第六話 第六調査隊、調査開始!
「ではこれより第六調査隊による、第十三回魔窟調査を実施する!」
ブロンス伯爵領地内、カロワ山脈の麓に存在する森林地帯に男の大声が響き渡る。
声量があまりに大きいためか、その言葉は木霊となって山々に響いていた。
男の前にはそんな爆音を至近距離で聞かされた男女五名が、各人の手で両耳を押さえながら並んで立っていた。
「隊長! 超五月蠅いっす!」
「たいちょう~。めちゃうるさいです~」
「あわ、あわわ……」
「流石先せ……隊長! でもすげえ五月蠅いです!」
「グレース。存在が五月蠅い」
各々から大変正直な感想を頂いた筋骨隆々の男性。『隊長』ことグレース・マクテミスは、傷つきやすいアラサーの心を存分に傷つけながら話を続ける。
その目じりに光るものが見えるのは、決して見間違いではないだろう。
「気合は大事だぞお前ら! そしてナタリア! そういうの心に刺さるのはやめろ!」
そう叫ぶグレースの左腰には肉厚の長剣が下げられ、左前腕の籠手にはベルトで小さな盾が括り付けられている。加齢によるものでは無い、生来から灰色の髪はうなじで荒く一纏めにされていた。
また身に着ける装備は経年によって増した渋みがあるが、いずれもよく手入れされており劣化は見られなかった。
グレースを中心とした合計六名の男女の周りには、彼ら以外にも人員が配置されていた。
それぞれ、仮設の施設の点検や、用意された装備や備品の点検などに余念がない。
中には彼らと同数の組み合わせのグループもおり、騒がしい彼らに微笑ましい、あるいは呆れたような視線を向けていた。
彼らは皆『ガーランド大陸対魔連合ミネリア王国支部』に所属している隊員である。
この素晴らしく長い名称の組織は一般に『連合』と呼ばれており、人間種に危害を加える魔物や、大量の魔物が生息する魔窟に対抗するための組織である。
連合は、海洋を渡るのにかなりの危険が伴うこの世界において、各大陸毎の主要国でそれぞれ構成されている。
ガーランド大陸対魔連合とはその名の通り、ガーランド大陸の所要六ヵ国が参加して作られた組織である。
今回グレース達、ミネリア王国支部の隊員たちがこの場に集ったのも、その組織の本分を全うするためである。
現時点からおよそ半年前、ブロンス伯爵領地の鉱山での採掘中に落盤事故が起こり、その影響で周囲の魔物が活性化してしまう事件が発生した。
重要な資源採掘施設であった鉱山の一つが使用不能になる事態を受けて、新しい鉱山の獲得を試みた伯爵は自領内の地質調査を行った。
だが、悪い事は重なるもので、その調査中にカロワ山脈の山麓部に魔窟の入り口が発見されてしまったのだった。
魔窟が発見された場合、これは速やかに連合への報告が義務付けられている。それに違反した場合、自領の統治権を持つ貴族であっても、寧ろ責任のある貴族であるからこそ重大な国際問題となる。
魔窟はその内部に大量の魔物を孕んだ、文字通りの存在である。だが同時に、その魔物を討伐した際に残留する素材は多様な用途に使用され、攻略を目的とした人間は必要な道具を購入するなどして、周辺地域に富を齎す。
そのため魔窟の対処法が確立、周知されてから暫くの間は、欲に目を眩ませた人間などがそういった富の寡占を目的に、発見者の身内で事を済ませようとすることも少なく無かった。
だが往々にして攻略に時間をかけすぎたために魔窟内の魔物の氾濫を招き、多大な被害を被る傾向にあった。
氾濫した魔物は国境など知ったことではないとばかりに広がり、その被害は一国にとどまらず拡散してしまうのだ。
そうなれば、本来魔物の脅威を前に団結を掲げている各国であっても対外関係の悪化は免れず、関係悪化は魔物関連の対応を遅らせる悪循環を生み出してしまう。
この世界において、魔物への対応の遅れは死活問題である。
実際、魔窟の独占を試みた事が遠因となり滅亡を迎えた国も存在するのだ。
幸いにして、今回の発見は即座に連合へと報告され、調査任務が発行される事となった。
この調査により魔窟の危険度や深度の判断、地図の作成などが行われ、管理困難と判断されれば破壊措置が取られる。
調査には、活動申請を行った「冒険者」と呼ばれる戦闘員が加わることもあり、彼らの獲得した素材などは事前の取り決めに従って天引きが行われるものの、貢献度に応じた報酬が連合により支払われるほか、彼らの所属する組織への活動報告がなされる。
グレース達六人は冒険者ではなく連合所属の調査員であるが、昔冒険者であった人員もおり、経験の豊富さから彼らの調査は順調に進んでいた。
「では出発前にこの魔窟の情報をもう一度確認する! ライラ、構造と出現魔物を言ってみろ」
「は、はい! 構造は降下式洞窟中型です。出現魔物は、スライム種、スケルトン種、ゴブリン種の三種です」
