第八話 奇妙な魔物
セルキウスは後ろ手に手を組みながら、グレース達を誘うかのように部屋の奥へと歩いていく。
彼の両隣には土や岩石で構築された腕の様なものが、まるで展示物のように並んでいた。
「初めにこの大部屋で発見されたのは、君たちも討伐経験があるだろうが、一般的なゴーレムの腕とそう大差は無い」
セルキウスが指さしていたのは、まるでグローブのような石製の手だった。
「前も確認したけど、確かにそうっすね。クレイゴーレムもたまにこんな手をしてるっす」
「次の階層から発見され始めたのも、ロックゴーレムにはよく見る形態だな。次の奴もそうだ。セルキウス、新しいのは出たのか?」
呼びかけられた彼がグレースを一瞥すると、嫌に恭しい態度で学者風の一団が固まっている場所を示す。
「八、九回目の調査だったかな? 別の隊が発見していたんだが、とにかく重くてね。重量軽減の魔法でなんとか運んでこられた。今は十八階層までの分を運んで来ている」
「つまり、十二階層から十八階層までの分ね。私たちは次の階層への階段探査を優先していたから、ゴーレムの痕跡は探索していなかったもの」
グレース達が学者達へと近づくと、それを察した一団の中の一人が他の学者へ察知を促し、彼らは場所を開けた。
果たしてそこには、先ほどまでの簡略化されたような形態の腕ではなく、一瞥しただけでも明らかに複雑化したと分かる腕が並んでいた。
全部で四本の巨大なそれは、岩石で出来ているにも拘らず、木石の様な、という形容詞がまるで似合わない外見をしていた。
肘から先を模したであろうそれらは、職人が手ずから磨いたかのような滑らかな曲線で構築されており、関節が設置された手首から先の精巧さは、美術に教養を持つナタリアから見ても目を見張るものがあった。
「残留魔力によって結合が保たれていますが、驚くべきことにこれら一つ一つが独立したパーツで構成されています。もしこれがゴーレムの腕なのだとしたら、人間同様の動きが可能だったでしょう」
「あの、この腕の中心に入っている針金みたいなものは何でしょう?」
「断定はできませんが、恐らく『芯』でしょう。人形師が操作用に作成する傀儡に似た物があります」
「では、これらは人形師が作成したものだと? 魔物が独自に構築したものでは無く?」
学者による説明を受けたグレース達は思い思いの意見を口にするが、学者達はそれらの意見に対してそれぞれ肯定や否定を織り交ぜた回答を行っていく。
「さて、ナタリア女史達にも拝見してもらったところで、専門家に総括してもらおう。マールメア、この筋肉の発達した山猿にも分かるように説明してあげなさい」
皮肉を込めた呼び方を軽く手を振るうことで受け流したグレースは、学者一団の中でも特に年若い桃色の髪の少女に目を向ける。
少女は度数の高い大きな眼鏡に、土埃で汚れたぶかぶかの白衣を身に纏っていた。
セルキウスに呼ばれるまではその華奢な手が汚れるのにも一切頓着せずに、金属製の不思議な部品をいじくりまわしていたが、呼び出しを受けたことに気づくと、そのくるくるとした癖の強い髪を揺らしながら歩いてきた。
「どうも。えーと、山猿隊長……ではなく、えーと、グ、グ、グリ? グレ?」
「グレースだ。セルキウス、普段からお前がこんな呼び方するからだぞ」
「隊長はもう少しセルキウスのオッサンに怒っても良いと思います」
ロットのジト目を受けたセルキウスは特に気にした様子もなく、マールメアに説明を促した。そして彼女も軽い一礼の後、ずれた眼鏡の位置を直しながら話を続ける。
「先ほど、このゴーレムが自然発生した魔物ではなく、何者かの手による改造が施されたのでないかとの意見がありましたが、その可能性は否定できません」
マールメアは嘗て起こった魔窟関連の事件を例に挙げて根拠を述べる。連合による管理が徹底されているとはいえ、それは完全というわけではない。
いち早く魔窟を発見した魔導士が、強力な魔除けを手にその魔窟を占拠した事例もある。
もっともそれはかなり層の浅い魔窟だったのだが、彼の手が入ったことにより、そうで無いものに比べて格段に魔物の格は高まっていた。
今回のゴーレムもそういった事例に当たるかもしれなかった。
「ですが、極めて低い可能性です。例えば、こんな複雑な加工を魔窟の中で行うには、かなり高度な土魔法の技能を要求されます。それ以外にも理由はありますが、割愛させていただくとして、兎に角生身の人間が行える所業ではないです」
「ライラ君、土魔法使いとして君の意見も同様かね?」
セルキウスの呼びかけにより、周囲の視線がライラに集まる。それに対して一瞬気後れした態度を見せた彼女だったが、背筋を伸ばすとそれに答えた。
