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第八十四話 気合い十割

 無人の野をズヌバが駆ける。


 ようやく、失われた己の力の一端を取り戻すことが出来たのだ。


 彼は喜色に満ちていた。


 結局グラガナンもシャールも、ズヌバに直接手を出すことは殆ど出来なかった。


 ふざけた言い訳でちょっかいは出してきたが、そのしっぺ返しをしっかりと喰らっていた。


 それは彼自身が、未だ龍として世界に認識されている事実を証明している事に他ならないと、彼は考えていた。


 己が龍に危害を加えても、もう何も反動が来ない事は、自分が特別な存在になったためであると都合よく解釈している。


 実際は、本体も含め今の彼を構成する物質が、元は人間や魔物だった物である事に由来している事には気づけないでいる。


 誰もがそう呼び、彼は認めていないが、最早彼は龍を廃されているのだ。


 彼は心底、命に狂っていた。


 ズヌバは今や、僅かに残った龍の力に奪った命の塊がへばり付き、それが今も妄執で動き回っている存在に過ぎない。


 禁を侵して自分の命が削られながら、それを補うためにより多くの命を貪った時から、ズヌバは世界に満ちる魔力を操作することが出来なくなっていた。


 龍だった者。


 それが今のズヌバの本質だった。


 彼は、矮小な姿で蘇った時からずっと、失った力の代わりを求めて彷徨っていた。


 弱くなった手足の代わりに人間を惑わし、世界を嗅ぎまわって探し続けていた。


 だが、それも過去の話だと、彼は有頂天だった。


 まずは、現在は彼の身体の中に埋まっている装置が有った地点や、グラガナンが収まっていた霊峰の山頂の様に、魔力を吸い上げやすい地脈の結集点に向かうのが先決だと、彼は思考を続ける。


 それでようやく、今の身体を彼の本体に相応しい物に整えることが出来るはずだった。


 彼は喜色に満ちていた。


 しかし、ズヌバは不意に遥か後方から不自然な魔力の流れを感じた。


 勝利を確信したニヤついた笑みを張り付けたまま、ズヌバは己が蹂躙した都市を見やる。


 そこには――。


***********


「ゼラ、何故私達がこの姿に生まれ変わったのか、考えたことはあるか?」


「それ、今関係ある?」


 不機嫌そうに私の質問に質問を返したゼラに、私はただ、ある、とだけ答えた。


「私達をこの姿にした神どもは、成功した試みは何度でも繰り返すのだという。では失敗したのなら、流石にそれを改善するはずだ」


 神々は、嘗てズヌバを倒すために、この世界の縛りの外にある別世界の人間を呼んだ。


 彼らを戦わせる動機付けのために、人選はこの世界に生まれ変わっている人間と所縁のあるそれを選んだ。


 自分の世界の人間を人質にしたとも言う。


 そして、彼等は龍の助けを借りて、見事廃龍ズヌバを撃退した。


「試みは成功した、と思われていた。最近まではな」


 だが、私の視線の先に悍ましい蜥蜴が尻尾を巻いて逃げ出している姿が見える事から分かるように、結局は廃龍を滅ぼすことは出来ていなかった。


「きっと、龍の力で龍は倒せないのだろう。効率的に傷付けあう事は出来ても、(ほふ)れても、消滅させられないんだ。彼らは、どこまでもこの世界のルールの上に成り立つ存在だから」


 右手に持った、龍の力が色濃く宿る原本遺物オリジナルアーティファクトであるグライプニルを強く握る。


 この世全てに魔力は宿る。


 ありとあらゆる物の中に存在しそれを構成している魔力は、例え形を失ってもこの世界の中で輪廻し続け、いずれまた何物かに生まれ変わる。


 龍を倒し、それを魔力として世界に還す事が出来たとしても、彼らを構成していた魔力は消滅などしていない。


 純粋に魔力のみで構成されている龍という存在は、極細かく分かれた魔力になろうとも、僅かにでもその残滓が世界に残るならば、それは時間をかけて歪ながらも復活してしまうのかもしれなかった。


 最早龍とは呼べない存在まで堕落したズヌバの存在が、その考えを証明していた。


「つまりどういう事?」


「龍を完全に消すには、もっと『上の力』でないとダメだって事だ」


 神は世界を作り、そこを管理する龍を生み出し、人を作って魔物を蔓延らせた。


 (なに)で作った?


