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第五十九話 展望台にて

「見てくださいアダムさん! ここが展望台ですよ!」


 ライラが目の前の雄大な光景を見てはしゃいでいる。


 私達の目前には、遥か霊峰まで続く平野部の途中に突如として現れた大地の亀裂に落ちていく、大瀑布の姿があった。


 バトランド皇国との模擬戦から数日経ち、現在私とライラはパーマネトラの街を観光していた。


 仕事仕事の私を見かねて、ナタリアやゼラ達が気を利かせてくれた形だ。


 あれから何度かガルナ老達とは会談を行う機会が有り、中々良い関係性を築けているように思う。


 ベルナなどは、折を見てロットと共に訓練を申し出ており、遠方で今も活躍しているという彼の母親に関する話題で盛り上がることも多いのだとか。


 そうすると、リヨコも自分がゼラに負けてしまった事を引き合いにして訓練に参加することになり、当然、メルメルはそれに付いていくし、監督として両国から大人組も参加する。


 ライラはと言うと、食べても太らない体質であることを言い訳に、最近暴飲暴食が過ぎていたためか、流石に体質君もカバーできなくなりつつあるようで訓練に参加している。


 結果、ガルナ老との一合で割と無茶な魔法を受けた板剣を含めた私の武装を確認するマールメアと共に、他に人員もいないため、私は書類仕事に励んでいたのだった。


 そしてこの都市に来てから全く街に繰り出す事の無い私を見て、今のうちに観光をしてくれば良いとの提案があったのだった。


 確かに、都市にに到着していない他の二国が来れば、街に出る暇も無くなるのかも知れない。


 私一人、遊びが無いのも他の人間にとっては気苦労の元になってしまう。


 外に出る事にした私の事を知ったライラが、付いてきてくれる旨を申し出てくれたのは非常に嬉しかった。


 訓練がきついからではないと思いたい。


 ただ、一つだけ現時点で心残りなことがある。


 今のところ大聖堂の他の三人の導師には未だに会えず仕舞いなのだ。


 レシナール導師には問題なく面会を行うことが出来ており、バトランド皇国側はそのレシナール導師とは別の導師、プレキマス・ボイボスティアとのみ面会している事から、大聖堂の考えは不明だが国ごとの担当のような物を決めているらしかった。


 私が口を出す事でもないが、導師達はパワーゲームに夢中になり過ぎているきらいがある。


 以前にレシナール導師からも話が有ったが、このプレキマス導師は名前からも分かる様にサーレインの親類にあたる人物だ。


 尤も、血の繋がりは無い。サーレインは養子なのだ。元々は孤児だったのだと言う。


 その事をゼラから聞いたとき、サーレインの扱いについて得心が行った事を覚えている。


 残念ながら、この世界はそういう話に事欠かない。


 孤児であるというなら、実はメルメルもそうであるし、ライラは両親共におらず血の繋がりがある家族は祖父のみだ。ロットも、父親は誰であるか知らないのだという。


 こうやってライラと共に、観光客で溢れるこの観光地で滝を眺めていると忘れてしまいそうになるが、この異世界は実に過酷極まる。


 世界そのものは、目の前の大瀑布の様に輝かしく力に溢れているが、またその力は人を容易に死に至らしめる。


 そして同時に、強大な力という物はこうやって人を惹きつける。


 私は近くにあった四角い石材の椅子に座る。


 私は遠景に見える、この滝の源流である霊峰を眺めながらそこに住まう龍に思いを馳せた。

 

「アダムさん。また何か難しいこと考えてませんか? 私もう、そういうの分かっちゃうんですからね」


 そうすると、背伸びをしながらライラが私の前に躍り出た。


「すまんすまん。そんなに顔には出ないと思うんだが」


 私は冗談交じりに自分の兜頭を、まるで髭でも摩るかのように手で擦った。


「出ますよー。アダムさんは顔に出ます。最初に会った時から、私にはなんとなく分かります。土魔法の資質のおかげでしょうか? もぐもぐ」


 そう言ってライラは、クリームがたっぷり乗ったクレープ菓子に似た食べ物をほうばる。


「ライラ、それはそんなに美味しいかい」


「はい! 実はこの都市に来てから、お爺ちゃんにも近況を知らせる連絡をちょくちょく送っています。それで、お土産品を厳選するために、何が美味しかったとか、お爺ちゃんが知りたがっていると思うので! 仕方ないんです! もぐもぐ」


 全く理屈が通らない話をしながら、ライラは幸せそうに菓子を口に運んでいる。


 私は遥か彼方の結晶に覆われた王都に住む、幼女龍に思いを馳せた。


 何故だろう、似てきたな。


「それにしても、何度見てもこの滝は凄いです。ナタリアさんの言う様に、本当に魔力的には普通の水なんでしょうか」


 そういう事らしいな。確かに景観は素晴らしいが、私にも特別な魔力は感じられない。


「ライラ、ちょっと声を落とした方が良いかもな。そこで件の霊水が売っているから」


 私はゼラによってからくりを暴露されていた『龍泉の霊水』とやらの販売所を眺める。


 謳い文句で、前世の似非科学のような文字が躍るそれは、同時に目の前の滝と河から汲んだ旨が記載されている。


 サーレインの浄化魔法により実際に効力はあるのだが、元が只の水に支払うには五百シャールは割高だ。


 そんなことを考えていると、ふと、こちらに近づいて来る存在に気付き、私はそちらに顔を向けた。


「んにゃ。おじさん達面白い話をしてるにゃあ~」


 突然やって来て会話に加わったのは、分かりやすいほどに猫らしさを押し出した口調の、ライラと年が近いように見える獣人の少女だった。


 メルメルのように頭からは獣耳が生えており、その内側には鼓膜に繋がる人よりも大きな外耳道孔を保護するため、豊かな毛が生えそろっている。

 

