第五話 バージョンアップと響く声
いつしか私は、自我を得た階層より既に二〇階層は下っていた。
身体は改造に改造を重ね、もはや最初の土くれの面影は全く残っていなかった。
魔法の精度や効率は使用を重ねる中で向上し、戦闘中に欠損部位を周囲の土から作成し補填することすら可能になっていた。
私を構成する物質は、聴覚のための砂状体以外は殆どが金属か、硬質化、積層化された岩石となっていた。
そして何より変化したのが、体型だった。
初めは不格好な人型をしていた私も、今や殆ど人間の身体と同じバランスを得ている。もっとも、その身長はやや縮んだとは言え、未だに二メートルを超えている。
純粋なゴーレムであれば、むしろ人型からは離れていくのかもしれなかったが、私にとっては最も効率よく動かすことが出来るのが人型だったのだ。
だが、この身体を得るには非常に苦労をした。
人間の骨格など、保健体育の教科書や骨格標本でしか知らなかった私だ。初めの頃は出来損ないのお土産品のようなデザインにしかならなかった。
しかしその間も飽きるほどスケルトンを相手にした所為か、いつしかすっかりそれを覚えてしまっていた。
それを基に、あるいはスケルトンを土で無理やりにプレスして得た型を使用して、私は自分の『骨格』となるパーツを作成した。
素材には同じくスケルトンが所持していた武具を使用した。今や私の魔法は金属でさえ操ることが可能になっていた。
作成した骨格に、採掘した水晶を加工して作成した眼球を嵌めこみ、聴覚保持のためのきめ細かい砂を、空洞になっている頭蓋内に充填する。
スライムの残した残骸のうち、核が溶解せず半固体として残留したものを練りこんだ岩は、不思議なことにある程度の弾性を得ることが分かった。最早岩と呼ぶには疑問が残るそれを肉として骨格を覆っていく。
ゴブリンはごく稀に、私の魔法でも干渉が困難な、宝石に似た小さな物質をこの世に残すことがあった。それには私の魔力の大きさに匹敵する量を充填することが可能で、ひとまず私はそれを『魔石』と呼んだ。
魔力を充填した魔石は、稼働に使用する魔力が戦闘行為中などに一時的に増大した際に、体の脱落を防ぐ予備魔力タンクとして各関節部に配置した。
ここで少し話は変わるが、探索中、私はどう見ても『宝箱』としか言えない物を発見していた。あれは非常に理解に苦しむ出来事だった。
採掘中に発見した小部屋にそれはぽつんと置かれていた。
鉄で補強された木製の箱だったのだが、なぜか中には金貨が10数枚ほど入っていたのだ。見つけた時は本当に混乱し、思わずカメラなどの機材がないかを確認してしまった。
魔窟でお金を貰ってもどうしようもない身だが、この『金』という金属が持つ、非常に容易に魔法による変化を受け入れる性質を発見してからは、私にとっても重要な物質に変化した。
金は撚り合わせた導線状に加工して、私の核から背骨を通って骨格を伝い、体の末端までをつなぐ神経網の様に配置した。
金は体の一部として維持する際の魔力がほかの物質に比べて高めなのだが、これにより、全身の維持、操作に必要な魔力伝達の際のロスが減り、結果として必要総魔力量を抑えることが可能になった。
弾性を持つ岩の上には積層構造の岩石を装甲として配置し、人体を模す上で動きの要となる、膝や腰などの部位を重点的に保持、保護を行っている。
そうやって作り上げた基礎構造となる身体だが、この上にさらに、金属を加工して作り上げた『鎧』を身に着けている。これは身体の一部としての鎧ではく、純粋に『防具』としての鎧だ。
防具はゴーレムとしての『身体』ではないため、維持魔力を必要としない。だが、総重量は増えるため、稼働に必要な魔力は増える。それでも、鎧自体を体の一部とするよりはコストを抑えることができる仕様だ。
因みにその事実に気づいた際、骨格などの部品で同様の運用を行ってコスト削減を試みたが、激しい動きを行うと骨が動きに付いてこられずに、外装の肉を突き破ってしまうという事態に陥ってしまったため断念した。
結論として、魔力が許す限りは自身の肉体として運用したほうが安定していて事故は少ないのだ。
それにも関わらず、わざわざ鎧を作成し身に着けている理由は2つある。
1つは、現在これと同様の防御効果を持つ鎧を体の一部として得ようとする場合、総魔力量との兼ね合いで自分の稼働に不安が残るからだ。
通常の歩く、走るなどの動作を行う分には問題ないが、戦闘動作を行った場合、その時間や内容によっては総消費魔力が、私の総魔力量を超えてしまう恐れがあるのだ。
魔力の予備タンクとして搭載している各魔石によって不意の脱落はカバーしているが、それでもそういった事態は避けたい。
2つめは『外骨格』として外側から身体を抑える物が必要になったからだ。
