第八十六話 エピローグ
散水塔を巡る攻防から早一か月。
私達は未だパーマネトラの街に居た。
あの手この手で荒らしに荒らされた都市の復興の手伝いのためだ。
連合職員の端くれとして、魔物に荒らされた都市に何もしないという訳にはいかない。
それに、ゼラやサーレインも居る街だ。
もうすっかり仲間意識の芽生えた彼女達を放っておくわけにはいかない。
それは、他の人間も同じらしかった。
結局復興作業には、会議に参加するために集った人間の中で軽症だった者は全員参加となった。
流石にガルナやベルナの様に強かに身体を痛めつけられていた者は静養してもらった。
ベルナは流石に今回の件がかなり堪えたようで、まるで借りてきた猫の様に大人しくなってしまっている。
反面、やって来た猫達ことレストニア都市連邦のレンやミレ達は、事件の際に対して暴れられなかったからか、そのバイタリティをこれでもかと発揮していた。
彼女たちの大活躍によって、ジャレル君は都市中を駆け回る羽目になったのだが、彼には今後も強く生きて欲しい。
トレト老人は、大聖堂跡地近くの建物を間借りした緊急本部にて、包帯姿が痛々しいネゼタリア導師と今後について話し合っている。
彼の事は、ロットとリヨコが私と別れた後、無事に散水塔から救い出していた。
プレキマスの姿は、ゼラ達の前に正気を失った姿で現れたのを見たのが最後となっている。
今後も見つかることは無いだろう。
結局、導師の数は半分になってしまった事になる。
カルハザール共和国の二人は、今回の原因となった龍の秘薬を持ち込んだ犯人の出身という事もあり強い非難を浴びた。
しかし、彼らが事件当日霊峰で匿われていた事や、秘薬自体の認識を強烈に惑わせる作用もあって、その責任は個人に向かって追及されるべきものでは無いとの意見が主流となっている。
カルハザール共和国だけでなくバトランド皇国にもその薬は影を落としており、また二人が真摯に復興作業に従事している姿が街の人間に受け入れられたという事も、大いに彼らの助けとなった。
私達の尽力もあり、最近になってようやく街は落ち着きを取り戻しつつある。
ここで、レシナール導師や他の人間より聞いた今回の件のこぼれ話でもしようと思う。
ネゼタリア導師がレストニア都市連邦、正確に言えばトレト老人に頭が上がらなかったのは、彼が散水塔の存在を知っていたからに他ならないとの事だった。
散水塔の存在は、導師達に代々口伝で伝わって来た、パーマネトラの秘中の秘だった。
事件以前に導師とトレト老人以外で遺物の存在を知っていたのは、大昔に都市の外へ出た水の巫女姫であるイーヴァさんだけだったとの事だ。
若かりし頃の彼女は、立ち寄った先の都市であるハバンで、その頃から老人だったトレトよりその事実を教えられたのだという。
都市に戻ったイーヴァさんは、その役目を後進に託した後も、散水塔が誤って起動しないようにと歴代の巫女姫の付き人を続けていたとの事だ。
だが時が過ぎイーヴァさんも衰え、水の巫女姫の傍にいる事で間接的に導師達の力を抑える、その役目を果たせなくなって行ったのだという。
そうして危険な遺物を内包したまま、パーマネトラは繁栄を続けてしまった。
今にして思えば、レシナールやトレト老人、それにイーヴァさんも、手段は違えど散水塔の存在を決して漏らさずに状況を打破しようとして動いていたのが分かる。
プレキマスは巫女姫を手中に収めることで、都市に眠る遺物を同じく掌握したつもりとなって増長し、結局は破滅してしまった。
全ての原因となった散水塔だが、私とゼラが滅茶苦茶やった所為で、元の大聖堂の姿には戻らなくなってしまっていた。
良い機会なので、散水塔はその役目を終えた物とし、今はそれの解体作業を行っている。
臭い物には蓋ではないが、こんなもの、無い方が絶対に良いのだ。
うちのマールメアが大興奮しているのは見逃して欲しい。
その作業には勿論私も参加している。
正しく、疲れを知らないゴーレムの本分を発揮しているという訳だ。
この作業で大量に出る瓦礫を使わせてもらう事で、私の身体も随分まともな見た目に戻った。
「古代遺跡で宝物を守ってそうですね!」
これはそんな私の姿を見たライラの言である。
今の姿は魔力を流すと青く光る記号が表面に浮き出たストーンゴーレムだからな。
爆笑したメルメルにはこめかみグリグリの刑罰を受けて貰った。
そして今日の解体作業も一段落し全員で休憩を行っていると、如何にも演技の見え透いた慌て方でサーレインがやって来た。
「た、たいへんです。ゼラが、ゼラのすがたがー」
棒読みが過ぎる。
ライラ達と一緒に過ごす中で、当初は空元気を出していたサーレインも、最近になってようやく年相応の少女らしい姿を見せてくれるようになった。
仕方が無いので、遊びに付き合うとする。
「ゼラがなんだって?」
