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第七十二話 SANチェックどうぞ

 如何なる外法によってかこの世から名前が消え失せてしまった男が語る。


「あなた方龍は、何時もそうですね。力があるというのに、言い訳をしては何もしない」


 こちらは三人、向こうは一人と言う戦力差であるというのに、男は臆する様子も無く岩山を中心に周囲を回り始める。


「偉大なあの御方の恩寵を得て、私達は理解しました。間違っているのは、この世界であると」


 やがて周囲に張り巡らされた鎖の一つに男の身体が触れるが、それはまるで何にも触れていないかのように男の身体を通過した。


「そもそも、愚かな神々が作った世界が正常なはずもありません。でしたら、世界にそぐわぬ禁など無視し、そこに住む我々が協力してこの世界を良くしていく事に何の問題があるのですか」


 大きく手を広げながら男はそう言い放った。


「我が主人! 強き君! 今こそ汚名を雪ぎましょう! 貴方様にこそ、命は傅くべきなのです!」


 男は完全に正気では無い。


 私は男の年齢を計り、やはりそれが二十代半ばの年若い男性である事を改めて認識した。


 何と言う(むご)い事をするのか。


 彼の言い分がすべて間違っているとは言わない。


 他ならぬ龍達が一番この世界の歪みを理解し、自分達が充分な配慮を出来ていない事を知っているだろう。

 

 龍はこの世界の中で最強に思えるが、彼らは言わば中間管理職なのだ。


 上からの理不尽な指示の下、可能な限り私の達生きる環境を整えようとしてくれている。


 だが残念ながら、万人がその恩恵に満足しているわけでは無い。そもそも、そういった不満は決して無くならないものだ。


 自分がいるという事は、他人がいるという事。


 そこには比べるべき差異が必ず存在するのだから。


 誰もが悩み、それぞれの人生の中でどうにかして自分なりの足場を作り、そしてそれぞれが支え合っている事を、彼だってきっと、不平不満を唱えつつも理解していくことが出来たはずなのに。


