第八十八話 お手紙
水彩都市パーマネトラでの一件から二か月、私はもうすっかり拠点となっているバイストマの街で、今後の展望について考えていた。
比較的落ち着いている現在、私は鍛冶師であるライラの祖父ゼブルの仕事を手伝いながら、王都に居る研究者達とも連絡を取り合っている。
そして彼らの協力の元、身体の調整や新装備の開発などに勤しんでいた。
並行して、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼の中でも比較的消化の難しい案件に対応させてもらうなどして、自身の魔力を向上させる努力は惜しまなかった。
だが、どうしても今一つ決め手に欠けるというのが実情だった。
「アダムさん、それ、あるあるですよー」
私の話を聞き、もひもひと口を動かして焼き菓子を食べながら、自宅の居間で寛ぐライラがそう言った。
次なる強さを求めてはいるが、具体的に何を行えば良いか分からないという悩みは、戦いを生業とする職業にはよくある物らしい。
ライラ達などは、走り込みなどの基礎的な訓練と並行して、各々が連合によって蓄積されたマニュアルに従って研鑽を続けている。
私にとっても確実な解決方法は、彼女達のように先達の経験に基づき指導してもらう事だ。
しかし、この世にゴーレムの指導を行える存在が早々居るとは思えない。
だが、自分自身、今現在のぬるま湯のような状況ではこれ以上の向上が見込めないと感じているのは事実だ。
知見を得るために、私は王都にいる元第六調査隊のメンバー含め、この間の騒動で得た各国の知人に向かって相談の手紙を送ることにした。
この際、毎週マールメア達から送られてくる私の改造案は、一先ず置いておく事にした。
パーマネトラで散水塔を無理やり動かした一件より、明らかに巨大兵器に心奪われている研究者がいるようで、その熱意が物量となって押し寄せている。
今回も私が私信を頼みに行った際、いつもの受付嬢が、代わりにどっさりと私宛の手紙を寄越してきた。
笑顔が怖い。
ちょっとだけ内容の確認を行う。
成る程、普段は砦だが、私が操作することで変形して人型になる巨大な移動可能施設を作ってはどうかという意見は、まあ、一考の余地が有ったがちょっと厳しい。
散水塔のあれが出来たのは、私とその存在意義を同じくする同一世界からの転生者であるゼラの協力、それに都市の人達の協力が非常に大きかった。
つまり、魅力的な提案だが、それを稼働させ続けるだけのランニングコストが今の私には無いと言う事だ。
返事を待つまでの間に現状を確認する。
私の身体はパーマネトラで新造した遺物の瓦礫を利用した物から既に換装している。
戦いには向くかもしれないが、ずんぐりむっくりとしていて普段使いには全く向かなかったからだ。
大体いつもこの問題に突き当たってしまう。
状況に合わせた服装をする事に疑問の余地はないが、状況に合わせて身体を変えるというのは、今でも少しだけ違和感がある。
今の私はかなり細身の成人男性に近いフォルムをしている。
昔の身体であるアドヴァンスドエディションを発展させた構造をしており、この前の戦いで大部分を失ったミスリル回路系も復活させた。
お値段はちょっと張ったが、パーマネトラに於いて解決した事件が大事だった事もあり、大部分が経費として国庫からお支払いしてもらえた。
こっそり多めに申請して、昔ナタリアに譲られた短杖を返却する事もできたのは幸いだった。
そして私も、彼女からアドバイスを貰い、右手人差し指一本の内部骨格をミスリル製に変えた。
私の使える『魔法』と呼んで良いのかは分からないが、前一件で本来の使い方とも言うべきそれを見出した力を上手く制御する為の工夫だ。
だが先に述べた様に、私はその扱いについても今一つ伸び悩んでいる。
この力はあまりにも感覚的すぎて、既存の魔法を真似たり、力任せに解き放ったりするならいざ知らず、意識して細かな制御を行うとなると途端に扱い切れなくなるのだ。
料理の例えるなら、基本的な切る、煮る、炒める等は問題なく、かつレシピを見れば普通の料理もそこそこ上手く出来る。
だが、完全オリジナルでプロ並みの料理が出来るかと言われたら、出来るわけがないという状態に似ている。
散水塔の時は言わば炒飯を作った様なものだ。
卵と絡めて火力で押し切れば、パラパラの美味しい炒飯が出来る。
何か違う気もするが、感覚的に説明すればこうなってしまうのだった。
因みに、私という核が抜け、文字通り抜け殻となったエンシェントゴーレム君は、現在冒険者ギルド前でお地蔵さんとなっている。
ゼブルの家に置くのも邪魔なので、洒落のつもりでそれらしいポーズをさせて入り口付近に設置したのだ。
勿論許可は取っている。
因みに当然、御利益などは無い。
元本人が言うのだから間違いはない。
しかし、いつの間にやら冒険や外への用事で都市の外に出る前に身体を撫でて行く習慣が生まれ、御供物までされる様になった。
雨の日には編笠まで掛けられている始末だ。
何故かライラまでも楽しそうに元私を撫でている。
マジでこの感情をどう表現したら良いか、見当も付かない。
そんなこんなで手紙を出してから一ヶ月、私は複雑な感情を齎すお地蔵様を横目にしながらライラ達と冒険者ギルドを訪れ、その返信を受け取ることになった。
王都で検閲が入った事もあって、全員分が同時だ。
私がその内容を確認しようとした時だった。
「ロット・ガレーさん。お手紙が届いております」
本人も寝耳に水だった様で、彼は驚きながらもそれを受け取った。
「だれから〜?」
「ベルナさんとか?」
ライラの発言に微妙な笑いを返しながらロットは宛名を確認する。
そして、その眼を見開いた。
「母ちゃんからだ」