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第四十七話 ポケットを叩けば

 ナタリア達が所持していた今回の目的である会議参加についての書類を街の入り口で提示することで、私達はすんなりとパーマネトラに入ることが出来た。


 荷物の精査も無しだ。


 見られては拙い物は積んでいないつもりだが、私用の武装類は少し問題になるかもしれなかったのでこれはありがたかった。うちの少年少女達の出鼻を挫いては、後で何を言われるか分かったものでは無い。


 街に入る前にタイヤのチェーンは外してあったので石畳の道を破損させる事は無かったが、私達が乗って来たこの余りにも奇異な車は、予定していた宿に着くまでの間地元の人達からの好奇の視線に曝される事になった。


 無理もない。


 ついでに外からの観光客であることもバレバレになったので、お店や露天商からの声掛けが凄い。


 まずは宿に荷物を置いてから買い物を楽しもうな。な!


 街の様子はバイストマと余り変わりが無いように思えるが、雰囲気が向こうよりも洗練されている印象がある。


 程よい大きさの噴水がちょっとして広場に備え付けられており、その周囲では服装も様々な人が思い思いの時間を過ごしていた。


 ナタリアによれば、街に中心に行くにつれて昔の建築物が数多く残っており、街の印象もがらりと変わるのだとか。


 最も外縁に当たるこの地域は観光客向けの店が多く、このまま街の反対側まで壁沿いに沿って進めば、大瀑布をパノラマで拝める展望台が設置されているらしい。


 その話を聞いてライラ達は早速行く気満々になってしまっているが、兎に角今は宿に向かおう。


 リヨコも私の意見に同意してくれたらしく、ライラ達を諫めながらゆっくりと車を進ませ続ける。


 そして二つ目の壁を超えた先に、水彩都市の本来の姿の一端が現れた。


 石造りの建物なのはやはり変わらないが、その建物の壁やちょっとした柱の数々には彫刻が施されていた。


 二階建ての古い建物の窓が開き、そこから恰幅の良い女性が姿を見せる。空気を入れ替えるためだろうか。そのまま女性は建物の中に消えて行った。


 大通りの中心は広場になっており、その中心には先ほど見かけたものよりも遥かに立派な噴水が鎮座していた。


 蛇の様な龍をモチーフにした彫刻デザインのその噴水は、それを崇める人間や、撃退される魔物の彫刻と共に一つの芸術作品として完成しており、見るものを圧倒させる。


 いやはや、車で乗り付けるには場違いが過ぎるな。


「この街、すっごく空気が綺麗と言うか、何かスースーしますね。それに気温も街の外と違う気がします」


 ライラのその言葉に他のメンバーも同意を返した。私は呼吸を行わなず、暑さ寒さも感じない身体なので残念ながらその感想を抱けないのだが、言わんとする所は感じ取れていた。


 遥か遠くからは滝の落ちる音がほんの僅かに聞こえ続けているこの街は、全体がその音に洗われているかの如く清浄な気配を漂わせている。街の人間の服装も布地自体が薄手で、また過ごしやすそうな薄着だった。


 壁を一枚超えただけなのに、外縁部では感じなかった雰囲気だ。


「――私も習っただけの話ですが、古い建物に大気中の魔力を利用した魔術式が彫り込まれているようです。――ある意味では、この町全体が遺物そのものであるという事ですね」


 リヨコの目線の先には、パーマネトラに入る前から見えていた荘厳な建物が存在した。


 街の中心地にて威厳を放つ、私の知るゴシック建築に限りなく近いそれは、まるで教会の様に見えた。


 十字のシンボル等の宗教色を感じさせるアイコンは見当たらないが、恐らくはこの街のどの建物よりも手をかけて建てられたであろうその建築物は、確かな祈りの気配を見るものに与える。


「お~。あれが~『アトラナン大聖堂』~。れいほうと~りゅうをまとめて~すうはいしてるとこ~」

 

