第六十七話 龍のお役目
「シャール=シャラシャリーアちゃんってさー。名前長いよね? シャールちゃんって呼んで良い?」
あの後、非常に面倒な場面が連続したのだが、それをどうにか乗り越え今現在。
ちょっと勇者とだけ話したいというシャール=シャラシャリーアと、三人で用意された部屋に入った際のゼラの台詞がこれである。
調子が戻ってよかったと思う反面、もう少ししおらしい君でいて欲しかったという気持ちがひしひしと湧いてくる。
「んー。昔はそう呼ばれる事もあったのじゃが、今はちと遠慮してもらっておる」
ゼラが理由を聞いた。
「王国内での貨幣単位が『シャール』になってからというもの、皆がシャール、シャールと言う所為でな。その名だけで呼ばれると一瞬自分の事だと分からないことが有ってだな……」
ダメ過ぎる。
「じゃあ、シャリアちゃんは?」
「それなら良し」
良いのかよ。
そんな馬鹿な会話はさておき、私は彼女に何故勇者とだけ話をしたがったのか、本題に入ってもらう事にした。
「うむ、実はこれからグラガナンに会おうと思ってな。その前に相談事じゃ」
シャール=シャラシャリーアは霊峰に入山するつもりなのだという。龍の姿のままでは土地に良い影響を与えないため、今の姿、つまり幼女の身体で山に入るのだが、それでは時間がかかってしまうのだという。
それで、私かゼラに付き添いを頼むつもりなのだった。
「私達だけに頼まないで、もっと人がいる時に言っても良かったんじゃない?」
「駄目じゃ。他国の人間が複数いる状態でそんな話を出してみろ。瞬く間に政治が絡んでしまう。カルハザールの小僧共は特にあそこにご執心の様じゃしな。直接余が頼めるのは、勇者であるお主達二人でギリギリじゃな」
長生きしているだけあって、そういう部分はきちんと理解している。これで普段からもっとそういう部分を見せてくれていたらな。
実は今だって、大聖堂から供出された水饅頭を食べながら話している始末だ。
「じゃあアダムお願い。私はもうちょっときちんとサーレインと話しておきたいし」
「そうだな。それが良いだろう」
部屋を飛び出していった後、表面上はゼラとサーレインは和解している。
だが、結局サーレインはこの都市を離れるつもりは無いようで、心変わりをさせるのは中々骨が折れる状況だった。
「浄化の事があるから、お前たち二人は一緒に居なければならないという前提があるからな」
「ああ、それウソ。そういう事にしておけば、離れ離れにならなくて済むと思ってさ。サーレインにも内緒よ?」
良い面の皮だ。
だがゼラの気持ちを思えば、上手いやり方だと言う他ないだろう。
「実はな、独り言になるが、余も水の巫女姫がこの都市から出るのには賛成じゃ」
思いがけない独り言がシャール=シャラシャリーアから飛び出した。
「シャリアちゃんどういう事?」
「ふむ、独り言の続きじゃが、このパーマネトラにはある遺物が眠っておる。その存在は、最早歴史の中に埋もれて忘れられておるが、何かの拍子に起動しないとも限らん。イーヴァが昔外へ出たように、余はそれが慣習になればよかったと思っておったのじゃがな。まあ口出しも出来んから諦めたが……」
さらりと言われてしまったが、これまた強烈な発言だった。
「どういう遺物なんだ?」
「独り言はお終いじゃ」
バッサリ切られてしまったが、彼女の言葉で今まで考えていたことが一つの線として繋がって来た。
「その遺物の所為で、グラガナン=ガシャが来たのか?」
じろりと、彼女からうろんげに睨まれてしまった。
「ふーむ、やはりやるのうアダム。まあ、そういう事じゃ。詳細は秘密じゃが。そうだの、余達の事をちょっと後学のために教えておいてやろう」
シャール=シャラシャリーアが語ったのは、自分たち龍が世界を支える存在であるというその意味についてだった。
龍は土地の魔力の流れを正常に保つために存在している。
そもそも魔力の流れとは河に似ている。
世界を流れる大きな河、その流れは一定ではなく、時に水量が少なくなったり、逆に多くなったりしながら無数に枝分かれしつつも全体で一つの生き物の様に流れているという。
だが、その流れは自然のままにしておくには複雑で強大過ぎた。
多すぎる魔力が流れから溢れたり、支流の流れが滞ったりする事態が頻繁に起こってしまうのだという。
「大きなゆがみは余達で修正しておるが、例えば小さな支流に小石や枯れ葉が詰まってしまったとする。それを水の流れだけで押し流そうとするとどうなるか。答えは簡単、水が溢れる。そしてそれは独立した水溜りになって、淀む」
だからこそ、人間が魔物を倒さなくてはならなくなっている。
龍が手出しするには小さな乱れ、それを解消するのが人間の役目という訳だ。
つまり、人間にとっては一大事の魔物や魔窟の発生は、龍からして見てば世界の小さな淀みに過ぎないという事だった。
そんな存在が自らの思想だけで世界の秩序を乱せばどうなるか。
答えが廃龍ズヌバだった。
「龍がいるという事は、それ即ち、龍が居なければならないという事よな」
