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第五十五話 北の問題児

 ゼラに協力を約束してから数日後、私達は大聖堂内に存在する訓練場で、向かい合う二つの人影を見つめていた。


 一人はヒヒイロカネの槍を腰に据え、それを中段に構えたロット。


 もう一人は、先端部が両刃となっている外反りの剣、即ちファルシオンと呼ばれる刀剣を右手で構えた背の高い、ボブカットの女性だった。


「ではロット・ガレー殿。尋常に手合わせ願おう」


 そう宣言する女性の左手には、嘗てグレースがそうだった様に小盾と呼ばれる分類の防具が付けられており、彼女は軽く膝を曲げた姿勢でその左手側を前に出す。


 対するロットは視線と穂先を女性の眉間に合わせたまま動かない。


 私はそんな彼らを共に見つめる、自分の隣の地面にどっかりと胡坐をかいた存在に目を向けた。


 蓄えられた白い髭と大柄な鎧姿が特徴的な老境の男性は、今まさに口火を切ろうとしている二人を、その髭を摩りながら眺めている。


「アダム殿よ。付き合ってもらってすまないな。うちのベルナは、言っても殴っても聞かない大馬鹿でな」


「構いませんよ。それにしても、本当によろしかったのですか?」


「ああ、こちらも構わん。ベルナには良い薬になるだろう」


 しっかりと言質を取った私は、それで後の次第をロットに任せる事にした。


「ねえ……。本当にこれで大丈夫なわけ?」


 私を挟んで老人と反対側に立つゼラが小さく問いかけを行う。


 訓練場にはロットに声援を送るライラ達や、それと一緒になって両方に応援を行うサーレインとイーヴァさんの姿もあった。


 また、当然私達の貸切というわけでは無いので、衛兵などの姿もちらほら見える。


 その質問に、私はこの状況に至るまでの経緯を思い返していた。


 事の始まりは、会議参加国の一つである北のバトランド皇国に存在する連合支部の人間四名が到着した事だった。


 彼らが到着した事を大聖堂の人間から伝えられた我々は、まず挨拶のため導師と面会した彼らとも顔合わせを行うために、こちらにも時間を作ってもらえないかどうか、サーレイン側と合同で申し入れを行う事にしたのだった。


 当然、向こうから否は無く、以前にサーレインとの面会で使用した談話室で、彼女やゼラと共にバトランド皇国側の人間と会う事になったのだが、その際に向こうの連合職員である女性『ベルナ・バートン』から、ロットの持つ槍に対して物言いが入ったのだ。


 曰く、自分の尊敬する冒険者であるロットの母親『スピネ・ガレー』の持っていた槍の遺物を、血筋だけで手に入れたロットはそれに相応しくないという事だった。


 いきなりなその言い分に対して、こちらも向こうもベルナを窘める方向で話は進んだ。どうやた見た目だけで言えばマールメアよりも年上に見える彼女だったが、実年齢はそれより一歳下の十七歳らしい。


 若さと、自分の実力に対する自信から出た発言だったのだろうが、個人の感情だけではそれを認められることは不可能である遺物の所有権について異論をはさむというのは、明らかな失言だった。それこそ、上司の監督責任をいくらでも追及出来る発言である。


 年齢を聞いたゼラが余計なことを言う前に、私やナタリアはその発言を聞かなかった事にしようとしたが、ベルナは全く納得のいかない顔をするばかりだった。


 余りにも非常識なその態度に、或いは会議を自分たちの思惑通りに進めようとする皇国側の罠なのではないかと考えていた私達だったが、そんなベルナを拳骨の一撃で床に沈めた大柄な老人の登場で、そういった考えは薄れてしまった。


 その老人こそ、今現在私の隣で胡坐をかく『ガルナ・バートン』だった。


 彼は元々バトランド皇国軍の将軍にまで登り詰めた人物で、その座を退いた現在は、同国連合支部に顧問として雇われているのだという。


 前世での天下りを彷彿とさせる人事だが、実際の所今回の会議に出席する四人の中では、最も只物でない雰囲気を醸し出している。


 そんな彼は、名前から分かる通りベルナの親類であり、大叔父に当たる人物で、今回は又姪であるベルナのお目付け役でもあるらしかった。


 草原に連れ立ってやってきた後に聞いた彼の言葉を借りれば、本来連れてくる予定は無かったが、国内で天狗になりつつある彼女を鍛えなおす目的もあり、今回連れてくることにしたのだという。