ライラと呼ばれた、明るい橙色の髪色をした幼さの残る少女が、ハッキリとした口調でそう答える。
彼女、ライラ・ドーリンはその手にオーク材製の杖を持ち、白いフードが付いたケープを身に纏っている。
革製のしっかりした作りのブーツを履いているが、基本的に軽装であった。
「基本中の基本みたいな構成! それに俺達なら、どんな奴でも楽勝っすよ!」
「前衛は俺にまかせてくれ!」
中型の弓を背負った狩人風の男が、槍を装備している赤毛の少年の肩を抱きながら発言し、それに少年が応じる。
「フレン! ロット! お前ら学校からやり直すか!?」
グレースによる叱咤を受けた二人は互いに肩を抱いたまま、その肩を落とす。
線の細い、女性受けしそうな容姿をしている狩人のフレン・ダートは、その鮮やかな金髪を短く切りそろえ後ろに流している。
弓のほかには短刀を腰に装備しており、茶色の腰布と動きを制限されないように調整された革鎧を身に着けていた。
ライラと同年代であり、精悍さよりも無邪気さを感じさせる表情をした、槍を持つ少年の名はロット・ガレー。
彼はフレン同様軽装ではあるが、籠手や胸部には金属製の装備を採用していた。
そしてその額には鉢がねが巻かれており、鉢巻状のそれで自分の赤毛を抑えていた。
「でも~じゅーさんかいめ~ですから~。じゅ~さんとか~ふきつだけど~。なれてきた~」
独特なリズムで喋る眠たげな瞳の少女は、巨大な耳が垂れ下がったような紺色の帽子と、同色のローブを身に着けており、小柄な身体には見合わない大ぶりな本を両手で抱くように携えていた。
「メルメル、あとそこの二人も、油断はしないように」
グレースにナタリアと呼ばれた女性が不思議少女メルメル・メリッサを嗜める。
長い銀色の髪を流麗に背中に流し、切れ長の瞳にきらりと光る眼鏡が知的な印象を与える彼女、ナタリア・バルドモアはグレースとは同期の間柄である。
年齢も同じであるが、それは決して触れてはならない禁忌の話題である。
彼女の髪色と同じ、銀色の光沢をもつ短い杖を腰のベルトに差し、同じベルトには試験管のような数本の細いガラス瓶に、様々な色の薬剤を封入した上で同様に差し込んでいる。白衣にも似た外套を身に着けたその姿はまるで女教師の印象を抱かせる。
「メルメルよー。十三が不吉とか、根拠もない迷信だって」
「確か……由来は勇者の伝承でしたっけ?」
「お前ら。お喋りも良いが集中しろ」
その後簡単な雑談が挟まれ、グレース達、第六調査隊はいよいよ魔窟の入り口前へと到着した。
発見時には単なる洞窟の入り口にしか見えなかったその場所も、半年の月日がたった今ではもうすっかりと整備されていた。
内部の魔物が外へ出るのを防ぐための閂が付いた木製の扉と、頑丈な柵がその入り口を塞ぎ、その外側にさらに大きな柵が張り巡らされていた。
その外側の柵唯一の出入り口には詰め所が設けられており、魔窟に入る人間の精査を行っている。
最終階層まで踏破されていない魔窟では特に、出入りする人間の確認が重要である。
調査中の魔窟には原則として調査員か、前述の申請を行った冒険者のみが立ち入ることが許され、そのスケジュールも完全に管理されている。
これは魔窟内の資源等を不正に持ち出す人間や、実力を過信し被害に遭う人間を減らすための措置である。
グレース達は受付を済ませると、それぞれ流麗な刺繍が施された黄色の腕章を受け取り、各人の左上腕部にピンで留めて行った。
この腕章は、魔窟からの帰還時に受付で返却が義務付けられており、もし魔窟内でこれを身に着けていない人物が発見された場合は、即座に誰何が求められる。
何の変哲もない腕章だが、違反した場合、罰金刑では済まない事もあり、グレース達はそれぞれに確認しあいながら念入りに固定を確かめていた。
受付員が名簿に出立日時を記載し、それを責任者として確認したグレースが署名し返却を行う。
「確かにお預かりいたしました」
受付の男性は木で出来たバインダーに留められた書類を所定の位置へと戻す。
ここまでは今まで同様の所作であったが、今日は別に申し送りがあるようで、彼は先へ進もうとしていたグレース達を呼び止めた。
「グレース隊長、他皆様も、お気をつけて。例の未確認の魔物ですが、20階層時点で未だ発見されてはおりません」
「ああ、ありがとう。だが相手は魔物とは限らない。遺留品から相手の推測は出来るが、それも実際に確認するまでは参考程度に留めておいたほうが良いだろう」
最後の言葉は自分だけにではなく、周りの仲間にも促すようにグレースは発言する。
そして皆の表情からその認識が共通のものであることを確認すると、満足げに頷いて見せたのだった。
こうして煩雑な手続きを終えた彼らは、十三回目の調査を行うため、魔窟へと足を踏み入れたのだった。