第七十七話 ストリートでお着換え
まるで、山その物が大蛇の如く連なるかの如きグラガナン=ガシャがうねりながら宙を進む。
彼の身体の端々から流れ落ちる水が空中で輝きながら散らばり、それは雨となって大地に降り注いだ。
降り注いだ慈雨は大地の潤いとなって、土地が内包する馨しき生命の香気を立ち上らせている。
「この水で魔力の乱れを元に戻せないのか!」
しがみ付きながら大声で問い掛ける。
「残念ながら無理だった。身共が介入できる範囲では、あれが土地を乱す方が早い」
このまま突撃して散水塔をぶち折ってしまう光景が一瞬頭によぎったが、それが大惨事に繋がるのは自明だった。
大聖堂内部に居た人間は元より、周囲の街に存在する人間も只では済まないだろう。
「壊すべき部位は最上部の統括装置だ。魔力を吸い上げる導管は全体に張り巡らされている。多少壊したところでどうにもならん。水の巫女姫を連れて行って再封印するのが現実的でない以上、それしか方法が無い」
こちらの考えを読み取ったのか、グラガナン=ガシャがこれから行うべき行動の指針を授けてくれる。
「事こうなっては、身共は上空より影響を最小限に抑える事に尽力する。だが、もしも。もし、どうにもならん時には、身共が責任を持って事態を収束させると約束しよう」
この世界の仕組みにおける上長として実に素晴らしい言葉だが、それは看過できない。
彼が最終的に手出しを行うつもりの領分は、明らかに龍の禁を侵す範囲だ。
ズヌバの様にならないために、その後彼がどんな道を選ぶつもりか、考えるだけ無駄だった。
「貴方にはこれからも山の上で寝ていてもらわなければ困る。私も含め、人間は抑えが無いと、困ったことをする生き物だからな」
「ふむ。それは身共達も同じ事。生み出された過ちを、各々保身のために虚飾で埋め立て飾り立て、今この時にそれが掘り起こされてしまった。その上で、この世界に派遣されただけのお主に頼ってしまう事になるのは本当に心苦しい。だが、頼む」
任せておけ。
だが、貸し一つだ。
彼も私も口の端を吊り上げるのは難しい顔面をしているが、お互いにそんな表情を取っているのが理解できた。
ぐんと、彼の高度が下がる。
速度が落ちる。
それを合図に私は手を離し、舗装された道に着地した後、複合剣で地面をえぐり倒しながらブレーキを掛ける。
パーマネトラ上空ではグラガナン=ガシャは散水塔を取り囲むように蜷局を巻き、その身体で影を落とす地面に雨を降らせ始めた。
都市は次から次へと降りかかる事態に混迷を極めている。
上空や大聖堂だった物を指差しては大騒ぎだ。
散水塔が本格的に稼働して、これに魔物の出現と邪血の拡散が追加されればもうどうにも出来ない。
ライラ達との合流を試みようとした矢先、群衆の間を上手く縫いながらリヨコの運転する車がこちらに向かってやって来た。
車は酷い有様だった。
フロントが壁に激突した衝撃で歪み、車体も傷だらけだ。
だが、それに乗る皆には目立った傷も無い。
「――ご無事でしたか!」
「アダムー!」
「アダムさーん!!」
「アダム~!」
大きく手を振るライラ達の姿を見て、ようやく心から安堵出来た。
だが、まだここからだ。
荷台側に乗っていたナタリアの話では、レストニア都市連邦支部の人間は現在、手分けして壁に空いた出口の確保と、都市の混乱を収めようと試みているらしい。
出口、あるいは私にとっては入り口となるわけだが、その確保はともかく都市の混乱は本当にどうにもならないかも知れない。
「それが……サーレインちゃんが……イーヴァさんも止めたのですが」
あの子か。あの子なら確かにその試みを諦めるはずも無い。
子供が背負うべきでない責任を、彼女はどうしてか抱え込んでしまっている。
ゼラがここまでに何とかしようとした要素だ。
今回の件、益々解決しなければならなくなった。
そうで無くては、サーレインは折れてしまう。
「皆、私の知りうる範囲で説明させてもらう。皆の話も聞かせてくれ」
簡単に情報交換を行う。
私のやるべき事を優先順位を付けて考えてみた。
まずは、散水塔の停止ないし破壊。