「みてくださいー」
サーレインの後ろから、自分はさっさと水を補給して元の姿に戻っていたゼラが現れる。
「おとこのひとにー!」
口ひげ生やした見た目にしてるだけじゃねーか。
他の部位は全く持って元のままなのが、投げ槍感を加速させていた。
反応に猛烈に困っている私達を見て、ゼラが顔の形状を元に戻す。
「やっぱりサーレインのネタじゃあダメねー」
「酷い! ゼラがやらせたんじゃないですか! 罰ゲームでネタ出しなんて、私には無理だってずっと言ってたのに!」
本当に何をやっているのやら。
ゼラ達に続いて、ライラ達もぞろぞろと現れ始める。
「目途が立ったのか?」
「ええ。間もなく各所から支援物資や人員が到着するわ。それで私達はいよいよお役御免ね」
私は一団に含まれていたナタリアに確認を取る。
彼女やリヨコに任せていた話し合いも、ようやく終わりを迎えたらしい。
この一か月での後始末が、ようやく終了したのだった。
「私とサーレインも、いよいよ都市の外か……」
ゼラが独り言ちる。
そんなゼラのローブの裾を、はにかみながらサーレインが小さく掴んでいた。
彼女の言う通り、ゼラ達はパーマネトラから外に出ることになっていた。
これは話し合いのかなり初期には決まっていた事で、名目は、秘薬撲滅だ。
各国に秘密裏に浸透している恐れのある龍の秘薬、その対処法として霊水が効果的であるというのは、実戦で嫌と言う程証明されていた。
パーマネトラから、今度こそ源泉より組みだした霊水を輸出するのは勿論の事、実績がある二人にはこれから各国を回って貰ってその対応に乗り出す事になったのだった。
会議は有耶無耶の内に終わったように思えるが、その内容自体は議事録としてしっかりと記録に残っている。
また、今回の件の立役者である私達の意見を通すなど、造作もない。
「初めは何処に?」
「レストニア都市連邦。カルハザールやバトランドは、サーレインにはちょっとまだ荷が重いからねー」
本気で対処するならレストニア以外に行くべきなのだろうが、ゼラの言う通り、サーレインにはまだ早い。
これは、嘗てイーヴァが行ったように、世界を見て回る修行の旅でもあるのだ。
始まりの街をスライムと共に旅立つのなら、それこそ順序は大切だった。
「俺達もバイストマに帰れるな。でも、車はどうするんだ?」
ロットが頭の後ろで手を組みながら疑問を口にする。
「そーだ、そーだ~。ばしゃだと~めっちゃ~じかんかかる~」
「――確かに。マールメアさんは散水塔の調査にかかり切りでしたし……」
私達がここまで乗って来た車は、分解され私の身体と成り、最期には分不相応な力の代償に吹っ飛んでしまった。
「アダムさんを改造して車にするとか……ですかね」
おいおいライラさん。
実はちょっと考えたけど、流石に資材が無いので無理だ。
安心してくれ、実はもう手は打ってある。
私は、ズヌバに向けて放った超巨大ウォータージェットの爪痕が残る大地を見る。
そして、それを上空から癒し続ける巨大な龍に向かって手を振った。
多分見えているはずだ。
「借りを返してもらうとしよう」
ヘイ、タクシー。
「偶には自分の翼以外で飛ぶというのも乙なものじゃな」
出立の準備を終えて、私達はグラガナン=ガシャの背中に乗りながら目的地を目指していた。
何故かシャール=シャラシャリーアまでいるのはご愛嬌だ。
「凄い凄い! ゼラ! 飛んでます! お空の上です!」
「あーはいはい。あんまりはしゃぐと危ないわよー」
そして何より、ゼラ達も一緒だ。
方向は南と西でまるで違うが、龍達の速度ならその程度まるで問題にならない。
「良いか? これはあくまでも借りを返しているだけだ。恩に報いるのは生き物として当然だからな」
うちの守護龍の所為ですっかり言い訳が上手くなったグラガナン=ガシャが、自分の背中の上ではしゃぎまくる子供達を尻目にそう言い放つ。
分かってる分かってる。
彼は蛇の様なその身体を蛇行させながら、噴出する水でその軌跡に沿って地上に雨を降らせていた。
尤も、余りにも高度が高いので、地上に着く頃には蒸発しているか、良くて霧雨だ。
「長生きはするものね!」
「下を見るな下を見るな――」
「ひゃっほー!」
「にゃっはー!」
行き先が同じなので、レストニア都市連邦の皆さんもついでに相乗りしている。
最初は恐れ多いとばかりに固辞していたのだが、最後には幼女様の雑なお言葉によって全員乗車と相成った。
彼らを眺めていると、ゼラが私の隣に座って来た。
フード付きのローブを身に付いているが、風圧がそれなりにあるためフードは被っていない。
「ねえ、どういう風の吹き回し?」
「なんのことだ?」
「とぼけないでよ」
ゼラが顎で前方を指し示す。
レストニア都市連邦に向かって、グラガナン=ガシャは飛ぶ。
南に向かって、遥か上空を飛び続ける。
