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第五十六話 模擬戦 ―ロットVSベルナ―

 左手側を前に出しながら、半身の構えで距離を詰めるベルナに対し、ロットは自分から距離を詰めることなく待ちの姿勢を取っている。


 ロットの構える槍は、魔導戦車との戦いの後破損した柄の部分を新造した物だ。


 私と初めて会った際には二メートル程度の長さを有していたのだが、今はそれよりも短く、ロットの身長と同程度である一六〇センチ後半程の長さとなっている。


 相手を近づけないことを重点に置いた魔窟内での戦闘用ではなく、近接戦を想定した仕様だ。


 槍対剣という戦いでは、当然その武器のリーチ差が問題となるのだが、今回に限って言えば相手の方がロットよりも上背が有り、かつロットが槍の中ほどを持っている状態のため余り差が無い。


 ベルナは半身の後ろに隠したファルシオンを下側から斜めに払う様に繰り出す。自分の正中線上に置かれたロットの槍を払う目的の攻撃だった。


 柄を狙ったその攻撃に対して、ロットは腰を中心に槍を振ることで、その穂先と刃を打ち合わせる。


 金属同士がぶつかる音と共に、強く当たった事を示す火花が散る。その色は緋色では無かった。


 今回、ヒヒイロカネの槍に魔力を流すのは、ロットからの申し出により禁止してある。


 その事が尚更ベルナの勘気に触れているのだろう。彼女は明らかに興奮していた。


 下からの振りを弾かれたベルナは即座に、その勢いを利用して横薙ぎに刃を振るう。それもまた、ロットは受け流すように弾く。


 ベルナは自分の身体の中心を左右に行き来するように切り返すが、ロットはそれを後退しながら躱した。


 相手が下がった分、押し込もうと考えたベルナだったが、ロットはそれを鋭い突きで制する。


 突きを身体を沈めながら回避したベルナは、左手の小盾でその柄を弾き、自身も突きを放つ。


 弾かれた槍を腰を中心に自分ごと回しながら、ロットは槍の反対側にある石突と呼ばれる部位で、彼女の前に出た右手の甲を強かに打った。


 回転の際に、視線を可能な限り相手から外さずに動いていたロットだが、接近距離でわざわざあの動きをする必要は余り無い。ロットは自分の突きに対して、ベルナが突きを返すだろうことを、性格やその動きから正確に読んでいたのだろう。


