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第七十八話 苛烈な痕跡を追って

 二人の案内を頼りに、破壊した壁に向かう。


 それ程時間もかからずに目的の場所へと到着した私達は、そこで黒山の人だかりを目にすることになった。


「ジャレル、トレトさん」


 速度を落として二人を下ろすと、連合の人間であることを周囲の人間に伝えながら私達は問題の入り口に近づいて行った。


 二人は混乱する街の人々に詰め寄られているわけでは無かった。


 一度壁から外に避難し、その後内部に戻って他の人間の救出を行おうとする大聖堂の職員たちを宥めている様だった。


「アダム!? アダムね? そうか、あの乗り物を使ったのね」


 姿の変わった私の登場により、場の空気は新たに現れた私の話を聞く流れに変わった。


「アダムさん、グラガナン=ガシャ様までも来られて、一体何がどうなっているのです?」


 ライラ達が私の着地点に迅速に到着出来た事から予想出来ていたが、私が彼と共に山頂よりやってくる様子はジャレル達にしっかり目撃されていたらしい。


 彼の質問を皮切りに、グラガナン=ガシャの信奉者でもある大聖堂の人間達がじりじりとこちらに詰め寄りながら様々に質問を投げかけてくる。


 私は、ロットが槍を構えて彼らを遠ざけようとするのを止めた。


 彼らの意気込みは素晴らしい。


 だが、内部に一緒に連れていく事は、実力不足という残酷で現実的な理由により出来ない。


 龍のお墨付きをもらった勇者である私の口から、それは、はっきりと告げさせてもらった。


 当然反論はあっただろうが、彼らは上空に佇む龍の威容も相まって口をつぐんだ。


 私はその代わり、彼らの様に内部から逃げてくる人間がいたなら、それの保護を優先して欲しい旨を語る。


 レストニア都市連邦の二人だけでは出入り口の際を確保するので精一杯だが、これだけの人数がやる気を持って存在するのなら、もっと沢山の仕事を割り振り、充分に活用させてもらう事が出来る。


 そうすると彼等の中から、既に近くの民家の一つを治療施設として使わせてもらっているとの声が上がった。


 そこには既にベルナも運び込まれているとの事だったが、彼女は霊峰に残してきた二人同様、今回はもう戦う事は出来ないだろう。


「トレトさん、これは魔窟攻略に近い。我々同様連合支部の人間である貴方方ならば、魔窟の入り口への対処法も熟知しているはず。彼らへの指示はお任せします」


「そうね。これだけの人数が居るなら確保範囲も広くとれるし、怪我人の治療の準備も出来るね」


 トレト老人は持ち前の風格で堂々と指示を出し始める。


 ついでに私はサーレイン達の手伝いにも何人か人員を割いてやって欲しい旨を彼に伝えた。


 初めは戸惑っていた大聖堂側の人間も、具体的な指示が繰り出されるとそれに従って行動を開始し始めた。


「私達は内部に突入して最上階を目指す。本当に、まるでぶっつけ本番の魔窟攻略だな」


「なーに! それなら俺の仕事だ!」


「――ロット、慎重に……いえ、行きましょう!」


 二人の意気込みに私は頷きを返した。


 私達は石壁で作られた短いトンネルの様な入り口の前に立った。


「最後に、トレトさん、ジャレル、それにここに居る皆も良く聞いて欲しい。もし、ここを出ようとする人間で、その人間の名前を誰も思い出すことが出来なかった場合、それはもう人間じゃなくなっている。躊躇せず、全力で殺すしかない」


 私の最後の忠告に、この場に居る全員が息を呑んだのが分かった。


 トレト老人がその眼光の奥に歴戦の焔を覗かせながら、私の忠告を深く受け止めてくれた事を示すかのように深く頷く。


 それを見届けると、私は索敵を最大範囲まで行いながら散水塔と化したアトラナン内部に侵入した。


 周囲に誰もいないことを確認すると、合図を送って二人を内部に誘う。


 まずは、彼らが最後にゼラと分かれた地点まで歩を進める。


 それ程離れた地点では無かったので、そこには直ぐに辿り着く事が出来たのだが、そこに広がる光景は凄惨の一言だった。


 グズグズに崩れた乾燥肉とそれが身に着けていた衣類が、石畳を直径十数メートルに渡って溶解された跡と共に散らばっている。


 恐らくゼラの溶解液が飛び散ったであろう石柱は、その原型を全く留めていない物もあれば、半ばまで溶けた状態のため、不可思議なオブジェの様な姿になっている物まで様々だった。