 自分以外の全てを足蹴にするあの廃龍が、今目の前に居る年若い彼の全ての可能性を無にしてしまった。


 私は最後に、シャール=シャラシャリーアに彼が元の状態に戻る術は無いのか聞こうとして、それをやめた。


 先ほどの私に対する質問は、つまりそういう事なのだろう。


 名前の無くなった彼はもう、何処にもいない存在になってしまっているのだ。


「せめて、君の名前を知っておきたかった」


 私は、素早く左手を彼の後方の森に向かって翳す。


 そして開いた手首から、一瞬の内に五発の礫弾を発射した。


 発射されたそれは、目標に到達するまでの間に存在する木々の枝を物ともせず粉砕して行き、最後にはきちんと狙った位置に着弾した。


 私達の目の前に居た男性の姿が煙のように掻き消えた。


 離れた位置で、頭部が下顎を除いて殆ど失われた死体が生まれ、それが木々の上から落ちてくる音が小さく聞こえる。


 後ろをついて来ていることに気付けなかった時点で、まやかしなのは気付いていた。


 探査範囲を広げれば、本体の位置はすぐに分かった。


「……何と言うことだ」


 ヤノメが呻くように呟く。


「今の今まで気づかなかったのか」


 私の問いに、ダイクンもヤノメも申し訳なさそうに同意を返す。


 どう考えてもおかしい。二人とも、そんなに間抜けなはずは無い。


「ヤノメ、君もあの薬を吸ったことがあるな?」


 私の予想は当たっていた。


 他の人間に使う前に、ヤノメは自分自身の体で薬効を試したことがあった。


 彼に良く似た性格のセルキウスならば、きっとそうするだろうと考えていたことが的中した形だ。


 そして、薬や先程の男性について質問していくうちに驚くべきことが判明した。


 彼は殆ど質問に答えることができなかったのである。


 誰が最初に邪血を加工しようとしたのか。それとも誰かが他国から持ち込んだのか。


 彼はどうして会議に出席することになったのか、出発前におかしな点は無かったか。


 記憶が混濁させられているのは疑いようがなかった。


 やはり、禄でもない薬だったな。


 恐ろしい事実を突きつけられた二人は、蒼白な表情を突然歪ませると地面に向かって嘔吐し始めた。


 同時にグラガナン=ガシャがその巨体をうねらせる。


「むう……吸われる。シャール。早く解いてくれ」


「ジジイは気が短いのう。アダム、アレが来るぞ。ズヌバの本質を示す怪物がな」


 嘔吐した二人の吐瀉物の中から、光っていなければ気づかないほどの小ささのピンク色の結晶体が出て来る。


 それは粘性の触手を瞬時に纏うと、森の奥に逃げ込んでいった。


 鳥達が、一斉に飛び立つ。


「余はグレイプニルの奪取と此奴達の守りに注力せねばならん。そうでなくては終わりが見えん」


 そうしてくれ。


 ズヌバは、意図的に龍達に禁を破らせる腹づもりもありそうだ。


 そうでなくては態々原本の遺物を使い捨てにしたりはしないだろう。


 森が奥側から枯れ始め、木々が朽ち、倒れる音が響く。


 こうなってくると私にもはっきり感じ取れた。


 魔導戦車の中から出て来た分体と対峙した時よりは薄いが、実に不快な匂いが先程頭を吹き飛ばした死体の方角から臭ってくる。


 瞬間、ピンク色の肉々しい触手が、突如として地面に蹲るダイクン達に襲い掛かった。


 複合剣を大きく払ってそれを切断する。


 切り離されたそれは、まるで陸に打ち上げられた魚ように激しく跳ねていたが、根本から伸びる側の触手がそれを巻きつくように掴んだ。


 残り少ない飲み物をストローで吸い上げたときのような不快な音が響く。


 切り離された触手は、ほんの僅かな残り滓を残して消えてしまった。


「二人共、吐いてスッキリしている所悪いが、立たないと死ぬぞ」


 私の目には、既に相手が見えていた。


 余りにも悍しいその姿は、見るだけで精神力が削られるようだ。


「ひゃああああああ」


 情けない悲鳴のような、死ぬ間際の必死の発声のような、岩の隙間に風が通っただけのような、そんな音が鳴った。


 複数本の触手が私たちに襲いかかる。


 複合剣からパーツを外して大小二刀に切り替えた私はそれを次々に斬り伏せる。


 どうにか立ち上がったダイクンが、ヤノメの前に立ち塞がりながら触手を()っていた。


「可能な限り此方に来させんでくれ。縛りが解ければ最悪グラガナンと余がどうにかする」


「いや、何とかする。龍の二人は自衛に徹してくれ」


 切り離された触手達が、やはり同族に吸い尽くされて行く。


 そして、吐き気を催すほどの苦い臭いが近づいて来た。


 ダイクン達はなんとか体勢を立て直したが、自分達を守るので精一杯だろう。


 辺りに広がるグレイプニルの所為でこちらの動ける範囲が狭まっているのも痛い所だ。


「成る程ーー啜り貪る者、ズヌバか」


「うっ……」


 森の奥から、本体とも言うべきその肉塊が自らの姿を露わにした。


 私が吹き飛ばした頭の部分からピンク色の瑞々しい肉塊が溢れんばかりに膨れ上がり、そこから生える四本の長い、蟲にも似た脚がその肉塊を支えていた。


 元々の男の身体は、力無くその肉塊に引き摺られるばかりだ。


 肉塊の至る所から先程から伸ばして来ている触手が生え、其れ等が絶えず蠢いている。


 やがて垂れ下がるばかりだった男の身体が、やはり不気味に吸い付かれる音と共に干からびていき、着ていた服から引き抜かれるようにして肉塊の中に収まってしまった。


「ひゃあああああああ」


 口は無い筈の肉塊から、まるでおかわりを欲しがっておるかの様に声があがる。


 奴に口や目が無いのは、私が宿主のそれを吹き飛ばしてしまったからなのだろうか。


 背後から、再度ヤノメが吐く音がする。


 無理もない。


 あれの一部を体に入れていたのだからな。


 だが肉塊はその隙を見逃すはずもなく、触手をはためかせた。


 私は二刀でそれを捌き、使い物にならないであろうヤノメに下がる様に怒号を飛ばした。

 

 シャール=シャラシャリーアが結晶で陣を張っている。


 触手が伸びる際の様子を見る限り、その中ならば触手は先に魔力の塊である結晶に食いつく為、多少安全な筈だった。


 さあ、この悍しい化け物をどうにかしなければ。


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