 会議で発言するのは自分とベルナを除いた二人が主であり、自分達二人は護衛に過ぎないとの話だったが、その護衛が会議を前にこの有様である。


 私は初対面であるはずの線の細い男性二人に憐憫を抱かずにはいられなかった。


 実際彼らは本当に可哀想なくらい委縮してしまっている。


 文官二名、武官二名という構成は一見して均等に見えるが、恐らくバトランド皇国連合支部では武官の発言力が高いのか、元将軍である老人の権力が強いのかも知れなかった。


 お国柄というやつなのだろう。


 サーレイン等はその様子を見て、まるでお話の中のやり取りの様だと目を輝かせていたが、喧嘩を売られたこちら側としてはそうものんきなことを言っていられない。


 会議の際におけるこちらの発言力が高まったことを喜ぶべきか考えているところに、ガルナ老から提案があった。


 互いをよく知るためにも、また、来るべきズヌバの戦いにおいて実力を確かめるためにも交流として模擬戦を行ってはどうかという話だ。


 非常に驚いたが、向こうの文官達が諦めの表情を取っている辺り、この老人にとってはこれが日常茶飯事なのかもしれない。


 だが、実はその提案はこちらとしても中々に良い申し出だった。


 ベルナの態度を大人らしく捌いて次の会議への有効材料にしよう等という思考は、正しく私やナタリア、それにリヨコのような者が行こなう小利口な考えであって、こちらの半分以上を占める子供達は仲間であるロットが軽んじられたことに対して大変ご立腹だったからだ。


 本音を言えば、私も大変腹に据えかねてはいた。ナタリアもそうだし、リヨコは――冷気が出ていた。


 この流れで模擬戦の組み合わせが自明である以上、受けない選択肢はあまり無い。


 ロットの様子を確認すれば、彼はほとんど気にした様子もなく平然とした態度でベルナを観察していた。


 ベルナは、歳下であり、且つ見下している対象でもあるロットがそのような態度を取っていることが随分気に食わないらしかった。


 私が力量を測るまでもなく、この時点で勝敗は決しているようなものだった。当然ガルナ老もそれは承知の上だろう。


 念のため、私がロットに確認を取ったところ、彼は特に気にした様子もなく模擬戦を行うことに同意を示した。


「母ちゃんが有名だし、昔っから陰では同じこと言われてたよ。まあ、前は一々ムカついてたけど。でも、今はこの槍は俺の槍だ。俺が使うべき俺の相棒だ。そうだろアダム?」


 その通りだ。


 ロットは経験を経て確実に成長している。


 ライラが好きだとか、付き合うとか付き合わないとかのは話は別として、随分頼もしくなった。

 

「それに負ける要素ねえし」


 そう言うとロットはベルナを一瞥しながら、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。


 それは別に言わなくても良かった。事実だが。


 明らかに頭に血の上っているベルナを尻目に、満足げな笑みを浮かべたガルナ老と、ワクワク顔のサーレイン、呆れ顔のゼラやイーヴァさんも含めて私達は訓練場へと向かったのだった。


 目的地へ向かう途中、サーレインも当然のように観戦に参加することになった流れに対してゼラが小さな声で私に疑問を呈してきた。


「え? もしかしてこの流れに乗じて脱出する流れ? 流石に無理じゃない?」


 勿論違う。と言うか、会議が始まる前に二人がいなくなる事態は避けたい。


「会議の時にいない方が、禿共にダメージあるんじゃ無いの?」


 そうだが、もし二人が共にいなくなったら間違いなく大聖堂は私達に捜索への協力を願い出る。


 断ったらほぼ共犯者確定な状況では参加せざるを得ないし、結果として会議はうやむやにされるだろう。


 二人には公的に認められた状態で外に出てもらう必要がある。


 かつ外へ出たときのことも考えれば、二人を知っている人間は増やした方が良い。


「……ああ、『顔つなぎ』なのね。じゃあ私も舐められないために模擬戦する流れ?」


 申し訳ないが、求められればそうなる。


「……いいえ、納得した。でも私、その、酸とか毒とか、もっとやばい奴も使うんだけど」


 全部禁止で。


 魔窟でスライム群と戦った経験から、恐らくそういった戦闘方法なのは予想していた。


 前世の知識がある事を思えば、その上何が飛び出してくるかはちょっと想像したく無い。


 一応非殺傷の攻撃を考えてあるから、その時は教えるのでよろしく。


 ということで、今は因縁をつけられたロットとベルナの試合開始を待っている状況だった。


 立っているのもあれなので、私はガルナ老の隣に同じく胡座をかいて座る。


「この流れ、私にも胡座かかせる気でしょ。仕方ないわね。」


 違う。


 爺はこっち見て嬉しそうにするな。


 又姪の事は全然心配して無いな。


 まあ、確かに結果は見えているわけだが。


 そしてゼラが横座りに座り直した直後、ベルナが槍を構えるロットに向かって地面を蹴った。


 さて、かっこいい所を見せてもらおうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] スライムもコアが在るんだっけ? スライムとゴーレムだと相性悪いよね。 人間の魔法使いの方が勝ち易そう。
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