「まあ、お礼だよ。ゼラ」
はぐらかすのは無理と判断した私は素直にその理由を告げた
球形の星の上に私達が生きている事を示す地平線が、次々にその姿を変える。
「ふーん? 無茶に付き合ってあげたお礼? それを言うならお互い様じゃない。約束、守ってくれたしね」
こてんと、私に自分の頭を預けながらゼラは言う。
「いや、そうじゃない。君やサーレインのおかげで思い出したことが有るんだ」
私はそれを邪険にすることも無く、言葉を続けた。
「ノゾミというんだ」
唐突な私の言葉に、ゼラは疑問符を返す。
やがて、地平線が全く異なる姿を見せ始める。
何時だったか、サーレインは願望を語った。
その姿が私の中で、病室に横たわりながら、ずっとそれに憧れていた娘の姿と重なった。
――それと名付けた自分を、後悔する程に。
一瞬の光の後、水平線が、私達の目前に現れる。
海だ。
「娘の名前だ。海を望むと書いて『望海』。それが娘の名前だ」
太陽の光を乱反射し光り輝くオーシャンブルーが、見るもの全てを魅了する。
感嘆の声が誰ともなく上がり、皆、その美しい光景に見とれていた。
その姿を、私達は最後尾で眺めていた。
ゼラがその大きな目を見開き、やがてぽつりと呟いた。
「あの子を、『美海』を、連れて行ってあげたかった。一度で良いから」
「私も、結局海にも連れて行ってやれなかった」
ライラが、メルメルやロット、リヨコやマールメア、それにサーレインの肩を次々と揺さぶりながら興奮を隠しきれないでいる。
それは、サーレイン達も同じだった。
皆が、この一時、幸福な世界の中に居た。
「そうね、連れて行ってあげられなかった。最期まで――」
それだけ言うと、ゼラと私は寄り添いながら目の前の光景を眺め続けた。
そうしていると、ふとライラが離れた位置で見守る私達に気付く。
そして引っ付いているゼラを見咎めて、ほんの少し唇を尖らせた。
ライラは満面の笑みを見せるサーレインに告げ口すると、彼女は顔を赤くして、興奮する集団から二人で少し離れた位置に陣取った。
何やら内緒話をしている様だった。
「誤解されちゃったかな~? なんてね」
まったく。妻への言い訳がどんどん長くなるな。
ライラ達の内緒話が、風下に居る私達に微かに届く。
「あやしい」
「いやでも」
「れんあいはじゆう」
何を話しているのやら。
いつの間にか二人はすっかり仲良くなっている様だ。
話の流れは、私達の関係性を探るものから、お互いに私達をどう思っているかにシフトして行く。
「どう、おもってる?」
「ライラせんぱいは?」
この話題に余り聞き耳を立てるのも拙いかと思い意識を外そうとするが、横にいるゼラはお構いなしに聴力を全開にしている様だった。
「うーん風が邪魔。アダム、風よけになって」
それだけ言うと、ゼラは私の身体の後ろに回り込み、両手をちょっと大きく変化させ、それを頭の横に添えて思いっきり盗聴スタイルを取った。
やめなさいよ。
しかし悲しいかな。私の聴力も人間のそれとは比較にならない。意識せずとも彼女達の声がこちらに届いてしまう。
どうやら彼女達は、お互い同時に先ほどの質問の答えを言い合うことにしたようだった。
私達の事を、どう思っているか。
なんだかんだ言って、私も気になってしまっているようだ。いかんいかん。
「せーの」
次の瞬間、風向きが変わり横合いから突風が吹く。
おと……さ……みたい。
おね……ちゃ……みたい。
私には、それだけしか聞こえなかった。
がっつり聞き耳を立てていたゼラなら聞こえていたかもしれない。
そう思って彼女にこっそり聞こうとして――。
片手で自分の後頭部を覆い隠す。
私は、前を見つめることにした。
二人の少女が海を眺めて笑っている。
その仲間達もまた、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
甲斐はあった。
何より、そう思えた。
私の後ろに座り込む女性に背中を貸しながら、今は只その幸福を噛み締めていた。
龍は飛び、その軌跡に舞う大きな水の粒は、やがて虹の一部となって大地を照らす。
水は廻る。
それは流れ、辿り着き、姿を変えて出会い、廻る。
水は廻る。
雨と成り、川と成り、命と成ってまた天へと廻る。
やがてはその最果てに光と共に輝くのだろう。
そしてまた、出会い続ける。
了
拙作の投稿を始めてから二ヶ月と少し、皆様の応援のおかげで無事第二部も書き切ることが出来ました。
本当にありがとうございます。
第二部は登場人物があれよあれよと増え、どいつもこいつも勝手に動き回り大変でしたが、何とか当初の予定通りに着地させることが出来ました。
次の第三部は、登場する予定のキャラの所為でギャグ多めになるのかな、と考えております。
宜しければ、またお付き合いいただければ幸いです。
2020.08.07 どといち