 手を打たれたベルナは、だが剣を落とすことなく耐えるが、穂先を元の位置に戻す動きと連動した槍の払いを躱すために後退する。


 下がったベルナに対して今度はロットが突きと払いを織り交ぜた連撃を放った。


 両手で握った剣を用いてそれを打ち払っていく彼女だったが、反撃の隙が無いため防戦一方だ。


 状況を打開するため、気合いと共に繰り出そうとした一撃だったが、ロットはそれが勢いに乗る前に、前蹴りで剣の柄付近を蹴る事で押し留める。


 それで姿勢が崩れたベルナの顎に、前蹴りから続いて繰り出された、僅かに曲げた軸足と地面に接地させた石突を支えにしたロットの上段掛け蹴りがまともに入る。


 それで意識を離すことはないベルナだったが、かなりのダメージを負ってしまっているようで、その視線がロットから外れた。


 すかさずロットは、蹴りに使用した右足を震脚に用いながら、上段から槍を振り下ろす。


 穂先ではなくその根元の接合部を当てる事を目的とした一撃だったが、ベルナはその攻撃を、左手を剣の峰に添えた状態で受け止める。


 そのまま彼女は、槍の柄に沿うようにして刃を奔らせた。


 打ち下ろしのために槍を長く持っていたロットは右手を離しながら槍を半回転させつつそれを受け流す。


 ベルナの身体が完全に左側に流れた。


 そのまま、無防備になった左こめかみに向かってロットは石突を当て、即座に首の根本にそれを落とすと、地面に向かって彼女の身体を押さえつけた。


 ベルナは抵抗するも、両膝が地面に付いた状態になってしまう。


 それでも戦いをやめようとしない彼女は、自分の首元に伸びる槍の柄を跳ねのけようとした。


「そこまで!」


 次の瞬間、私の隣に座るガルナ老によって、模擬戦の終了が言い渡される。


 暫くの間ロットはベルナを油断なく見降ろしたままだったが、彼女がその視線に闘志を湛えつつも戦いの終わりを認めているのを確認すると、静かに距離を取った。


「思ったより早く決着がついたわね」


 ゼラがそんな感想を口にする。


 確かに。


 というか、ロットが本気なら最初の一合でベルナのファルシオンが破壊されて終わりだった。


 尤も、武装の性能差で勝利したところで、その点で納得がいっていないベルナがその勝敗を認める事はしなかった恐れがある。


 ロットもそれを承知だったからこそ、遺物の全力は出さないようにしたのだろう。


「ゼラは、今の動き見えてたか?」


「え? 普通に見えたけど。ベルナちゃんはロット少年に大分手加減されてたみたいねー」


 やはり、私達のような存在は基本性能という点で人間に勝るようだ。


 長い年月戦いに明け暮れていたとはいえ、元の世界では素人だった私がこの世界の達人であるグレースに勝利することが出来る時点で分かっていた事ではあったが。


 ゼラにも既に、手段を選ばず殺すつもりなら、今の二人同時でも勝てる程度の実力があるだろう。


「ベルナちゃん。冷静になってたらもっとましな戦いだったんじゃないの? スライムの私が言う事じゃないけど、身体が力に振り回されて、ぐにゃんぐにゃんしてたし」


「ほう、ゼラ殿は分かるか」


「ぶっちゃけると、人間って水が殆どじゃない? だからなんとなーく身体のバランスというか、動きが分かっちゃうのよね」


 スライムが全てそのような感覚を有しているわけでは無いだろうが、ゴーレムである私が分類不能な独自の魔法を持っている様に、ゼラも何かしらの特別なそれを持っているのだろう。


「ほほう、興味深い。ゼラ殿は他には何が出来るのかね」


「えー? お爺様、そんなに私のこと知りたいの? でも秘密よ」


 二人の戦いを間近で見て、魔物の本能部分が刺激され若干興奮気味だったゼラだったが、戦い自体を好まない人間部分が冷静さを保たせているようだ。


 手の内を完全に曝け出すつもりは無いようだった。


「ベルナさん。俺はあんたよりも強いぜ」


 勝負の終わった二人はと言えば、未だ地面に膝をつくベルナに対してロットがそんな台詞を投げかけている場面だった。


 悔し気に顔をゆがませながら、ベルナはしかしその事実を認めざるを得ない様子だった。


 ロットは穂先を上に向けると、そのまま彼女の方へ歩いて行く。


 そして二人の距離は、お互いの手が届く距離まで近づいた。


「でも、あんたの言う事間違ってはいないかもな。俺はまだまだだ。あんたの知っての通り、俺の母ちゃんは、今の俺よりもずっと強いしな」


 頬を掻きながら、ロットは告げる。


「俺だって母ちゃんの事は尊敬してる。だから、まあ、ベルナさんもそうだって事、ちょっと嬉しいぜ。これからお互いに、目標目指して頑張って行こうぜ」


 そう言ってロットはベルナに手を差し伸べた。


 差し出された手を見て、彼女は自分の不明を恥じる表情を取る。


「ベルナで良い、ロット・ガレー殿。私の負けだ。過分な物言いだった。大変申し訳なかった」


「俺もロットで良いぜ。それに口調も硬すぎる。ベルナみたいな人に畏まられると、背中がむずむずする」


 ベルナはそれを聞いて柔らかな笑みを浮かべると、差し出されていた手を取って立ち上がる。


 そして二人は暫く繋いだ手をそのままに会話を交わしていた。


「ひゅーひゅー! お二人さん! 青春だねー! 付き合っちまえよー!」


 ゼラがそんな二人にヤジを飛ばす。


 メルメル、分かっている。速やかにこいつの口は塞がせてもらう。


 私はゼラを後ろから羽交い絞めにしてその口を閉じさせるが、時は既に遅かったらしい。


 ライラ達やサーレインが観戦を行っていた辺りから、妙に冷気を伴う視線を感じる。


 側にいるナタリアとライラは、ロット達の健闘を湛えて拍手を送っているためか、すぐ傍にいるひんやりお目目の少女に気付く気配がない。


 そういうところだぞ。


 サーレインすら気付いて、目を輝かせているというのに。


 クソデカ溜息を吐くメルメルを尻目に、その冷たい視線の少女は私が羽交い絞めにしているスライムを見据えていた。


 ゼラ、君の模擬戦の相手が決まったようだ。


 残念ながら、恋する少女からは逃げられない。


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― 新着の感想 ―
[一言] ゼラは湖で戦闘経験有りなのかな?
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