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第四十五話 道行きにて

 リヨコの静養していた『ミナミヤマ』は、彼女の家であるブロンス伯爵家の本邸がある都市だ。


 嘗て、ズヌバを打倒するために異世界から呼ばれた勇者の一人『ミナミヤマ リョウコ』が、その戦いから生還した後、協力関係にあった当時のブロンス男爵に嫁いだ事でその姓を変えた結果、この街の名前はミナミヤマとなったらしい。


 千年も前の出来事と、大戦のため、当時の姿は殆ど残っていないが、往時の姿を知らせる資料では日本家屋を思わせる建物が存在するなど、彼女達が確かにこの世界に存在した痕跡が未だに強く残っている。


「――ミナミヤマの名産はお茶です。――私は紅茶を好みますが、リョウコ・ブロンスが愛したとされる緑茶もまた、愛好家が多く……」


 ミナミヤマでリヨコと無事に合流を果たした我々だったが、肝心のリヨコは先ほどから観光大使になってしまっている。


 ロットと積極的に話せない結果、私に対して観光案内をすることで気を紛らわせているのが見え見えなのだが、そこは突っ込まない方針で行く。


「リヨコ、この街については凡そ分かった。久しぶりなのだし、出発までみんなと遊んで来たら……」


「――ええ、はい。――ああ、そうですね」


 だめだ。


 彼女と再会した際、そこそこに気落ちしていた彼女をロット達が慰めていたのだが、それが彼女にとっては複雑な感情を強める結果になってしまっていた。


 自分の家が管理していた遺物が盗まれ、それにより少なく無い被害が出た事に加え、リヨコに関してはズヌバの誘惑を断ち切って抵抗したことで、彼女が称賛される流れになっている事が問題なのだろう。


 真面目で良い子なのだが、責任感が強すぎるきらいがある。


 こういう時に、やさしい言葉をかけても逆効果でしかない。かといって責めるのは勿論お門違いだ。


 経験上こういう場合は、一先ずは落ち着くまで、何でも良いので話を聞いてあげるしか出来ない。


「――三人は、あの戦いで随分とアダムさんの助けになったと聞きました。――やはり、私とは違いますね」


「リヨコは三人と学校が一緒だったんだって? 家の都合で連合には所属しなかったけれど、首席だったと聞いたが」


「――はい。でも、やはり実戦から離れていると勘が鈍ります。――私はズヌバを前にして何もできませんでした。これではご先祖に面目が立ちません」


 誰が聞いても、それは無理な相談だと思えるのだが、自分がそう思っている以上、それ以外の答えは彼女にとって間違いでしかないのだろう。


 屋敷で彼女と再会した際、彼女の家族とも面識を得たが、黒髪黒目なのはリヨコだけだった。


 どちらか片方というのは親兄弟にもいたが、それだけで周囲と彼女自身が課した枷が如何に重いか伺い知れた。


 だが、前述の通り彼女の家族は今回の件についてリヨコを責める気持ちはまったく無い。


 私も同意見だが、寧ろ良くやったと褒めていたぐらいだ。


 精神的にタフな三人と比べて、リヨコは繊細だ。


 いや、どちらかと言えば実に年相応であると言えるだろう。


 命の危険が目の前にあふれるこの異世界において、人は皆早熟の傾向があるように思えていたが、それでも子供は子供だった。


 思い返せば、この世界に生まれ変わってから、大人と話す機会は多かったが、こうして子供だけと面と向かって話す機会は少なかった。


 私を監視している大人がいない状況というのは、バイストマでの休暇中とその後、つまり二か月ほどしか存在していなかった。


 ライラ達と交流する際は、必ず他の大人がいたものだ。


 確たる信用の無い魔物に対して、意図的に大人の居ない場面では近づける事をしなかったという事だろう。


 それだけで、私の連合職員への信用も深まるというものだ。やはりしっかりしている。


 だが、今この一団で、大人と呼べるのは私とナタリアの二人だけだ。


 マールメア? 彼女はまだ十八歳だ。遺憾ながら私から見ればまだ子供の範疇だ。


 ライラ達が十五歳であることを踏まえて、彼女達にとっても高校の先輩ぐらいの感覚だろう。


 因みにナタリアは今年で二十九歳になったが、それを話題に出すと様々なもの(・・)が危険に晒されるので禁句だった。


 ナタリアが運転中は風になってしまう事を踏まえると、引率としての責任は私にのしかかってくる事になる。


 逆に考えれば、この旅は子供達と向き合う良い機会なのかもしれない。


 当時は、はっきり思い出せずとも前世の事もあり、ライラばかりに目が行ってしまっていた私だが、この世界でゴーレムながらも人間として生きる事を心に刻んだ今となっては、皆、等しく大事な仲間達だった。


