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第四十八話 真理

 スライム。


 私の生まれ故郷である魔窟でも発生していた、この世界ではポピュラーな魔物である。


 発生したばかりの頃は平均して全長五センチ程の大きさであり、特徴的な寒天状の身体を持ち、様々な体色をしている。


 自然界における分解者としての側面を持っているが、種類によっては非常に好戦的で、生きている動物に対しても襲い掛かり自身の身体から分泌される溶解液で危害を加えてくる。


 その容貌と、素材の有効性から過去に飼育が試みられたこともあるが、何れも飼育機を溶解させる結果に終わっており、この世界において『スライムの養殖』は夢物語の一種として数えられている。


 私にとっては生まれ故郷で自身の身体を何度も溶かしてきた魔物であり、正直なところ良い思い出は無い。


 それが今回何の因果か、人間の姿をして私の目の前に存在していた。またその口ぶりからして、恐らくは私同様の存在、即ち彼女もまた今代の勇者なのかもしれなかった。


 そんなことを考えながら、私はふと、自分も魔物(ゴーレム)の分際で彼女を必要以上に警戒している自分がいる事に気付いた。初めて私を見たロットやフレン達が強い警戒心を抱いていたのを思い出す。


 自分自身が未知の存在に向き合って、ようやくあの時の彼らの気持ちを心の底から理解出来た。今思えば、最大限安全措置を取っていたとは言え、最終的に良く私を受け入れてくれたものだ。


 後ろの人達を庇う様に僅かに上げていた右腕を下ろす。


「初めまして、ゼラ。改めて挨拶をさせて頂く。私はゴーレムのアダムだ」


 軽い会釈と共に挨拶を行う私を見て、ゼラは自分も軽く頭を下げた。


「ありがとうアダム。ああ、この感じ……あなた、私と同郷でしょう? 日本人よね。この身体になってから間もないけど、懐かしいわ」


 先ほどの口ぶりといい、今の発言といい、これで殆ど確定したも同然だがやはり彼女はお仲間のようだった。


「お話の途中ごめんなさい。ゼラ……さんは」


「呼び捨てで構わないわ。ええと、あなたがナタリアさんよね?」


「……ええ、そうです。こちらも呼び捨てで構いません。それで、ゼラはこちらのアダムと同じく意思を、それも人間の意思を持った魔物という事でよろしいのでしょうか?」


 ここに来て一番の問題がこれだった。


 彼女が私と同じ存在であることではなく、そういう存在が私の他に存在しているという事を、王都に居たナタリアが知らないという事実がだ。


 ズヌバが復活した以上、シャール=シャラシャリーアによってお墨付きを得た『奇妙な魔物(ユニークモンスター)』という、恐らく今回の勇者枠である存在が秘されているという事実はいくつもの邪推をこの場に生んでしまっている。


「ああ、そういえばここの奴ら、私の事知らせてなかったわね。どうかあの禿共を許してあげてね」


 明らかに嘲る様な笑いを浮かべながら、ゼラは自分の口元を袖で隠した。


 この女性、中々いい(・・)性格をしているのかも知れない。


「こりゃー! ゼラ! お主何を勝手に!」


 突然、大聖堂からしわがれつつも愛嬌のある大声が聞こえてくる。


 ゼラはその声に、面倒そうな顔をしながら振り向いた。


「ばあや。サーレインと一緒に居れば良かったのに。もう年なんだからお出迎えなんて私に任せときゃ良いのよ」


「お主に任せられるようならこんなに怒っとりゃせん!」


 ゼラがやってきた方向と同じ所から、生きてきた年月を肌に刻んだ、背の低い老女が歩いて来る。


 彼女は手に杖を持っていたが、それで地面を突くことはせずに、しっかりした足取りでずんずんと突き進むとその杖の頭でゼラの腰辺りを軽く小突いた。


「あんっ」


「妙な声を出すでないわ。本当に教育に悪いスライムじゃこと」


 そうしてゼラと入れ替わる様にして私達一行の前に姿を現したのは、門で見た修道服を身に纏い、しかし飾り布の付いた頭巾を被った老女だった。


 その髪は全て頭巾の中に収められ、青緑色の瞳だけが、年齢を感じさせる雰囲気の中爛々と異彩を放っていた。


「儂はイーヴァ・サルキア。お主達の案内を巫女姫様から仰せつかっておる者ですじゃ。挨拶が遅れて申し訳ない」


 そう言ってイーヴァさんは自分の後ろに居るゼラのお腹辺りを杖で軽く何度かはたいた。


「このスライム娘のお目付け役でもある。お主達も、何か問題があれば儂に言っておくれ。すぐに小奴を干物にするからね」


「もーばあや。私ほど清廉潔白なスライムなんていないわよ。毎日サーレインに『浄化』してもらってるし……。みんな。このお婆ちゃんは色々口うるさいけど、とっても良い人だから、気軽に『イーヴァ婆さん』とか、或いは略して『イーバーさん』とか呼んであげてね。私みたく『ばあや』でも可」