 どうやらそれも学校で習った知識らしい。当然のことながら、やはり私が知らない事はこの世界にまだまだ沢山あるな。メルメル先生、またご指導のほどよろしくお願いします。


「出たよ。テストに出て欲しくない大聖堂。名前が紛らわし過ぎんだよな。統一してくれよ」


「アトラカナン、グラガナン、アトラナン……結局、どれがどれやらになっちゃうんだよね」


 そこの二人、それは元教師の前で言っていい台詞じゃない。


「昔、大聖堂内部の魔法式を調べたいので壁剥がしても良いかどうか、学校に来た大聖堂の人間に聞いた思い出が有ります」


 マールメア、お前出禁になったりしてないだろうな。


「安心してアダム、何とか撤回させたわ。マールメア、お願いだから自重してね。これから私達はあそこに御厄介になるのよ」


 出禁になってた。


 ちょっと、至急持ち物検査必要な人ここに居ますけど。


 本当に大丈夫だろうな。金槌とか持ち込んでるけど、私以外に使うんじゃないぞ。


 それにしても、今回の宿は随分立派なことだ。ライラ達はそれを聞いてもう大興奮だ。ロットはずっとやべーやべー言っている。


 荷車や、馬以外も引いている馬車の行きかう大通りを抜けて、私達は最後の門へ辿り着いた。


 門構えからして、既に違う。


 全体に薄く魔力が流れ、その効果は分からないが常に励起状態になっていることから見ても、この門を含めた壁全体が恐らく魔道具だ。


 バイストマやこれまでの壁の様に、魔法で作られた石材というだけではない。


 その門を守る衛兵の質も相当だ。


 大聖堂に所属する人間なのだろうが、連合の魔窟調査員と比較しても引けを取らないであろう事が身に纏う魔力から伺い知れる。


 流石にこの段階に至ってフリーパスでは無くなった。一旦車から全員下りて、手荷物と車載されている荷物を確認される事になった。


 門の傍に設置された小さな建物から、水色と白色を基調にしたワンピースに似たローブ姿の女性が四名私達の前に現れる。


 修道服を思わせるデザインだが、彼女達の頭には頭巾では無く、やはり水色の鍔の無い帽子が被さっていた。


 私含む男性陣は同性である門の守衛が身体検査を担当するようだが、女性陣は彼女達が担当するとの事だった。


 マールメア、お前手配書と人相合わせされてるんじゃないよ。笑っちゃうだろ。


 こういう時に、公的な身分証明書を持っているのは強みだ。ついでに幼女龍からのお墨付きという最強の手形も存在している。


 今回持ち込んだ武装類は魔砲火器類では無く、ぱっと見では刀剣類にしか見えない類の武装だ。


 それも全て持ち込み用の書類を用意してあるから問題ないはずだった。


 マールメア、女性の担当官に懐に隠したノミを発見されるのはやめろ。


 ライラはポケットにしまっていたお菓子を出されるな。


 メルメルは、巨大な靴下のような謎の袋の用途を聞かれている。私は知っているが、初見の人は分からないだろうな。


 あれは彼女の耳カバーだ。寝る時用、冷感式など無駄に種類が多い。


 メルメルの熱弁に担当の女性が若干引いている。


 ロット。ロットは問題ないようだ。


 君は本当に良い子だな。嬉しくておじさん泣きそうだよ。


 リヨコは澄まし顔だったが、大分読み込まれたこの街のガイドブックを荷物から出された時は、取り繕いながらも横目でロットを何度も見ていた。


 だがロットは自分の槍を抱えながらボケっとしていて、それに全く気づく様子も無い。


 君は本当にバカだな。悲しくておじさん泣きそうだよ。主にリヨコのために。


 正直、この歴史を感じさせる門の前でボロが出まくるくらいなら、前もって検査してもらっていた方が何倍も良かった気がする。


 私は顔に出ていないが、ナタリアは羞恥心で大分顔が赤い。


 そうして公開処刑も終わり、私達はいよいよ門の内側に入ることになった。


 中心の大聖堂から放射線状に伸びた道が壁の内側まで伸び、その終点からは壁の内側に入ってその上に上るため入り口が開いているのが中に入って分かった。


 うろこ状に敷かれた石畳は、やはり聖堂を中心に設置されており、聖堂を囲むやはりゴシック様式の建物の窓全てが外側に向かって開かれていた。また、それぞれの屋根に設置された魔除けの彫刻らしき物体も全て壁の方を向いている。


 それが、このパーマネトラという街そのものが、本来はこの大聖堂を中心とした砦として機能していたことを窺わせた。


 私はそれらに守られ、いくつもの尖塔を持つアトラナン大聖堂を見上げた。


 まさか、実は巨大ロボットでしたという事は無いだろうな。


 衛兵の先導の下、車を指定された馬車置き場に駐車する。


 そのまま一旦手荷物だけを持って、今日からお世話になる大聖堂の一角に足を運ぼうとした時だった。


 私は、今まで感じたことの無い感覚に襲われた。


 懐かしい、とは違う。


 何か、自分と『同じもの』が近づいてくる感覚だ。


 大聖堂から何かが歩いて来る。


 それは足元までフード付きのエナメル質の丈の長い白いローブで身を隠しており、またその長い袖によって手の先も見えない姿をしていた。


 だが、その細いウエストをベルトで締めているため、身体のラインがローブの上からでもはっきり分かるほどに浮かび上がっている。そのために歩いてくる人物が女性であることは誰の目にも明らかであった。


 異質なのは、その()だった。


 生きている人間ならばするはずの音が、私には一切感じ取れなかった。


 足音も、衣擦れの音も、呼吸音も、心臓の音すらしない。


「どなたでしょう?」


 ライラが誰にとはなしに言葉を発する。


 その問いに答える人間がいないことから、予定されている事態ではないことがはっきり分かった。


 私は全員の前に出る。


「やだ。警戒しないでよ」


 白いローブの奥から笑い声交じりの、やはり女性の声が発せられる。


「アダム。アダムねえ……フフフッ……アダム、アダム」


 自分の名前を連呼され、私は困惑した。


 何故なら、私の名前を呼ぶ目の前の女性からは、明らかにその名前を揶揄からかう意思が感じられたからだ。


 アダムという名前を自分に付けた時、私は少々気恥ずかしさも感じた。


 だが結局この名前にしたのは、どうせ由来を知る人もいないだろうという考えからだった。


 それが今、揶揄れている。


「いや、確かに良い名前だと思うけどねー。私も『イブ』にすれば良かったかな? いや、柄じゃないか!」


 長い袖で口元を隠しながら、女性はなおも笑い続ける。


 その様子に、いよいよを以ってライラが憤慨し始める。


「何ですかいきなり訳の分からないことを! アダムさんがアダムさんで何がいけないんですか!?」

 

 その怒りに、ローブ姿の女性は素直に謝罪を行う。


「ごめんね――そう、ライラちゃん。悪気は無いのよ。ただ実際会ってみて、テンション上がっちゃってね。悪い癖だわー」


 そう言って、女性は自分のフードをゆっくりと外し、自分の顔を露にした。


 そこに現れたのは、青色の液体で出来た頭と、そこに浮かび上がる、長い睫毛と切れ長の目をした、絶世の美女の顔だった。


 その存在を、私は良く知っていた。嘗て何度も腕や武器を溶かされ、何度も打倒してきた相手だったからだ。


「初めまして。私はゼラ。『スライム』のゼラよ」


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