「私が、『土』で君が『水』だゼラ。この考えが正しければ、多分、後二人来てる」


 前にメルメルが私に語った創世の神話。


 神が見出した四つの力、四元素。


 火、水、土、風。


 魔力そのものの基本属性、その『根源』。


 私は嘗て、何処でもない空間で私の行く先を指を示した何者かを思い出していた。


「実はチート持ってるって話なら、無理があるでしょ。私、あのお二人さんに瞬殺されるレベルだし。貴方も、最強ってわけじゃないでしょ」


 ゼラがこの場に残る龍達に視線をやりながら反論する。


 その通りだ。


 龍と比べるまでも無く、今この時点で私達より強い存在は、広い世界、探せばきっといるだろう。


 それにただ倒すだけなら、何も一対一で無くても良いのだ。


 初めてライラ達に出会った時、あの魔窟に詰めていた人員全員に本気で討伐されようとしたら、私は為す術が無かっただろう。


 だが、確信が有った。


 私達には、『それ』が宿っていると。


「前に、辺り一面に散らばった岩石を引き寄せて身体を作ったことが有る。その時は、無我夢中だったから余り疑問に思わなかったのだが……」


 よく考えれば、少しおかしい。


 ライラも使う事の出来る『土操作』の魔法でも同じ様な事は恐らく出来る。


 しかしそれは、岩石を集め、身体として最適な位置に組み合わせ接合するという複雑な工程を可能にする魔法ではない。


 もし出来たしても、あんな一瞬で行える訳が無かった。


 私は今の今まで、本当に『魔法』を使っていたのだろうか。


 あの時も含め、私は本当は何をやっていたのだろう。


 今まで使っていた魔法は、全て既に存在する魔法を模倣して同じ効果を発揮させていただけに過ぎないのではないだろうか。


 ライラ達が語る魔法の在り方と、私の魔法はもっと根本的な所で異なるように思えてならない。


 何故なら私は、今までもずっと『こう在れ』とのみ、念じてきたのだから。


「ゼラ、君はVXガスなんて作り方も組成も、何も分かっていないだろう? 私だって金属の組成なんて良くは知らないからな」


 その言葉に、ゼラは黙った。


 そう私達はずっと、ゴーレムだから、スライムだからと自分達の持つ特殊性を深く考えないでいた。


 私達は、ずっと、土を、水を、この世界を構成する最も根源的な要素を、その自覚は無しに意のままにしてきたのだ。


「そ、それがそうならさ。なんで今負けてんのよ」


「負けてない」


 私の持つグレイプニルが、長く、長く伸び、塔を伝って都市の地面までその先端を届かせる。


「出力の問題だ」


 先ほどお使いに行かせた幼女が何時の間にか塔を降りて、大きな独り言をライラ達に向かって叫んでいるのが足元に確認出来た。


 思えばシャール=シャラシャリーアもずっと抗ってきたのだろう。


 身を削りながらセーフラインを探って、今もこうして世界のルールに抗っている。


 独り言を聞いたサーレインが意気揚々と人々の前に立ち、その腕を掲げているのが見えた。


 周りの人間も、それに同調して腕を突き上げる。


「ぱわー!」


 良く分からない言葉を叫んでいるな? 誰の影響だ?