「ゼラ!」


 なるほど、良い婆さんらしい。


 その後、ライラ達も含めて挨拶を済ませた私達一行は、今回逗留させて頂く大聖堂付属の建物内を案内されることになった。


「ゼラの話が行っていないのは、悪い事をしたね。言い訳をさせてもらうけれど、こればっかりは儂らにはどうすることも出来なかった話でね。巫女姫様も儂も、対外的な用事には関わらせてもらえないのじゃよ」


 歩きながら、イーヴァさんが話をしてくれている。


 今回の会議がここ、パーマネトラで開かれる原因となったのも、目の前にいるゼラの存在があったためらしい。


 彼女が普通の魔物とは違う事は、発見されてから間もなくして誰もが認めるところとなったのだが、ではそれで彼女が私の様に人類に有益な存在であるかの確証は取れなかった。その為にこの都市どころか、大聖堂がある壁の内側から外に出す事すら出来ないでいるらしい。


 会議の開催地を決めるにあたって、大聖堂上層部は、しかしゼラの存在を秘したまま、あの手この手で今回の会議の開催地をもぎ取ったとの事だった。


「何故最初から王都に報告をしなかったのかしら。そうすればこんなに時間を掛けずとも、会議はここで開かれる事になったでしょうに。これは責任問題になりかねないわよ」


「お、ナタリア。良い突っ込み。それはね、くっだらない男のプライドってやつのせいよ」


 そう言ってゼラは私を見た。


「パーマネトラの人間は、王都の人間、というか守護龍様のお膝元の人間に対抗心バリバリなのよ。自分達の近くには、お山の龍がいるからね。同じ国の人間なのにねー。ま、その気持ち分からんでもないけど」


 その発言に対して、イーヴァさんが特に何も答えないのが答えなのだろう。


「だから、アダムみたいな勇者様が王都近隣で見つかったことに対して、禿げ頭から湯気出して悔しがってんのよ。それで、私を隠しておいて、他の国からも人が集まる会議の時に発表して、どや顔かましたいわけよ」


 歯に衣着せぬ物言いだが、恐らく的を射たその内容に、思わずこちらの面子から溜息が零れた。


 参ったな。この世界は魔物がいるとか、魔法があるとかは関係無しに、私が思っていたよりもずっと私の知る人間の世界(・・・・・)だったようだ。


 寧ろ、あの幼女龍に忖度しまくっている王都近隣が特別なのかも知れない。


「つまりゼラは、パーマネトラ側の会議における切り札という訳ね。バラして良かったの?」


「良いの良いの。どうせ頭下げながら乳揺らせばどうとでもなるから」


 唐突なその発言に、ロットの視線がゼラの自己主張の激しい胸部に向かい、彼の顔が赤くなった。


 私の視界は全方位なので、特に視線を向けなくても周囲の様子を視認することが出来る。そのため、彼のその様子を見た女性陣が各々の反応を返すのも確認できていた。


 リヨコが自分の資質である氷の属性をその視線に込めている。何とは言わないが、彼女のそれはメルメルよりも小さい。


 私はバレていないはずだ。


「そーいえば~。ゼラは~いまおいくつ~? アダムはこうみえて~まだ三、四歳ぐらい~?」


「何それ! アッハッハッハ! マジでウケる! 歳かー。うーん。じゃあ私まだ二か月! バブバブ! そう考えるとあの禿共マジでヤバい! アハハハハ! ツボに入った!」


「ゼラ!! お主は!! こりゃ! 笑うのをやめんか」


 そんなゼラの何気ない言葉に、こちらが驚愕する羽目になった。


 私がライラ達と会ってからは既に一年ほどが経過しており、まだ魔窟の中に居た頃の年月、完全に推測でしかないがそれを加えても、先ほどのメルメルの言葉にそれほど嘘はないだろう。


 だが、二か月。


 私なら、ライラ達と出会い、未だ魔窟の第三層でガチガチに監視されていた頃だ。


 だがゼラは限定的とはいえ自由に行動が許され、しかもよくよく考えてみれば会話も、その内容も自由自在だ。


 自分との差をはっきりと突き付けられ、私はショックを受けた。


 これはもしかして、私のコミュ力の問題なのか?


 頭を悩ませていると、ゼラは自分の口元を隠していた両手を、そのたわわに実った双丘に移してこう言い放った。


「まあ世の中の真理として、おっぱいは偉大であり、男はそれに抗えないという話よ」


 ふよんふよんと動くその物体を目の当たりにして、ロットはその真理を証明してしまった。


 皆、そんな目で見ないでやってくれ。


 真理とは時に残酷なものだという事を、私は改めて認識したのだった。


 いや、ライラ。私は目に入ってしまっているだけで見てはいない。


 全周視界だからセーフ。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 言葉を話せなかったんだから仕方無いよね。 出会い自体が、某空のお城のロボット兵が花を渡す場面の超絶過激版みたいな物だし。
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