第五十八話 蠢く血
模擬戦を終え、ゼラの攻撃の余波で濡れてしまった観戦者達が着替えに立ち去っていくと、その場に残るのは私とゼラ、そしてガルナ老と文官二人だけとなった。
「ゼラ殿、中々の戦いっぷりだったぞ」
「いやあ、お粗末様ですー」
そんな会話を交わす二人を尻目に、私はガルナ老の後ろに控えていた二人の文官に今回の会議への思惑について探りを入れるべく動いた。
だが、話しかけたは良いものの二人の口は重い。
未だ私に対する警戒心が高い故に、中々思うように話が進まない。
「ふむ、こちらとしては他国の遺物管理に特に口出しするつもりは無い。それで良かったか?」
そうしているとガルナ老が私たちの間に入り会話を取り直してくれた。
老人が文官に確認を行う。
それぞれ共に頷きで同意を返した。
バトランド皇国は今回の会議で遺物に関して特に意見は無いという。
議題に挙げるべく考えているのは、彼らの国内で蠢動しているある組織についてなのだという。
「その組織が確認されたのはお主達が復活したとされるズヌバと遭遇するよりも少し前の事だ。実際はもっと前から動いていた節もある」
ガルナ老が語るその組織は龍の力を授かる事を目的としており、国が管理していない遺物を探し求めては、その技術を解析しようとしているらしい。
「解析できるものなのか?」
「殆どは無理だ。原本などは言うに及ばず、複製品である先ほどのロット殿の槍でさえも今の我々の手には余る」
ロットの槍の穂先に使われている合金ヒヒイロカネは、その名前からも分かる様に私の前世に存在した日本出身、ないしはその知識を持った勇者が関わっている金属だ。
実際に作成したのは龍だったのかも知れないが、結局の所、人知の及ぶ範囲ではない。
数百年も前に廃れた技術を復活させるだけでも困難なのに、それが不可侵の存在によるものではどうしようもないのも明白だった。
「我達も、その組織の存在を知った時は鼻で笑った物よ。だが、最近になって構成員に我が国でも指折りの研究者が存在することが分かってな。性格に難があるため首都からは遠ざけられていた者達なのだが……」
それだけ聞くと、バトランド国内で片づければ良いだけの話に聞こえる。
「問題は、その組織の名前だ。君やリヨコ殿の報告書を読んだ時はちょっとした騒ぎになった」
そして老人はその名前を告げた。
「組織の名前は『邪血教団』。まず間違いなくズヌバの息のかかった手の者だろう」
邪血教団。
それがズヌバの命名であるかないかは兎も角、それを知る者には隠すつもりの無い名前だ。
邪血という名前を耳にした私の脳裏に、あの甘いような苦いような香りが蘇る。
向こうの体制が整う前にどうにか出来るのが理想だったが、難しいようだ。
共通の敵が現れた時に、互いの思惑を超えて協力が出来るという話があるが、現実はそう上手くいかない。
先程遺物の件に関しては協力的だったバトランド側も、別の面では敵対的になる事もあり得るだろう。
そもそもバトランド皇国は領土的野心の高い国だ。
東西に国土が広いのは、国を広げるにあたって他に選択肢がなかったからだと話に聞いている。
バトランドより遥か北方には嘗てズヌバがそう呼ばれる前に君臨していた大地が存在するが、最早そこは魔物すらいない不毛の大地と化していると言う。
かと言って南を向けば、龍が鎮座するミネリア王国と霊峰がつっかえ棒のように存在しているのだ。
パーマネトラが独立気運を高めているという状況に、元将軍であるガルナの意向が強い今回のバトランド支部の面々がどう動くかはわからない。
しかし、大聖堂側の思惑に対してそうであるように、ひとまず此方としては会議における大目標達成を目指して動くだけだ。
やがてライラ達が戻って来たのを合図に一度解散の運びとなったのだが、此処でガルナが私に対して一合のみの手合いを求めて来た。
此方としても望むところだった。