 子供は本当に、良く分からない流行に直ぐ感化されるな。


 何故こっちを見るゼラ。


「身共は引き続き土地を正常化する。それで土地の魔力も活性するだろう」


 グラガナン=ガシャがそう言うと、塔に預けていた頭を持ち上げ距離を取った。


 再び、彼の身体から雨量の減った慈雨が土地に降り注ぐ。


「出来る限りで良い。無理はしないでくれ」


「何、本来の役目を行っているにすぎん。そういう事だ、神ども」


 ちらりと上空を見上げながら、グラガナン=ガシャは笑った。どうやら彼も吹っ切れたようだ。


 私の持つグレイプニルから、自分のものでは無い魔力が次第に流れ込んでくるのを感じる。


 私はそれを、身体の各部に存在する魔石に注いでいった。


「もう一度だ、ゼラ。頼む」


 そう言って、再びのゼラと合一を要請するが、彼女の顔は浮かない様子だった。


「ねえ、もう、いいんじゃない? まあ、ムカつくけど、あいつ、どっか行っちゃうしさ」


 そう言って彼女は私に背を向けた。


「ゼラ」


「ていうか、ここまでの大事、私にどうにかしろとか無理だし。世界って何よ、龍がどうとかわかんないし! 私、ただの二十四歳のキャバ嬢だし! アダムだってアラフィフの、多分サラリーマンでしょ!?」


 ゼラの身体が震えていた。


 戦いの熱の余韻が抜けて、人間としての心が急速に戻っているのかも知れなかった。


 それは、寧ろ当然の反応だった。


「そうだな。そうだ。ゼラ、君にとってサーレインは妹の生まれ変わりで、私にとってはライラが娘の生まれ変わりだ。私達はそれを盾にこんな事をやらされている一般人だ」


「その言い方、ずるいって」


「彼女達は、私達の事を覚えていない。私達も、記憶を少なからず失っている。だが、私は、私達は諦めきれない。どこかでずっと願っている」


 いつかは互いに全て思い出して、前世とは違う、幸せな物語としての『続き』を得られるんじゃないかと。


「やめてよ。勝手な妄想で言わないでよ。全然違うから」


「私はどうやっても、振り払えない。彼女のこの世界での父親を恨みもした。自分なら、『次は』もっとちゃんと立派な父親をやれるのにとな。言い訳はしない。本当は、ずっと、そう思っているんだ」


 ゼラは身体を抱きかかえながらその場に蹲ってしまった。


 その向こう側に、逃げていくズヌバの姿が見えた。


「『次』じゃない。『今』よ。今、もっと上手くやれるの。あの子は、あそこにいるわ」


 小さく呟くように、ゼラがその言葉を口にする。


「いないんだよゼラ。認めたくないが、もう、あの子達は『次』にいってしまったんだ」


 私は自分に言い聞かせるように呟く。


 自分が一番、そんな風に割り切れていないくせに言い放ったその言葉は、当たり前の様にゼラの勘気に触れる。


 ゼラは弾ける様に立ち上がると、水の塊を私に向かってぶつけて来た。


「私達にとっては今でしょ!? 違うの!?  だって私達、結局ただの人間のままよ! 四元素!? 上の力!? 知らないわよ! もう戦いは終わった! 逃がしてくれるんでしょ!? 一緒に暮らさせてよ! それだけで良いの! それだけ!」


