第七十三話 物体X VS かき混ぜ機
シャール=シャラシャリーアの結界の中に入ったヤノメは自分の懐から小瓶を取り出すと、それを彼女に渡した。
「アダム、全体的に細切れにするか、粉砕せよ。それを相手が魔力を取り込む速度より早く繰り返すのじゃ」
クソゲーみたいな攻略法を伝えながら、彼女は受け取った小瓶をその小さな手で握りしめる。
すると、握った手の隙間から見る間に結晶が伸びていき、ある程度まで伸びたところで一斉に崩れ落ちた。
開いた手の中には、もう何も残っていない。
「ひゃああああああ」
それをどのように捉えたかは分からないが、肉塊はその触手をシャール=シャラシャリーアに向かって伸ばした。
私はそれらを再度切り落としていくと共に、簡単に回収できぬように連続して輪切りにするように心掛けた。
「一定の効果はあるようだが、本体に痛撃を与えなければいたちごっこか」
回収されずに地面でのたうつ輪切り共は、やがて塵になった。
だが、肉塊はこちら側以外にもその触手を蔓延らせ、周囲から魔力を吸っている様だった。
待ちの姿勢では駄目だ。
「ダイクン、君は結界の前で触手を払ってくれ。私が前に出る」
ダイクンは大斧を構えながらヤノメやシャール=シャラシャリーアの前に移動する。
私は複合剣を元の大剣状態に戻すと、一息も呼吸を置かずに突撃した。
大地が私の踏み込みで炸裂する。
そしてそのまま、迎撃しようとする触手すら私を捉えることが出来ず、縦向きに突き出した大剣が相手の身体の最も大きい肉塊部分に突き刺さった。
突き刺さると同時に、ねじり込むように大剣を捻り上げる。
奴の肉が、剣に巻き取られていくように不気味に形を変えた。
そして横向きになった大剣を、奴の肉を引き千切りながら力任せに横に薙いだ。
「ひゃあああああ」
大きく欠損した傷跡が即座に根を張るかのように繋ぎ合わされようとする。
左に振った大剣を、往復させるように今度は右に横薙ぎにする。
修復途中だった根ごと私はそれらを切り裂いて行き、遂には右側に完全に大剣を抜けさせた。
そして分かったことは、先ほどのシャール=シャラシャリーアの言葉に偽りはなかったという事実だった。
こいつの断面にはなんら機能的な特徴を見出すことが出来ない。
均一にグロテスクな、ただ混ざり合う不浄の肉が蠢く様しか見当たらない。
背後から私に襲い掛かろうとする触手を、右に振った大剣の勢いを殺さぬまま背後まで身体ごと半回転させ薙ぎ払う。
払った剣先を地面にめり込ませ、身体を捻りながら奴と正対する向きに身体を直すと、私はそのまま剣先を下から右袈裟に振る。
結局先ほどと同じような軌跡を持って私は奴を四等分にするが、奴の、存在するかもわからない命には、届いていないように見える。
恐ろしい速度で傷が塞がりつつあった。
一度距離を取る。
「なんという怪物だべか……」
魔力を探れば、確かにその総量は削れているが、まだまだ溢れんばかりにそのマーブル模様の様なそれが滾っている。
複合剣の峰、その根元付近に存在する部位に私は右手首を乗せると、魔力を込めながらそれを剣先に向かって押し出した。
複合剣を大剣たらしめていた均一なフォルムが変化する。
先端部位に刃の多くが移動し、持ち手は後ろに伸びた。
巨大で凶悪な刃が重なる様に横に並ぶハルバードがそこに現れた。
先ほどよりも遠間から、それを肉塊に向けて振り下ろす。
まるで土を耕すかのようにそれが深々とめり込むと、その見た目に違わぬ傷が奴の身体に刻まれた。
大剣の様に振り切ることはせず、身体に食い込んだ刃を取り込もうと纏わり付く肉を引き千切りながらハルバードを振り上げると、それを再度振り下ろす。
それを角度を変化させながら何度も何度も繰り返した。
見ていて気持ちのいい光景ではないだろう。
ダイクンもヤノメも、一切警戒を解いていないがその顔を青くしている。
