第四十四話 新車登場
乗り物と一口に言っても、様々な種類がある。
車、船、飛行機、それぞれにそれぞれの進化の歴史がある。
では、目の前の乗り物は一体どういうことなのだろう。
「これが私達、王都の技術班で新しく作成した自走式馬車『それいけ! マールメア号』です」
名前だっっさ!
それよりもだ、今の今までゴーレム馬に引かせた馬車を使っていたというのに、私の目の前にあるこれは、どうみても大型の自動車に見える。
キャンピングカーぐらいの大きさはある。
技術の進歩が一足飛びではないだろうか。
形状的にはピックアップトラックに近いか。
エンジンルームが無く、全体的にロールバーで構成された箱型の車体に、チェーンが履帯の如く巻きつけられた大型のタイヤが4基備え付けてある。
そのタイヤのホイール部分は金属だが、そのリムを帯状に包むそれは私の知るゴムタイヤでは無い。
恐らくはスライム由来の素材を利用した、襞の様な支柱構造を持つエアレスタイヤだ。
荷台に当たる部分には人間が乗り込めるようなスペースも用意されているが、それよりも目を引くのが、車体後部に設置されている大型扇風機の様な装置だった。
「あの戦車を解析して、足回りの構造でかなりの発見がありました。奴の関節部を支えるサスペンションや、衝撃吸収体の素材などがそれにあたります。ですが、まだまだ発見は続きそうです」
つまり、あの四脚戦車を基に作られた乗り物という訳か。
生き物の様に動く脚を再現することは不可能だったらしく、魔力で車輪を駆動させる方式を採用したとの事だったが、それで正解だと思う。
あれは明らかに、人が乗ることを考慮していない自律兵器だからこそ許される移動方法だ。
「後部の推進装置は、シャール=シャラシャリーア様の翼を参考に作成しました。ただ、これを使用する全力運転の際は、運転手に風魔法の適正が求められるようになってしまいましたが……」
荷台に人を乗せながら、その真後ろでプロペラを回すつもりか。
この世界に安全性という言葉は無いのか。
ロットはマールメア号の姿に目を輝かせているが、ライラとメルメルは車体の方にある座席から目を離そうとしない。
安心しろ二人とも、荷台には私が乗るから。
「さあ、皆! 『ブルームウインド号』に荷物を載せて! 出発しましょう!」
「ナタリアさん! 『それいけ! マールメア号』ですよ!」
凄くどうでもいい会話を余所に、私達はその巨大な乗り物に荷物を載せていく。
車体側に、前後で五人分の座席スペースが余裕をもって設けられており、それぞれの荷物を後部荷台に置いても、私も含めて全員で乗り込む分には全く問題が無い。
改めて、中々の大きさの車だった。
それでも人間五人にゴーレム一体。
それに諸々の荷物を載せては重量過多なのではないかと思ったが、車体はそれを問題なく受け止めた。
「より効率化された『重量軽減』の魔法式が刻み込まれてますからね。あの戦いの時のアダムさんは流石に運搬不可ですが、今のアダムさんならもう一人ぐらい乗っても平気です」
それは凄い。
「何せ長旅ですから。もっと人数がいても良いくらいです。魔力はいくらあっても困りませんから」
そのマールメアの発言に、私達は引っかかるものを感じた。
「マールちゃん。そういえばこの馬車の動力源は?」
「あーライラーそれーきいちゃうー?」
ライラの質問に、この車でやって来た二人が胡散臭い笑みを浮かべる。
「勿論、ここにいる皆さんの魔力で動きます。やっと私もその役目から一時的にとは言え解放されて嬉しい限りです」
なるほど。
全然自動車じゃない。
とんだ人力じゃないか!
原理的に自転車と変わらないのではないだろうか。
「人工ゴーレムの核では容量的にも、命令式の点でもこれを動かすことが難しいのです。操作系は機械式で補えますが、動力の魔力は、勿論魔石も搭載していますが基本的には乗っている人間が供給します」
それに加えて運転するのがナタリアなわけだ。
長旅の途中で力尽きる未来が既に見えているのだが。
「後ろの推進装置を使わなければ、運転は誰にでも出来るのか?」
念のため私は質問することにした。
前世ではこういう乗り物を運転するには免許が必要だったが、ここは異世界だ。
それに出来るなら、運転手は複数名居た方が良い。
長旅の最中、運転出来るのがナタリアだけというのは、様々な面から避けた方が良いからだ。
「出来ますよ。簡単です。円形ハンドルを握った人が車輪の方向を変えて……もっごごごお!」
その後私達は、マールメアの口を物理的に塞いでいたナタリアを排除し、簡単なレクチャーを受けた。
なるほど。ギアチェンジはオートマに近い。ドライブ、バック、パーキングぐらいしかないのか。
シフトブレーキが無いのが気にかかるが、遊園地のゴーカートとそう変わらないな。
聞いた話では、最大速度も推進装置無しでは、時速四〇キロメートルほどらしい。
「そう言えば、長旅と言っていたが、期間はどれくらいかかる?」
「街道を通って、途中途中の街に立ち寄りながらになりますが、おおよそ二週間を予定しています」
それは、確かに長旅だ。
だが基本が車中泊でないのは僥倖だ。
勿論テントや食料類は豊富に積んであるが、街に寄れるのならそうしたほうが絶対に良い。
ライラ達もそう、やわではないが、安全な街中で過ごすのと、魔物が闊歩する外で夜を明かすのでは大分違う。
「バイストマからだと、パーマネトラに行くまでの次の街は、メルメル、何処だっけ?」
「『ブリンクベイト』~。そしてつぎが~『ランカショー』そしてつぎが~……」
知らない街の名前が次々出て来るな。
ちょっとワクワクしてきた。
「あ」
名前を挙げていたメルメルが突然何かに気付いたかのようにその言葉を止める。
「あ! リヨコちゃんの居る街にも寄ります! 『ミナミヤマ』! もう元気になったはずです! 会いたいなー」
メルメル、こっちを見るな。
避けられないイベントが追加されただけのことだ。
「おう! リヨコの奴、送ってくれた手紙じゃあ、もういつも通りに動けるらしいからな!」
これから立ち寄る街の名前が順に並んでいた私の脳裏に、新たに『リヨコ→ロット→ライラ』という一方通行の矢印しかない関係図が浮かび上がる。
「実は初めからその予定だったの。彼女も会議に参加しなくちゃいけないから。ミナミヤマで合流するわよ」
そんなナタリアの発言に、メルメルがこちらに救いを求める目線を向けてくる。
すまないメルメル。
おじさんには思春期の男女の恋愛を捌く能力は無い。
私は、長旅の早い段階で合流する追加要素が齎すであろう環境に思いを馳せる。
途端に、大きく感じていたはずの車体が狭い牢獄のように感じられた。
旅立ちにはうってつけの晴天の下、無いはずの胃による幻肢痛を私は味わい始めたのだった。