戦いを望まないゼラが興奮していた事から分かるように、表面上取り繕ってはいたが私にもまた戦いを求める心があったからだ。
二度の模擬戦よりも遥かに近い距離で長剣を構えるガルナと私は対峙した。
私はかなりの幅を持つ、見ようによっては板のような剣を簡単に構えた。
そして唐突に、僅か一呼吸も間も無くガルナが私に斬り込む。
静止している様な構えからの爆発的な一撃だ。
並みの人間ならば反応すら出来ずに両断される事だろう。
だが、やはり私には動きの起こりから見えていた。
その剣筋を板剣で垂直に受ける。
しかし驚くべき事に、受けたこちら側の剣が、殆ど抵抗もなく切り裂かれて行く。
ガルナがいかに驚異的な実力者だとしても余りにも非常識的な切れ味だ。
もしかすると、彼に持つ剣もまた遺物なのかもしれない。ロットの槍を見せて貰ったお返しの意味もこの一合には込められているのだろうか。
切り込まれた剣は、既にその中程までを断ち切られているのだが、此処でガルナは僅かに目を見開いた。
切ったはずの剣、その痕跡が、切り裂くそばから無くなって行く。
ガルナの剣は、彼がそれを振っている途中であるにも関わらず、まるで最初からそういう形でもあったかの様に私の板剣に埋没していた。
その事に驚いた様子のガルナは、しかし一撃の勢いを緩める事なく、私の剣の中を振り抜いて行く。
振り抜かれれば切られるのは私なので、それを阻止すべくガルナの足元の地面を陥没させながら、私は力を入れて相手を押した。
踏み込む足が取られる事を察知したガルナは、自分の剣から手を離し、私の力を利用して一気にその場から飛び退く。
持ち主に手から離れた長剣が、私の持つ板剣の半ばから垂れ下がっているという奇妙な光景が生まれた。
「参った。これは勝てない」
そう言ってガルナ老は申し訳なさそうな顔で剣の返却を願い出て来た。
勿論、きちんと返す。
何の抵抗もなく私の板剣からガルナの長剣を引き抜くと、それを受け取った老人は問題がない事を確認して鞘に収めた。
「アダム、今の何? 訳わかんなくてキモい」
ゼラ、傷付くからやめて下さい。
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ミネリア王国支部の面々とゼラ達から離れた後、ガルナ達バトランド支部の人間は自分たちに割り当てられた一室で話し合いを行なっていた。
当然、防諜対策は行なっている。
「アルシダ。先程のアダムの魔法どう思う?」
ガルナが文官の一人に問いかけを行った。
アルシダと呼ばれた文官はその質問に困ったような表情を返した。
「皆目検討もつきません」
その返答にもう一人の文官が呆れた様に言葉を返した。
「何を言っているアルシダ。奴が使ったのは『転倒』、『溶鉄』、『錬鉄』と言った所だろう。確かに信じがたい速度であったが何も特別な魔法では……」
「結果だけ見ればそうなのですが、問題はそれらの魔法が同時に行使されたという事です」
アルシダが同僚に反論を行う。
その内容は、実際に目に前でそれを行われたガルナも認める所だった。
魔法の行使の際、その魔法の名前を詠唱せずに発動させる技術は存在する。
だが、魔法とは自分の魔力を用いて、それを世界の法則に沿った形で変化させ発動させる技術である事に変わりはない。
同時に複数の魔法を発動させるというには本来不可能なのだ。
「あれのような、ゴーレムという魔物が使う魔法が特別なのかは研究が進んでいませんので分かりませんが……」
ガルナはアダムを魔物扱いする二人の文官を嗜める。
剣を交えて分かったが、ガルナにはアダムに間違いなく人心が宿っている事が確信できたからだ。
だが実際のところ二人の心象も理解出来るのだった。
寧ろ、あのアダムやゼラの様な存在を受け入れることが出来ているミネリア側がこの世界においては異端だった。
嘗て目見えたミネリアの守護龍の姿を思い出し、組織というものは上に立つ存在によって如何様にでも変わるものだと、ガルナは染み染みと思うのだった。