流石に分の悪さを感じたのか、肉塊は新たに蟲の脚を何本も生み出すと、それは狂ったように暴れながら自分が生えているボロ雑巾の様な肉塊を引きずって私から距離を取ろうとした。
当然、それもシュレッダーに巻き込まれる紙さながらに細切れにする。
「ひゃあああああ」
べしゃりと、奴の身体全てが突然平面と化したかの如く地面に広がっていった。
それは面積を広げながら、うぞうぞと私達の周囲を取り囲もうとする。
そしてそれらから、まるで海底に生える海藻の様に触手たちが立ち上って来た。
私とダイクン、ヤノメがそれに対処するが、数が多すぎる。
私はともかく、彼ら二人が触手に取りつかれればただでは済まないだろう。
「この触手、燃えますが、端から再生してしまいます!」
ヤノメが、それほど強力ではない火の魔法を放射し、触手を焼き払いながら悲鳴のような声を上げる。
それを見て、私の脳裏に思い浮かぶ光景が有った。
「ヤノメ、魔力を温存してくれ! ダイクンはヤノメの援護を優先してくれ! 今から、纏める!」
ハルバードの先端を構築する刃達が再度形を変える。
伸びた柄は元の長さに戻り、それに伴って槍の様に先端が伸びる。
細かく割れる様に形状を変化させた刃たちは、その伸びた槍を中点にして円形に配置されていった。
「な、なんだべその形!?」
由緒正しき最強の剣さ。
円形に配置された刃が槍を軸に高速で回転し始める。
私はそれを、地面に広がる肉塊のプールに向かって突き立てた。
瞬間、肉を裂き、削る音と共にフードプロセッサーの如き先端部に奴の身体が巻き取られて行く。
奴は抵抗を試みるが、薄くなった身体ではそれも敵わない。
ダイクンも私の意図を察して、抵抗を試みて地面に食い込む肉に向かって大斧を振り下ろしていた。
私は未だ回転しながら重みを増す先端を振り上げると、ヤノメに向かって叫んだ。
「今だ焼け!」
火炎放射が纏め上げられた肉塊を炙る。
「ひゃああひゃああひゃあああああ」
不気味な合唱が断末魔代わりに響く。
最後の抵抗を試みる触手共は、戦いの嗅覚を確かに備えたダイクンが結界から飛び出し、全て切り裂いていく。
巻き上げられ、炭化させられながら肉のプールの面積が減っていく。
「良し! お主達良くやった。こちらは完了じゃ!」
シャール=シャラシャリーアが両手を合唱させるようにパンと、合わせる。
すると、周囲一帯に張り巡らされていた透明な鎖が、音も無く合唱されたその両手に向かって収束を始めた。
ぐるぐると円を描きながら、天使の輪の様に彼女の両手の周りにそれは集い、最後には、直径二十センチ程の螺鈿の光沢を持った鎖の輪が生まれていた
「ありがとうシャール=シャラシャリーア。ようやく解けたわ」
ズンと、大地が揺れる。
グラガナン=ガシャが岩山の様な角を生やした頭を高くもたげた。
霊峰に埋没し、一体化していた彼の身体が高く持ち上がると、その身体の側面から水の膜が生み出される。
それは落下に伴って雨の様に地面に降り注ぎ、薄く広がった肉塊の上にも同様に降り注いいだ。
「ひ、ひ、ひ、ひ」
それらは、罅割れ、縮み、ピンクの結晶と化していく。
「うーむ、まだ本調子でないな。シャール、頼む」
その言葉にシャール=シャラシャリーアは頷くと、輪の形になっていたグレイプニルから地面に向かって数本の鎖が地面へと伸びた。
「吸われた魔力を均一化し、穢れを祓うだけじゃからな。あくまでも、龍として当然の仕事の結果じゃ」
そう言うと、彼女の力の顕れである結晶体が鎖を伝って周囲一帯の地面に広がって行く。
肉塊を巻き取っていた私の武器の先端にまでそれは及び、光を放ち始める。
やがて王都で見られる様に、地面から光の粒が舞い上がると、しばらくして全ての結晶は風に溶ける様に消え去っていった。
足元に残っていたピンクの結晶体や私の武器に付いていた肉塊は、もうどこにも存在していなかった。
どうやら、どうにかなったようだ。
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