 そして、至る所に琥珀色をした粘性の液体が、まるで油のような油彩を輝かせこびり付いたままになっている。


 それは既にその溶解液としての性能を殆ど失っている様に見えるが、私にはそれが未だ放つ強烈な死の気配を感じ取ることが出来た。


 私の側に来ようとした二人を急いで止める。


「リヨコ。対毒用の備えを、可能な限り最大で使用してくれ。それと、二人ともここから先はあの液体の近くには寄るな、呼吸もするな。そして何より絶対に触るんじゃない」


 現物など、当然見たことは無いが、あの液体の正体に私は心当たりが有った。当時、日本で恐ろしいテロが起こったことでその関連で名前が有名になった物質だ。


 テレビでしかその存在を知らないが、あれは恐らく『VXガス』と呼ばれる物質に近いかも知れない。


 前世では人類が造り出した毒物の中でも最強の猛毒とされており、揮発性は低いもののそこから発生したガスは勿論、直接肌に触れた場合でも極少量、僅かに一ミリリットルの溶液でも人間を死に至らしめる事が出来る。


 その上、性質上撒かれた場合その場に残留しやすく、水には殆ど溶けないため洗い流しての除染が困難で、更に喰らった場合の対処法も限られている。


 正直、この世界の魔法や薬で防げるかも分からない。


 そもそもVXガスに石畳を溶かすような性質はありはしないため、ゼラが使用したのはそれとは全く異なる物質ではあるのだろうが、私の本能はあれに最大限の警戒を怠らないように警報を鳴らし続けていた。


「状況変更だ。二人はもう来るな。今のゼラに、人間は近づいただけで死ぬかもしれん」


 ゼラもそれは承知していただろう、破壊痕は散水塔内部へと続いていた。


 これで塔の内部に生き残りはいない可能性が高まってしまった。


「いや、アダム。俺とリヨコはこのまま壁沿いに二手に分かれて一周して回る。逃げようとする人はあの壁の穴からしか出れないことに気付いていねえかも知れないだろうからな」


「――はい。――残念ながら内部の人達を直接救助することは困難でしょうが、それだけならばなんとかなるでしょう」


 ここで二人を分けて単独行動を行わせるリスクは高い。


 模擬戦で二人の成長を確認した私には彼らの言い分が通ってしまえることを理解できる素地が存在した。


「悪いが、二人の命が最優先だ。二手には分かれず、一緒に行動しなさい」


 それでも、私には見ず知らずの職員よりも二人の命の方が重い。


 二人はそんな私の気持ちを知ってか知らずが、一切異論を挟むこと無く了承すると、一旦壁まで戻りそこから反時計回りで壁沿いに移動を開始した。


 それを確認した私は、塔内部から逃げてくる可能性のある人間のために、この場に存在するゼラの残留物を、魔法を用いて土砂で構成された小さなドームを生み出すことでそれぞれ覆い隠していく。