「はい、少なくとも土操作では困難です。魔法技術というよりかは、私の祖父の様な加工技術が寧ろ必要でしょう。もし、魔法だけでこれを作成しようとする場合、どれほどの魔力と技能が必要になるか見当もつきません」
「では、ドワーフである君の祖父なら可能ということかね?」
ライラが所属する調査隊が派遣された理由の一端もそこにあった。
彼女にはドワーフの血が流れており、その血脈によって土魔法の素養を受け継いでいた。
ゴーレムという魔物と相対するにあたって、その体を構成する要素の支配権を、魔法で奪うことの出来る土魔法使いは非常に効果的なのである。
ゴーレムは、その鉱物質の身体を自分の核から放出される魔力で繋ぎ止めている魔物である。
それゆえ、周囲の土元素に自身の魔力で働きかけて魔法を構築する土魔法使いは、彼らの外装を破壊を伴わず効率的に剥ぎ取ることが可能なのである。
「それは……作れるでしょうが、マールちゃ、マールメアさんの言う通り、生身の人間に、この魔窟の環境下では不可能だと私も判断します」
ライラの答えに満足げに頷くセルキウスを横目にマールメアは話を続けた。
「普通ゴーレムは、強化の過程で周囲の強力な存在を模した形をとります。山なら、魔狼。平地なら戦馬などですね。ですがこの魔窟において人間的な腕を持つのはゴブリンです。七層までの個体に、階層でのイニシアチブを握れるような存在は表れていません」
「たしかに~。わたしの魔物図鑑にものってない~」
メルメルは、自身の持つ知識魔法を発動させながら発言する。
彼女の手に乗った本が、地図の魔法を発動させた時の様に一人でに動いていた。ページが一枚捲れる毎に、魔物の姿を映しとったホログラフが表れては消えていく。
「核に刻まれた命令式によって、ある程度定められた形態への変態を行う事は出来ますが、術者の補助無しでここまで複雑な形態変化は例がありません。しかもこの個体は明らかに学習しています。深い階層で見つかるパーツは、前の層よりも改善されているんです」
「そう言えば、なんで腕ばっかり見つかるんすかね? 板みたいなのとか、変な金属片もあるっすけど」
「恐らく、これらは試験品、あるいは『予備』です。腕が一番消耗する部分なのでしょう。ゴーレムの手によるものと思われる掘削痕も発見されています」
「どういうゴーレムなのかしら……? 使役されているわけでもないのに、明らかに意図というか、思考が透けて見えるなんて」
ナタリアの発言に、ロットやグレースがその意図を理解しかねるように首をかしげた。
「だってそうでしょ? このゴーレムは考えてるのよ。ただ周りを真似て強い存在を目指しているんじゃない。自分なりの到達点があるのよ。そして予備まで作るなんて、明らかに先のことを考えて動いてる。なんだか凄く『奇妙』だわ」
マールメアはナタリアの言葉にその眼鏡を光らせる。そしてその年相応の少女の顔には似つかわしくない、如何わしい笑みを浮かべた。
「奇妙ですか。良いですね。ではこのゴーレムの事を今後は『奇妙な魔物』と呼称しましょう」
眼鏡を光らせながら笑うマールメアを尻目に、セルキウスはグレース達に向き直ると、その常に張っている背筋を更に正して発言を行う。
「というわけで、このゴーレムとやらはかなりの脅威度を持っていることが予想される。したがって今回の調査からは、このゴーレムが優先調査対象となる。各階の階段を確保しているのは十階層までなので、それ以降の階層はもう一度洗い直しながらの調査が推奨されている」
「ここまで来てまたやり直しっすか……」
がっくりと肩を落とすフレンを一瞥したセルキウスは、ほんの少しだけその目を細めると言葉を続けた。
「君たちは別だ。予定通り二十一階層の調査を第一としたまえ。その任務は第一と第五調査隊が役割を担う。尤もその場の判断は、君たちの隊長に一任されているがね」
セルキウスの言葉に一喜一憂して百面相を浮かべていたフレンは、その発言を聞くと共に、途端に信頼を内包する笑みを浮かべた。
ロット、ライラ、メルメルら他隊員も同様の表情を浮かべる。
その表情の源であるグレースは、だが一切の気負いが無い、歴戦を感じさせる佇まいをしていた。
「では、第六調査隊は周囲警戒を現にしつつ二十一階層を目指すぞ!」
些か声の大きい隊長の号令に対して、部屋中の人間が耳を軽く傷めるとともに非難の声を上げると、だがその行為によって緊張をほぐされたライラ達、第六調査隊の面々は、口々に了解の意を示し大部屋を後にする。
大部屋の調査隊員達は、彼らが部屋を出るのを見届けると銘々の仕事へと戻っていく。だが、最後まで彼らを見送っていた髭を生やした背筋の良い男は
「気をつけろよグレース」
そうぽつりと言い残すと、自分の任務へと戻るのだった。