 瞳孔は極端に猫らしい訳では無かったが、日の当たり具合によって動くそれは、通常の人間よりも幅が大きい様に見える。


 そしてその肌は、ここよりも気温の高い南方からやって来たことを示すかのように浅黒く、白い体毛とのコントラストが際立っていた。また、周囲と比較して服装も露出が多い物を着用していた。


「気を悪くさせてしまったかな? 申し訳ない」


「にゃいにゃい。ミレも、何で高いお水を買うのかにゃ~って思ってたとこ」


 ケラケラと、恐らく『ミレ』という自分の名前を一人称に使う少女は笑う。


 ライラは突然の来訪者に目を回していたが、少しすると落ち着きを取り戻していた。


「初めまして、私はライラと言います。貴女は……?」


「にゃは。ミレはミレ。『ミレ・ソラ』にゃ~よろしくにゃ」


 ライラの手を取り、ぶんぶんと振り回しながらミレは屈託の無い笑みを浮かべている。


 私達が猫耳少女の来襲に混乱していると、駆け足で展望台に向かって走り込んで来る人間の姿を私は捉えた。


 濃い藍色の体毛をした、男性の犬、いや恐らくは狼の獣人だ。


 彼はメルメルやミレとは異なり、人頭では無く狼そのものの頭をしており、体毛も全身を覆う形で生えていた。


 嘗てメルメル先生から教わった話では、血の濃さとやらが外見に影響するとの事だったので、彼は相当に血が濃い部類なのかもしれなかった。


 何処かミレの服装に似た意匠を持つ服を身に着けた彼は、展望台に入ると、辺りを見回しながら大声で叫んだ。


「ミレ! ミレー! おい! 何処に行ったー!」


 彼の叫ぶ声に私達は目の前の少女に視線を向けた。


 ミレは、ライラを盾にするかのように狼の男性から隠れた。


「ふ、二人とも、ミレはあの悪い狼に追われているにゃ、だから……」


「すみませーん! ここにいまーす!」


 即決した。


 何故なら、ミレを探す男性の服には、私の鎧にも存在する『連合』の一員であることを示す記章が存在していたからだ。


 二人の服装から考えるに、恐らくまだ来ていなかった二か国の内、南の都市連邦から来た人間なのだろうと私は予測した。


 そしてそれは的中していたのだった。


「大変ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした」


 深く謝罪の言葉を述べる狼の男性から拳骨を喰らったミレは、彼に腕を掴まれながら涙目で自分の頭を抑えていた。


「迷惑じゃないにゃ~。ライラもアダムももう友達にゃ~。にゃあ?」


 たんこぶが二段重ねになるのはアニメの中だけだと思っていた。


 しかし、教えた覚えのない名前を言っている辺り、そういう事か。


「んにゃ。その記章、連合のやつ。アダムは有名にゃ~。直ぐ分かったにゃ~。どえらくヤバい強さ感じるにゃ~」


 ミレの耳の毛が逆立つのが見える。


 自分では抑えているつもりだが、魔導戦車を破壊した後の私の魔力量は、大分、いやかなり人間としては非常識な量になっているからな。


 身体の形態を人間の常識内に納めても、やはり分かる人間には見破られてしまうようだ。


「ご挨拶が遅れまして、俺の名前は『ジャレル・ガフ』です。今回の会議に参加させていただくレストニア都市連邦支部の職員です」


 私は立ち上がって挨拶を返す。ジャレル君は、獣頭であるゆえに正確には年齢が掴めないが、恐らく二十台前半といった所だろう。


 しかし可哀想なことに、彼が苦労性な事は、はっきりと理解出来てしまった。


「今回の会議に参加するのはジャレル殿とミレ殿の二人だけかい?」


「いえ、後二人、先輩と老師が……。アダム、さん。俺達の事はどうか呼び捨てでお願いします。俺は導師との顔合わせを抜け出したこのバカネコを探しに来たんです」


 その言われように口答えをしそうになったミレだが、三段重ねのたんこぶになる前に口をつぐむ学習能力はあるようだった。


「そうか、私達とは入れ違いになってしまったんだね。ジャレル、それにミレもどうせなら一緒に大聖堂に戻らないかい?」


 そうして私達は一路、大聖堂への道を歩んでいった。


 先頭を歩く私とジャレルだったが、彼は後ろの方で、ライラに纏わり付くミレが百面相をしながら良く分からないジェスチャーを送っている事に気付いてはいない。


 レストニア都市連邦の他の人員がどんな人間なのか。


 ちょっと不安になる私なのだった。


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