運搬、携帯が必要となり、そもそも運搬を主にする隊員の増員が視野に入れられていただろう。
連合が、冒険者達から発見された魔窟の独占や、そこから生み出される物資の運用に対して、どれだけの非難を浴びても魔窟に対する対応を変えないのにはその点においても理由があった。
魔窟とは、人類にとっては紛れもない死地であるのだ。
魔物が溢れるこの世の中において、一攫千金や、ましてや浪漫などどいった理由で、実力も準備も足りていない人間が魔窟に飲み込まれて行くのを、連合は決して良しとはしていない。
魔物も魔窟も、その存在の一切を無くすことが出来ないのならば、可能な限り安全に対応する、あるいはその環境を整える事こそが連合の生み出された意義であり、存在価値あると彼らは確信している。
魔物の情報は共有し、対応策を広く頒布してその危機に備える。
また調査員、冒険者に関わらず、戦闘員については個々人の実力を把握して格付けを行うことにより競争心を高めると同時に、農村出身などの学習を受けていない人間であっても直観的に自分が対応できる強さの魔物を把握させることに成功している。
更に言うならば、人類にとって魔窟とは究極的に言えば『鉱山』、或いは『農場』として運営されるべき存在であり、そこから算出される素材が人類にとって有用と判断された魔窟は攻略、整備を行いその生産性を高め、逆に不必要と判断されれば、最下層の魔物を討伐してその魔物に宿る魔窟の核を破壊して、魔窟自体を消滅させるのだ。
グレース達第六調査隊の歩みは淀みなく続く。
そうして彼らは全く危なげなく、十三階層までの道のりを踏破していくのだった。
「つぎのかどをまがれば、かいだんだよ」
現在の階層の構造を、その手に持つ本から立体図として出現させているメルメルがそう告げる。
彼女の使用する『知識魔法』は、ライラやグレースの会得している魔法とは特色の異なる系統の魔法であった。
直接的に攻撃や防御に使用する呪文が少ない一方で、術者の歩みや、地形に関する知識を自動的に反映させ、空間に立体図として投影する『地図』や、やはり自動的にその記述を充実させていく『魔物図鑑』など、魔窟探索においてはこれ以上ないほどに適した呪文群を有していた。
メルメルの誘導により、彼らは次の階層への入り口を発見する。
それは、これまで何度も繰り返し目にした何の変哲もない、次の階層への階段。
十三階層への階段がそこにはあった。
だが、もし運命という物が存在するとして、それが目に見えるものだったならば、彼らはそれを目にしただろう。
十三階層への階段。そこには運命と呼ぶべきものが存在し、それを彼らは潜り抜けるのだ。
只人たる彼らはそれを知るすべもなく、その場所へと足を踏み入れていった。