第六十一話 平和への犠牲
あっという間に親密度を上げてきたトッシーことトレト老人は、場が落ち着くのを待ってから私とナタリアに話しかけてきた。
「ミネリア支部の話はこちらでも把握しているね。ネゼタリアの坊やがぼやいてたね。あの子は臆病だからね」
ネゼタリアというのが都合三人目の導師なのだろう。
何百年も生きていれば、大抵の人間は坊や扱いできる訳だ。イーヴァさんとも、何時からの知り合いなのか知れたものでは無い。
「導師達は四人とも協力出来ているようで、信頼が全く無いね。お互いを不干渉にする事で派閥を保っているだけね」
そうなってくると、水の巫女姫であるサーレインと、実質ゼラを有するボイボスティア家、つまりプレキマス導師が最も力を持っているという事か。
「ワシらの街『ハバン』は都市連邦の中でも、比較的北側かつここの河の下流域に存在するね。パーマネトラのごたごたで生活に影響が出るのはごめんね」
水利権という奴か。
水源が水源であるため河川管理者は存在しないが、実質的には水の販売まで行っているパーマネトラが実績を持ち、上流を抑えているため発言力があるのだろう。
「だから巫女姫やゼラちゃんがうちに遊びに来るのは大歓迎ね。なんなら今すぐ迎えを寄越しても良いね」
どうやら、やはりこの亀爺さんは全く油断ならない相手らしい。
現在パーマネトラに集っている三か国の思惑はそれぞれあれど、サーレインとゼラに関して言えば一致している。
パーマネトラに置いたままにはしたく無いという意見だ。
私達はゼラの個人的な頼みと、ミネリア王国としては可能ならば独立を目指すパーマネトラの力を弱めるために。
バトランド皇国は恐らく、パーマネトラを南下の足掛かりにするために。
そしてレストニア都市連邦、その中でもトレト達の街ハバンは河川上流にあるこの街に楔を打ち込むために。
ズヌバに対抗するために会議だというのに、開催地が不安定過ぎて本来の意義を見失いかけている気がする。
ある意味では、正に会議だ。
「廃龍に関しては、こちらからは特に言う事も無いね。復活に懐疑的な都市もあるくらいね。都市連邦の中でも足並みを揃えるのは無理なのね。だから、無茶を言わなければ基本反対はしないね」
トレト個人としては、対抗策として何か腹案があるか聞くことにした。ここは亀の甲に頼る。
「単純な話ね。強くなるしか無いね。この世界で生き残るのは強い存在だけね。身体に限った話では無く、心が強ければなお良いね。大戦末期から生きているジジイの意見だけど、残念ながら概ね外れてはいないと思うのね」
無茶な論理に思えるが、彼の言う通りなのだろう。
ここで、強くなるにはどうしたらよいか。などと言う疑問が出るのはこの世界において愚の骨頂だった。
何故なら、くそったれな神様がその手段を豊富に用意してくれているからだ。
戦って強くなる。
魔物の本能として与えられたと思っていたが、或いはこの世界その物の真理だったのかもしれない。
魔物を倒して強くなり、強い仲間や装備を揃えて強敵に立ち向かう。
なんとも憤りが湧く話だ。
外から見ている分には楽しいのだろうが、命を持って世界に存在しているこちらとしては、もう少し何とかならなかったのかと言いたくなる。
だが、考えてみれば私の前世だってそう違いは無いのかも知れない。
配られたカードとルールに文句を言う前に、足掻けるだけ足掻くとするか。
何れはそのルールにだって反抗できるはずだ。
私は、レンやミレ、そしてジャレル達と交流を行うライラ達を眺めた。
同じ獣人であるメルメルを中心に話が盛り上がっているようだった。
サーレインが許可を得て、ミレの耳を猛烈に撫でまわしている。変な声を出すなよ。
リヨコ他、うちの子達も触りたがっているようだが、メルメルの前という事もあり遠慮している様だった。
彼女は自分の耳に触られるのが、余り得意ではない。
ジャレルはその光景を呆れながらも笑顔で眺め、レンは息を荒くしている。
「南も良いかもね。サーレインの望みにも近くなるし」
ゼラが一団から離れ、私達に話しかけてくる。
サーレインの望み。
直近で聞いた中で私に思い当たるのは一つだけだった。
「それは……もしかして海の話か?」
「そう、海の話」
ぽつりと口にしただけにしては、強い意志を感じる口調だった。
「あの子、今も昔も、海には行ったことが無いのよね……」
「そうなのね? ハバンは海からはまだ遠いけど、レストニア都市連邦に来るならいくつか都市を経由して見に行くことも出来るね。歓迎するね」
ぐいぐいと、トレト老人がアピールを行う。
「ありがと、トッシー」
明言を避けてゼラはそれをさらりと躱す。トレトもそれを察して深追いはせずに世間話に切り替えた。
それにしても海か。
最初にサーレインと面会を行った際、ライラも海には行った事は無いという話をしていた。
そう、彼女もサーレイン同様、今も昔も海には行ったことが無いという事になる。
妻とは、結婚前に二人で海へ旅行した記憶がある。
水着を覚えている。
顔は未だ思い出せない辺り、自分のバカさ加減に呆れてしまうが、最早これは私の問題ではなく意図的なものを感じていた。
二人での旅行は楽しかった。
そして彼女が妊娠し、結婚を……ああ、そうだ、そういう順番だった。
やがてノゾミが生まれて、そう、生まれる前に名前について妻と話し合った。
この子が生まれたら、今度は家族で海に――。
「どうかしましたかアダムさん?」
ライラからの呼びかけで、私は記憶の欠片を追う旅から帰還した。
「いや、なんでも――いや、昔の事を思い出していたんだ」
「お~アダムのむかしばなし~きかせて~」
興味を持った皆が私に近づいて来る。
まいった。そう皆に話す内容でもない。
特にライラには。
「どうせ海って聞いて、水着の事でも思い出していたんでしょう? はいはいおっさん、おっさん」
ゼラのその発言が当たっているのがムカつく。
スライム娘の口から出た水着という単語に皆の興味の対象が移る。
ゼラが擦り込もうとする誤った知識、紐のような水着を着るのがマナーである、という様な話に訂正を入れながら、すると好みの水着について聞かれるという地獄のような時間を過ごす羽目になった。
ジャレル君とロット君は互いに誰かの水着姿を想像しているのか、妙に遠い目をしている。
二人は気が合ったようで、何やらこしょこしょと耳打ちを行っていた。
こうして、レストニア都市連邦側との顔合わせは、私が好みの水着を事細かに聞かれるという犠牲の元、平和裏に終了したのだった。
ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。
何れも土の下にいる作者に良く効きます