「えー、それじゃあさ、この辺りってシャリアちゃんと、そして山のグラガナン=ガシャが居ないとダメって事? クソヤバいじゃん」
ゼラは簡単に言ったが、この土地は思っていたよりも厄介な土地だったらしい。そんな場所を観光地にしているのは拙いのではないだろうか。
「今までは良かったんじゃが、重ねて言うがゼラがこの土地で生まれたという事は、主だって魔力の流れを制しておるグラガナンの奴に何かあったのかもしれん。まあ、ここの事はそれとなく国王に独り言を聞かせておいてやるわい」
実に頼もしい言葉だ。これでもう少し普段の姿に威厳があればな。
「それで、お山に登るのはシャリアちゃんとアダムの二人?」
いや、龍が直接監督するという滅多に無い状況だ。どうせならこの機会に問題は解決したほうが良い。
私はシャール=シャラシャリーアに自分の考えを相談した。
「ほー。まあ、そうじゃな。余の口利きがあればある程度はグラガナンも許容するじゃろう」
彼女の同意を得たことで、私はその考えを実行に移すことにした。
そして私達は再び会議室へと戻った。
中断した会議を再開するのだ。
席順は、中断前とは様変わりしている。
上座をシャール=シャラシャリーアと勇者である私達が独占し、使われていなかった最も下座に当たる席に導師達が座っている。
あからさま過ぎたが、この状況で上座に座り続けられるほど面の皮が厚く無かったという事だろう。
賢明であるとも言えた。
三人で話していた内容について、差しさわりの無い範囲で教えて貰えるようにとナタリアから質問が飛ぶ。
他の人間もそれに同意した。まあ、当然か。
そしてシャール=シャラシャリーアが明かした内容に、全員が衝撃を受けた。
当然、我先にと同行を申し出る人間が出て来るが、それは自分が決める事では無いと彼女はその一切を聞こうとしなかった。
「議事録を確認した。アトラカナンに登るのは、余とアダムと――」
彼女の視線がカルハザールの席を捉える。
「後は余に決定権は無い。お主たちで決めると良い」
口に出していないが、目は口程に物を言うという奴だ。
こちら側で、選択肢は限りなく狭めておく。
詭弁だが、シャール=シャラシャリーアが直接提案する形でなく、会議の流れを踏襲しての提案であるという形を取らせてもらった。
勿論、彼女にこの方法を提案したのは考えあっての事だ。
カルハザール共和国の真意が何であれ、彼らの提出した議題は確かに考慮すべき案件だった。
それを通すには今回の件はまたと無い機会だろう。
何しろ、絶対的な存在に直接申し入れを行うことが出来るのだから。
そして、もし彼らが何かしら不埒な考えが有った場合、禁足地と言う素晴らしい閉鎖環境でお話を聞くことが出来るという寸法だ。
守護龍の言葉に会議室の中はざわついていた。
これで何も言い出さないのなら、それはそれで問題なかった。
注意すべきなのが何処なのか目星が付くだけの事だ。
しかし、そんな私の考えを断ち切る様に、意外な男が声を上げた。
「皆さん、よろしいべか?」
会議に参加しているようで参加していなかった男、ダイクン・ヤマドだった。
「うぢの国は、言い方は悪いけんども、今まで皆様方との交流を、霊峰に阻まれておったと感じておりました。不遜な事です。申し訳ない」
彼はたどたどしくも自分の言葉で語り続けた。
「もし許されるのでしたら、是非どもグラガナン=ガシャ様にお会いして、お願い奉りだいと願っております。どうか、お願い致します」
そして深々と頭を下げた。
プレキマスがそんな彼の様子を見て、何か反論を行おうとする素振りを見せる。
だが、それよりも早く、ダイクンの隣に座る男が席を立って頭を下げた。
「私からもお願い申し上げます。この男、口は達者ではありませんが、自国だけでなくこの世界のためを思い研鑽を続けている男です。そんな彼に免じてどうかこの度、一度だけのお目通りを許可していただけませんでしょうか」
ヤノメはそう言って、頭を下げた姿勢のまま周りの言葉を待った。
やがて、トレト老人やガルナ老の同意を皮切りに、彼らの私達への同行が決まった。
ゼラの処遇や他の国の提案など、まだまだ決めるべきことは残っていたが、一先ずは私達がグラガナン=ガシャに会うまで、会議は保留という形で落ち着いた。
この日は解散の流れとなった会議だが、それぞれが席を立つ中、ヤノメはナタリア達よりも早く私の元にやってくると、こちらに向かって一礼した。
「口添えをして頂きまして、誠にありがとうございます」
やはりこの男には見抜かれていたか。
謙遜を返すが、社交辞令以上の効果は見込めないだろう。
「お二方には、霊峰に上る際に是非ともお耳に入れたいお話がございます」
そういってヤノメは、ナタリア達が近づいて来るのを察して、自分の国の一団へと戻っていった。
恐らく、彼が言おうとしている話とは、中断する前に話に出そうになった『開発品』とやらの件だろう。
そういうのは、大体良い結果にはならないと相場が決まっている。
一抹の不安を抱えながら、私はこちらにやって来るライラやサーレイン達を出迎えたのだった。