第八十七話 プロローグ
ちょっと遅れました。すみません。
北の荒野に陽が昇る。
稜線から顔を覗かせたそれから降り注ぐ陽の光が、大地を舐める様に照らして行く。
その光は、土が乾き背の短い草がまばらに生えたその土地を露にし、そして一人の歩み続ける人物をも照らし出した。
昇る陽を背負いながら、ボロ布を頭からすっぽり被った何者かがふらつきながらも歩み続けている。
「燃料が足んないよお……」
ボロ布の内側から、年若い女性の声がする。
布の端からちらりちらりと覗く脚もまた、それを思わせる華奢で細身の美しい脚線美を誇っている。
だが、その肌の色には一切の血の気が感じられない。
灰が、形を成して動いている様だった。
「自家発電にも限界があるよお……誰かいないか、誰か……」
やがて女性は岩山の間を通る街道らしき場所を発見した。
ふらつきながら、幽鬼のようにそちらへと歩を進める。
しかし、岩山の影よりその歩みを留める存在が唐突に姿を現した。
「おい、そこのお前。ここを通りたきゃ、通行料を払うんだな」
現れたのは、三人組の薄汚れた男だった。
余り手入れのされていない仕事道具を身に着け、髭や頭髪などの身だしなみも乱れている。
あまりにも分かりやすい、賊だった。
だが、そんな存在を前に女性は一切の動揺を見せることなく、寧ろ嬉し気な様子を見せる。
「よっしゃ、異世界テンプレきたあ……。ごめん、ちょっと聞きたいんだけど、この先に人里ってあるう? 後、ここを通る馬車とかを襲う予定とか無い? そしてその中に高貴な身分の人いたり、そしたらそれを私が助け……ぐへへえ」
ぶつぶつと、女性は目の前の狼藉者達には全く理解できない言葉を捲し立てた。
そんな女性の態度に、賊たちの機嫌が見る間に悪化して行った。
「もごもご喋ってんじゃねえ! 女! 着てるもの全部脱げ! 顔を見せろ! 使えそうなら、命は助けてやるよ」
三人組の首領格であると思われる男が、その丸太の様な腕に携えた長剣を女性に向けながら言い放つ。
「え、あ、そうか。うわー。そういう目で見られるの、初めて過ぎる。てか、気付いたけど、わたし異性と話してる! 快挙じゃん! 異性と話すのいつぶりかよ! 自分の可能性に興奮してきたあ! 異世界最高!」
全く焦りを見せないどころか、未だ嘗てない反応を見せる女に、賊達は怪訝な表情を見せた。
「何だこの女。おい、もうさっさとやっちまおうぜ」
三人の中では一番年若い男が、首領格の男に向かって生意気な口を叩いた。
「お前、あんま舐めてるとまた分からせるぞ」
背の高い、槍を携えた男がそれに対して不機嫌な顔を覗かせる。
獲物を前に仲間割れを始めた賊達を眼にした女は、しかしまたもや奇妙な行動を取った。
「おほー! 三人は、そういう関係ね! 性欲が溜まる中、生意気な後輩とそれに憤る先輩。そしてリーダーに対する思い! 分からせ槍の人はどうやって分からせるのかなあ!」
灰色の両手をぶんぶんと上下に振りながら、女性は大声を上げた。
焦げ付いた、灰の匂いが立ち込める。
「あ、ごめん! マナー違反にもほどが有ったあ! ナマモノなのに! ごめんなさい! 久々の新規絵だったから耐えきれなくてえ……」
賊達の困惑が深まる。
布から露になった女の腕の色が、灰色から徐々に色味を帯びて行った。
「な、なんだお前」
「ああ~。燃料補給~」
不気味な女性の行動に耐えきれなくなったのか、槍を持った男がその柄の部分で女性を横から叩く。
「ぐええええええ!」
女は潰れたカエルのような声を発しながら地面を転がって行った。
ボロ布が外れ、顔が露になる。
それは、声の通り女性だった。
女は身体に付いた土を払いのけながらよろよろと立ち上がった。
首元まで伸びた灰色の髪に、ほんの僅かに紅が差した肌。
歳は十代中頃から後半の様だったが、童顔であるため男達からは、もう少し若く見えていた。
灰色の瞳の奥に、燻る様に残る赤い光が、男達を射抜いている。
控え目に言っても、その容姿は整っていた。
普通の女性だったのなら、男達は我先にと群がっていただろう。
女性が、燃え燻る灰の塊の如き姿をしていなければ。
顔を晒した女性の色が、徐々に変化していく。
内側から熱せられ、それが体表に影響を及ぼす。
灰の身体に熱が籠る。
「タンマ! 実はわたし、ぜんっぜん! 戦えないの! バトルはタンマ!」
「さっきから何言ってやがるこいつ! おい! お前、人間じゃないな!」
男達が、略奪と凌辱を目的だったそれを、討伐へと変化させる。
「ひ、ひえええええ! お助けえええええ!」
先程までの態度は何処へやら、女性は火が灯り始めた自分の腕を振り回しながら慌てふためく。
彼女が包囲され、攻撃されようとしたその時だった。
岩山の道を、新たな人影が歩いて来た。
「女一人に、男が三人。見っとも無いったらありゃしないわ」
その言葉に、男共は気色ばむ。
現れた女性は、美しく輝く赤毛の長髪を後ろの高い位置で一纏めにしており、女性にしては随分と高い背丈をしていた。
彼女が肩に担いでいた槍を外し、それを男達に向かって構える。
「槍のあんた。勝負してみるかい? ま、集団でないと女に声もかけられない男の槍だ。たかが知れてるけど」
その挑発に乗った男性は、しかし踏み込もうとした瞬間にその胴体に風穴があいていた。
その場の誰にも、動きが見えなかった。
一気に踏み込んだ赤毛の女性が槍を繰り出したという事実だけが、結果を持ってそれを周囲の人間に伝えていた。
残った男達が、慌てふためき逃亡する。
しかしそれも、あっという間に女性の槍によって命を散らされていくのだった。
その光景を目にした、灰の女が呟く。
「なるほど、わたしが姫ポジなのか……? いや、まって、グロいグロい! 吐く! なんか吐いちゃう!」
仕事を終え、襲われていたと思わしき女性の元に戻った赤毛の女は、地面に向かって情けない炎を垂れ流す女を見て呟いた。
「なんだい、この変な魔物は」