 私はこの旅の間、折を見て子供達との会話を心掛ける事にした。


「リヨコちゃん? うん、元気無いね……。学校ではいっつも自信が有って、凄いなあって思ってたけれど、あんなリヨコちゃん初めて見た。あ! アダムさん! 肉まんが売ってます! リヨコちゃんにも買っていきましょう! お腹が空いてちゃ元気も無くなりますからね! ね!」


 私が答えるより先に、自分の腹の虫が返事をしているぞ、ライラ。


「リヨコ? あいつ細かい所気にしすぎだよな。黒髪黒目とか。学校でも他の奴らが色々言ってたけど。生まれが関係あんのかよって俺は思うぜ。俺はお前にゃ負けねえって啖呵切ったこともあったな……思い出したら恥ずかしくなってきた。うぐわあああ……」


 それは誰もが通る道だ。ボディブローより後になって効いてきて、かつ長く残るから覚悟しておくように。


「アダム~。しゃないのくうきを~かえて~かえて~。ロットがライラとはなすと~リヨコが~くもる~。ロットがリヨコとはなそうと~すると~リヨコがえんりょ~ロットがしょげる~。ライラはきづかず~めしくってる~」


 地獄かよ。


 私もその場にいるけれど、マールメアも流石に気づいてしまっていて、秘かに私に相談してくるぐらいだからな。


 逆に聞いてみたが、恋愛経験が無いので私にはどうすることも出来ません。という答えが返って来た。


「こういう時は物理的に合体すると、問題は解決するという話も聞いたことが有りますが……」


 洲巻にして転がすぞ!


 大人げなくキレそうになった。それにそれは絶対に解決しない。


 因みにナタリアは基本風になっているので実質空気だった。やたら興奮して五月蠅い空気。何故かグレースを思い出した。


 恐らく関係性に気づいてもいないのではないかと思われる。


 お前、学校で四人の教師やってた時期もあったというのに、お前……。


 だが、彼女の運転中は全員必死になって車体にしがみ付いているので、ある意味ではそういった事を意識しなくて済む時間でもある。


 街に着くたびマールメアがメンテナンスを行っているが、その機械が出せる最大数値というのは、出したら壊れる恐れがある数値であることを肝に銘じてほしい。マールメアもちょっと満足げにしないで欲しい。


 そんなこんなで旅路は進み、いよいよ残すところ後三日という所までやってきたのだった。


 因みにこのメンバーの中で一番運転上手だったのは、感覚を同化できるうえに、前世での経験を少なからず思い出していた私だった。ある意味では当然とも言える。


 その評価を聞いた際のナタリアの不満げな表情を、私はしばらく忘れないだろう。その表情をする資格は君には無い。


 そして、意外な事に二番目がリヨコだった。


 彼女の運転は穏やかで、乗っている人間に配慮したアクセルワークとブレーキが特徴だった。


 また彼女には、ナタリア程ではないが風属性の資質が有り、そして水の属性も多少だが持っていた。


 ライラが回復魔法に適正がある様に、この世界の魔法とは魔力の基本四属性が複雑に絡み合って様々な性質を発露させている。


 全ての存在に魔力が宿っているのだから、その複雑さは推して知るべきだった。


 その性質の強弱をもって資質という表現を取っているのだ。


 それを踏まえて言えば、リヨコの資質とは即ち『氷』だった。


 元々隙間だらけの車なので、走行中は風がバンバン入ってくるのだが、それに伴って枯草などのゴミも飛んでくるのが他の者にとって実に厄介だった。


 そんな中リヨコは、自身の風魔法で走行中のそんな風をやわらげ、かつ涼やかな冷気を車内に送るという細やかさを発揮していたのだった。


 これは、全員気合いが入りまくりであるナタリアの運転中以外は殆どの時間行っており、車の稼働に少なからず魔力を奪われ続ける中そういった魔法の行使を続けられることに、全員が感心していた。


 皆からそれを指摘され、ライラ達から惜しみない称賛を受けるリヨコの顔は、思いがけず微笑んでいた。


 やはりこういった事は、大人が直ぐに言葉や行動でどうにかできる類でもなかったな。


 私は会話を続ける四人の姿を見て、旅が終わるまでの三日間という時間を、ほんの少しだけ短く思ったのだった。


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