かつては問題なかったが、魔力量が増え自分の物理的な運動エネルギーが高まるにつれて、内部骨格だけではその力に振り回され踏ん張りがきかなくなり、また、表面の装甲や肉が剥落しそうになることがあった。先の骨が飛び出る事例も、原因としては同様だった。
その解決策として、外側からの重しと押さえつける物が必要になったというわけだ。
もちろん、これから先魔力が増え、安全マージンが確保できるようになれば、この鎧はそのまま私の身体の一部として採用する予定だ。
鎧には装飾に見えるように、あるいは隠すように水晶が埋め込まれ、それらは回路を繋いで私の目として機能させている。
そして最後に、残存総魔力にある程度の余裕を持たせた上で、可能な限りの装甲増加と装飾を兼ねた、岩石による化粧を鎧に施した。
これは個人的な好みの問題なので、実際はあまり必要ない。だが、格好良さは自分のモチベーションにつながるので、ここは重要な所だと主張しておこう。角とかは正義だと思うのです。
こうして完成した『私バージョン二.〇』だが、実は未だに徒手空拳で戦っている。
恐らく私の総重量は1トンを余裕で超えているのだが、それでも普通の人間以上の速さで動けてしまっている。
確かに深く潜るにつれ、周囲の魔物も強くはなったが、こんなヘビー級の存在が苦戦することなどある訳無いのだ。
その上、スケルトンやゴブリンが使っているような武器を使ったことなど前世で一度もない私は、今の今までそれらを使うことに二の足を踏んでいたのだ。
だが流石に、素手で(鎧は着ているが)戦うのにも、やや限界が見えてきた。特にスライムと戦う場合、鎧や、運が悪ければ身体が多少なりとも破損してしまうのが難点だ。
もし武器が使えれば、溶けるのは武器だけとなるし、複雑な構造は必要ないから作り直すのも簡単だ。
思い立ったが吉日。さっそく私は武器の作成に乗り出す。
そうして出来上がったのが、目の前にある巨岩から削り出したかのような歪な大斧だ。
かなり荒い作りだが、使用に耐えうることは、先ほど地面や床の一部となったゴブリン君たちが証明してくれている。
スライムの酸には表面を溶かされてしまうが、元々叩き潰すのが目的であるため、刃は付けていないから問題は無い。
ちなみに棍棒でも良かったのかもしれないが、ゴブリンと被るのが嫌だったので斧にした。
斧の作成と運用に一定の成果を得た私は、意気揚々と魔窟をさらに進んでいった。
だが、そんな気分の高揚を持ってしても、逆に急速に強くなりすぎてしまっているからこそ、予てから抱き続けている不安を完全にかき消すことが出来ないでいる。
この不安をかき消す身はどうしたらよいのか、実はその方法は既に把握していた。
強さを得て、それを何に使うのかを定めれば良いのだ。
つまり『明確な目標』こそが、現状の打破に繋がるというわけだ。
今のところ『強くなり、魔窟内で生き残る』を目標として定めているが、この目標は半ば生存本能と同一であり、目標としての価値が低い。
さらに言えば、自分自身の強さが増していくにつれこの目標の意義は薄れていってしまっている。
もしこのまま、絶対に命を脅かされることがないほどに強くなってしまえば、後は本能に魂を焼かれて完全な魔物ととして堕ちてしまう予感がして止まない。
そしてその瞬間とはすなわち、魔窟の最奥へと到達し、そこに住まうこの魔窟の支配者を打倒した瞬間であろうという事も、漠然とだが感じ取っていた。
そこまで考えて、私は今まで下の階層へ進み続けていた足を止め、逆走を始めた。
怖くなって逃げたわけではない。
少なくともこのまま進んでは待ち受けるのは間違いなく魂の破滅であるし、何より、上層に古いパーツを放りっぱなしにしていることに気づいてしまったからだ。
今思えば、あれはイカン。
使う前より美しく。
美化の精神は大事だからな。
勉強を始めようとして、なぜか部屋の掃除がしたくなる現象と似ているように感じるだろうが断じて違うぞ。
そうして私は下手をすれば降った時よりも時間をかけて、上層へと逆走を開始した。
不思議なことに幾つかの階層では、試作品として作成していたいくつかの装甲板や、予備パーツとして作成したが未使用だった物、不適格だった部品などが少なからず消失していた。
もしかしたら、魔物の残骸の様に魔窟に吸収されてしまったのかもしれないと思いつつ、私は気が付けば10階層分ほどを戻っていた。
このあたりの魔物は私の姿を確認するや否や脱兎のごとく逃げ出すか、錯乱して襲い掛かってくるかの2択だ。
割合としては九:一ほどだが、後者の存在が思っていた以上に煩わしい。私は後片付けの片手間に襲い来る魔物も片づけていった。
そんな最中だった。
魔窟の淀んだ大気と、私の頭蓋内の砂を震わせる、女性の叫び声が聞こえてきたのは。