それとほぼ同じ優先度で、邪血に汚染された敵の撃滅。
次に、大聖堂内部に取り残された人間の救出。
残念ながら最後が都市の人間の避難誘導だ。
「役割分担をしましょう。アダムさんはアトラナンに侵入。その破壊と、敵の対処をお願いします。人命救助は私達が請け負います」
それが良いだろう。
私は近くに寄って来ていたライラの頭に軽く手を乗せる。
ついやってしまった行いだったが、彼女は好意の表情を返してくれた。
「ライラ、皆を守ってくれ」
「はい!」
空いたもう片方の腕の下に音も無く忍び寄ったメルメルが、軽い跳躍を行いながら自分の頭を手に向かって押し付けてくる。
私はちょっと乱暴に彼女の頭を押さえた。
「メルメル先生もな」
「まかされよ~」
子供組残り二人は、ちょっと躊躇が感じられる。
だが、御年十八歳である所のマールメアは、私の胴体目掛けて体当たりを仕掛けてきた。
お前な。
「そうと決まれば、装備の更新ですよ! 急ぎましょう! さあ急ぎましょう!」
そうだけどさ。
アトラナン内部に入るのは、リヨコとロット、それに私の三名だ。
他の人員はサーレインに付いているレストニア都市連邦の人間と行動を共にしてもらう。
壁の穴を確保しているのがトレト老人とジャレル君とのことだったので、それ以外の二人が現在サーレインの傍に居るという事になる。
イーヴァさんが居るとはいえ、猫科二人ではどう考えても不安しかない。
出来ればナタリアも一緒に来てほしかったのだが、メンバー的にサーレインの補佐に回ってもらうのが賢明だろう。
「後衛無し。だが、私が最前列の陣形で行こう」
私の提案に二人は頷き、ナタリアに率いられた人員は速やかに行動を開始した。
彼女達はある理由により、ここからは徒歩での移動だ
「ではやりましょう! 生まれ変われ! マールメア号よ!」
そして私はマールメアと共に突入前の準備を行うことになった。
往来の最中であるが、贅沢を言っていられる状況ではない。
積んでいた残りの装甲と武装を下ろし、マールメアと私で迅速に車のパーツを分解して行く。
車体を構成していたロールバーを添え木の様に取り付け、その上から車に使われていた車体用の装甲や、予備の装甲板を載せていく。
四つのタイヤはそれぞれ私の両手両足側面に、軸となるシャフトとサスペンション機構ごと搭載する。
複合剣は身体の各部に分解して配置する。手持ちと言える程残ったのは、両手の手の甲に格納された飛び出し式の刃だけになった。
残った魔力配管用車体下部パイプは、折り曲げながら動きを阻害しないように関節保護のために各部に巻かれ、余った部位は車の排気管の様に飛び出していた。
リアに設置されていた巨大なプロペラは、今や私の右肩にでんと鎮座している。
車に使われていた魔石の容量は殆ど残っていなかったが、降り注ぐ龍の雨に晒して僅かでも充填されるように外装として配置していった。
最後に、使えるかどうか定かではないが、シャール=シャラシャリーアから託されたグレイプニルを首からネックレスの様に下げる。
正直、扱いきれる雰囲気ではないが、為せば成るだろう。
そして完成したのがこの『アダムⅡ´TURBO』だ。
勿論、今付けた。
聞き覚えがある人間は、この世界には恐らくいないだろうから問題ない。
「マールメア、君は街の外に繋がる門まで避難しておくんだ。そこで連合職員の肩書を使って避難誘導を手伝ってくれ」
「はい、皆気を付けてください。ご武運を」
ぺこりと頭を下げた後、マールメアは私達から離れていった。
非戦闘員である彼女には、そうしてもらうのがベストだとお互いに判断しての事だ。
「二人とも背中に掴まれ! 今度は恥ずかしがるなよ」
「うっさいぜ、おっさんアダム」
「――ロット、も、もうちょっと離れて……」
私は二人が掴まるのを確認すると、両脚に付いているタイヤを設地させ、稼働させた。
チェーンタイヤが地面をしっかりと捉える。
そして私達は、逃げ惑う人々の中を、聳え立つ散水塔に向けて出発したのだった。
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