 無事に事態を収束させたら、これもグラガナン=ガシャかシャール=シャラシャリーアに頼んでどうにかしてもらおう。


 ゼラの奴、戦い慣れていないのが徒になったかもしれん。


 もしくは、あの怪物相手に手加減など考える余裕が無かったのかも知れない。


 私は周囲への警戒を怠らないまま、変貌した大聖堂内部へと歩を進めた。


 状況を確認するため、この事態が起きてから今まで直接顔を会わせていない人間や、一度もその名前を思い浮かべていない人物のそれを思い出せるかどうか確認を行った。


 プレキマス、レシナール導師、ネゼタリア導師、最後もう一人の導師が……思い出せない。


 ガルナ、レン、ミレ、ついでに念のためイーヴァ、サーレイン。


 なるほど。


 プレキマスの名前が思い出せるのは意外だった。


 もしくは、あの状態(・・・・)になる前に死んでしまっているのかも知れないが。


 何にせよ、まだ出会っていない導師の一人は既に手遅れなようだった。


 カルハザールの担当だった導師なので、あるいは当然なのかもしれなかった。


 気を取り直して、内部にまで及ぶ破壊痕を確認する。


 鞭で強かに打ち払われたような跡と共に溶解痕と液体が、大聖堂から散水塔に変化するにあたって新たに現れた階段を上方へと続いている。


 ゼラの奴、押し込まれているのか。


 液体の処置を続けながらその痕跡を辿っていく内に、私は見覚えのある長剣が床に転がっているのを発見した。


 あれは、ガルナの剣だ。


 周囲に残る痕跡から、ここでゼラは複数名の人間を庇いながら後退しつつ戦ったことが読み取れる。


 彼女が進んだ先とは逆に意識を向けると、そこには魔力で作られた結界の気配が感じ取れた。


 急いで確認を行うと、見覚えのある部屋の扉が、表面に浮かび上がる魔法陣の結界によって保護されていた。


 レシナール導師の部屋だ。


「レシナール導師! 中に居ますか!? 私です! アダムです!」


 扉を軽く叩きながら、私は声を掛ける。


 内部から悲鳴が複数聞こえた。


 何とか中の人間を落ち着かせながら、ほころんでいた結界を解いてもらうことに成功した私は中の様子を確認する。


 レシナール導師はそこに居た。だが、かなり衰弱している。


 彼の周囲には他にも、見覚えがあったりなかったりする職員の姿が有った。


 非戦闘員だけでは無く、警備の人間の姿もある。


 そして何より、治療を受けながら誰よりも青い顔をしたガルナ・バートンがそこに居た。


「ガルナ、何とか生きているようだな」


「アダム殿……か? 大分見た目が、違う、ではないか……」


 軽い笑みを浮かべながらガルナはそう呟いた。


「アダム様、我々を助けに来て……いいえ、ゼラ様の所へ早く。彼女は私達からあの怪物を引き剝がすために上階へと向かわれました……!」


 やはり、そういう事だったか。


 私はこの場に生き残った人達に、ゼラの毒物を封じた今ならば、外に出て壁に空いた穴から逃げ出せる旨を伝えた。


 部屋の中に希望の色が広がる。


 ガルナは肩を借りなければ歩けないほどだが、他の人間が補佐すれば何とかなるだろう。


「アダム殿……ベルナは……」


「大丈夫だ、もう外に出て治療を受けている」


 ガルナは彼女を探して塔内に入ったのだろう。私の答えを聞き、心からの安堵の息を吐いた。


「すまない。儂は知って、おった。邪血教団を、征伐した時にな……秘薬を、ベルナが……儂も、既に洗脳……いや、あるいは、慢心、か。本当に、すまない……」


 ガルナのその発言で、ようやく私から見ても半人前のベルナを連れてきた理由が読めた。


 恐らくは、あらゆる意味で彼女の治療のためだったのだ。


 バトランド皇国で邪血教団を倒した際に押収したか何かで手に入れた龍の秘薬を、ベルナはダイクンたちの様に使用したのだろう。


 それで一時的に強化された彼女は、それを自分の実力だと勘違いしたのかも知れない。


 それが薬の悪影響である事も、彼は予想していたのだろう。


 それで、気の大きくなった彼女を矯正すると共に、パーマネトラの霊水で本格的に薬の影響を洗い流すために連れてきたのだろう。


 だが、彼の言う通り、慢心があったのだ。既に一番近くに敵は入り込んでいた。


「何、最後には笑い話になる。年を取ると、そんなのばかりだからな」


 今私が責める事でも、許す事でもない。


 レシナール導師も彼の告解を聞いている。


 全ては生き残ってからだ。


 急いでアトラナンから脱出する事を伝えると、私はゼラが向かったであろう更なる上階へ進む。


 微かに、誰かが戦っている気配が伝わって来る。


 まだ、ゼラは戦っている。


 待っていろ、ゼラ!


ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。


何れも土の下にいる作者に良く効きます

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼラの攻撃の過剰さは、後先考えられていられない状況だったのかな?
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