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第五十七話 模擬戦 ―リヨコVSゼラ―

 しかしそもそも、ゼラは戦いそのものにそれ程乗り気では無い。


 魔物としての本能が私同様に存在するのは、戦うロット達を見ていた際に興奮を隠せなかった様子からも明らかだ。


 どんなに忌避していても私達はそれを求めてしまうのかも知れない。


 だからこんな、戦いたく無い癖に挑発するようなちぐはぐな態度を取ってしまうのだろうか。


「ゼラ、どうする? 今なら私が取り成すが……」


「んー……やるわ。戦うならリヨコっちが良いと思ってたし」


 メルメルとマールメアは直接戦闘向きではない。ナタリアはハンデ有では難しい。ロットに連戦を挑むのは趣旨的に違う。


 そしてライラはゼラに有効な手段に乏しいと来れば、相手は私かガルナかリヨコしかいない。


 確かにリヨコが適任かもしれない。


「お爺ちゃんとおじさんよりも、若い女の子。当り前よね」


 負けてしまえ。


 ガルナ老は先の質問からもゼラの能力を確かめたがっているのは明白だった。彼は予想通り、引き続きゼラにも模擬戦を行わせることについて提案してきた。


 私は事の次第をナタリアと話し、戦闘意欲十分なリヨコにゼラとの模擬戦を提案したところ、了承を得る事に成功した。


 準備のため、リヨコは一旦この場を離れる。


「申し訳ないなゼラ殿。爺の我儘に付き合わせてしまって。今度埋め合わせをさせてくれまいか」


「いいえー。それじゃあ私が勝ったらちょっとしたお願いを聞いてくれるかしらー?」


 一瞬何を言い出すのかと思ったが、ここはゼラの好きにさせる事にした。


「良いとも。言って御覧なさい」


 ガルナ老は流石に老獪だ。即座に了承を出すことで、後出しをさせずに先に内容を吐き出させるつもりだった。


「ありがとう。簡単なことなんだけど、もし私がバトランドに行くような時は、ガルナお爺様のお家にお邪魔させてもらえないかしら?」


 その要求に、ガルナ老の瞳が平時とは異なる色を一瞬だけ見せた。だかそれも直ぐに消え去り、好々爺の笑みを浮かべてゼラの要求を受け入れた。


 あくまでも個人的な話に限るが、これでバトランド側にゼラを入れる際の言質は取れた。


「それでアダム。私どうしたら良い? 麻痺毒で痺れさせるとか?それとも睡眠?」


 リヨコはズヌバの邪血を払いのけられる程に、そういった物への耐性がある。先祖から受け継ぐ、龍の力の残滓だ。


 それを貫通させるほどの毒性は、危険すぎるので使わせるわけにはいかない。


 そこで私が考えたのが、今からゼラに伝授する方法だった。


「んー。ほうほう。なるほどね。確かにそういう事も出来るわね。でも、それ本当に大丈夫?」


 確かに手間取るかもしれないが、私が把握する限りのゼラの魔力量ならば、地力の差で何とか出来るだろう。


「いや、そういう意味じゃなく……まあいいか」


 気になる言葉を飲み込んだゼラだったが、それを問いただす前に準備を終えたリヨコが戻ってきてしまった。


「――お待たせしました」


 リヨコは普段身に着けている学校の制服のような服の上から、タクティカルベストに似た蒼白の装備を身に着けている。


 また、ベストと同じ色をした短めのスカートの下には丈が長めのスパッツを履いていた。


 一番変化が有ったのは彼女の両腕だった。


 肘の辺りまでを包む白い長手袋を身に着けた上から、魔石が甲側に嵌めこまれた手甲を両腕共に装備している。


「良いよ良いよ。リヨコっち。ちょっとやる気出てきた」


「――リヨコです」


 憮然とした表情でそう答えたリヨコは、先ほどまでロット達が戦っていた辺りに移動する。


 それを見たゼラも、少し間隔を広く取りながら彼女と向かい合う位置に移動を行った。


「距離ってこんなもんで良いー?」


「――これで構いませんよ。――よろしお願いします」


 そう言ってリヨコは、ぺこりと頭を下げた。


 ゼラもそれに応じる。


 そして一拍の空白の後、仕掛けたのはリヨコからだった。


 彼女は緩く握った両腕を前に構えながら、やや前傾で距離を詰めていく。


 両腕の手甲に魔力が流れると、その魔石表面に僅かに霜が降りて来るのが遠目に確認できた。


「うへえ。冷たそう」


 ゼラは長い袖を左手で抑えるように捲り上げ、右手の先を露出させた。


 右手の形が先端の小さな筒状に変化する。


 リヨコはそれを確認し、筒の向く方向から逃れようとステップを踏んだ。


 瞬間、大量の水が猛烈な勢いでゼラの右手から放たれる。


 リヨコに躱されたそれは地面に着弾すると、衝撃と共に水たまりを作った。


「暴徒鎮圧用の放水攻撃~。リヨコっち、多分大丈夫だろうけど、変なところで受けないでね」


「――心配は無用です」


 それを聞いたゼラは放水したまま腕を横薙ぎに振るった。


 リヨコはそれをスタンスを広く取ることで、深く沈み込んで回避する。体制が低いにも関わらずバランスが崩れていないのは流石だった。


 問題は、横薙ぎにされた水が、距離により勢いこそ無くなっているが、観戦者達にもろに被っている事だ。


 おい。


 水を浴びたライラ達がきゃあきゃあと楽しそうに声を上げる。


「私言ったじゃんー! 大丈夫かって言ったじゃんー!」


 確かに、これは完全に私の判断ミスだ。


 しかしゼラよ、わざとで無いと心から言えるのだろうな。


「――ゼラさん。この水は人体に何か悪影響が出たりなどは……?」


 油断なくゼラを見据えながらリヨコが訪ねた。


「勿論人体に害はありません。寧ろ体に良いかも! なんせ私は毎日サーレインから浄化を受けてますからね! 言わば私は全身これサーレインの『聖水』! サーレインの聖水なのよ! だから安心してね!」