 そのまま、私の身体に寄りかかるようにして両腕を叩きつけてくる。


「君が必要なんだ」


 その腕を取り、私は懇願した。


「後悔を、したくないんだよ。もう先に、充分過ぎる程してしまったから。今回は、後悔したくないんだ」


 彼女の言う通り、私達はずっと『今』を生きているままだ。


 そのくせ、二度目に突入してしまった。


 生まれ変わりには程遠い、魂にこびり付いた後悔が今も燻っている。


 彼女のために、ライラのために、幸せに生きて貰うために邪魔なこの世界の膿を、どうしても消し去ってやりたかった。


 私はズヌバを睨みつけながら、顔を伏せたままのゼラの反応を待った。


「後悔……。ふふ、そっか……。後悔か……。してるなー。私も」


 彼女が私を見上げる。


 星の如き煌きが、その瞳に宿っていた。


「私が必要? アダム」


「ああ、君がひつよ――」


 彼女の指先が私の頭部、存在していたなら、ちょうど唇に当たる部位に触れた。


「――奥さんにする浮気の良い訳考えておくことね」


 そのまま、ゼラはするりと私の背中に向かって腕を回すと、鎖が輝いて私達は再び一つとなった。


 今回は残念ながらチェーンソーは無しだ。


「まあ、後悔しているなら『(あと)』ってことよね。あーあ」


 きっと納得はしてくれていない。


 だけれども、ほんの少しだけ、古びてしまった過ぎ去った過去を思い返す事で、私達は認める事が出来たのかも知れない。


 今この時が、別れの先にある出会いであるという事を。


「アダム……え、マジ? このプランは無理じゃない?」


 一体化したことでこれからやろうとしている考えを読み取ったゼラが困惑気味に言葉を放つ。


 大丈夫。


 やれば出来る。


「早くも安請け合いを後悔してきたんだけど」


 地上で、サーレインとイーヴァ、それに水属性の魔力を持った人たちが協力して一つの魔法を発動させた。


 その効力が、グレイプニルを伝い私達にも伝播する。


 そして、同時に統括装置を失った散水塔に再び幾何学模様が奔った。


 聖浄化。


 無理のない範囲で再び発動されたその魔法は、散水塔の起動スイッチを再度押した。


 しかし、それを受け取るべき装置は既に存在しない――はずだった。


 私達に到達したそれが、それぞれの核と塔を接続させる。


「魔力なんて吸い上げられないわよ!」


「ゼラ! 水だ! 建造当時は無かった大瀑布がこれ程近くに存在している今、都市の下には地下水が来ている! それを、上げるんだ!」


 私達の気合いの籠った声が、最上階に木霊する。


「この、塔は、私の、身体の、一部……! うご、け……!」


 私のイメージに沿って、散水塔全体が軋みを上げながらその形を変貌させていく。


 開いた花弁が閉じて行き、その先端がお辞儀をするかのように塔の構造ごと横倒しに倒れていく。


 その過程で滑り落ちないように、私はグレイプニルで私達の身体を最上階の床に縛り付けて固定した。


 猛烈な勢いで私達の身体から魔力が消費されていくのが分かる。


 減った魔力は、鎖を握る、下に残る皆から分けてもらう。


 そしてその数は、今も増え続けていた。


 皆、ありがとう。


「うぎぎぎぎぎ……浄化、された、水……。ぬうおおりゃあああ!」


 装置が無くなり、ぽっかりと空いた中央に残る穴。


 本来なら魔力が通るはずの導管を、大量の水が地下よりせり上がって通って来ていた。


 統括装置は吸い上げた魔力を水に変換していたようだが、今は事情が異なる。


 地下に存在する水を直接ここまで、ゼラの力と、私の地殻操作で引っ張って来ていた。


 そしてそれを全て、模擬戦の際にゼラがそうしていたように、サーレインが作った霊水と同質の存在へと変化させる。


 塔が、まるで巨大な散水砲の如き様相を見せ始めた。


 そしてその先端が、はるか遠くに逃走を行うズヌバを捉えていた。


 塔が、まるで獲物に舌なめずりをするかのように鳴動を開始する。


 私達の核から青い光が迸り、散水塔全体の記号が激しく発光した。


 そして、最早魔法とも呼べぬ強引な世界の法則の書き換えが、その威力を結実させんとする。


「鎮圧されろ! おらああああ!」


「とうりゃあああああ!」


 世界が、震えた。


ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。


何れも土の下にいる作者に良く効きます

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― 新着の感想 ―
[一言] 転生者は属性の支配系能力者だったんですね! 廃龍の意味もわかり、何だかズヌバが序盤ボスで、世界の神の裏ボス感が出てきて、めっちゃ胸熱です! 応援してます! 連載頑張ってください!
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