 頼む! この世界の言語よ! 前世での隠語に相当する言葉が……くそっ! ダメか! リヨコは顔を赤くしているし、隣の爺は爆笑してやがる。


 世界が変わっても隠語が機能するあたり、人間の業の深さが垣間見えるようだ。


 放水を掻い潜り、リヨコがゼラに肉薄する。


 ゼラは滑るような動きで後退するが、それを見たリヨコが拳の届か居ない位置にも関わらず右払い打ちを行った。


 次の瞬間、ゼラの足首が凍り付く。


 手甲の魔石が光の帯を形成し、それがゼラの両足首に当たったことで効力を発揮したのだ。


 『氷鞭(アイスベルト)』の魔法を、魔法発動体である手甲から放ったリヨコは、体勢を崩したゼラに襲い掛かる。


 しかし、後ろにすっころぶ様に見えたゼラは、その身体を腰から大きく曲げ、後方倒立回転の要領で後ろに逃れた。


 パン、と衝撃音が生じる。


 両手を顔の前で交差させた姿で、リヨコが水に濡れていた。


 そしてゼラの踵からは水が滴り落ちている。


「ごめんなさい。少し強かったかも」


 とっとっ、と爪先でリズミカルに跳ねながらゼラは更に数歩距離を離す。


 ゼラは回転途中で伸ばした足の踵から放水したのだった。


 それが下から上に薙ぎ払う水の鞭となってリヨコの身体を強かに打っていた。


「――お気になさらず。――この程度、どうという事もありません」


「ガッツあるなあ。昔の私なら帰宅案件なんだけど」


 リヨコの手甲に付いた水が凍り付いて行く。


 彼女はその場で鋭いワンツーを繰り出すと、そこから生み出された氷の礫と共に突撃を行った。


 ゼラは放水するも、礫にかかる水がそれの勢いを落とす事が出来ない様子に迎撃を諦め、腕を元の形に戻した。


 横に動いて礫の軌道から外れたゼラだったが、その先には既にリヨコが詰め寄っていた。


 手刀で切る様に、前進しながら連続してリヨコは攻撃を行った。


 当然それは氷鞭を伴う攻撃であり、手刀を躱しても、その軌道を避けきることの出来ないゼラはその身体に霜を取りつかせていた。


 ゼラはリヨコの攻撃を腕を隠した長い袖で打ち払う。


 格闘経験が感じられない動きのため、全て見てから反応しているだけという驚異的な事実にリヨコは気づいているだろう。


 明らかに手を抜かれているが、それならそれで、今の内に勝ちに行くことにリヨコは躊躇いが無い様子だった。


「もー。アダムめ。ちょっと水被ったぐらいじゃ止まらないじゃない」


 かといって、その水が劇物だった場合洒落にならない。


 それに、見た目よりもゼラには余裕があった。


 魔法が当たって凍っているように見えるが、それが身体から剥がれ落ちたりはしていない。


 気付けば元の液体に戻っている。


 私が岩だろうと、砂だろうと、身体の一部であることに変わりが無いのと同じだった。


「うーん。リヨコっち。ちょっと苦しいかもだけど我慢してね」


 ゼラはそう言うと、左の長い袖を巻き付かせるようにしてリヨコの右手を封じた。


 袖の下には当然ゼラの腕が有り、手甲と距離的には布地一枚を挟んだだけの状態だった。


 当然リヨコは大きく凍らせに来る。


 白い光が布越しに輝くのが確認出来た。


 そしてリヨコが、凍ったはずの相手の腕をへし折ろうと動かした時だった。


「――!?」


「ごめんねー。凍りにくくしたんだー。」


 氷点降下という奴か。恐らく飽和した塩水か何かに変化させたのだろう。


 身体を毒や酸に変えられるならば、塩分程度どうとでもなる。


 ゼラは自分のローブの前を留めている金具を残った右手で上から外していく。


 豊満な谷間が大きくその姿を露にした。


 爺、うるせえ。


 瞬間、ゼラの右手が大きく形を変えて、リヨコを後ろから抱き竦めるように覆った。


 拘束されたリヨコは尚も手甲を光らせるが、最早それはゼラの身体を素早く凍らせる事が出来なかった。


「ここら辺は温めの只の水にしてあるから。飲んでも平気よー」


 そう言ってゼラは、リヨコの顔を自分の谷間に勢いよく埋めた。


「――!? ――がぼ!」


「おーよちよち。ギブアップするなら早めにね」


 うーむ。


 ライラ達の方を見る。


 イーヴァさんはサーレインの目を隠している。


 そしてメルメルがロットの目を隠しているが、他のメンツは食い入るように眺めているな。


 やがて抜け出せないことを悟ったリヨコが降参の意を示し、模擬戦はゼラの勝利で終わった。


 決まり手、おっぱい固め。


「いやーアダムのアドバイスのおかげで穏便に勝てたわー。ありがとー」


 そのゼラの発言で、水に濡れて服がやや透けていたナタリアや、全身びしょ濡れになってしまったリヨコから冷ややかな視線を頂く。


 まさか最後の最後にこちらまで攻撃が飛んで来るとは。


 爺、肩に手を置くな。その良くやったというジェスチャーをやめろ。


ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。


何れも土の下にいる作者に良く効きます

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[一言] アダム相手だと酸を使い倒してやっと相手になる? 装備を酸に強い金属にしたら全く相手にならなそう。
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